今月のイチオシ本【エンタメ小説】

『剣樹抄』
冲方 丁
文藝春秋

 四歳の時に、実の父を旗本奴による無宿人狩りで喪い、明暦の大火では育ての父を喪い、天涯孤独の身となったりょうすけ(六維了助)は、ひょんなことから水戸光國と出会う。光國は、自らが率いる、捨て子たちからなる幕府の隠密組織「拾人衆」にりょうすけを加え、実は幕府転覆が目的の放火だったと思しき明暦の大火の謎を追う。これが物語の大枠。

「拾人衆」というのは、「幕府に拾われた子らの中でも、特段の技能達者」のことで、その数、百人余り。なかでも、ひとたび見たものを完コピの絵にして伝える能力を持つ〝みざる〟の巳助、ひとたび聞いた声を、そっくりそのまま真似ることができる〝いわざる〟のお鳩、盲目でありながら、千里眼ならぬ千里耳を持ち、恐ろしく遠くの音を聞き取るばかりか、その場所で交わされた会話を全て聞き覚えることができる〝きかざる〟の亀一、が能力においては、「拾人衆」の三大トップ。

 りょうすけが拾われたのは、その並外れた体力と、彼が独自に編み出した棒術のようなものが光國の目に止まったからだが、「拾人衆」の一員となって以降、それはりょうすけの独自の剣法──くじり剣法となり唯一無二のものになっていく。

 特殊技能を持った少年少女たちが活躍する物語といえば、冲方さんファンにとっては、「シュピーゲルシリーズ」が想起されるが、そう、本書は言うなれば〝大江戸版シュピーゲル〟なのである。明暦の大火を企てた一味を追うことを縦糸に、りょうすけの成長を横糸にして、物語は織り上げられていく。やがて、りょうすけと光國の間には、意外な〝秘密〟が隠されていることが明らかになるのだが、これがもう、この先どうなっていくのか、それだけでもページを繰る手が止まらなくなる。

『光圀伝』で描かれた、型に収まりきらない破天荒な光國像は本書でも健在で、「拾人衆」の束ね役としては、最適かつ最強。巨悪の正体とは。りょうすけの運命や如何に。展開が楽しみなシリーズの、幕開けの一冊である。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2019年10月号掲載〉
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