▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 佐川恭一「クールビューティ」

第31話
佐川恭一
「クールビューティ」
クールビューティが病的に好きだった。
なぜこんなにクールビューティが好きなのかよくわからないが、小学校一年生の時にはすでにそうだった。アニメやドラマでクールビューティ感のある人物が出てくると夢中になった。現実でもっとも私の理想に近いのは菜々緒だが、私はさらに自分の理想を突き詰めて究極のクールビューティを可視化すべく、少し前から絵画教室にも通っている。最近では掘り出し物のクールビューティを見つけようと高価な一眼レフを買って、駆け出しのグラビアアイドルたちの撮影会に参加し始めた。とにかくクールビューティというものへの執着が抑えられないのだ。
これはもしかすると、大阪のうるさすぎる家庭で育った反動かもしれない。母は本当にお喋りで、それもお笑い芸人のトークのように山場を作って話してくるので、子供ながらに疲れたものだった。短時間のテレビならいいが、日常生活でずっとその調子だと正直つらい。母のトークショーに父や妹が加わると、いつも的確なガヤが入ってさらに盛り上がってしまうので、本当に地獄だった。私以外はそれを「笑いの絶えない明るい家庭」だと思っているのだ。父は母と結婚した理由を「出会った女性で一番面白かったから」と言っていた。私は全部大阪が悪いのだと思っている。
大人になり就職してからも、会社でクールビューティと噂される人間が現れるたび、実物を確かめずにはいられなかった。しかしこれまで、私の基準を満たす人間は現れていない。そもそもビューティというよりはキュートだとか、ビューティだが人柄が田舎のお婆ちゃん並に温かいとか、そんな理由だ。私はそうして五年以上観察を続け、この会社にクールビューティは存在しえないと結論付けた。そもそも、採用時点で最低限愛想のいい人間を選んでいるのだろう。しかし同僚たちは納得しなかった。社内はクールビューティだらけだと言うのだ。大体彼らはクールビューティを「目の覚めるような美人で最初は取っ付きにくいがだんだん心を開いてくれ、ふとした瞬間に見せる優しさや意外なドジがキュンとくる」といった感じで定義していたが、一体それのどこがクールなのだ?
私は同僚たちに対して、丁寧に真のクールビューティとは何かを説いていった。あなたがたはクールビューティというものを都合よく歪曲している。真のクールビューティは、あなたがたを相手にすることはない。真のクールビューティが隙を見せたり心を開いたりするのは、完全無欠の自分をも夢中にさせてくれる圧倒的な容姿や内面の魅力を有し、また家柄や財力も申し分ない嵐の櫻井翔のような人間だけだ。あなたがたに「優しさ」や「ドジ」を感じさせているようでは、到底クールビューティとは呼べないよ……
彼らは憤激した。「俺は確かに櫻井翔にはなれないが、櫻井翔も俺にはなれない!」などと意味不明のことを言って怒る者もいた。そして、僕の態度にしびれを切らした一人の同期が啖呵を切ってきた。
「お前今年入った秘書課のミキティ知らんやろ? 今度呼んできたるわ。そんなに言うんやったら、完璧なクールビューティを見せたるわ!」
後日、僕は彼らの食事会に呼ばれ、ミキティと酒を酌み交わした。確かに見た目は文句なしのビューティで会話も無愛想、気品の漂う仕草と男たちになびかない様子はクールそのものであった。私たちと彼女とでは、まるで下品なギャグ漫画と美麗な恋愛漫画ぐらい画風が違う気がした。生きている世界が別なのだ。しかし、なぜこの女はこんな場所についてくるのだ?
僕たちが二次会のカラオケに行こうとすると、ミキティが「あ、それだったら私の友達がやってるスナック行きません?」と提案してきた。ミキティは普通に帰ると思っていたので意外だったし、嬉しかった。店に入ると派手なギャルがいて、「ウィー! 貸し切りにしといたよ!」とウインクした。そして僕たちが三、四曲歌った頃、ミキティはブルーハーツを入れ、突然テキーラを一気に五杯続けて呷ったのである。
「えっ、大丈夫?」
みんなが心配する中、ミキティは猛スピードで服を脱いで下着姿になり、長い黒髪を歌舞伎ばりに振り乱してリンダリンダを歌い始めた。
「いや、ちょっと、ミキティて!」
周りが止めようとすると、ミキティは据わった目で「ルッセーんだよ!」と絶叫し、ブラジャーを外してソファに投げつけた。
「ヒロトの魂は剥き出しなんだよ、飾りなんていらねえんだよ!」
剥き出しの甲本ミキティにみんなは震え上がり、「ヤッベ! ややこしいことならんうちに帰るぞ!」と言って店から逃げ出した。ぼうっとしていた僕も少し遅れてそれに続く。その時、僕はミキティのリンダリンダに生命そのものの躍動を感じ、長く持ち続けたクールビューティへの憧れを粉砕されていたのだ。
走りながら後ろを振り返ると、閉じようとする店のドアから、薄桃色のかわいいパンティが弾丸のような速度で飛び出すのが見えた。
佐川恭一(さがわ・きょういち)
滋賀県生まれ。大阪府在住。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞し、デビュー。主な作品に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
〈「STORY BOX」2023年5月号掲載〉