『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談 ◆ 根本宗子 × 又吉直樹

『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談 ◆ 根本宗子 × 又吉直樹

人と関わることは、面倒くささをすべて引き受けるということ

 また一人、文学界に新たな才能が現れた。気鋭の劇作家・根本宗子の初小説『今、出来る、精一杯。』が大きな話題になっている。同作品は、根本が二十三歳の時に作・演出した舞台『今、出来る、精一杯。』をみずから小説化したものである。
 演劇界から文学界へ――その意気込みを語る相手は、人気芸人にして芥川賞作家の又吉直樹である。以前から交流のある二人が、創作論、人生論を交わした。


自分の書き方が決まり初めて客席が埋まった

又吉
『今、出来る、精一杯。』は、もともと根本さんがお芝居でやられていたものを、小説にされたものですよね。小説を読んで面白かったので、「演劇だとどうなっていたんだろう?」と思うところがいっぱいありました。時間の流れ的には一緒なんですか。

根本
 ほぼ一緒です。ただ、小説の場合は一人称で、一人ずつ女の子たちが出てきて物語を語り継いでいく構成にしたんですが、演劇の時は十二人の群像劇という要素が強かったと思います。

又吉
 物語の登場人物である語り手たちのいろんな物事への気付き方が、かゆいところに手が届いてるというか、「あんまりそこは考えたことがなかったけど、確かにそうだ」と感じる箇所が多くて。繊細な感覚を書く人ってたくさんいるんですけど、スタンダードじゃない繊細な語りだなと思いました。根本さんの舞台は何度か観たことがあるので、これは根本さんの特徴なのかなと思いながら読みました。

根本
 そうかもしれないです。特にこれは二十三歳の時に書いたホン(※初演は二〇一三年三月)なので、そういうことを一番細かく描いていました。やっぱり歳を重ねるごとに気付きが減っちゃったり、鈍感にならないと生きていけないよなぁみたいな気持ちが出てきてしまったので、なるべく二十三歳の時の感覚を思い出しながら書いていきました。

又吉
「車椅子に乗った時に、周りよりも視点が低くなる」という指摘は、読んでみて初めて「あ、そっか。そういうふうに感じる時もあるんだなあ」と思いましたね。

根本
 私は足を怪我して、中学高校の頃はずっと車椅子に乗っていたんです。同い歳の子たちが同じ制服を着て教室に集まっている時に、私だけ目線がいつも低い位置にある。二十三歳の時は車椅子から立って数年後だったので、昔の感覚を思い出すのが怖かったりしていたんですが、そこからだいぶ時間が経ったこともあり、その時のことを冷静に振り返ることができました。車椅子に乗ったままだとエレベーターのボタンに指が届かない……という描写は、今だから足せたものだなと思います。

又吉
 細かい感覚とか感情の部分で、それまでの経験がわりと反映されているってことなんですね。

根本宗子さん
根本宗子(ねもと・しゅうこ)
1989年生まれ、東京都出身。19歳で月刊「根本宗子」を旗揚げ。以降すべての作品の作・演出を務める。近年の演劇の作品として2018年『愛犬ポリーの死、そして家族の話』、2019年『クラッシャー女中』、2020年『もっとも大いなる愛へ』などがある。本書が初の小説となる。

根本
 そうですね。例えば、うちの母親と中村勘三郎さんの奥様が幼なじみで、歌舞伎が身近にあったことが、自分と演劇の最初の出合いなんです。私は勘三郎さんに役が書きたくて作家になったんですが、この作品を書いた数ヶ月前に勘三郎さんが亡くなってしまいました。お葬式から帰ってくるシーンで登場人物の一人が思っていることは、当時の私自身が勘三郎さんの死に対して考えたり感じたりしたことが、そのままではないけれども入っています。

今、出来る、精一杯。

『今、出来る、精一杯。』小学館
東京都三鷹市のスーパーマーケット「ママズキッチン」で働く人々は皆どこかヘン。しかしもっとおかしいのは毎日この店を訪れ「お弁当をタダでくれ」を叫ぶ車椅子に座る女だった。言葉を聞き入れてもらえない少女、自分の意見を捨てた女、完璧に見えるバイトリーダーに、他人の人生を壊してしまった男……。バックヤードで繰り広げられる言葉の応酬と傷つけ合い。めんどうな12人の人間が曝け出した感情の先に希望は灯るのか。
 

又吉
 大事な作品なんですね。

根本
 二十三歳で『今、出来る、精一杯。』を書くまでは、「どうやったら大人計画みたいな芝居が作れるんだろう?」とか、そういうことばっかり考えていたんです。好きな作家のマネではない、自分の書き方が初めて決まったのがこの作品でした。それまでチケットが売り切れたことはなかったんですけど、初めて客席も埋まったんですよ。いろいろな意味で、自分の中でターニングポイントになった作品なんです。

イヤな部分を書くにはこちら側の愛情も必要

又吉
 三鷹のスーパーマーケットで働いている人たちのお話ですが、三鷹には何かゆかりがあるんですか?

根本
 当時、三鷹に住んでいたんです。スーパーマーケットで働いている人たちの話を書こうかなぁとなんとなく思って、近所のお店へアルバイトの面接に行ってみたりしましたね。何か抱えていそうな店長だったんですよ。バックヤードもちょっとじめっとした感じで……。

又吉
 バックヤードって、だいたいちょっとじめっとしてますよね。

根本
 確かに!(笑)

又吉
 語り手によって、考え方とかが全然違うじゃないですか。それも二十三歳の時に、既に書き分けていたってことですか。

又吉直樹さん
又吉直樹(またよし・なおき)
1980年生まれ、大阪府寝屋川市出身。2015年に小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。21年には執筆活動の拠点として『月と散文』を開設。テレビやラジオ出演のほか、YouTube チャンネル『渦』での動画配信など多岐にわたって活躍中。著書に『劇場』『東京百景』などがある。

根本
「書き分けよう」とか技術的なことは、当時は考えもしていなかったんです。初演の時の十二人のキャストに当て書きした結果、こうなっていった。「この人にやってほしい役はこれだな」とか、「この人がこのセリフを喋っていたら面白い」という発想で書いていったものなので、当時の役者のおかげでできあがった部分が大きいです。

又吉
 役者に当て書きするというのは、演劇ならではの面白さですね。

根本
 私は逆に、当て書きしかできないんです。役者が決まっていないと、ホンがまったく書けないんですよね。だから、初めてご一緒する役者さんには「少しでもいいのでお話しする時間をください」とお願いして、喋り方の癖とか、よく使う言葉とかをリサーチしてから書くんです。そうやって書いたホンを、稽古をしながらどんどん変えていく。でも、小説って永遠に、書いても書いても喋ってくれる役者がいないじゃないですか。

又吉
 そうですね(笑)。

根本
 それが今回、寂しかったし難しかったです。小説を書きながら、「稽古場に行きたい!」とずっと思っていました。

又吉
 僕は昔、コントユニットをやっていたんです。ハイキングウォーキングさん、平成ノブシコブシ、イシバシハザマ、ピースの四組で「ラ★ゴリスターズ」と名乗って、劇場で何回か公演をしました。その中で二十分か三十分ぐらいあるお芝居をやったんですけど、その脚本は八人を当て書きして僕が書いたんですよね。それぞれの人間性を細かく入れて書いたら、打ち上げの時にちょっとどうなのとみんなに言われました。綾部(ピースの相方・綾部祐二)を裏切り者にしたりしていたので。

人間

『人間』角川文庫
38歳の誕生日に届いた一通のメールが痛恨の記憶を呼び起こす。漫画家を目指し上京した永山が住んだのは、美術系の学生が集う共同住宅「ハウス」。住人たちとの生活の中である騒動が起こりすべてが打ち砕かれる―。何者かになろうとあがいた歳月の果てに永山が見た景色とは? 自意識にもがき苦しみながらそれでも生きていく「人間」を描いた又吉直樹の初長編小説が、単行本では描かれなかったエピソードを加筆し、待望の文庫化。
 

又吉直樹 YouTube【渦】
元きのこ帝国佐藤千亜妃さんとの『人間』表題曲制作に密着中!

YouTube【渦】

根本
 でも、その人のイヤな部分を書くのには、こちら側の愛情も必要ですよね。

又吉
 そこを面白がってるってことですもんね。まったく書く気がしない、創作意欲が湧いてこないって人のほうが、こっちからしたら実は愛情がない。

根本
 今回の小説の中に利根川さんという、働いているスーパーでワインを飲んでベロベロになっちゃう女の人が出てくるんですけど、当時一緒にやっていた劇団員に当て書きしたんですね。その子は、シラフの時は大好きなんですけど、本当に酒癖が悪くてイヤだなって思っていたんですよ。「二度と酒を飲まないでほしい」という思いを込めて、あの役を書いたんです。でも、書いていること自体はその人のイヤな部分なわけだから、愛情はストレートには伝わらない……。

又吉
 それは伝わりにくいかもしれない(笑)。

分かり合える人だけじゃない集団の中に入っていく必要性

又吉
 この小説を読んでいる時に、昔コンビニで深夜バイトをしていた時のことを思い出しました。そういう環境を自分の「ホーム」にしていくというのが、なかなか僕も苦手なんですよ。その環境の中にいる自分が「ヘンなやつ」とか「おとなしい人」って扱いを受けているのもしんどいし、周りのみんなが自分には理解できないような恐ろしい人たちに見えていた。そういう意味で、ちょっと懐かしさのある怖さが書かれていたんです。ただ、小説の中ではそういう人たちの内面も語られている。「あっ、なるほどな。みんな普通の人間ではあるよな」と思いました。

根本
 それぞれに生活がありますもんね。

又吉
 登場人物たちがみんな、普通にも見えるけど、ヘンにも見えるっていうのが面白かったです。

根本
 そのバランスは、舞台の時はそれぞれの役者が保ってくれていたんです。イヤな役だけど、役者自身が持っている愛嬌のおかげで笑って見られたり、「イヤだけど、分かるな」というところまで持っていくことができた。そういう面でも小説は役者に助けてもらうことができないので、イヤな部分の描写をどうするかはすごく悩みました。

又吉
 人と関わるということは、相手の大変なところや面倒くさい部分を全部引き受けることだ、って書かれていると思ったんですよね。このスーパーで起こっていることはその極限みたいな状況ではありますけど、書かれていること自体はすごい分かるなぁと。スーパーで働くって意思を持った人が集まったら、そりゃあ、あらゆることがばらばらやろうし、スーパーはみんなが使う場所でもあるから、お客さん含めたら本当にいろいろな人がいるわけじゃないですか。まぁ、芸人の世界もいろんな人がいるといえばいるんですけど、目的は一緒やったりするので……。

根本
 共通の話題も生まれやすいですしね。

又吉
 でも、アルバイトをしている時って、すごく不安になる時があったんですよ。友達の間ではウケてたはずの自虐が心配されたり、「そんなことないよ」と励まされたり。ルールが定まってない、関係性がまだ結ばれていないところにいると、自分の言葉がまったく通用しない。歳を取ってきて、そういうことがだんだん減っているんですよね。基本的には人間関係の煩わしさがどんどんなくなっているんですけど、根本さんの小説を読んで、たまには知らない環境に行ったり、分かり合える人だけじゃない集団の中に入っていくのも必要だなというふうに思いました。

ムカついたほうが怒りを二作目の燃料にできる?

根本
 今までは作品を一つ作ったら、必ず初日にお客さんが目の前にいて、リアクションをダイレクトに知ることができました。でも、小説の場合は違うので、戸惑いがあります。実は舞台をご覧になっていない方で、小説を読まれた方の感想をこんなに長く聞いたのは、又吉さんが初めてなんです。「すっごいつまんなかったです」みたいな感じではなくて、ちょっとホッとしました。そうだったとしても、こんなところでおっしゃらないと思うんですけど……。

又吉
 いやいや、面白かったです、本当に。じゃあ、ようやく初日を迎えられたという感じですか。

根本
 はい。演劇との違いで言えば、小説はいろんな地域で同時に発売されるんですよね。それが嬉しいし、読んだ方からのリアクションが楽しみです。

又吉
 読んで、反応してもらいたいですよね。無反応とか、「小説を書いた」って事実だけを言われたりするのはイヤですね。

根本
 無反応は一番寂しいですし、性格的に「やっぱり演劇の人が書く小説はあんまり好きじゃなかった」とか言われたほうが、二作目を書きそうな気がしています。

又吉
 ムカついたほうが、怒りを二作目の燃料にできる、と。

根本
 演劇も、失敗して気付くことがいっぱいあったんです。「そりゃあ一回じゃうまくいかないよな」ってなるほうが性に合っている。……かといって別に悪口言われたいわけじゃないんですけど(笑)。

又吉直樹 オフィシャルコミュニティ【月と散文】
週三回書き下ろしの文章公開中!

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(構成/ 吉田大助 撮影/ 藤岡雅樹)
〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉

# BOOK LOVER*第6回* 広末涼子
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第194回