同業者の書店員さんの反応が一番怖かった
きらら……小説を書かれるようになったきっかけを教えてください。
大崎……私自身が書店で働いていたときに、書店員の仕事を友人に話したところ、とても面白がってくれました。書店のことも少しずつわかってもらえるかと思い、書店員を主人公にした小説を書いたのがきっかけです。短篇を一話、二話と書いていくうちに、読んでくれた友人も喜んでくれたので、調子に乗って五話まで書いたんです。そこで、某「小説の書き方講座」を通じ、元編集者の方に一話だけ読んでいただいたところ、気に入ってくださって、全部原稿をお渡しして小説家としてデビューすることになったんです。
内田……大崎さん自身が経験がおありなので、デビュー作の『配達あかずきん』に描かれている書店員の姿は、本当にリアルですね。こんなに書店の裏側を小説にうまく盛り込んでいる作品も珍しいし、書店員はもちろん、書店員ではない一般の読者の方にも広くお薦めしたい作品です。
大崎……ありがとうございます。小説を書いていることを一緒に働いている職場の同僚に話していなかったので、書店員の方が作品を読んでどんな反応をされるのかわからなくて……。ほかの店舗の書店員の方がどういう仕事をされているのかもあまり知らなかったのですが、本を出してみたら、みなさんが共感してくださって嬉しかったですね。書店員の方が読むことをとくに意識することなく書いていたので、同業者の方の反応が一番怖いですよね(笑)。
沼波……書店員として共感できる部分が多く、ミステリとしての面白さも充分にあって、楽しく読ませていただきました。ほろっとさせられる物語が多かったですし、主人公たちが実際の書店にもいそうな身近な雰囲気なのがいいですよね。
大崎……アルバイトの多絵ちゃんが探偵役で、年上で正社員の杏子ちゃんが助手のワトソン役で、杏子ちゃんの語りで話が進んでいくという形は当初から決めていました。
内田……書店ではお客様からお問い合わせも多いうえに、「こんな本、ありますか?」という漠然とした謎に満ちたお尋ねもあります。そういう意味でも、お客様のイメージする書店と実態は相当違うんですよね。
沼波……二人が謎を解いている最中でもお客様がレジに並んでしまって「ちょっと待ってください」と話が中断するシーンなどは、本当にリアルです。
大崎……こういうことはあまり言ってはいけないことなんですが、やっぱり書店員は大変な仕事なんですよね。あんまり書くと嫌味になってしまいますが、その点も意識して描いています(笑)。それでも本屋さんっていいな、書店で働いてみたいなと思ってもらえたら嬉しいです。
内田……『配達あかずきん』はタイトルもいいですよね。
大崎……私も全篇をイメージするかっこいいタイトル案をいくつも出しましたが、なかなか決まらず、最後は短篇のタイトルの中からインパクトがあるものに決めました。
きらら……表題作の短篇に出てくるヒロちゃんは、独特のかわいらしさがありますね。
大崎……この子だけはモデルになった人がいます。年齢に関係なくふわふわした雰囲気の女性で、その人も読んでくれたんですが、絶対にバレると思いきや、実際に彼女が仕事中に間違えたことを書いてあったのに、全く気づかれなかったです(笑)。
きらら……本のタイトルに絡めた謎など、書店全般に関わるミステリになっていますが、とくに難しかった点はありますか?
大崎……『配達あかずきん』を書いたときには実際に店頭に並んでいた本が、刊行するころには入手不可能なものになっていたため、ゲラの段階で直しました。書きためていた小説だったので、そういう意味では現実にそぐわない部分は差し替える必要がありましたね。
内田……いま単行本が文庫化されるタイミングも速くなっていて、本のサイクルが速いんですよね。
大崎……毎日たくさんの本が刊行されるので、作家もまず書店員さんに名前を覚えてもらうのが大変だと思いますが、私の場合は書店を舞台にした作品だったので、わりと早く覚えていただいて応援もしてもらえてよかったです。
『晩夏に捧ぐ』では地方の老舗商店を舞台に
内田……二作目の『晩夏に捧ぐ』はデビュー作に続き、杏子ちゃんと多絵ちゃんが活躍しますね。
大崎……これもデビュー前から書いてあった作品です。私が働いていた書店は『配達あかずきん』に出てくる「成風堂書店」のように駅ビルの中にある書店でしたが、その前に少しの間スーパーの中にある小さな書店でも働いていました。店舗の規模が変わると、仕事の違いがありますよね? 都内の大型書店でもきっと違うだろうし、地方の書店だと入荷の難しさがあるだろうなあと思い、地方の老舗書店を舞台にしました。
内田……読んでいると、「これはどこの書店をモデルにしてるのかな」と想像する楽しみもありました。長野を舞台にされたのはどうしてですか?
大崎……家から近かったからです(笑)。一応取材もしましたが、とくにモデルとなっている書店となると残念ながら……。
内田……地方では、書店を通して人が育っていくというイメージがあります。
大崎……そうですね。子供のころに学習参考書やコミックを買いに通っていた書店に、結婚して子供を連れて児童書を買いに行く感じですよね。
内田……児童書はやはり別格で、母親が読んでいたものをその子供たちが読み継ぐ。「読み継がれて何十年」という絵本もありますね。
大崎……店頭から消えて変わっていくものもあれば、昔からある絵本の『ぐりとぐら』のように、そのまま今も店頭に並んでいるものもあって、ほんとうに書店は面白いです。
沼波……この『晩夏に捧ぐ』では、さらに多絵ちゃんがかわいくなっていてよかったです。この続篇では過去のこととはいえ、殺人事件が起きますし、さらにミステリ色が濃いものになっていました。
内田……ミステリとしての完成度も本当に素晴らしかったです。デビュー作は短篇集、こちらは長篇小説ですが、どちらが描きやすかったですか?
大崎……話の筋をゆっくりと追っていける長篇小説は書きやすかったですね。短篇ですとどうしても細切れになってしまいますので。読者の方は短篇がお好きな方は長篇が読みにくかったようですが、逆に長篇がいいと言ってくださる方もいました。
出版社の営業さんを主人公にして
きらら……三作目の『サイン会はいかが?』も「成風堂書店」シリーズになりますが、書店を舞台にこんなに謎を思いつくのかと驚きながら読みました。
大崎……『配達あかずきん』と『晩夏に捧ぐ』だけでは、描ききれなかったことがたくさんあったんです。タイトルにある「サイン会」ももちろんですが、書店といえばなんといってもお客様の「取り寄せ」が大変なんですよね。『配達あかずきん』のころの最初の三篇は思いつきで書き始めましたが、短篇の「配達あかずきん」あたりからは、「配達」や店頭での「ディスプレー」、お客様の「取り寄せ」など、はっきりとテーマを設定してから書くようになりました。
内田……「取り寄せしようにも在庫がなくていつ店頭に入るかわからない」という状況がお客様にはわかっていただけなかったり、「取り寄せ」にまつわる苦労は絶えませんね(笑)。
沼波……これからも「成風堂書店」シリーズを書かれる予定ですか?
大崎……皆さんに「この調子だと次々に書けますね」と言っていただいたのですが、ここで一度お休みしようかと。かわりにといってはなんですが、新しいミステリ小説の連載を始めました。今度は書店回りをする出版社の営業さんを主人公にしたもので、今までとは違った切り口で書店を舞台にした小説を書いていこうと思います。ささやかな野望としてはこのシリーズでもって、いつか「成風堂書店」にも主人公が営業に行ければなと(笑)。
沼波……それは、楽しみですね。また多絵ちゃんと杏子ちゃんと会えると思うと、一読者としても嬉しいです。
話の展開だけで読者を引き込むようにしている
内田……『片耳うさぎ』は小学生の女の子二人が主人公のミステリですね。
大崎……子供が主人公の横溝正史風の話、というのは以前から温めていた題材で、アイデアは昔からありました。「女の子二人がだだっ広いお屋敷にいて、屋根裏部屋に誰かの気配がする。そこで屋根裏部屋に入って戻ってくると、片耳のうさぎのぬいぐるみが落ちている」というイメージは当初からありました。
内田……ぐいぐいと引き込まれるように読み進みました。少年になって田舎で謎めいた屋敷を探索しているような気持ちになりましたね。
沼波……主人公たちと一緒に謎を追うさゆりさんもミステリアスで、誰を信じていいのかわからなくなりました。
大崎……殺人が起きても起きなくても、殺人が起きたくらいの緊張感があるミステリにしたかったんです。話の展開だけで、読者を引き込むように書きました。
内田……本当にうまいなあと思いました。お屋敷の見取り図や家系図もあり、導入部の給食のシーンなどとくに感心しました。
沼波……主人公たちの設定は決められていましたが、その後の展開は頭にあったんですか?
大崎……それが、その先どうなるのかわからなくて(笑)。そんなに詳しいプロットを書かずにやりたいことをやって、第一稿を編集者の方に読んでいただきました。謎が最初に出てきて、その謎が魅力的で、最後に納得できる。読者の方にそう言ってもらえたら嬉しいですね。
内田……児童書として刊行された『天才探偵sen 公園七不思議』は、大人の私でも楽しめるミステリでした。『片耳うさぎ』と同じ小学生が主人公でしたね。
大崎……この二作は執筆時期が同じで、ともに設定は小学六年生なんですが、『天才探偵sen 公園七不思議』のほうは男の子が主人公です。
沼波……公園を舞台に謎が起こりますが、実際に小学生のときにこの作品に出合えていたら、近所の公園まで確認しに行きますね(笑)。
大崎……いろいろと凝りすぎてしまうんですよね(笑)。昔から児童書を書いてみたかったのですが、やはり子供たちにわかりやすいようにと試行錯誤したので、実は『天才探偵sen 公園七不思議』が自分では一番時間のかかった小説です。こちらもシリーズ作として、引き続きがんばる予定です。
横溝正史を読んで好きなテイストを再確認
内田……書店で働いていらっしゃったほどですから、やはり子供のころから本読みだったんですか?
大崎……乱読でしたが、一人の作家を好きになると読み込んでいく面はありました。『片耳うさぎ』を書いていたころも横溝正史さんを読み返しましたね。自分が好きなテイストを、本を読むことで再確認しました。
きらら……大崎さんは書店時代、なにを担当されていたんですか?
大崎……児童書を担当していたこともありますが、ほとんどはコミック担当でした。でもそんなにコミックは読むほうではなくて(笑)。書店の仕事は思い入れがありすぎてもいけなくて、そのあたりが難しいですよね。
内田……雑誌のような感覚で新刊をどんどん入れ替えていかなくてはいけないので、「本が泣いている」と思うときもあります。長く置いてお客様の目に留めてほしい本も、新刊が入ると外さなくてはいけなかったり。
大崎……なにを外すかというのは本当に悩みますよね。
きらら……作家になられてから書店に行かれた際、棚の見方などは変わりましたか?
大崎……自分の小説がたくさん置いてあると、嬉しい半面、心配になったりします(笑)。
内田……『サイン会はいかが?』でサイン会をやりたかったくらいですよ。売り場で大事にしたいなあと思える作品に出合えて私たちも嬉しいですし、大崎さんを自分たちの仲間のように応援しています。
大崎……ありがとうございます。デビューのころから平台に置いていただけたのも、書店員のみなさんのおかげです。これからもよろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
大崎 梢(おおさき・こずえ)
東京都生まれ。神奈川県在住。2006年短篇集『配達あかずきん』で作家デビュー。元書店員ならではの丁寧な目線と、優しい語り口、爽やかな読後感で注目を浴びる。著作に『晩夏に捧ぐ』『サイン会はいかが?』『片耳うさぎ』『天才探偵sen
公園七不思議』などがある。
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