▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 藤崎 翔「夢の小説」

第8話
藤崎 翔
「夢の小説」
都内の一等地に建つ豪邸。その客間で、家の主である若手作家と、担当の編集者が打ち合わせをしている。その作家は、公募の新人文学賞を二十代半ばで獲って華々しくデビューしたのち、これまでベストセラーを連発してきたが、最近はスランプに陥り、二年近く新作を発表できずにいた。
「悪いね。いつまで経っても新作のストーリーが浮かばなくて」
作家が革張りの高級ソファに深く腰掛け、高級葉巻をくゆらせながら言った。
「いえ、とんでもございません」
編集者はこの作家よりも年上だが、敬語を使ってうやうやしく頭を下げた。
「毎日必死に考えてはいるんだけどね、どうにも煮詰まっちゃうんだよ。ここ最近は眠りも浅くて、毎晩夢の中でも新作のストーリーを考えるようになっちゃってさ」
「夢の中でも、ですか?」
「そう。といっても、小説のようにドラマチックな夢を見るというわけじゃないんだ。夢の中でも俺は、机に向かって小説のストーリーを考えてるんだよ」
「へえ、それは大変ですね」編集者が同情的にあいづちを打った。
「だから、毎晩枕元にメモとペンを置いて、夢の中でいいストーリーを思いついたらすぐに起きて、寝ぼけながらメモを書くようにしてるんだけどさ。そういうストーリーって、書いてる時はものすごい傑作のような気がしてるんだけど、朝起きてから読んでみると全然だめなんだよな。序盤のアイディアはいいんだけど、中盤以降は全然辻褄が合ってなくてさ。起承転結でいうと、起の部分はまあ面白いのに、承のあたりからおかしくなって、転結にいたってはもう支離滅裂なんだよ。最近はもう毎朝のように、ベッドの上でメモを読み返しては、『なんじゃこりゃ、こんなのがヒットするわけないだろ!』って叫んで、メモをびりびりに破り捨ててるんだよ」
「そんな御苦労をされてるんですか……」編集者が大げさにうなずいた。
と、そこで作家が身を乗り出して、ささやくように言った。
「でも、それを繰り返してるうちに、いい考えを思いついたんだ。──どうかな、そんな小説を、思い切って出版しちゃうっていうのは」
「えっ?」編集者は目を丸くした。「いや、先生の原稿を頂けるのはありがたいんですけど……正直、物語の後半は支離滅裂なんですよね?」
「そこなんだけどさ、小説の中盤に差しかかるあたりのページに、揮発性の麻酔薬を染み込ませておくんだよ」
「麻酔薬?」
「ああ。要はそのストーリーってのは、夢うつつの状態で読めば傑作のように感じるわけだろ。だから、完全に眠っちゃうほどではないけど、読みながら頭がぼんやりする程度の麻酔薬を、物語の中盤で読者に嗅がせれば、傑作だと勘違いするんじゃないかな」
「なるほど……それはいいアイディアですね!」
「作家が夢の中で考えた支離滅裂な小説でも、読者が夢うつつで読めば、最高に面白いと感じてくれる。作家にとっても読者にとっても、まさに『夢の小説』さ」
前代未聞の試みではあったが、その作家は出せば必ずヒットするほどの売れっ子だったので、出版社は提案に乗った。半年後、物語の中盤の数ページに独自開発した麻酔薬を染み込ませるという、秘密の製本工程を経た、その作家の新作小説が発表された。
それは、たちまちベストセラーになった。
「読んだ後に内容を振り返ってもなぜか思い出せないけど、とにかく最高に面白かった」
「面白すぎてストーリーを忘れてしまうぐらい、とにかく型破りな傑作だった」
そんな読者の感想が、ネット上のレビューにも数多く寄せられた。もちろん出版社は、いくら版を重ねても映像化や電子書籍化は絶対にしなかった。
しかし、売り上げ部数が百万部に達しようかという頃、事件は起きた。製本工場で麻酔薬を多く染み込ませすぎるミスが発生し、読者が相次いで昏睡状態に陥ってしまったのだ。そのため、その本は「死の本」「呪いの本」などと恐れられ、ついには絶版に追い込まれ、作家は世間から白眼視されてしまった。
ところが、作家が独自に事件の真相を調べるうちに、驚くべきことが分かった。麻酔薬の一件はミスなどではなく、製本工場の従業員たちが全員、地球滅亡をもくろむ宇宙人に入れ替わっていたのだ。作家と編集者は地球を救うべく、製本工場を装った宇宙船に潜入し、宇宙人たちと死闘を繰り広げ──。
と、ここまで読んだところで俺は、四畳半のボロアパートの煎餅布団の上で、チラシの裏にメモしたアイディアをびりびりに破り捨てて叫んだ。
「なんじゃこりゃ、こんなのが新人賞を獲れるわけないだろ!」
藤崎 翔(ふじさき・しょう)
一九八五年茨城県生まれ。高校卒業後、お笑い芸人として活動した後、二〇一四年『神様の裏の顔』で第三四回横溝正史ミステリ大賞を受賞。著書に、ドラマ化もされた「おしい刑事」シリーズ、『指名手配作家』『守護霊刑事』など。
〈「STORY BOX」2021年11月号掲載〉