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超短編!大どんでん返しSpecial

第19話
真梨幸子
「二人のマリー・テレーズ」


 十年ほど前、有休をとって三泊五日でパリに行ったことがある。はじめての一人旅。特に目的があったわけでもパリにこだわりがあったわけでもないが、格安ツアーのその価格に惹かれて、つい申し込んでしまった。恋人のことで、姉と喧嘩したのも理由のひとつだったかもしれない。

 二日目だったか。フランス革命の史跡を見て回っていた私は、パリ三区の区役所前に立っていた。かつて、ここにはタンプル塔があったという。タンプル塔といえば、ルイ十六世とマリー・アントワネット、そしてその子供たちが幽閉されていたことでも有名だ。両親が処刑されたあとも、その子供であるルイ十七世とマリー・テレーズ姉弟の幽閉は続いた。幽閉生活は相当に過酷なものだったという。ルイ十七世は残忍非道な虐待を日常的に受け、ついには獄死した。十歳だった。

 一方、姉のマリー・テレーズは弟の死の翌年、幽閉を解かれて他国へ亡命、その後は王太子妃として七十三歳まで生き、天寿をまっとうする。

 さて、このマリー・テレーズにはエルネスティーヌという遊び相手がいた。二人は姉妹のように育てられたという。いや、本当の姉妹だったらしい。エルネスティーヌはルイ十六世が侍女に産ませた庶子で、マリー・テレーズとは母違いの姉妹というわけだ。

 この逸話は、行きの飛行機の中で読んだ旅行ガイドで知った。

「え? ルイ十六世に隠し子?」

 初耳だったのでずいぶんと驚いた。それ以上に驚いたのが、旅行ガイドに載っていたマリー・テレーズの肖像画だ。マリー・テレーズは母親似だったとどこかで読んだ気がするが、母親であるマリー・アントワネットに似ていないのだ。マリー・アントワネットは「ハプスブルク家の顎」といわれる特徴的な顎をしていたが、マリー・テレーズの顎はそれではない。

 もしかして。……マリー・テレーズはどこかで異母妹エルネスティーヌと入れ替わったのではないか。

 例の旅行ガイドでは、ルイ十六世とその家族がタンプル塔に幽閉される直前に、エルネスティーヌは教育係とともに逃亡した……とあった。そのときに入れ替えが行われたのでは? 逃亡したのはマリー・テレーズで、エルネスティーヌはマリー・テレーズとしてタンプル塔に幽閉されたのではないか。

 つまり、エルネスティーヌは、マリー・テレーズの身代わりとなったのではないか。

 

 なんで、こんなときに、マリー・テレーズとエルネスティーヌのことを思い出したのか。

 私は、足元に転がる姉の顔を改めて見た。

 私とおんなじ顔、私とおんなじ遺伝子を持って生まれた、双子の姉。でも、その境遇はまるで違う。私は金持ちの男に見初められタワマンの最上階に住んでいるが、姉はヒモ男とともに六畳一間の安アパートで糊口を凌いでいる。

 だからって、なんで、自殺なんかしようとしたの? 借金がすごすぎて、首がまわらなくなった? それとも、あの男に新しい女ができた?

 ほらね、罰があたったんだよ。私の彼氏を奪うからさ。

 あれほど言ったのに。あいつは、クズの中のクズだよって。仕事しないよって。女癖悪いよって。暴力もすごいよって。あいつといても、全然幸せにはなれないよって。

 という私も、幸せからは程遠い。お金には困ってないけれど、愛がない。家賃百五十万円の部屋は、まるで牢獄。幽閉されているようなものだ。こんなだったら、あのヒモ男のほうが全然まし!

 ……ね、お姉ちゃん、交換しない? 私たちの人生。私の代わりに、あの牢獄に住まない? そしたら、私があのヒモ男を引き取ってあげる。

 

 そう妹に提案されたのは、一年前。

 今、わたしはタワマンの最上階に住んでいる。確かに、ここは牢獄のようだ。

 でも、それがずっと続くとは限らない。近いうちに、解放されるはずだ。だって、夫には少しずつ毒を食べさせている。「塩分」と「糖分」という毒を。生活習慣病のデパートと言われている夫の体が限界を迎えるのは、そう遠くないだろう。なにしろ、夫は八十を過ぎた老人だ。

 そういえば、妹はどうしているんだろう? まったく連絡がない。噂もきかない。

 あのヒモ男に、風俗にでも沈められたか。わたしがそうされたように。それとも、保険金をかけられて──。そう、あのとき、わたしは自殺しようとしていたのではない。あのヒモ男に殺されかけていたのだ。

 ほんと、かわいそうな妹。

 妹が言っていた、マリー・テレーズとエルネスティーヌの入れ替わり説。それが本当だったとして、逃亡したマリー・テレーズがその後、幸せな人生を歩んだのかどうかは不明だ。もしかしたら、革命軍につかまって、ランバル公妃のように惨殺された可能性だってある。

 そう、惨殺された可能性も。

 


真梨幸子(まり・ゆきこ)
1964年宮崎県生まれ。2005年「孤虫症」で第32回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が累計60万部を超えるベストセラーに。著書に『5人のジュンコ』『人生相談。』『鸚鵡楼の惨劇』『祝言島』『聖女か悪女』など。

〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉

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