今月のイチオシ本【デビュー小説】

『月の落とし子』
穂波 了
早川書房

 早川書房が主催する公募新人賞、アガサ・クリスティー賞から、超大型サスペンスが登場した。とりわけ冒頭部分の牽引力は抜群で、選考委員の北上次郎氏が、「採点は5点満点だが、6点を付けようと思った」と書いているほど。その舞台は、月の南極近くにあるシャクルトン・クレーター。太陽の光がほぼ真横から射すため、クレーターの底はまったく光が当たらない〝永久影〟となっている。

 NASAを中心とする新たな国際的有人月面探査プロジェクト「オリオン計画」の第3回ミッションとして月にやってきた宇宙飛行士たちは、このクレーターで思いがけない災厄に直面する。無人掘削機が掘り出した土壌からサンプルを採取して持ち帰る作業に従事していた船長と副船長がとつぜん吐血。1時間後に死亡したのである。日本人クルーの工藤晃をはじめ、本船に残っていた3人は、月着陸船で遺体を回収し、地球への帰途につくが……。

 映画「ゼロ・グラビティ」や『火星の人』(映画「オデッセイ」原作)を彷彿とさせるリアルな月面/宇宙サスペンス(全体の3分の1弱)を経て、中盤からは、マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』もかくやのパンデミック・サスペンスが開幕する。しかもその舞台は、千葉県船橋市! 〝月の落とし子〟が、まさか船橋に降ってこようとは……。あまりと言えばあまりの落差、あまりの偶然に眩暈がしますが、まあね、絶対ありえないとは言えない。後半は、感染症対策チームの沈着冷静な研究員・深田直径が軸になり、ウィルス封じ込めのための絶望的な戦いが描かれる。ツッコミどころは無数にあるが、問答無用でとにかく一気に読ませるのはまちがいない。

 著者の穂波了は、1980年、千葉県生まれ。この名義では本書がデビュー作だが、実は06年に『削除ボーイズ0326』(方波見大志名義)で第1回ポプラ社小説大賞を受賞し、賞金2000万円を獲得した人。この10年余、その賞金を生活費にあてて小説を書きつづけ、ついに再デビューに漕ぎつけたという。2019年のカムバック賞を贈りたい。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2020年1月号掲載〉
黒田小暑『まったく、青くない』
エミール・ギメ 著・岡村嘉子 訳『明治日本散策 東京・日光』/フランス人実業家が見た明治のニッポン