今月のイチオシ本【ノンフィクション】 東 えりか

ユニクロ潜入一年
横田増生
文藝春秋

 横田増生が『ユニクロ帝国の光と影』を上梓したのが2011年3月。その後、ユニクロが版元の文藝春秋を相手取り名誉毀損の訴訟を起こす。最高裁が上告を棄却したのが2014年12月。版元側の完全勝訴である。その後も横田はユニクロの会見から締め出されていたが、さらなる取材を目論んでいた。そこに柳井正社長のこの発言が彼の闘争心に火を付ける。「社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」

 香港の人権NGOのユニクロ下請け工場への潜入取材にも大きな刺激を受け、横田はアルバイトとして働くことを決意した。役所に行って名前を変え住民票を取り、新しい名前で健康保険や免許証も取り直し、銀行口座も開く。あとは50代の男性が雇われるのか。このあたり、並のスパイ小説よりドキドキする。

 自宅近くの大型店舗に応募し、面接は無事に終わり即日採用が決まった。出勤は翌日から。人手不足をひしひしと感じる。勤務体制やバックルームの配置、細かい規則など働いてみないと見えてこないことばかりだ。「ブラック企業」と言われる所以であった超過勤務や激務についても、時期や人の手配、何より上司の人柄や頭の良さに左右されることが実感できる。働くことは人と交わること。気持ちよく働ける場所ならば、多少の無理はしてしまう。

 潜入取材と言いながら生真面目さが出てしまい、つい一所懸命に働いてしまうのもご愛嬌。経済新聞を熟読し、今ユニクロが置かれている状況を分析し、今後を予測する。こんな社員がいたら、どれだけ便利だろう。莫大な報酬を払って引き抜けばいいのに、と何度も思う。

 約1年間に3か所のユニクロでアルバイトとして働き、カンボジアの下請け工場にも潜入した。徹底した調査の結果、導き出した結論は何か。

 11月はユニクロの創業感謝祭。一番活気あふれる時期だ。うちの近くの店舗では1階から4階までレジ待ちの列が続いていた。本書を読んだ直後だったので、なんとも胸がざわざわする光景だった。

(「STORY BOX」2018年2月号掲載)

(文/東 えりか)
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