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超短編!大どんでん返しSpecial

第25話
七尾与史
「美味しいラーメンの作り方」


 トラックが目の前に迫ってきた。

 顔を上げるとラーメンの湯気が目に入り込んできた。いつの間にかカウンターに突っ伏していたらしい。

 ──怖い夢だったな。

「記念すべき百杯目だ」

 厨房に立っている父親の茂雄が顎先でラーメンを指した。

「百杯目? 今日オープンしたばかりじゃん」

 時計を見ると午後四時を回っている。「麺どころシゲオ」は今日の午前十一時に開店した。ミチも立ち寄ってみたが客どころか閑古鳥すらいない。

「食べないのか?」

 なんの変哲もないただの醬油ラーメン。

 ミチはスープを口に含んでみた。実は父親のラーメンを口にするのは今回が初めてである。

「ところでこれは何杯目だ?」

「百杯目じゃないの。そう言ってたじゃん」

 そもそも客も来てないのにそんな数になるわけがない。オープン前の試作品もカウントされているのだろうか。

「いや、お前が食べた父さんのラーメンだよ」

「初めてだよ」

「そうか……。それならいいんだ」

 茂雄はわずかに引きつった笑みを向けた。

「ねえ、感想聞きたい?」

「ああ、頼む」

 茂雄が神妙な表情でうなずいた。

「あんまり美味しくない。醤油の味が濃すぎる」

 半年後には店をたたんでいる父親の姿が脳裏に浮かんでくる。

「今度もダメかぁ……前は薄すぎるって言ったじゃないか」

 茂雄が嘆息しながら肩を落とした。

「誰が?」

 茂雄はそれには答えず「そろそろ時間じゃないのか」と投げやりな口調で言った。

「なにが?」

「バイトの面接があるんだろ」

 近くのコンビニでバイトの面接を受けることになっている。

「なんで面接のこと知ってんの?」

 茂雄にそのことを話した記憶がない。しかし彼は理由を答えなかった。

「気をつけて行ってこい。三丁目の交差点が近道だ」

「え? あそこは工事中だよ。今週いっぱいかかるって工事の人が言ってた」

 迂回する道順は複数あるがいずれも遠回りだ。

「工期が早まって実はもう開通してるんだ」

「そうだったんだ、サンキュ」

 店を飛び出そうとするミチを茂雄が呼び止めた。振り返ると彼はいつになく真剣な眼差しを向けている。

「人生は何度でもやり直しがきく。夢があるなら諦めるな」

「なに言ってんの。そんなこと言ったらお父さんのラーメンだって何度でも作り直しがきくよ」

 食材や調味料やそれらの配分を変えていけばいつかは美味しいラーメンになる。人生はトライ&エラーの繰り返しだ。

「百一杯目の味見も頼む。今度はもう少し醤油を薄めておくから」

 ミチは親指を立てると今度こそ店を飛び出した。父親の言うとおり三丁目の交差点は開通していた。駆け抜けようとしたところでデジャブに襲われた。目の前に飛び込んでくるトラック。

 瞼を開いて顔を上げるとラーメンの湯気が目に入った。

「これで五千七百三十八杯目だ」

 時計を見る。午後四時を回っていた。

「食べないのか?」

 なんの変哲もない醤油ラーメン。ミチはスープを口に含んでみた。

 ──えっ、マジ?

「ところでこれは何杯目だ」

 父親のラーメンを食べるのは初めてのはずであることを告げる。

「ねえ、感想聞きたい?」

「ああ、頼む」

 父親が神妙な表情でうなずいた。

「こんな美味しいラーメン食べたことがない! すごいよ、お父さん。絶対に繁盛するよ」

 半年後には支店を立ち上げる父親の姿が脳裏に浮かぶ。「よっしゃあ!」

 茂雄がガッツポーズをとる。

「よかったね、お父さん」

「ミチ、五千七百三十八回も味見をありがとう。お前の役目はこれで終わりだ。もう何度も死ぬことはない。これから面接だろ。三丁目の交差点だけは絶対に渡るなよ」

 


七尾与史(ななお・よし)
1969年静岡県生まれ。第8回「このミステリーがすごい!」大賞の最終候補作となった『死亡フラグが立ちました!』で2010年にデビュー。「ドS刑事」シリーズ、「偶然屋」シリーズ、『全裸刑事チャーリー』など著書多数。

〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第221回
◎編集者コラム◎ 『しょったれ半蔵』谷津矢車