深明寺商店街の事件簿〈四兄弟編〉第3話後編 井上真偽

深明寺商店街の事件簿4兄弟編


(あらすじ)深明寺近くに住む木暮四兄弟。次男・福太が拾った焼き鳥の本には切り抜かれた痕が。三男・学太は脅迫状が作られたのではと推理する。ミステリーグルメツアーに出ている長男・元太が関わっているのではと疑った福太たちは……。


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 戻ってきたスタッフの車を追跡する中、福太ふくたは無言だった。美音みねの最後の一言が、強烈に頭に残っていたからだ。

 山根やまねさんが、亡くなったお袋の友達……?

 学太がくたも同じく無言。車内には、退屈してついにダウンした良太りょうたの寝息と、能天気な藤崎ふじさきの鼻歌だけが響く。

「あの人がお袋の友達って……学太、覚えてるか?」

 小声でたずねると、学太は首を横に振った。

「いや。全然。といっても、僕たちだって幼かったし、母さんの交友関係をすべて把握していたわけじゃないから」

「兄貴は、知っているのかな?」

「わからない。けど、会っている可能性は高いかもね。僕たちの中では一番、元太げんたが母さんといた時間が長いから」

 藤崎がラジオをつけた。陽気なレゲエ調の曲が流れ、藤崎の頭が揺れ始める。

「もし元太が知ってたとすれば」曲に声を潜ませながら、学太が続ける。「ますます、危ないかもね」

「危ない?」

「母さん似の、昔の母さんの友達が突然目の前に現れたんだ。そりゃ元太だって動揺するさ。母さんと過ごした記憶がよみがえって、またすさんだ気持ちになったとすれば……」

 まさか。福太は眉をひそめた。確かに元太は一時期悪い仲間とつるんでいたが、それでも一線は越えなかったはずだ。それに──。

「兄貴がお袋のことを思い出した、ってんなら」福太は反論する。「逆だろ。兄貴はしっかりするんじゃねえか。そもそも兄貴が立ち直ったのも、お袋のおかげなんだし」

「ああ……元太の『元』ね」

 母親のれいは、自分の子供が生まれるたび、我が子に向けた「誕生カード」を作った。それは絵本作家らしく手の込んだイラスト入りのカードで、子を得た喜び、感謝、忠告、名前に込めた思いなどが、産みの苦労の恨みつらみとともに長々とつづられている。

 元太の「元」は、元気の「元」──元太のカードには、確かそんなことが書かれていたはずだ。その亡き母親からのメッセージに、元太はすんでのところで思いとどまり、「自分の力で誰かを元気づけられる」料理人を目指したのだ。

「でも……じゃあ、消えたベトナム人女性の行方は?」学太がかれたように自問する。「元太が女物を買っていた理由は? 元太がレシピを知った経緯や、あの脅迫状との関係は……?」

 もちろん福太に答えられるはずもない。そうこうするうちに、スタッフの車が止まった。武家屋敷のような瓦塀が見える。庭園付きの立派な日本家屋で、どこぞの高級料亭といった趣だ。

「次は和食みてえだな」

 車を少し離れた路肩に止め、藤崎がつぶやく。

 門から例の水色の上着の女性が飛び出してきて、スタッフから財布を受け取った。やはり彼女の落とし物だったらしい。その姿が再び中に消えたので、そのまましばらく待つ。風が強まり、やや雲行きが怪しくなってきた。そういえば、と福太は思い出す。午後は天気が崩れるって、予報で言ってたっけ。またこの前の台風みたいにならなきゃいいけど。

 やがてまた、ツアー客たちが出てきた。バスに乗り込み、出発する。途中で一度コンビニに寄ったほかは、バスはどこにも立ち寄らずひたすら道路を走り続けた。予定が押しているのか、やや急ぎ足な印象を受ける。

「やべ。高速だ」

 藤崎が言った。見ると、少し離れた前方のツアーバスがウィンカーを出し、高速入り口に続く脇道へ入ろうとしている。

「高速代なら、後で払います」

「そうじゃなくてな……ガソリンが、あと少しなんだ。ここまで遠出するとは思わなかったからよ。どうする、学ちゃん? 一か八か、このまま突っ込んでみるか? サービスエリアで休憩するかもしれねえし」

「ああ。それなら大丈夫です」

 学太がスマホをいじりながら言う。

「このまま国道を走って、どこかで給油してください。行き先はだいたい絞れました」

「行き先が絞れた? 何でわかるんだ?」

 すると学太は、「これ」と言って小さな紙片を見せてきた。

「何だ、これ?」

「さっきツアーバスがコンビニに立ち寄ったときに、拾ったレシート。例の『ドジな水色の上着の女性』が落としたんだ。この買い物を見て、ピンときた」

 福太はその品目を読んだ。クレンジング剤、保湿クリーム、化粧水、ヘアバンド……?

「ただのメイク直しなら、こんな道具はいらないだろ。わざわざクレンジング剤や保湿クリームや化粧水を準備したり、ヘアバンドを使うってことは、一度徹底的に化粧を落とすつもりだってこと。つまり……」

 学太はスマホを福太に突き出し、表示された周辺施設のリストを見せた。

「次の目的地は、温泉だ」

  

 学太の推理通り、ツアーバスはすぐに見つかった。このあたりは特に温泉地というわけでもないので、温泉施設自体が少なかったからだ。

 駐車場で少し待つと、バスは一時間ほどでまた出発した。滞在時間がやや短いのはやはりスケジュールが押しているからだろう。風は冷たく、空には灰色雲が広がっている。また大雨になるかもしれない。

「最後の食事場所がわかった。〇╳という港にあるクルーズ船だ。そこで船上ディナーをするみたい」

 尾行を再開中、学太がまたなにかをスマホで調べながら言った。

「今度のはどういう推理だ?」

「今のは推理じゃないよ。さっきの駐車場で、運転手とスタッフの会話を盗み聞きしただけ。これまでとは違って今度の駐車場には他の温泉客も大勢いたから、隠れて近づくのは楽勝だったよ」

 スパイもできるのか、こいつ──まあ何にせよ、これで「探偵ごっこ」もいよいよ大詰め。ここまでくれば、もはやあれこれ考える必要もない。元太に直接会って、くだけだ。

 ふと福太は、学太が四角い小袋を握っているのに気付いた。

「何だそれ?」

「バスソルト。例の『ドジな水色の上着の女性』が、また落としていったんだ。たぶん土産物として買ったんだと思うけど……」

 またか。律儀なまでのドジっぷりに、さすがに福太も苦笑を禁じ得ない。

「何か俺たち、『ヘンゼルとグレーテル』って感じだな」

「どうして?」

「だってよ。その人の落とし物をたどって、俺たちはここまで来れたわけだろ。財布とかレシートとか」

「ああ……それならむしろ、僕は『注文の多い料理店』を連想するね」

 学太は袋を手の中でくるくる回す。

「帽子に靴、上着、財布、クリーム、塩……これって全部、あの話に出てくる『紳士の客』たちが、レストランから注文された物じゃん。ここだけ見たら、なにかのメッセージかと疑っちゃうよ」

「メッセージ?」

「『私たち、食べられそうです。助けてください』──みたいな?」

 そういやあの童話って、そういう話だっけ。福太は母親が読んでくれた話を思い出す。狩りに出た二人の紳士が山中のレストランを訪れるが、実は立場が逆で、客側が食べられるほうだった──ってやつか。

「食人グルメツアー、か……」

 学太が意味深に呟き、福太は顔をしかめた。

「お前まさか、あの都市伝説のことを、本気で──」

「そんなわけないじゃん。ただ、『食い物にする』って、別の意味もあるよね。自分の利益のために他人を利用する、みたいな……」

 学太はバスソルトをポケットにしまうと、思い出したように運転中の藤崎に訊く。

「藤崎さん。そういえばさっき、お店の取引先について訊いたとき、言ってませんでしたか? ツアー会社との取引について、神山かみやまさんに注意されたとか」

「ん? ああ」藤崎があくびをみ殺しつつ答える。「あのツアー会社の社長、もともと旅行業者じゃなくて、健康食品とかを扱う輸入業者だったらしくてな。そのときに、違法な商品を取引していたってうわさらしいや。未承認の医薬品とか、密猟したセンザンコウのウロコとか──ただ当局の締め付けが厳しくなって、それで表の商売にくら替えしたっつう話。

 そう神山のおばちゃんから聞いてたから、声をかけられても無視するつもりだったけどよ。しかし、グルメツアーの企画にオレんとこに一言も声をかけないなんて、その社長も見る目ねえな。どうかしてるぜ」

 もともとグレーな業者だったのか。隣を見ると、学太がうつろな表情で一点を見つめていた。「違法な商品……海外客向けのツアー……行方不明の女性……」不穏な呟きが聞こえる。

「あれ? 学ちゃん」そこで藤崎が言った。「何だ、あのバス? また高速に乗っちまったぜ。港と方向違くねえか?」

 えっ、と学太が顔を上げた。脇道にれていくバスを眺め、しばらく考え込む顔をする。

 それからスマホでルートを確認し、「しまった!」と叫んだ。

「どうした、学太?」

「まずいよ、福太! あのバス、もう港に向かっていない!」

「何だって?」

「目的地を変更したんだ。たぶんこの天気のせいだ。海が荒れ始めて、クルーズ船の運航が中止になったんだ」

「マジかよ」藤崎も慌て出す。「すまねえ、学ちゃん。高速の入り口過ぎちまった。早く戻って、あのバスを追わねえと──」

「いや、このまま港に向かって、藤崎さん!」

 学太が運転席に身を乗り出して叫ぶ。

「急な予定変更ってことは、キッチンスタッフはまだクルーズ船にいるはず。そっちで元太をつかまえます。今からUターンしてバスを追っても、見失う確率のほうが高いし」

「え? でも、ストーカー女を追うんじゃ──」

「元太の後を追えば、次の目的地もわかるから。とにかく、早く!」

「そうか──よっしゃ、まかせろ!」

 藤崎がアクセルを踏み込み、勢いよく前方の車を追い抜いていく。

 


井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身。東京大学卒業。二〇一四年『恋と禁忌の述語論理』でメフィスト賞を受賞しデビュー。一八年『探偵が早すぎる』がドラマ化され話題に。著書に『その可能性はすでに考えた』、『ベーシックインカム』、『ムシカ 鎮虫譜』などがある。

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