▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 七尾与史「美味しいラーメンの作り方」

第25話
七尾与史
「美味しいラーメンの作り方」
トラックが目の前に迫ってきた。
顔を上げるとラーメンの湯気が目に入り込んできた。いつの間にかカウンターに突っ伏していたらしい。
──怖い夢だったな。
「記念すべき百杯目だ」
厨房に立っている父親の茂雄が顎先でラーメンを指した。
「百杯目? 今日オープンしたばかりじゃん」
時計を見ると午後四時を回っている。「麺どころシゲオ」は今日の午前十一時に開店した。ミチも立ち寄ってみたが客どころか閑古鳥すらいない。
「食べないのか?」
なんの変哲もないただの醬油ラーメン。
ミチはスープを口に含んでみた。実は父親のラーメンを口にするのは今回が初めてである。
「ところでこれは何杯目だ?」
「百杯目じゃないの。そう言ってたじゃん」
そもそも客も来てないのにそんな数になるわけがない。オープン前の試作品もカウントされているのだろうか。
「いや、お前が食べた父さんのラーメンだよ」
「初めてだよ」
「そうか……。それならいいんだ」
茂雄はわずかに引きつった笑みを向けた。
「ねえ、感想聞きたい?」
「ああ、頼む」
茂雄が神妙な表情でうなずいた。
「あんまり美味しくない。醤油の味が濃すぎる」
半年後には店をたたんでいる父親の姿が脳裏に浮かんでくる。
「今度もダメかぁ……前は薄すぎるって言ったじゃないか」
茂雄が嘆息しながら肩を落とした。
「誰が?」
茂雄はそれには答えず「そろそろ時間じゃないのか」と投げやりな口調で言った。
「なにが?」
「バイトの面接があるんだろ」
近くのコンビニでバイトの面接を受けることになっている。
「なんで面接のこと知ってんの?」
茂雄にそのことを話した記憶がない。しかし彼は理由を答えなかった。
「気をつけて行ってこい。三丁目の交差点が近道だ」
「え? あそこは工事中だよ。今週いっぱいかかるって工事の人が言ってた」
迂回する道順は複数あるがいずれも遠回りだ。
「工期が早まって実はもう開通してるんだ」
「そうだったんだ、サンキュ」
店を飛び出そうとするミチを茂雄が呼び止めた。振り返ると彼はいつになく真剣な眼差しを向けている。
「人生は何度でもやり直しがきく。夢があるなら諦めるな」
「なに言ってんの。そんなこと言ったらお父さんのラーメンだって何度でも作り直しがきくよ」
食材や調味料やそれらの配分を変えていけばいつかは美味しいラーメンになる。人生はトライ&エラーの繰り返しだ。
「百一杯目の味見も頼む。今度はもう少し醤油を薄めておくから」
ミチは親指を立てると今度こそ店を飛び出した。父親の言うとおり三丁目の交差点は開通していた。駆け抜けようとしたところでデジャブに襲われた。目の前に飛び込んでくるトラック。
瞼を開いて顔を上げるとラーメンの湯気が目に入った。
「これで五千七百三十八杯目だ」
時計を見る。午後四時を回っていた。
「食べないのか?」
なんの変哲もない醤油ラーメン。ミチはスープを口に含んでみた。
──えっ、マジ?
「ところでこれは何杯目だ」
父親のラーメンを食べるのは初めてのはずであることを告げる。
「ねえ、感想聞きたい?」
「ああ、頼む」
父親が神妙な表情でうなずいた。
「こんな美味しいラーメン食べたことがない! すごいよ、お父さん。絶対に繁盛するよ」
半年後には支店を立ち上げる父親の姿が脳裏に浮かぶ。「よっしゃあ!」
茂雄がガッツポーズをとる。
「よかったね、お父さん」
「ミチ、五千七百三十八回も味見をありがとう。お前の役目はこれで終わりだ。もう何度も死ぬことはない。これから面接だろ。三丁目の交差点だけは絶対に渡るなよ」
七尾与史(ななお・よし)
1969年静岡県生まれ。第8回「このミステリーがすごい!」大賞の最終候補作となった『死亡フラグが立ちました!』で2010年にデビュー。「ドS刑事」シリーズ、「偶然屋」シリーズ、『全裸刑事チャーリー』など著書多数。
〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉