今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『夜汐』
東山彰良
角川書店 本体1600円+税

 台湾の現代史を背景にした直木賞受賞作『流』、SF的な設定を導入した『ブラックライダー』など多彩な作品を発表している東山彰良の新作は、幕末維新を舞台にした初の時代小説である。

 亀吉が親分の曲三に黙って開いた賭場が荒らされ、大金を盗まれた。犯人は祐天仙之助のところの蓮八だが、これは吉原で働く蓮八の幼馴染みで亀吉の姉の八穂を救う狂言だった。この筋書きを知った曲三は、凄腕の殺し屋・夜汐を雇う。

 ほとぼりを冷ますため江戸を離れた蓮八は、京で新選組に入り沖田総司と親しくなる。やがて八穂からの手紙を読んだ蓮八は、芹沢鴨の短筒を盗むと局中法度を破って脱走。土方歳三と沖田が、初の脱走者を処分する追手となる。その頃、夜汐も山中を逃げる蓮八に迫っていた。

『逃亡作法』など初期のクライムノベルや、西部劇を思わせる『罪の終わり』のようなアクションが出てくるので、著者のファンなら時代小説と意識することなく楽しめるはずだ。その一方で、アウトローの蓮八が逃亡を続けながら八穂の家を目指すロードノベル的な展開は、いまでは書き手が少ない股旅もののテイストがあり、沖田や土方といった新選組隊士も、著者独自のキャラクター設定が施されているので、時代小説や新選組が好きな読者も満足できるのではないか。

 蓮八は危ない橋を二度も渡ったことで夜汐と新選組に追われるが、岐路に立たされているのは蓮八だけではない。剣の腕が認められ出世したら、銃という新兵器との戦いを強いられる新選組も同じなのだ。生と死の境目に置かれ、時代の荒波に翻弄されながらも、何をすればいいかが見えず迷う本書の登場人物たちの姿は、同じく先が見通せない時代を生きる現代人にも共感が大きいように思える。

 だがその中にあって、夜汐だけは西洋の悪魔のようにぶれることなく人の命を奪う。蓮八は、そんな夜汐を「死」の象徴と考えるようになる。夜汐と接するうちに生と死の意味を見つめ直す蓮八を見ていると、生を輝かせるためには何が必要で、どのように死を迎えるのが最善なのかを考えずにはいられないだろう。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2019年1月号掲載〉