『太陽の塔』は内輪に向けた小説だった
きらら……『太陽の塔』で大学在学中に日本ファンタジーノベ ル大賞を受賞してデビューされましたが、そもそもいつごろから小説を書かれていましたか?
森見……子どものころからファンタジーに近い物語を書いていましたね。大学時代には周りの友人たちを笑わせるため内輪に向けた文章を書いていました。そういった内輪ネタのうち、「外側の人にもわかってもらえるかもしれない」と思えるものを選んで、デビュー作の『太陽の塔』を書きました。だから自分では最初、これが小説かどうかと、不安でした。笑わせようとちょっと肩に力が入りすぎているところもありますしね。
中澤……うちの店ではこの作品は京都が舞台ということもあり、2作目が出るまでずっと丁寧に売り続けてきました。デビュー作からこれだけ反響があった作家の方も珍しいです。
森見……本を出すことが初めてだったので、「反応がある」と言われれば「反応があるのかな」とも思いましたが、それが普通なのか珍しいのか自分ではよくわからなかったですね(笑)。
福井……最初の文章から登場人物が強烈な個性を発揮していて驚きました。たんにファンタジー一色という内容ではなく、違う形の小説としても面白く読めるので、こういう新しい形もあるんだなと思いました。そもそも日本ファンタジーノベル大賞に応募されたきっかけはなんだったんですか?
森見……受賞した前の年からこの賞に応募していました。推理小説は書けないし、ホラー小説ばかり書き続けていくのも無理。それまで自分が書いていた小説のテイストを生かしつつ、どの方向にでも進めそうな賞が日本ファンタジーノベル大賞だったんです。実は3作目にあたる『きつねのはなし』も一緒に応募していました。
中澤……そうだったんですか。でも森見さんは純文学を書いてもやっていけそうな気がしますけど(笑)。
森見……いや、それはボロが出る(笑)。ときどき真面目なことをちらっと書くからいい結果が出ているだけで、純文学の方向を求めていくとおかしなことになりそうな気配がします。「文学とは何か?」と考えていくとどんどんわからなくなっていくので、自分が書くときはそういうことを考えないように考えないようにします。
きらら……『太陽の塔』は文庫化にあたって加筆はされましたか?
森見……単行本との大きな違いは、主人公の名前がなくなったことですね。「モリモト」という名前を文庫では削除してしまいました。僕が書くほかの小説にも同じような男が出てきますし、似たキャラクターの登場人物にその都度べつべつの名前を与えるのがいやになってしまったので、これからは「私」で統一するつもりです。
文章が不自然でも面白ければそのままに
きらら……2作目の『四畳半神話大系』は『太陽の塔』のような妄想癖のある男子のお話で、こちらはボリュームもありますね。
森見……『太陽の塔』が出てすぐに執筆依頼をいただきました。僕はタヌキが主人公の話を書きたかったのですが、「森見さんはあと何作か学生モノを書くべきだ」と言われて(笑)。『太陽の塔』でもう学生モノの話は書き尽くしたと思っていましたが、意外とイケるもので、いま考えるとすごく的確なアドバイスでした。
中澤……一回目に読んだときは、同じシーンが何度も出てくるので、この話は一体なんなんだろう? 何か間違っているのかなと思いました(笑)。そのぶん目新しさもあって、読み進めていくごとに妄想の飛び具合が面白くなってきました。
森見……書き始めたときはラストがどうなるのか自分でもわからず、ただ4つの話を並行して進めていくことだけを決めていました。学生を主人公にしたものでも『太陽の塔』とは違うものにしたかったですし、構成に凝ることにしたんです。同じ4日間の同じシーンが何度も出てくるんですが、苦労して書いた割に「同じことの繰り返しだから飽きる」と言われてしまったり……(笑)。それだったら全然違う話を4話書くほうが楽かも。もっと絞ってみてもよかったかなと思っています。
福井……森見さんが書かれる作品には、独特の「森見」文体がありますよね。単純に関西弁を文章にしているわけでもないので、特徴をあげるのは難しいのですが、どこか引っ掛かるところがあります。「なむなむ!」という言葉はお願いごとをするときに、いま普通に 使ってしまいますね(笑)。
中澤……物語の奇抜さももちろんありますが、この文体だから出てくるコミカルさもありますよね。
森見……現実で人が喋っていることをそのまま文章にしていこうとは思っていません。そのときできた文章が多少不自然でぎくしゃくしていても、それが面白ければそのままにしています。だから古い小説の言葉遣いもそのまま持ち込んでいますね。リアリティを追求して文章を直そうとしないので、そういうふうに思われるのかもしれません。
?不気味な京都の雰囲気を作品に利用してみました
きらら……3作目の『きつねのはなし』は大学在学中に書かれたものなんですね。
森見……はい、大学時代の後半に書いたものですが、当時の自分の気持ちでは、この『きつねのはなし』のほうが『太陽の塔』よりも理想に近いと思っていました。
福井……でも受賞されたのは『太陽の塔』だったんですね、なんだか複雑な気持ち(笑)。
森見……当時は「これでいいんかなあ……」と思いましたよ(笑)。でもよくわからないままデビューして、編集者の方に言われるがままにいろいろとやっていくうちに、だんだんと「あれはあれでよかったんだ」とわかってきました。僕自身、ある程度客観的に余裕を持って文章を書きつつ、どこか話の展開にバカな部分がある『太陽の塔』のような小説でないと満足できなくなってくるんです。
福井……また学生モノのような小説だと思って読み始めたので、『きつねのはなし』は幻想的ですごく意外でした。怪談話ということもあって、ふだん自分がよく知っている京都の街が異世界になっていました。これは森見さんが持つ京都のイメージでもあるんでしょうか?
森見……夕方に路地裏をふらっと歩いているときのちょっと不気味な京都の雰囲気を、この作品に利用してみました。それに京都を舞台にしていると、話が跳んだりはねたりおかしなことを書いても、案外平気なんですよね。
中澤……確かに京都には、学生たちがつくる独自の世界もありますし、幻想的な神社仏閣も多いですし、歴史もありますから、なんにでもしっくり合うのかもしれないですね。
これほどのレベルのタイトルは思いつかない
きらら……4作目の『夜は短し歩けよ乙女』は本屋大賞にもノミネートされ話題を集めていますね。
森見……この作品は本屋大賞に間に合うように連載も繰り上げ、最後の2話は2カ月連続で掲載して単行本にしたんです。
福井……1話目の李白さんが出てくるあたりの雰囲気がとても好きですね。遊園地のような賑やかな絵が浮かんでくるようで楽しいです。いままでの男子妄想系の話ではなくて、主人公が女の子なのもいいですね。
中澤……この小説には二人の「私」が登場しますが、女の子の「私」に片思いをしている男の子の恋愛話でもあります。とはいっても、恋愛がメインではなくて話全体を盛り上げるためのひとつの要素にすぎないんですね。
森見……そうですね。恋愛自体にはそんなに力を入れて書いていません。『太陽の塔』と同じように男の子の片思いを主軸として使って、とにかく今回は日常から離れたうえで、話を拡大していこうと思いました。学生だけじゃなくて、へんな怪しい人をたくさん出したのですが、書き始めはけっこう恐る恐る非現実的なことを起こしていきました。
きらら……タイトルもすごく素敵ですね。
森見……この先これほどのレベルのタイトルは思い付くまい(笑)。『四畳半神話大系』も僕は好きだったんですけどね。この『夜は短し歩けよ乙女』はまずタイトルが浮かんできて、夜の木屋町(京都の繁華街)を歩く女の子の話を思いつきました。
中澤……木屋町って正直いっておじさんの街じゃないですか。飲み屋さんが多くてどちらかというと柄の悪いイメージなんですけど、『夜は短し歩けよ乙女』を読むと女の子も一人で歩けそうだと誤解をしそうですよね(笑)。
森見……そういう街だったらいいなあという夢を書いたんです(笑)。
福井……女の子の目から見ても主人公の乙女はかわいいですが、これは森見さんの理想の女性像も含まれていますか?
森見……確かに理想ではありますけど、僕が書いているので僕の部分も入っています(笑)。こういう女の子が単体でいてもしょうがないんです。この女の子がいて、その周りにこういう賑やかな世界があって全部ひっくるめてひとつなんですよね。こういう女の子が無事 に生き延びていける世界だったらいいなという思いもあります。
きらら……森見さんが描く男子は、妄想系の男子が多いといわれていますが。
森見……僕自身はガッと妄想が膨らむことも、ガッと行動することもないです。がちゃがちゃ外に出ていろいろな人に出会っていくというのは、いまの自分にはできないことなので、小説の中くらいそういうことを実現してみたい。僕も京都をそんなにうろうろしているわけではないんですよ(笑)。ろくでもなくてダメなんだけど、一所懸命に打って出ていろいろなことをやる人間が僕にとっての理想でもあります。
自分が書いた作品は息子や娘みたいなもの
中澤……いま森見さんは連載もたくさんお持ちなので、それのどれもが刊行が楽しみですが、なかでもとりわけ「恋文の技術」が1冊まとまったものを早く読みたいです。ついに「森見登美彦氏」が出てきて、これはいかなることになるのかと(笑)。
森見……僕がやっているブログの反響が大きかったので、ブログとリンクして書いていた連載を登美彦氏だけ切り離してお話に放り込んでみました。ちょっとふだんの自分とは別の人間のように書いています。
福井……私は『太陽の塔』や『夜は短し歩けよ乙女』のような世界観が好きですが、まだまだ他の作風のものもどんどん書ける方だと思っているので、時代物の長篇なども読んでみたいですね。森見さんが意識して出してきたものではなく、ぽろっとこぼれ出たものをどんどん知りたいです。
森見……時代物は調べるのが大変そうですよね。編集者の方にも「いろいろできるはずだ」と言われますが、「さあ、それはわからんよ」という感じです(笑)。次の連載で初めて京都以外の郊外にある住宅地を舞台にした短篇を書きました。ほかの土地を設定して失敗し ても、京都に戻るなら早いほうがいいだろうと思っています。
中澤……そうなんですか。でも森見さんには京都を舞台に書き続ける作家さんでいてほしいです。『(新釈) 走れメロス 他四篇』では嵐山まで範囲を広げていますし、祇園祭が出てくる小説も書かれていて、これからどんな京都が出てくるのか、京都に住んでいても楽しみです。
きらら……最後にきららを読んでいる書店員のみなさんにひとことお願いします。
森見……自分が書いた作品は息子や娘みたいなもので、僕の感覚としては子どもたちが勝手にがんばって、みなさんに褒められている感じなのですが(笑)。本当に有難いことです。これからもうちの息子と娘をよろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979年奈良県生駒市生まれ。京都大学農学部を卒業後、同大学農学部大 学院修士課程を修了。大学在学中に第15回日本ファンタジーノベ ル大賞を『太陽の塔』で受賞しデビューする。他の作品に『四畳半神話大系』『きつねのはなし』『夜は短し歩けよ乙女』『(新釈) 走れメロス 他四篇』がある。
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