アンケート






 第12回 辻村深月 さん
 切ない気持ちになっても、それが不快にならないものを書いていきたい

  メフィスト賞を受賞した『冷たい校舎の時は止まる』でデビューし、純文学からライトノベルのファンまで、幅広い読者層から支持されている辻村深月さん。
直筆POPで辻村さんを推しているときわ書房聖蹟桜ヶ丘店高橋美里さんと、明正堂アトレ上野店城戸佳代さんが、デビュー作から新刊までそのバラエティに富んだ創作の秘話を訊きました。





夢中になっていた綾辻行人先生の影響が


高橋……デビュー作の『冷たい校舎の時は止まる』は、上・中・下巻、毎月の刊行を待ってリアルタイムで読み進めていたので、あまり長いとは思わなかったのですが、売り場で3冊を並べるとやっぱり分量が多いですね(笑)。

辻村……登場人物一人一人のエピソードを個別に書いていったら、この長さになってしまいました。上巻を書いていたのがちょうど大学受験のころで、「このまま書き続けても終わらない」と嫌気がさしたりもしたんですけど(笑)。そのぶんとても愛着があるので、この作品でデビューできて幸運だと思っています。

城戸……私は、メフィスト賞の受賞作を順番に読んでいて、辻村さんの作品に出合いました。あまりの面白さに本を落としてしまうぐらいの衝撃でしたね(笑)。上巻の終わり部分がすごく怖かったです。いろいろな事件の事例がたくさん載っていてとても面白かったです。

辻村……いろいろな資料を見たんですけど、しっくりくるものがなかったので、実はあれらの事件は自分でつくったんですよ。「ランゴリアーズ事件」なんていう事件はありません(笑)。

城戸……えっ!? 本当にあると思って、友人に話しちゃいましたよ(笑)。

辻村……この作品のテーマとしては、全くオチや仕掛けがない小説にすることもできたんですが、あえてミステリになっているのは、好きで夢中になって読んでいた綾辻行人先生の影響かなと思っています。

高橋……この登場人物8人の結束がどこから生まれるのか、ラストまで読むと明らかになっていきますが、そこに辿りつくまでの葛藤や、もやもやした感じに私も引き込まれていきました。みんなが集まるシーンが印象的ですね。作中の8人と私も一緒に駆け抜けたように感じがして、この作品を等身大の自分たちの小説だと私は思っ ています。

辻村……この中の8人が具体的に誰がモデルというわけではないんですが、人との距離感が近すぎたり遠すぎたりしてしまうもどかしさや閉塞感など、自分の中にあるものを8人に振り分けて書きました。

城戸……ところで、どうして主人公の名前がペンネームと同じなんですか?

辻村……学生のころに読んだ好きな作家さんの作品にも、主人公とペンネームが同じものがあったりして、ミステリ的な遊び心を入れたいなと思いましたが、正直そんなに深い気持ちなど織り込まずにそうしてしまいました。出版にあたって主人公の名前を変えようかと思いましたが、さっき高橋さんが言ってくれたように、登場人物たちの間に確かなものがあるのに、違う名前でみんなが主人公を呼ぶことに抵抗があって、変えられなかったんです(笑)。


人がたくさん死んでも読後感のいいものに


きらら……『子どもたちは夜と遊ぶ』はいつごろ書かれたものですか?

辻村……書いたのは『冷たい校舎の時は止まる』を書き終えたあとですが、高校生のころに友達に向けて書いていたものが基になっています。同じトリックを使っていますが、出版するにあたって大幅に手を入れました。私はこの作品を恋愛小説だと思っているんですが、当時書いたものには恋愛の要素が全くなくて、どうしてあのときこのメッセージ性抜きで作品を書ききれると思っていたのか、今思うと自分でも不思議ですね。

高橋……上巻を読んでいるときは、「このまま何人の人が死ぬんだろう」と思ったんですよね。でもいままでの辻村さん作品のなかで、一番人間の描写が強烈ですし、人と人との距離に対して真っ直ぐに向き合っている。辻村さんは「この作品で全てを救おうと思ったんだなあ」と読後の温かい感じが印象的な小説でした。

辻村……ありがとうございます。高校のときはミステリにしか興味がなくて、人間の感情や関係性を描くことにそんなに魅力を感じていなかったんですが、『冷たい校舎の時は止まる』を書き終えたあとで、心を掘り下げていきたいという欲求が強くなりました。私はエンターテインメント作品を書いていきたいので、たとえ人がたくさん死んでも、読後感がいいものにしたいです。切ない気持ちになっても、その切なさが不快でない種類のものを、これからも心がけていきたいですね。

城戸……辻村さんの作品は、表紙も内容も文体もおしゃれで、いまライトノベルを読んでいる方たちにワンランク上の作品を提供したいときにぜひお薦めしたい純文学ですね。

辻村……もちろん多くの人に読んでほしいですが、中高生や自分と同じくらいの歳の人に向けて書いている気持ちはありますね。ただし、極端な話をすれば、作品の中に優れたメッセージ性がなくても、その世界に没頭させ夢中にさせることができるなら、それって小説にできる唯一の救いの形だと思うんですよ。私が目指しているところでもあります。


『凍りのくじら』はドラえもんへのオマージュ


きらら……「from BOOKSHOPS」の「思い入れたっぷりPOPを探せ」企画で、高橋さんは『凍りのくじら』を紹介してくださいました。

高橋……分冊されず1冊に収められた初めての作品だったので、辻村さんをお客様に紹介するのにいい本だと思い、文中の言葉を引用したPOPをつくりました。すごく脆い繋がりかもしれないけれども、両親や友人が自分を支えてくれているという強さがラストには描かれていて、本当に最後まで読んでよかったという気持ちでいっぱいになりました。

辻村……この作品も高校のときに書いた中篇が基になっていますが、当初は大筋のプロットがあるだけでした。

きらら……この作品は主人公がドラえもん好きの女の子で、章タイトルにもドラえもんのアイテムが使われていますね。辻村さんご自身、ドラえもんはお好きなんですか?

辻村……大好きですね。友達にもドラえもんを好きな子が多いんですよ。ドラえもんに流れる哲学と優しさは本当に素晴らしくて、リスペクトとオマージュの気持ちをこめて書きました。主人公がドラえもんのアイテムで人を揶揄することが多いですが、あれはふだん私が使っている言葉も少し混ざっています。感情と結びついてイメージが表現しやすい道具をいい方向で使わせてもらおうと意識しましたが、結果的にちょっと負の要素が強いものが多く集まってしまいましたね(笑)。

きらら……この小説は家族小説としても読めますね。いままでの作品とは違った側面がでてきたように感じました。

辻村……前作では恋愛に主眼を絞っていたので、この作品ではもっとリアルな母親との葛藤や、父親との冒険を書きたかったんです。両親との記憶を呼び覚ます小道具としても、ドラえもんを使わせていただくのはぴったりだと思ったし、藤子先生がSFを「少し(Sukoshi)不思議(Fushigi)」と表現されたように、「少し<span class="style1"><span class="style1">」と人を表現する言葉遊びも入れたら楽しいんじゃないかと思いました。

城戸……主人公の同級生のいじめられっ子が抱える「目立ちたいけど、怖い」という気持ちがうまく描かれていました。 村さんは女の子の心理描写を書くのが本当にうまいですね。

辻村……学校で起こる人間関係の距離感は独特ですよね。その子をいじめる女の子も、あと2年くらい経って高校を卒業して自由になれば、そういうこともしなくなるし、その後ケロッとそんなことを忘れてしまう。それなのに自分より弱いものをみつけて潰すことに一生懸命になってしまうのは、この時期特有の不思議ですね。この小説への反応はちょっと面白いなと思うんですが、主人公の理帆子は男性読者には人気がないんですよ(笑)。何の根拠もない自信に突き動かされて、まわりを見下している感じや、自分とそういう部分で同属である元カレを嫌悪しているところが男性には受け入れがたいのかもなと思うんですが。逆に女性読者からいいレスポンスがあると、勇気をもらえるような感じがありますね。

城戸……辻村さんの書く文章はすごく詩的できれいです。心にすっと入ってくるので、好きです。

辻村……あんまりおしゃれすぎないように気をつけないといけませんね(笑)。私が小説を書くときは、頭の中で漫画を想像して描写したり、完全な映像が浮かぶときがあったり、言葉として小説っぽい書き方をしたり、場面場面で違います。『凍りのくじら』は写真と映像でシーンが動く部分が多い小説でした。

城戸……お母さんが編集した写真集の描写が、本当に目の前にあるかのように巧みで、頭の中で写真集がリアルに想像できました。

辻村……そこを書くのは本当に楽しくて、そのシーンを書くために頑張って話を繋げていった感じがします。もう一箇所どうしても書きたかったシーンがありますが、こちらはネタばれになるので言えません(笑)。


新刊は初めて一から書き上げた作品


きらら……先月刊行された『ぼくのメジャースプーン』はずっと辻村さん作品を読んでいる方には嬉しい内容になっていますね。

辻村……はい。「『子どもたちは夜と遊ぶ』の謎に明確な解答はあるんですか?」と担当編集者さんに聞かれて、それを説明するためには話が一本必要です、とお答えしたのが出発点です。いままでの作品は以前書いたプロットを使ったものでしたが、この『ぼくのメジャースプーン』は本当に一から書き上げましたね。『子どもたちは夜と遊ぶ』の伏線をただ解消するだけの話にはしたくなかったので、別にきちんとしたテーマ性を持たせ、実際には裁かれない罪について描きました。『凍りのくじら』より短いものになっていて、いまのところ私の本はどんどん薄くなる傾向にありますね。

高橋……辻村さんが描く「悪意」の話が面白くないわけないと思いながらゲラを読み進めました。本当にすごい小説を読んだと興奮しまして、思わず知人にメールをしてしまいました。結末は本当に胸が苦しくなりました。

辻村……作中の主人公と一緒に読者の方にもあの問題に取り組んでもらいたかったし、だから「悪意」にも彼と同じように向き合ってほしかった。そう言っていただけると、それに成功したのかな? と思えて嬉しいです。ありがとうございます。

城戸……この作品を読んで、「もし大切な人が傷つけられたら、復讐をするのか、しないのか。もしするとしたら、それは本当にその人のためなのか」など、「復讐」とは何なのかよく考えました。

辻村……「復讐」の本質に目を向けるきっかけを自分が書けたなら、それはとても光栄です。この話は決して正しい話ではないと思うんです。主人公が選んだ結論は正しくないかもしれないけれど、彼が必死で一生懸命だったという思いが伝わってくれればなと思います。


店頭に自分の本が並ぶのが子どものころからの夢


きらら……よく書店には行かれますか?

辻村……はい。私の作品に手書きのPOPをつけて置いてくださっているのを見ると、本当に書店員のみなさんが頼もしく思えます。小説のいいところを受け止めてくださったうえで、こうしたほうがいいと意見をくださるのでとても有り難いですし、いま「けなす文化」が流行っているなかで、1つ1つの本の長所を貪欲に取り込もうとされているのをみると、なんて素敵な姿勢をお持ちなんだろうと感動します。

きらら……新刊が出たばかりですが、書店員のみなさんはこれからどんな作品を読まれたいですか?

高橋……いま家族の形が多様化しているので、身近な他人である親子の関係を描いてほしいです。

城戸……私は、ぜひホラー小説を書いてほしい。めちゃめちゃビビらせてください(笑)。

辻村……そうですね。普通の人間が普通に壊れていく怖さや、そこに絡んだ人の絆、また『冷たい校舎の時は止まる』のような閉鎖された空間の恐怖も違う形で書いてみたいです。

きらら……最後に書店員の方々になにかひと言お願いします。

辻村……自分の本が店頭にあるというのは、私の小さいころからの夢でした。ありがとうございます。これからも書店員さん一人一人の心にきちんと届いて、自分から売りたいと思ってもらえるような小説を書いていきたいと思います。逆に「売りたくないな」と思われたときはぜひご意見をください。みなさんの熱意には負けませんよ! 期待に応えられる文章を書きたいといつも思っています。一生懸命に書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

(構成/松田美穂)



辻村深月(つじむら・みづき)
 1980年生まれ。千葉大学教育学部卒業。『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビューした。エンターテインメント界の期待の大型新人。ほかの作品に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』、新刊『ぼくのメジャースプーン』。