第一回「日本おいしい小説大賞」募集開始記念選考委員座談会 山本一力 × 柏井 壽 × 小山薫堂 お腹を鳴らして "味"を書く

山本一力 × 柏井 壽 × 小山薫堂 お腹を鳴らして "味"を書く

君が何を食べるか言ってみたまえ。君が何者であるかを言い当てよう──。世界に名を馳せたフランスの食通ブリア・サヴァランは、自著『美味礼讃』の中でそんな名言を後世に残している。食べ物はその人物の人となりを如実に表すという意味だが、つまり食はそれほど人と密接な関係にある。実際、群ようこ『かもめ食堂』や小川糸『食堂かたつむり』など、忘れられない食の描写に出会うことは珍しくない。そこで新たにスタートする「食」に特化した「日本おいしい小説大賞」選考委員を務める三人に、創設の経緯や「食」を表現する秘訣を聞いた。

 

「味の思い出」と 「思い出の味」の違いとは?

柏井 私はこの賞の言い出しっぺの一人なのですが、小学館がこれより先に「警察小説大賞」という新人賞を始めることを知り、「警察小説がありなら、読者の皆さんにとってより身近な、"おいしいもの"というテーマで縛るのもありではないか」と考えたのが始まりでした。実際、池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」シリーズを筆頭に、直接「食」を題材としたものではなくても、料理や食事のシーンが強い印象を残す作品は多数存在しています。そんな「おいしい小説」をもっと読んでみたいというのが、この賞が生まれたきっかけです。

山本 三人の中では私が最年長になります。私の幼少期というのは、終戦からまださほど時間が経っていない時期で、「食べる」ことが非常に重要な意味を持っていました。好き嫌いを言うなどあり得ず、何でも食べられればありがたい、そんな時代です。当時の一番のご馳走はカレーライスでした。今のカレーと違ってカレー粉とうどん粉を混ぜて炒めた黄色いカレーですが、これにウスターソースをぶっかけて食うのがめっぽううまかった。誕生日など何か特別な事情がなければありつけない高級品でしたけど、今こうして話しているだけでよだれが出てきますよ。どんな世代であっても、誰しもそういう大切な食べ物があるはずです。それを皆さんがどんな小説に仕立ててくるのか、本当に楽しみですね。

山本一力さん

小山 僕はこの選考委員のオファーをいただいた時、率直にイヤだなあと思ったんですよ(笑)。人様の作品を偉そうに評価する力が自分に備わっているとは思えませんし、何より、一人の物書きとしては、なまじ面白い作品が送られてくると悔しいじゃないですか? 結局は柏井先生に押し切られてしまいましたが(笑)。

山本 そのお気持ち、よくわかります(笑)。実際に文学賞の選考をやっていると、「こんなことを思いつくのか」とショックを受ける作品に出会うことがしばしばありますから。

小山 ですよね。だったらむしろ、自分が小説を書いてこの賞に応募したかったくらいですよ。僕自身、食は大好きなテーマですし、物語をつくる際にも食のシーンを思い浮かべてそれを膨らませていくことが多いですから。

──お三方が食を表現する際に心がけているポイントは何でしょう。

柏井 僕がいま「STORY BOX」に連載している『鴨川食堂』では、毎回必ず先に料理を決めてから物語を考えるようにしています。どんな料理を登場させるかを考えて、まずはそれを実際につくってみる。そしてイメージ通りの味であれば、次にこれをどんな人に食べてほしいか、あるいはどんな人につくってほしいのかを考えて、プロットを組み立てていくんです。
 この際に重視しているのは、オムライスやカレーなど誰もが思い浮かべやすいものであること。読者が食の記憶に共感できなければ意味がないんです。その意味では今回、「日本おいしい小説大賞」に挑戦される皆さんにとっては、誰とどこで食べたかという「味の思い出」よりも、かつて五感で感じた「思い出の味」を表現するのは非常に難しいことだと思いますね。

柏井壽さん

山本 私は食のシーンを描く際は、必ず腹を空かせた状態で執筆するようにしています。『銀しゃり』の冒頭でも、鮨職人の新吉が炊き損じた白米を握り飯にするシーンを描きましたが、自分がそれを「食べたい」と思えなければ、うまそうな描写にはなりません。食べることはそもそも人間の本能ですから、お腹を鳴らしている自分が食べたいものを思い浮かべながら書くのが一番でしょう。生きるために何を食うか、そこに描かれている物語から「ああ、この人は生きていきたいんだな」と感じ取れれば、「食べる」ということをより深く理解できるはずです。とくに最近は、食欲や睡眠欲、性欲といった本能がへたってきているから、なんだか世の中が妙なことになっていますよね。だからこそ理屈ではなく、おいしいと感じた記憶を頭にイメージして、本能的に伝えていきたいと思っています。

小山 食というのは僕にとって、少し罪悪感を伴うものなんです。というのも、命あるものをいただいて生きていくことは、命をつないでいく行為であり、そこには食べる人にも調理する人にも、ある種の責任のようなものが発生するのではないかと考えているからです。実は「おくりびと」の脚本を書いた時も、命をつないでいく責任を物語に重ねたい気持ちがありました。だから今回、書き手の皆さんそれぞれが、「食」への思いを物語にどう昇華するのか、とても楽しみにしています。とくに最近は地方創生への取り組みが活発ですから、各地域に存在するおいしいものへの情熱が、僕らの知らない新しい物語を生み出すきっかけになるのではないでしょうか。

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