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超短編!大どんでん返しSpecial

第22話
直島 翔
「試験問題」


 ホテル・ニューオークラの秘密の会議室に足を踏み入れるなり、円遊亭歌介は首をすくめた。師匠の罵声が飛んできたからだ。

「十分も遅れるやつがあるか!」

「いえね、歌楽師匠、ボディーチェックが厳しいんですよ。この部屋に通されるまで体中触られて、高座のネタ帳まで取り上げられちまったんでさあ」

 歌楽はあきれ顔をした。「だから、問題案以外は持ち込むんじゃねえって言ったじゃねえか。お前はおれたちの責任ってもんが分かってねえ。それに、この部屋では師匠はやめろ」

「へい、師匠と私は試験問題作成委員会の委員でしたね」

「そうだ。ここは寄席じゃねえんだ」

「では、歌楽委員、ご準備はよろしいでしょうか」

「おう、その調子でやれ」

「まず時事問題からいきましょう。今の世界情勢は陸も海も戦争がやばいっすよ。だから、こんなのを考えてきました」歌介はコホンと咳払いを一つして自作の問題を口にした。「距離の単位であるマイルと海里、さて、この二つはどうちがうのか?」

「おいおい、陸と海で単位が変わるってだけじゃないのか」

「ブーッ! 模範解答を申しあげやす。マイルはどこかに参るときに使い、海里はカイリ、カイル、カエル……つまり、どこかに帰るときに使います」

 歌楽の顔が曇った。「いまいちだな。そんなんで優秀な学生が選べると思ってるのか。まあ、いいや。おれのは来週の委員会で明らかにするから、次にいってくれ」

「それでは、数学やりますか」

「うん、楽しみだ。おれはこの任務でそれが一番の鬼門だと思っている」

 そう言われて歌介は肩が重くなった。やや緊張した面持ちで問題案を発表した。

「三百円×十はいくらだ?」

「うーん、たぶん、今おれの頭の中にある数字は正解にちげえねえ。三百円だろ?」

「ピンポーン! さすが歌楽委員です。宝くじ十枚買っても、三百円しか当たらないってわけです」

「じゃあ、次は社会いくか。歴史から出すってことだったな」

「へい、これはとっておきですよ」

「なんだよ、もったいぶらずに早く言え」

「日本の歴史でもっとも平和に尽くした武将は誰か?」

「天下泰平の世を作った武将といえば、家康じゃないか」

「ちがいまーす。みな、元より、友……源頼朝でございます」

「ちぇっ、まあ、いいや。確かに、学生さんの非認知能力とやらは、いまの問題でも多少は分かりそうだな」

 歌介は小首を傾げた。はて非認知能力とは?

 言葉の意味が分からなかった。落語協会を代表して師匠とともに委員に選ばれながら、知らないことが恥ずかしかった。その胸中は見透かされていたようで、師匠がここぞとばかりに身を乗り出してきた。

「いいか、非認知能力ってえのはな、従来の試験のやり方では分からない能力のことなんだ。知能が高くとも頭がいいとはかぎらない。学問バカでもなくて、ほんとうに賢い人間を見っけるのがおれたちの役割なんだよ」

「へー、賢い人間ですか?」

「そう、話し合いでいい案を出したり、物事を別の角度から考えられる柔軟な頭を持った人間のことさ。てっことでよ、おれたち噺家に問題作りの依頼が舞い込んできたってわけさ」

「えっ、落語協会で新弟子の採用試験を始めるんじゃないんですか?」

 歌楽は首を横に振り、鋭利な視線を向けてきた。「天下国家の秘密を守るため、おれはお前に嘘を言ったんだよ。そろそろ、真実を教えてやろう。おれたちは国家公務員の採用試験の問題を考えてるんだ。おい、ちょっとテレビをつけてみろ」

 チャンネルを1に合わせると、国会中継をやっていた。牛田首相が本会議場で答弁に立ち、国民の所得や資産を倍にするという計画に熱弁をふるっていた。

「ほら、いま依頼主が国を変える歴史的な演説をしているところだ」

 歌介は目玉をひんむいた。「首相から頼まれたんでやすか?」

「おう、じきじきの依頼だ。何でも最近の官僚は頭が固くって、誰も自分の画期的な政策についてこられないんだと嘆いておられたよ。おい、何ぼけっとしてんだ。早く国語やれ!」

 いささか茫然としながら、歌介は考えてきた問題を口にした。

「古池や蛙飛び込む水の音、さて、これはどんな音?」

「バショーッかあ。いいぞ、いいぞ、こりゃあ傑作だあ!」

 歌介はほめそやされながら、日本という国はもうおしまいだと思った。

 


直島 翔(なおしま・しょう)
1964年、宮崎市生まれ。立教大学社会学部社会学科卒。新聞社勤務。社会部時代、検察庁など司法を担当。2021年『転がる検事に苔むさず』で第三回警察小説大賞を受賞し、デビュー。8月31日頃に最新刊『警察医の戒律』を発売。

〈「STORY BOX」2022年9月号掲載〉

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