▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 新川帆立「焼きそば」

第27話
新川帆立
「焼きそば」
夢の話は馬鹿がすると言いますが、私は馬鹿者ですから、ここはひとつ、夢の話をしましょうか。
一階の山田夫妻を殺したのは、お隣の幹人くんですよ。まだ十五、六歳の少年が、包丁でぐさりぐさりとやっていましたよ。ええ、間違いありません。だって私、二階から一部始終、ジッと見てましたから。
正確にはね、二階ではなく天井裏からですがね。奥の間のきしんだ床板を外すとね、真っ暗な空洞が広がっております。二階の床下、一階の天井裏にあたるスペースですね。
私、暗いところが好きですから。この空洞に入って、いつも丸まってるんですわ。でも暗いところにいると、明るいものを見たくなる。コタツでアイスを食べるような感じでね。だから天井裏に穴をあけて、そこから一階の台所をジッと見るのが日課なんです。
奥さんは、一本の大根を切るのに、合わせて二十四回刃を入れる。それが、どんな大きさの大根でも二十四回。ゴボウを切るのには十六回。ニンジンを切るのには十二回。実に数学的な奥さんなんですよ。
いつも一定だから面白味はないんだけど、一応の習慣として数えている。医者にはおやめなさいと言われるんですがね。でも「お好きなことをのんびりやりなさい」とも言われますから。好きにさせていただいているんですね。
で、山田夫妻。彼らはね、正直、私、好きではなかった。いつも私の悪口を言う。あの家だって私の叔父のものですよ。私が二階にいることを条件に、山田夫妻に格安で貸してるわけです。それなのに恩知らずなものです。
旦那の仕事は営業マンです。血液がサラサラになる水とか、胸が大きくなるクリームとか、そういうのをね、売ってるんです。私のところにもね、肌がきれいになる蜂蜜を買えと言ってきたりします。いらないと言うと「けちな病人。金だけはあるくせに」とか言い残してね、一階に下りていく。いつものことです。
幹人くんは良い子です。高校一年生にしては小柄で、骨格も女っぽい。色白でね。暗いところでパッと見ると、底光りする幽霊みたいですよ。口数は少ないね。隣の家に住んでると言うけど、不思議と往来で見かけたことがない。ふらっと家にやってきては、「おじさん、元気?」って声をかけてくれる。優しい、優しい、実に良い子。
だから私もね、チョコレートとか、ポテトチップスとかを用意して、出してやる。けれども、「僕は大丈夫」と言って、口をつけないんです。
え? そんな少年は存在しない?
先生、ちゃんと調べましたか。へえ……調べたけど、隣は空き家だと。でもいいんです。彼はもう、どこかに無事、逃げたんでしょう。
幹人くんは病弱なお母さんと二人暮らしでした。看病も家のことも、全部一人でやっている。そんなところに、一階の山田夫妻がずかずかとあがりこんできて、モノを売りつける。人の良いお母さんは押しに負けて、買ってしまう。それで今月の食費もなくて困ってるって言うんですね。
気の毒でしょう。うちにある食べ物を持っていきなと言っても、「大丈夫」の一点張り。むしろね「おじさん、ちゃんと食べてる? 母さんより痩せてて、怖いよ」って、こちらを心配してくる始末。
彼はうちの冷蔵庫を開けてね、戸棚から包丁を出して、古くなりかけた食材をパパッと切って、炒めて、作ってくれたんだ。焼きそば。これが実にうまかった。ちょっと濃い目の味つけで。キャベツともやしと中華麺と。豚肉じゃなくて、ソーセージ。あるものだけで、ササッとね。
「うまい、うまい」と食べてるのを、幹人くんはニコニコしながら見てるんだ。きっと彼も腹を空かせてるだろうに、どうしてこんなに優しいんだろう。そう思うと涙がポロポロ出てきた。
「おじさん」幹人くんは正座をしたまま、私の目をのぞきこんだ。「おじさんが犯罪をしたことになっても、たぶん無罪だよね?」
「心神なんたらってやつで、減刑はされるだろうな」
「それならよかった」頬をふっと緩めて可愛らしく笑い、フライパンからまた、焼きそばをよそってくれた。
その焼きそばが、うまいんだな。
ええもちろん、これは夢の話ですよ。なんで夢の話をわざわざしたかって? そりゃ、私が馬鹿者だからでしょう。
犯行にはうちの包丁が使われたみたいですね。それで私は捕まった。いえ、先生。無罪の主張なんてしなくていいです。私が犯人ということに、しておいてください。
後にも先にも、私に焼きそばを作ってくれたのは彼だけでした。突き詰めて考えると、私が犯人なのは、あの日食べた焼きそばがうまかったからでしょうな。
新川帆立(しんかわ・ほたて)
1991年米国テキサス州生まれ。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。最新刊は『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』。
〈「STORY BOX」2023年2月号掲載〉