今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『東京ホロウアウト』
福田和代
東京創元社

 東京オリンピック開幕を控えた七月、新聞記者の塚口は、不審な電話を受ける。相手は、開会式の日に都内を走るトラックの荷台でシアン化水素ガス──青酸ガスを発生させるという。すると直後、その予告が嘘ではないと忠告するように、大手運送会社のトラックから微量のガスが。さらに貨物が走る鉄道の線路が破壊され、高速道路はトンネル火災の影響で通行止めに。何者かが画策する一連のテロの目的とは、果たして……。

 福田和代『東京ホロウアウト』は、東京オリンピックが一年延期になって時機を逸する形になってしまったが、それでもいま手に取るべき読みどころをたっぷりと備えたクライシス・サスペンスだ。

 物語は、今年三十七歳になる長距離トラックのドライバー──世良隆司、その弟で五輪競技大会総合対策本部警備を担当する警視庁の警部──梶田淳、そして奥羽タイムスの記者──塚口文人の三人を主軸に進んでいく。

 オリンピック直前の厳戒態勢のなか、もしも物流が滞り、東京が〝陸の孤島〟と化したら、なにが起こり得るのか。続々と噴出する問題の底には、なにがあるのか。「物流」という視点から、著者の深い洞察と巧みな手際によって映し出される様々な問題は示唆に富み、テクノロジーの脆弱性や行政の怠慢といった、ありがちな警鐘に留まらない。そして、需要、供給、消費のバランスが崩壊した大都会の危機を通じて描き出される〝物流のプロ〟たちの姿には、誰もが胸を熱くするに違いない。

 有事の際、報道ではドラッグストアやスーパーの空っぽの棚が映されることはあっても、そこに商品を届けるべく奔走するひとびとの存在までは報じてくれない。本作は、そうした表層ばかりを取り上げるジャーナリズムの姿勢とは一線を画す。作中で世良は「俺たちは、単にモノを運んでるわけじゃない! 俺たちが運ぶのは、信頼だ」と訴える。厳しい状況のなかでもプライドを捨てずに働き、今日を支え、明日に繋げるすべてのプロフェッショナルたちへの力強いエールとなる入魂の一冊だ。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2020年5月号掲載〉
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