今月のイチオシ本【デビュー小説】

『マミトの天使』
市原佐都子
早川書房

 劇作家が小説を書いて注目されるのは珍しくないというか、近年の純文学の大きな流れの一つ。本谷有希子、岡田利規、前田司郎、山下澄人、戌井昭人……。

 小説家としてのデビュー単行本『マミトの天使』を出した市原佐都子もそのひとり。1988年生まれ、福岡県北九州市出身。桜美林大学で演劇を学び、2011年に演劇ソロユニット「Q」を始動、17年には『毛美子不毛話』で第61回岸田國士戯曲賞最終候補となった。

 著者の公式サイトによれば、〈人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉えた劇作、演出を行う。女性の視点から、性や、異種間の交尾・交配などがフラットに描かれる戯曲では、観客の身体を触覚的に刺激する言葉が暴走し、舞台上の俳優たちは時に戯画的に、時に露悪的に台詞を全身から発散させる〉とのことだが、〝俳優〟を〝語り手〟に置き換えれば、この作風は小説にもそのまま当てはまる。セックスや排泄や生理がすさまじく即物的というかえげつなく描かれ、あまりといえばあんまりな下ネタの暴走に思わず本を閉じそうになるが、その過激な語り口が突き抜けて爽快なのも事実。

 たとえば、雑誌〈悲劇喜劇〉初出時に注目された表題作では、ミヤサマに似ているからミヤと名づけられたという雑種の飼い犬にまつわる主人公の思い出話が語られるが、中身があまりに強烈すぎて紹介もはばかられるほど(なので、現物を読んでください)。8年前に第11回AAF戯曲賞を射止めた出世作を小説化した「虫」は、ベッドにうつ伏せで寝ていたらベランダから入ってきた巨大な虫にお尻を丸出しにされて射精されるシーンから始まるし(しかしそれ以上に、彼女が勤める、めちゃくちゃ不味そうな弁当屋の描写がすさまじい)、書き下ろしの新作「地底妖精」の主人公は、雑居ビルの地底でマッサージ店を営むモグラと同居している(妖精なのに)。喚起力が強くリズミカルで個性的な文章には、ハマると抜け出せなくなる中毒性がある。好悪は分かれそうだが、試してみる価値のある、特異な才能だ。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉
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