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超短編!大どんでん返しSpecial

第6話
乗代雄介
「客人の思惑」


 別荘地をさらに離れた山の麓に、その別邸はある。主人が九月に急逝して以来、傷心の夫人は都内の邸宅から思い出多いこちらへ引っ込んで暮らしている。業者の出入りはあるが、家事は厭わず手伝いを雇うこともなかった。一人になって初めての冬を共に越そうと、夫人は四人の客人を招いた。

 夫人の姿が見えなくなったのは、三日目の朝のことだった。左手の薬指にはめていた指輪だけが玄関で見つかった。ダイヤモンドをぎっしり敷き詰めたエタニティリングを見て、客人たちは騒然とした。

「よく言っていただろう」A氏の声は震えていた。「節くれ立った指のせいで、この指輪はもう外すことができないんだって」

「そうよ」とB氏も落ち着かない様子で同調する。「まさに永遠の愛を示すものだって、冗談めかしておっしゃっていたわ」

「それが外れて、どうしてここに……」C氏は青ざめた顔で首を振った。

 広間に戻った三人は警察への通報を相談し始めたが、急にA氏が、もう我慢ならないとばかりにテーブルを叩いた。そして、広間の隅、暖炉の横に設えたソファの方を指さした。そこでは、もう一人の客人が読書に勤しんでいた。

「あんた、こんな時に、暢気に本なんか読んどる場合かね!」

「探偵さんだとうかがいましたけど」とC氏も言った。「知恵を貸してくれたっていいじゃありませんか」

 一枚めくった厚い本のページに目を走らせるばかりの探偵を、B氏だけは黙って見つめていた。

「おい、聞いているのか!」とA氏が叫んだ。

 探偵はやっと本から目を離し、うるさそうに一瞥した。三人は遠くで身構えた。

「聞いていますとも」穏やかに言って、また本に目を落とす。「ただし、今回、私は雇われたんじゃない。あなた方と同じ客として招待された身なんですよ」

「でも、夫人と縁がおありでしょう。ちょっと冷たいんじゃありませんか」

「冷たい?」探偵は溜息をつくと、指を栞にして本を閉じた。「あいにく、私はこうして本を読むのに比べたら、人の行方もご縁もご恩も大したこととは思えないのでね。ひと冬を何不自由なく静かに過ごす、そのために招待に応じたんです。とはいえ、思惑通りにいかないことは来てすぐにわかりましたよ」

 三人が眉をひそめる中、探偵は重そうな本を片手に立ち上がった。

「あなた方は全員、夫人を快く思っていないようですからね」

 三人はぎょっとして、横目でお互いを確認し合った。

「無理もないことです。夫人はお世辞にも立派な人物とは言えませんでしたから。家庭的な一方で、恵まれた自分を鼻にかけるところもありました。昨日、庭園を一緒に散歩なさっていたAさんが、夫人を置いて怒ったように歩き去るのをお見かけしましたが、大方そういうことでしょう」

 目を見開いてたじろいだA氏に、探偵は近づいていった。

「あなたは金が絡むと感情の抑えがきかない人間らしい。気に食わない話にカッとなって立ち去るのも衝動なら」と言って、指を挟んだままの本をA氏の頭上に振り下ろし、寸前で止めた。「こういう動作も衝動です」

「何をする!」A氏は頭を手で覆ったまま怒鳴った。

「知恵を貸してくれと言われたので、仕方なく考えているんですよ。わざわざ読書を中断してね。しかしあなたなら、手をかけたところで指輪を放っておかないでしょうね」

「無礼者!」

「Bさんは」意にも介さず探偵は続ける。「大学時代、亡くなった旦那さんと深い仲だったとか。夫人はずっと、お二人がこの別邸でたびたび関係を持っているのではと疑っていましたよ。今のところ、証拠になりそうなものは年甲斐もない手紙ぐらいのものでしたが、ここらを探せばまだ出るでしょう」

「な、何を言うんです!」とB氏は明らかに動揺した。

「私がどこまで知っているかはご想像にお任せします。Cさんがこの別邸をどうにかして手に入れようとしていた件も同様です」

 口に手をやって震え出したC氏を、探偵は見もしない。

「そうして色々聞かされるうち、私は体よく用心棒として招かれたことに気付いたわけです。しかし恐ろしいことに、それすらも表向きだったようですよ。なにせ夫人は、欲しいものは全て手に入れようとする方でしたから」

 探偵は、そろそろ重みに耐えかねたという風に、手にしていた本をテーブルへ開き置いた。その拍子に、挟んでいた指が床に転がり落ちた。指輪の跡がくっきり付いた、節くれ立った薬指が。

 B氏とC氏の甲高い悲鳴が上がった。

「昨夜、栞が手近になかったもので」探偵は微笑を浮かべ、近くの椅子に腰を下ろした。「我慢ならないものですよ。静かな夜の読書を、体を触ってくる厚化粧の醜い女に中断させられるというのは」

 三人は息を呑んで、至って冷静な顔つきの探偵を見た。

「そこでご相談です。この殺人を、夫人の失踪事件にすべく協力していただけませんか? もちろん、皆さんの思惑も勘定にお入れしますよ」


乗代雄介(のりしろ・ゆうすけ)
一九八六年北海道生まれ。二〇一五年「十七八より」で第五八回群像新人文学賞を受賞しデビュー。二一年『旅する練習』で第三四回三島由紀夫賞受賞。著書に『本物の読書家』『最高の任務』『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』など。

〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉

思い出の味 ◈ 河野 裕
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.7 うさぎや矢板店 山田恵理子さん