▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 北山猛邦「計算上正確に分解された屍体」

第30話
北山猛邦
「計算上正確に分解された屍体」
二人の刑事が、ある博士のもとを訪ねた。
「先日、空き巣の常習犯を捕まえたところ、数日前に博士の研究室に忍び込んだと白状しまして……何も盗まずに逃げたと本人は云っているんですが、一応、被害状況を確認するために伺った次第で」
「空き巣? そいつはまったく気づかなかったな。盗まれたものは特にないようだが」
「するとその空き巣の云うことは信用して構わない、というわけですね?」
「同じことを二度云わせるな。私は忙しいんだ」
「では手短に済ませましょう。実はその空き巣が、博士の研究室でとんでもないものを見たと証言しているんです」
「ほう?」
「バラバラ屍体です。あなたの研究室には大型の冷凍庫がありますよね? 空き巣はそれと気づかずに扉を開けて、そこに氷漬けの屍体が転がっているのを見たと云うんです。しかも腕や足、胴体に至るまで、細かくブロック状に切断された状態で、まるで積み木のように並べられていた、と。それで恐ろしくなって何も盗らずに逃げ出したそうです」
「そんな与太話を信じて、わざわざ来たのかね? ばかばかしい」
「与太話、ですか。それはそうと、博士の研究室に所属している若い女性が一人、数日前から行方不明だそうですね?」
「実家に帰ったと聞いているが、まさかその屍体が彼女だった、なんて考えているんじゃあるまいな。そんなくだらない妄想をしている暇があったら、真面目に仕事をしたまえ」
「仕事と云えば……博士のご専門は宇宙工学だそうですね。宇宙工学というのは、具体的にどういうことをするものなんですか?」
「ちょうど今、私の設計した人工衛星が、宇宙に旅立ったところだ」
壁に掛けられた大型モニタには、白い尾を引いて青空に消えていくロケットの姿が映し出されていた。
それは博士にとって七個目の人工衛星だった。民間企業による宇宙開発が当たり前となった今、軽くて丈夫で、しかも安価な小型人工衛星の設計は、重要な課題となっていた。博士はその専門家であり、人工衛星の設計から組み立て、積み込みまでを大企業から一任される立場にあった。
今回の人工衛星も、ある企業から、丸投げされたものだった。博士はそれを機に、これまでの設計を改め、衛星本体の重量を従来のものより五十キロ軽量化することに成功した。しかし、このことを企業には報告しなかった。
博士には、ある計画があった。
女性研究員の一人が、自分との関係を妻に告げ口すると云い出したので、彼女を殺害することにした。その屍体を人工衛星とともに宇宙に打ち上げて、証拠隠滅を図ろうという計画だった。
彼女の体重は五十キロ。血液を処理すると四キロほど減る計算だが、代わりに固定用の蝋を注入することで元の重さになる。人工衛星の重量を切り詰めたのは、屍体を載せるためだった。なおそのままの状態では屍体はかさばるため、正確にサイズを測って、四十四個のパーツに分解する必要があった。そうすることで、人工衛星を包むカプセルの隙間に、パズルのようにぴったりと嵌め込むことができる。空き巣が目撃したのは、その処理過程の屍体だろう。
思わぬ目撃者は現れたが、しかし計画は成功した。屍体と人工衛星を包むカプセルは滞りなくロケットに格納され、ほんの数分前に宇宙へ旅立った。ロケットには他に複数の企業が相乗りで人工衛星を載せているが、それぞれ格納用のカプセルに覆われているため、たとえその中の一つに屍体が詰め込まれていたとしても、誰一人気づかない。すべては計画通り。
今頃、大気圏外でカプセルが展開し、人工衛星が軌道に乗った頃だろう。同時に、四十四個に分解された屍体が、宇宙をさまよい始めた頃だ。
今から捜査したところで、何もかも遅い。まぬけな顔でモニタを眺める刑事たちを、博士は内心で嘲笑う。完全犯罪の成立だ。屍体はもう、手の届かないところにあるのだから。
モニタには、今回が初参入となる企業の管制室が映し出されていた。重役や研究者たちが、打ち上げ成功に手を叩いて喜んでいる。動画サイトでライブ中継をしているのは、その企業だけだった。
『それでは我が社初となる人工衛星に取り付けたカメラに映像を切り替えてみましょう』
すると歓喜の声が一転して、悲鳴に変わる。
青々とした地球を宇宙から見下ろす映像。
その右隅に、恨みがましい目でこちらを覗き込む女の顔が映り込んでいた。
北山猛邦(きたやま・たけくに)
2002年『「クロック城」殺人事件』で第24回メフィスト賞を受賞しデビュー。著書に『「アリス・ミラー城」殺人事件』など〈城〉シリーズ、『少年検閲官』『踊るジョーカー 名探偵音野順の事件簿』『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』などがある。最新作は『月灯館殺人事件』。
〈「STORY BOX」2023年5月号掲載〉