今月のイチオシ本【デビュー小説】

『ランドスケープと夏の定理』
高島雄哉
東京創元社

 宮内悠介、高山羽根子、酉島伝法などを輩出した創元SF短編賞から、また新たな才能がデビューした。本書は、第5回(2014年)の同賞を受賞した表題作に書き下ろしの2編を追加した連作集(3部構成の長編とも言える)。

 高島雄哉は、1977年、山口県宇部市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、さらに東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。経歴を生かし、劇場アニメ『ゼーガペインADP』や『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のSF考証を担当している。その副業(?)にふさわしく、本書の中身も本格SFど真ん中。表題作は、この回のゲスト選考委員だった瀬名秀明がA++をつけ、選評で"日本SF50年の歴史を継承し、次の50年へと受け渡す傑作"と絶賛する。いわく、 "サイエンスの歴史を踏まえた上で、小松左京が晩年まで考え続けた『虚無回廊』の二大テーマ、すなわち「一般自然言語は存在するか?」「宇宙の向こう側はどうなっているのか?」に挑み、ぎりぎりまで描き切った筆力に称賛を贈りたい"。

 これだけ見るとどんな難解なSFかと思われそうだが(事実、難解な部分もありますが)、主人公の"ぼく"ことネルス・リンデンクローネ(北極圏生まれ)は、やたら気が強くてわがままな天才物理学者の姉テアに振り回される気弱な若者。

 物語は、そのネルスが姉に呼びつけられ、宇宙空間に浮かぶ研究施設に赴くところから始まる。テアが準備していたのは、なんと、別の宇宙への人格転送実験だった……。

 実はネルスくん、3年前の夏休みにも姉の研究室に呼ばれて、量子ゼノン効果を使った人格の転写実験の被験者になっているのだが、その夏、彼が大学の卒論として考えたのが"知性定理"。AIなど人間以外のそれも含め、すべての知性は同じメタ知性の一部であり、相互に連絡可能だと証明した。この論文が思いがけず世の中を動かし、姉の実験にも影響することになる。

 科学が世界のありようを変える、ゴリゴリのハードSFだが、語り口はライトノベル風で、思いのほかとっつきやすい。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2018年10月号掲載〉
旧大日本帝国は、なぜ開戦したのか?『経済学者たちの日米開戦――秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』
独創的な言語哲学の書『エコラリアス 言語の忘却について』