最初からユーゴ紛争をテーマに書きたかった
三島……初めて読んだ米澤さんの小説が『さよなら妖精』でした。以前から米澤さんの作品はファンの間では評判になっていたのですが、ライトノベルというジャンルに入れられていたこともあり、手が出なかったんです。でも実際に読んでみて、ライトノベルだとは感じられませんでしたね。気軽な気持ちで読み進めていくと、最後には苦い落とし穴が必ずある。それは米澤さんのほかの作品にも通じる作風ですよね。
米澤……『さよなら妖精』はそれまでに発表していた小説の続編という形で書き始めたものでした。いつも読者を考えて作風を変えたりはしませんが、この作品は逆にライトノベル読者を想定していたように思います。
波岡……ユーゴ紛争をテーマにして書かれていますが、そもそもこのテーマを選ばれたきっかけはなんでしょうか?
米澤……ユーゴ紛争は私が高校生のときに起こりました。当時、報道を見ても本を読んでも、どうして彼らが対立して戦っているのか、自分にはこの紛争の意味がよくわからなかったのです。そのときのわかりづらさが自分の中でずっと溜まっていたので、大学に入ってから個人的に調べていました。
波岡……その複雑なユーゴ紛争を本格ミステリのネタとして使おうと思われたわけですね。でもここまでうまく書き上げるなんてすごいと思います。
米澤……北村薫先生に芥川龍之介と菊池寛の関係を調べて、ミステリ仕立てにした作品があるのですが、それを読んでミステリでこういうこともできるのかと思いました。最初からユーゴ紛争をテーマに小説を書きたかったのですが、そのころの力量では難しくて、3作目になってようやく今これなら挑戦する価値があると思い、執筆しました。
小説を書くうえでネットで培ったものは大きい
三島……「古典部」シリーズは『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』とありますが、私は刊行順とは逆に読んでいます。でも前作を知らなくてもきちんとウケる作品になっていますね。
米澤……続編から「古典部」シリーズに入ってくださる読者の方も多いと思い、そのことは意識して書きました。
波岡……学園ミステリという体裁なのに、探偵目線で書かれていて、事件をちょっと離れたところから眺めている印象を与えるのは、意図的なものですか?
米澤……はい、意図的に描いています。主人公が事件にかかわった時点で、実際にはその事件は終わってしまっている。後から真相に迫っていくことで、単に事件が起こるだけのミステリとは違うテイストになればいいなと期待しています。
三島……米澤さんの話をお聞きしていると、最初から緻密に出来上がったものを書いているという印象がありますね。米澤さんはネットで作品を発表されていたことでも知られていますが、やはりネットで培われたものは大きいですか?
米澤……アマチュアとしてネットでいろんな作品を出させてもらっていました。そのときに習作的なことはだいぶやっていましたから、ネットで培ったものは多いですね。小説を書く練習をしていくうえで一番難しいのは、モチベーションを保つことだと思うんです。自分が書いているものが、果たして自分が思うほどいい作品なのか、小説を書いているときは主観の塊なので、なかなか客観視できない。しかしネットという新しいツールですと、文芸サークルなどに入らなくてもそれが可能になります。その証拠に最近ではネット出身の作家さんが増えています。小説の練習、習作の場という意味でネットはとても役立ちますね。
三島……書店員的な見方で言うと、『氷菓』から続く「古典部」シリーズはタイトル、装丁とどれも素晴らしいですね。とくに『クドリャフカの順番』は本当にいいです。
米澤……装丁やオビの言葉などには全くノータッチです。装丁で「おっ!」と思っていただけたのは、装丁をお願いしているワンダーワークスさんのお力ですね。四六判では珍しく本のタイトルよりも著者名が大きく入っているんですよね。
『犬はどこだ』は「日常の謎」で終わらないミステリ
波岡……『犬はどこだ』は『さよなら妖精』よりもさらにミステリ色の強いものになっていて、ある意味新境地を開拓された作品だと感じました。いままでの作品よりも主人公の年齢設定もかなり上になっていますし。
米澤……『犬はどこだ』の時点で、すでに書いていたものは、「古典部」シリーズ、「小市民」シリーズの『春期限定いちごタルト事件』と『さよなら妖精』でしたが、どれも探偵役の高校生男子の一人称で、ほぼ共通していました。新作も同じままだと読者の方もややマンネリを感じてくるだろうし、自分自身も「日常の謎」に限らない、いろいろなミステリを書いてみたいという欲望や願望があったので、いままでとは違う設定にしたんです。結果としてとても楽しんで書くことができましたね。
三島…….ハードボイルドタッチで、人が死ぬミステリですよね。いままで発表されていたフィールドでは、人が死ぬミステリは難しいですし、このあたりは満を持して書いたということでしょうか?
米澤……むしろこういう作品のほうがメインというか、自分の得意フィールドだと思いますね。
波岡……さまざまな登場人物が出てきますが、とくに思い入れがある人物はいますか?
米澤……主人公ではいないのですが、サブキャラクターでは、『犬はどこだ』の主人公のパートナー・半田平吉が面白く書けているのではと思います。「古典部」シリーズなら、福部里志も好きですね。
三島……この小説もジャケットがいい。
米澤……そうですね。『犬はどこだ』は田舎が舞台の話なのに、これは確か大阪で撮られた写真なんですよ(笑)。このあたりもデザイナーさんのセンスですね。この「犬はどこだ」シリーズはいわゆる「ミステリ」を純粋に書きたくて始めたので、次はどんなものにしようかなと自分でも楽しみにしながら書いています。
『ボトルネック』は自分の 代の「葬送」
三島……米澤さんの作品では、私は『ボトルネック』が最高傑作だと思っています。米澤作品なので、最後の苦々しさは当然味わうんですけど、それが今までの比ではない。「これが米澤作品の到達点かな」と思いました。実際に書く側としても精神的なダメージが大きく、苦労された作品ではないですか?
米澤……この小説は、自分の20代の「葬送」のつもりで書きました。いま28歳ですが、10代から20代前半の気持ちはあと2、3年経ったらきっと書けなくなる。その前に書き残しておきたいと思いました。もう自分の中で失われつつあるものを必死に掘り起こして書いていくわけですから、そういう意味でも三島さんの仰るとおりストレスのかかる仕事でした。
波岡……主人公のリョウが「自分が生まれなかった」世界に飛んでしまい、そこには存在しないはずの「姉」のサキがいるというパラレルワールドですよね。なにか困難なことがあっても、リョウは決して「やり直す」というポジティブな発想にはなりません。サキとリョウは裏と表の関係にあるように感じました。リョウが「やり直さない」ところに、いまの時代が抱える「閉塞感」が表れているようでしたね。
米澤……「やり直せない」というのは書き始めたときの最初ルールとして決めていました。もし主人公たちがどちらの世界にも行き来できることになっても、時系列だけは絶対に崩さないように、1秒も逆戻りしないように書こうと思っていました。他の作品と違い、何も計算せずに書きはじめたものですから、先が見えなかったですね。自分の得意技を生かせる要素を意図的に使わずに目隠しして突っ走った感じもあって、そのぶんあちこちにぶつかった気がします。
三島……SFっぽい設定で青春小説の側面もあり、さらにきちんとミステリの形態をとりながらも、最後の最後では主人公がアイデンティティを問われるようなところまで自己崩壊し堕ちていく。これだけ多くのことを盛り込んで1冊にまとめるのはすごいですね。
米澤……実は「自意識」や「才能」をテーマにしたものは少しずつ書いていたんです。さきほど「葬送」という言葉を使いましたが、今後この『ボトルネック』的なものを発展させて別のものを書くということはなく、この路線はこの作品でお終いにするつもりです。ここで本当に全てを書き終えることができたんだろうかと疑問に思う気持ちもありますが。この作品は「面白い」と言ってくださる方と「ピンと来なかった」という方と、反響が極端に分かれています。その中で、自分の思いがきちんと読者に伝わっている、という話も聞いていますので、それはとても嬉しいですね。
平台に使ってもらえるインパクトのある作品を
きらら……もともと作家になろうと思ったのはいつごろからですか?
米澤……物心がついたころからですね。小学校の通学路が長かったので、学校の行き帰りに物語を考えていました。中学生になってからは多少ノートにまとめるようになって、高校に入る時点では「自分は将来的には物語をつくる仕事に就くだろうな」と思っていました。いろいろな表現方法の中で小説をやるとそのころ自覚し、書き始めました。
きらら……小説にもいろいろなジャンルがありますが、ミステリで作品を発表しようと思ったのはどうしてですか?
米澤……これはとてもアンビバレンツな感情ですが、ミステリの割り切れるところが好きなんですよ。大雑把に言ってしまうと、トリックがあってそれを解くと物語が終わる、この割り切り方が好きなんです。でも自分が読んだり、書いたりするうえでは、トリックが解決されてミステリは終わるんだけど、それだけでは割り切れないものが残る作品が好きなんです。
三島……まさしく米澤さんはそういう作風じゃないですか! 米澤さんの仰るとおりのミステリになっていますね(笑)。
米澤……そこを一番意識して書いたのが実は『ボトルネック』です。これは全4章+終章の構造ですが、本来のミステリだと4章か終章の頭で謎が解けるのが通常のパターン。しかしこれは解けるのが3章の終わりなんです。ミステリに慣れている読者がどう思うか気になりましたが、ただの長い長い推理クイズを書いてしまうことから逃れるためにも、これからも工夫していきたいと常に思っています。
きらら……米澤さんの、今後のご予定をお聞かせください。
米澤……いまミステリ的要素の一次決算という位置付けで書いている小説があります。07年の早いうちに出版したいですね。あとは文庫で『秋期限定?』を刊行予定です。もうこれはシリーズ終結まで見通して書いています。
波岡……ミステリももちろん好きですが、「こんな手があったのか」と新鮮な驚きを味わえる、ジャンルをクロスオーバーするような作品を期待しています。米澤さんならライトノベル読者と、一般の小説読者との間の、橋渡し役になれますよ。
三島……うちのような地方都市の書店でも、書店員が発信する形で米澤さんを推していけたら面白いですよね。でも、いまは首都圏の書店だと作家さんが回られてよくサインをされたりしますが、なかなかみなさんに、広島までは来ていただけなくて(笑)。
米澤……いやいや、次回作が書き終わったら、京都、山口を経由して博多まで行こうと思っています。
きらら……最後にきららを読んでいる書店員のみなさんにひと言お願いします。
米澤……書店員の経験もあるので、書店員的な発想しか浮かんでこなくて。シリーズモノ以外の単行本も平台に使ってもらえるようなインパクトのある作品を出していきます(笑)。もちろんシリーズ展開モノもまた驚きをもって迎えていただけるように頑張っていきますので、今後もよろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2001年、『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞し、デビューする。ミステリを扱いながらも、青春を描いた作品を多く発表している。おもな著作には『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『さよなら妖精』『犬はどこだ』(東京創元社)、『ボトルネック』などがある。
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