今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『君の思い出が消えたとしても』
才羽 楽
宝島社

 持病と不眠症、そして過去の苦い記憶に苛まれ、すっかり人生に絶望していた遠藤達也の前に、「思い出コーディネーター」を名乗る見知らぬ女性が現れる。彼女は、達也が一か月後の八月三十一日に死亡することを告げるとともに、良い思い出と引き換えに寿命を延ばすことができると説明する。だが、達也の人生には引き換えにできるような大切な思い出がひとつもなかった……。

 第十四回『このミステリーがすごい!』大賞において惜しくも受賞には至らなかったものの、編集部が推薦する「隠し玉」作品として刊行された『カササギの計略』でデビューした才羽楽。長編二作目となる『君の思い出が消えたとしても』は、こうして幕が上がる。

「思い出コーディネーター」は、幸せな思い出のない者に寄り添い、寿命と引き換えにできるような良い思い出を作る手伝いをしてくれるらしい。彼女──月尾夢奈に提案され、「友達」として思い出作りを始めた達也は、目を背けていた過去と向き合い、自身の間違いや周囲に対する誤解に気づき、降って湧いたように訪れた二人の時間を過ごしながら次第に夢奈に惹かれていく。

 主人公が謎めいたヒロインとの出会いをきっかけに生きる意味を取り戻していくファンタジックな青春小説といった趣で話は進んでいくが、ある箇所で本作に仕掛けられた驚きの秘密と夢奈の正体が明らかにされると、そこから物語は予想外の展開を見せ始める。

 ミステリーでサプライズをきれいに成功させるには、真相を明らかにする以前に、いかにそれとは異なる絵柄や予想図を読者の頭のなかにはっきりと浮かべさせられるかが決め手となる。才羽楽がデビュー作『カササギの計略』で見せた、シンプルなミステリー的仕掛けを効果的に用いてみせる美点は本作でも充分に発揮されており、二人に訪れる結末の切なさと一筋の奇跡の光には涙腺を刺激されてしまうことだろう。

 生きることとは──をミステリーの手法で真摯に紡いだ新鋭のつぎなる作品に、早くも期待せずにはいられない。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2018年10月号掲載〉
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