キッチンが呼んでる!

NEW
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第16回
第16話 15日目の冷や汁 絶望的なまでに話が通じない人というのは世の中に一定数存在する。日常生活の中でたまさかそういう人物に遭遇したら、とにかく慎重に距離を取って、以後なるべく近付かないことだ。それしかない。しかし運悪くそれが仕事で関わらざるを得ない人、しかも大口のクライアントだったらそうも言っていられない。どんだけ
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第15回
第15話 14日目の鰻重 ドアのチャイムが鳴って、わたしはモニターを確認した。そこには懐かしい顔があった。今日は正真正銘、懐かしい顔だ。数年ぶりに見る母は相変わらず派手好みで、還暦を超えているようにはとても見えない若々しさだった。最近彼女はとあるボーカルグループに夢中だそうで、今日はそのライブのための「遠征」ついでにこ
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第14回
第14話 13日目の深型フライパン パスタは子供の頃からの大好物だったけど、かつて高校生になったばかりの私にとって、それはひときわ特別な食べ物にもなっていた。その頃まわりの友人たちに一足遅れて「成長期」に突入した私は、いつだっておなかがペコペコだった。学校帰りに友人と連れ立ってコンビニに立ち寄り買い食いをすると
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第13回
第13話 2日目のハンバーグサンド 本とノートを彼女に送らねばならない。ノートはともかく、本は今やってる仕事にもすぐに必要なはずだ。その準備をしようとしたが、宅配便の送り方が実のところよくわからない。コンビニからでも送れることはなんとなく知っているが、そのためには「梱包」というものが必要なはずだ。宅配便を送ったことは無
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第12回
第12話 2日目のカツサンド ドアのチャイムが鳴って、私はモニターを確認した。そこには懐かしい顔があった。いや、「懐かしい」というのは客観的には適切じゃないかもしれない。モニターに映るその人は、ほんの数日前まで生活を共にしていた人だったからだ。しかし今の私にとって、彼が「懐かしい人」であることは事実だ。懐かしい人はモニ
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第11回
第11話 12日目のフライドチキン 外で取材の仕事を終えたら、久しぶりに夜の8時を過ぎていた。インタビュイーのフレンチシェフから鶏肉の調理法について散々おいしそうな話を聞かされたわたしは、気持ちの上でも既に空腹が極まっていた。たまには手っ取り早く居酒屋にでも立ち寄って、から揚げと生ビールと冷やっこ、なんてのも悪くないな
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第10回
第10話 11日目のお出汁 昨日と一昨日で冷凍ご飯のストックを使い果たした私は、今日久しぶりに、小さいけれど最新式の愛しき炊飯器でほかほかのご飯を炊く。なのでせっかくだから今日は、いかにも和食らしい和食にすることに決めた。その献立に抜擢したのが「私だけの肉じゃが」だ。牛肉やじゃがいもなどの他に、これまで何度か買い逃して
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第9回
第9話 10日目のクミン 一時期インドカレー作りに凝っていた。当時私は会社勤めを辞めて一応フリーの立場になったばかりだったが、それだけで食べていくのはなかなか厳しくもあり、時間の自由が利くのをいいことに近所の喫茶店でアルバイトを始めていた。その店はドリップコーヒーと、それに洋酒やクリームを加えた甘いアレンジコーヒーが売
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第8回
第8話 9日目のパクチー タイ料理というものに初めて出合ったのは大学生の頃だった。当時つきあっていた男の子に連れて行ってもらったのだ。彼は古着屋でバイトをしている同じ学科の同級生で、DJをしたり、ちょっとしたモデルの仕事もしていたりするおしゃれな男の子。そんな子がどうしてわたしみたいな地味でぼうっとした女の子に興味を示
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第7回
第7話 1日目のウーバーイーツ 半日がかりで引っ越しを終えたこの部屋は、前居から運び込んだデスク、さっき苦労して組み立てたパイプベッド、小さなローテーブル、この3点で床面積の半分以上は埋まってしまっている。残りのスペースは、当座の荷物だけを詰め込んできた大きなキャリーバッグと部屋の片側に積み上がった段ボール箱のせいで、
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第6回
第6話 8日目の味噌 以前一緒に暮らしていた人は、お昼ごはんに「ご飯・おかず・汁物」というスタイルの食事が出てくるのを嫌がった。「ちゃんと理由が説明できなくて申し訳ないんだけど」と、一応律儀に前置きして彼は続けた。「なんだか後ろめたいような気持ちになっちゃうんだ」曰く、丼ものなら何の抵抗もないらしい。例えば、天ぷらとご
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第5回
第5話 7日目のサラダバー 「ビュッフェは、『何を食べるか』じゃなくて『何を食べないか』なのよ」サラダバーからとってきたサラダの皿を前にして、友人のアサコが力説している。彼女は同業者で、今日は共通のクライアントの会社からほど近いレストランで待ち合わせた。久しぶりに一緒にランチをする事にしたのだ。この店は、サラダバーとア
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第4回
第4話 6日目の電子レンジ 今日は丸一日オフにする、と昨日から決めていた。明日が締め切りの大仕事を昨日の内に片付けた頑張る女にはその権利がある。10時過ぎまでゆっくり寝てから、ブランチをとることにした。昨日のスープの残りを沸かして溶き卵を流したものと、あとトースト。トーストの半分は卵とじスープに浸しながら食べて
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第3回
第3話 5日目の小鍋とフライパン 明後日が締め切りのちょっとした大仕事が、昼過ぎにはもう片付いた。今日は良く頑張った。仕事の単価がやや低いのは少々問題だが、それでも私は良く頑張った。そして生活にはメリハリも必要だから、今日はこれから美術館に出かけることに決めた。1週間ぶりのまともな外出だ。
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第2回
第2話 4日目の炊飯器 朝ベッドの中で、昨晩ほろ酔い気分でうっかり追加のトーストを焼いてしまったことを少しだけ反省していたら、唐突に母のことを思い出した。子供の頃、トーストを食べるために冷蔵庫からいちごジャムを取り出してきてパンに塗ろうとしたら、姿見の前で出かけ支度をしていた母にいきなり窘められた、そんな思い出だ。
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載スタート
第1話 3日目のオーブントースター ドアのチャイムが鳴って、宅配便が届いた。配達員さんから受け取ったその真新しい箱を、部屋の隅に積み上がったままの引っ越し用段ボールの一番上に神棚のようにのせると、私はパソコンの前に戻って仕事の続きに取り掛かった。