今月のイチオシ本【警察小説】

『カインの傲慢』
中山七里
角川書店

 日本社会の闇をも露呈させた新型コロナウイルス禍。貧富の格差も深刻で、政府には早急な補償対策が突きつけられた。社会の歪みを露にするのはしかし、コロナ禍だけではない。刑事事件はその最たるものだ。本書は忌まわしい犯罪の実態を追った迫真の捜査小説である。

 一二月の初め、東京・練馬の公園で少年が埋められていたのが発見される。遺体からは臓器が持ち去られていた。かつて〈平成の切り裂きジャック〉事件に関わった警視庁捜査一課麻生班の犬養隼人も捜査に駆り出されるが、遺体の手術痕は以前の事件とは微妙に違っていた。犬養は石神井署の刑事・長束の協力で地元の非行少年たちに当たるが、被害者の身元はなかなかわからない。

 だが捜査開始四日目、東京出入国在留管理局からの知らせで身元判明。少年の名前は王建順、中国湖南省出身の一二歳だった。王は観光ビザで入国しており、程なく同行者の存在も明らかに。麻生班長は中国語が出来る犬養の相棒・高千穂明日香を現地に派遣、明日香は王少年の故郷で「貧困県」の現実とそこで暗躍する臓器ブローカーに衝撃を受ける……。

 犬養は相手の表情から嘘を見破る腕利きだが、相手は男に限られる。バツ二の独身で、愛娘の沙耶香は腎不全で入院中。その娘のこともあって、今回の少年殺しの捜査には今まで以上に熱がこもっている。犯人への怒りは中国出張を自ら買って出る明日香とて同じことだが、彼女の留守中、東京で第二の事件発生。新たな被害者は日本人だった。

 臓器売買というテーマ自体、警察小説では珍しくはないが、シリーズ第一作の『切り裂きジャックの告白』のときからその根の深さに注目していたとのことで、著者は彼我の貧困家庭の実態を容赦ない筆さばきでえぐり出して見せる。やがて明かされていく黒幕の存在。「社会派医療ミステリ」としても読み応え充分だ。作家生活一〇周年を迎え、円熟味を増したシリーズ第五作。むろん"どんでん返しの帝王"らしいサプライズもしっかり用意されている。この衝撃の結末に犬養は立ち直れるのだろうか。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2020年8月号掲載〉
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