今月のイチオシ本【デビュー小説】

『猫町くんと猫と黒猫』
樒屋京介
小学館 本体1,400円+税

 不意に猫の血をこじらせて、人間相手の恋に落ちた。/遺憾ながら初恋である。──と、こんな書き出しで始まる本書は、第17回小学館文庫小説賞の優秀賞受賞作。2016年5月の受賞発表から2年あまり、大幅な改稿を経て、めでたく刊行に漕ぎつけた。

 語り手の"僕"こと猫町光太郎は、この世に生を享けて2年半の猫。偉大なる化け猫の血を引くおかげで人間の姿にもなれる(この世界ではそんなに珍しくないらしい)。生まれて間もない頃、なぜか道端で氷雨に打たれて鳴いていたところ、尾道の海岸沿いで喫茶店「猫町珈琲」を営むご主人に拾われてすくすく育ち、猛勉強の甲斐あって、この春、近くの県立高校に入学。1年1組の教室で出会った運命の人が、涼やかな目元とまっすぐな黒髪の井浦美夜子さんだった。一目惚れした"僕"は早速行動に出る。

「ご主人の書斎にあるパソコンを駆使して、女の子が好むデートプランについてヤフー知恵袋に棲む賢人たちに教えを乞い、(中略)来たるべき恋の季節に備えた。備えに備え、もはや微塵の憂いもないというのに、肝心の機会が訪れない。かわりに梅雨がやって来て、なめくじが活動範囲を広げるので気が滅入る」

 ──というわけでこれは、『吾輩は猫である』の現代版というか、端的に言うと、森見登美彦『有頂天家族』の舞台を京都から尾道に移し、狸を猫に変えたような話。実在の地名や場所(尾道本通り商店街、防地口交差点、艮神社、向島、千光寺公園……)を細かく織り込むのもモリミー風。ただし本書の場合、井浦さんとの恋や、転校生(黒い化け猫)との因縁など、青春学園ドラマ風味も濃厚で、それがエブリデイマジック(日常ファンタジー)設定と絶妙にマッチしている。井浦さんの家で井浦パパと風呂に入る場面とか、猫ならではの多幸感に満ちた描写もポイント。長編としてはバランスの悪さが目立つものの、その欠点を補って余りある、独特の魅力にあふれている。とりわけ猫好きは必読です。著者は広島県尾道市生まれ。現在も広島県で暮らしている。

 

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2018年8月号掲載〉