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超短編!大どんでん返しSpecial

第35話
宮島未奈
「富士山のように」


 優子の自宅に心当たりのないレターパックが届いた。差出人は小学校から高校まで一緒だった同級生の茉莉である。開けてみると中には一冊の単行本が入っていた。表紙に書かれた川崎茉莉という著者名を見て、優子は息を呑む。

 茉莉は小学生の頃から小説家になりたいと言っていた。本に巻かれた帯には「新たな才能、鮮烈のデビュー作!」と書かれている。どうやら夢を叶えたらしい。茉莉は結婚して大谷茉莉になっているが、旧姓を筆名にしたようだ。

 単行本にはかわいらしい富士山のイラストが入った一筆箋が添えられていた。中学生の頃から変わらない茉莉のくせ字が懐かしい。

 

 久しぶり! 急にごめんなさい。
 このたび小説遠雷新人賞を受賞して、小説家デビューしました!
 小さな頃からの夢が叶って、すごくうれしいです。
 ぜひ読んでほしいので送ります。

 

 小説のタイトルは『富士山のように』。表紙に描かれた富士山は向かって右側に宝永山が突き出た形で、故郷の富士山をモデルにしていることがわかる。

 優子は本にブックカバーをかけた。かつての友人の大事なデビュー作である。表紙をめくると、ご丁寧にサインが入っていた。

 帯に書かれたあらすじによると、富士のふもとに生まれた藍里という女が、同級生の康介を長年想い続けるストーリーらしい。茉莉自身の体験をモチーフにしていることは明らかだ。康介のモデルであろう坂口良輔のことも優子はよく知っている。

 

 小学校の児童会長を務めていた康介は、全校朝礼のときに富士市民憲章の序文を読み上げる担当だった。康介が「富士に生きるわたくしたちは、歴史と伝統をうけつぎ、明日にむかって、豊かな産業と文化のまちづくりをすすめるため、ひとつ」と読み上げると、全校児童は「富士山のように 広く 思いやりの心をもち たがいに助け合います」と唱和する。序文を淀みなく諳んじる康介の姿を見て、藍里は恋に落ちた。

 藍里は一途に康介を想い続け、中学二年生のときに初めて告白する。しかし康介は藍里の告白を受け入れなかった。

 勉強が得意な康介と同じ高校に通うため、藍里は猛勉強する。入試当日、インフルエンザに侵された藍里だったが、なんとか答案用紙を埋めて合格。高校に入学して再び告白するも、康介は首を縦に振らない。

 藍里は志望大学も康介に合わせる。東京の有名大学をそろって受験したところ、藍里だけ合格してしまう。康介は滑り止めで受験した京都の大学に進み、二人は離れ離れになる。しばらく音信不通になっていたが、富士市の成人式の日、ロゼシアターの階段で再会を果たす。

 社会人になってからも藍里はアプローチを続けるが、康介の気持ちは動かない。最終的に藍里は康介への想いを断ち切り、別の男と地元で結婚。富士のふもとで生きていく決心をする。

 

 ストーリーはほぼ事実だった。藍里の親友である葉子はおそらく優子がモデルになっている。恋に悩む藍里を優しく包み込む存在として描かれているが、現実の優子は良輔のことばかり話す茉莉に辟易していた。別の男と結婚すると聞いたときには心底ほっとした。

 結婚が区切りになったように、茉莉からの連絡は途絶えた。こうして夢を叶えて、良輔への想いも昇華できたことだろう。

 ただ、ひとつだけ優子が把握していないエピソードがあった。作中、藍里と康介は一度だけ体の関係を持つ。実話なのか創作なのか気になるところだが、確認するすべはない。

「何読んでるの?」

 ベッドに入ってきた夫が尋ねる。

「なんてことない、ただの恋愛小説」

 サイン本はメルカリで売れるのだろうかと考えながら、優子は本を閉じて良輔に抱きついた。

 


宮島未奈(みやじま・みな)
1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18 文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。新たなヒロイン像を描き話題に。

〈「STORY BOX」2023年8月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『警官は吠えない』池田久輝
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