今月のイチオシ本 【エンタメ小説】

『わたし、定時で帰ります。ハイパー』
朱野帰子
新潮社

 現在TBS系で放映中のドラマの原作『わたし、定時で帰ります。』の続編である。前作でヒロイン・東山結衣の前に立ちふさがったのは"ブラック上司"だったが、今作では"ブラッククライアント"と結衣が教育を担当する新人社員たちだ。

「会社のために自分があるんじゃない。自分のために会社があるんだ」というのは、結衣が勤めるネットヒーローズの代表取締役社長・灰原の口癖だが、自らが率いる社内からでさえ、その理念は疑問視されている。それを実践しているのは結衣ぐらいだ。灰原の理念を援護射撃する意味でも、結衣が所属するチームが売り上げを伸ばして成果を上げなければ、とチームマネジャーである晃太郎は、営業が持ってきた"太い話"に乗ろうとする。そのことが、そもそもの発端だった。その"太い話"のクライアントこそが、セクハラ、パワハラが横行する超ブラック企業だったのだ。

 この10年でベンチャーから急成長し、今では社員千人程度の新進企業となったスポーツウェアメーカー・フォース株式会社、それが晃太郎と結衣のチームがコンペに参加したクライアントだ。差別的なCMで炎上するわ、社員はパワハラ洗脳されているわ、典型的な体育会系縦社会だわ、でネットヒーローズの灰原の理念とは正反対なこの企業のコンペを、果たして晃太郎と結衣は勝ち取ることができるのか──。

 前作ではブラック上司が押し付けてくる無謀な案件を、インパール作戦になぞらえていたが、今回の対ブラッククライアント案件は、松の廊下の刃傷事件と赤穂浪士の討ち入りになぞらえている。加えて、個性的というか、型破りな新人社員の教育も任された結衣は、外圧(社外)と内圧(社内)をどうはねのけて、自分らしい働き方を守っていくのか。

 前作からの流れで、晃太郎(結衣のかつての婚約者だったが、破局)と結衣の焼け木杭に火が、と思いきや、これがなかなかすんなりとはいかず、そのあたりも読みどころ。何よりも、悩み傷つきながらも、自分らしい働き方を諦めずに模索する結衣のあり方が素晴らしい。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2019年6月号掲載〉
【著者インタビュー】林 真理子『愉楽にて』
川上未映子 “女であること”から逃げない強さと瑞々しさ