うまく書こうとすると、きれいになりすぎる
内田……小説を書かれるようになった経緯を教えてください。
鈴木……アパレルの現場で働き始めて2年目くらいに、中学生以来、遠ざかっていた読書を再開するようになりました。一人の時間が取れないほど忙しい会社で、もっとゆっくりしたかった。そこで夏休みがちゃんとあって時間を取れる、服飾の専門学校の教員に転職したんです。小説を書くのはまだ先のことだと思っていたんですが、「やりなさい」と学生たちを急かすのも物足りなくなってきて、自分でもなにか創作してみようと思って書いたのが『ラジオデイズ』です。
高坂……鈴木さんは文藝賞からデビューされていますが、どうしてこの賞に応募されたのでしょうか?
鈴木……当時、「文藝賞」という字面をとても美しく感じられたから(笑)。教員をしながら、10月ごろから執筆を始めて、3月の締め切りに合わせて「文藝賞」に応募しました。小説以前に、なにかをイメージすることには自信があった。その想像力にまかせて執筆を始めましたが、決してさらさらとは書けるタイプではありません。
高坂……鈴木さんが描く登場人物には、とても感情移入しやすいです。親近感が湧きますし、日常のちょっとしたことや、身近な出来事をうまく描いているように感じます。
内田……賞を狙って小説を書かれたということですが、具体的にはどのあたりに留意されて書かれましたか?
鈴木……筆力がないのは自覚していたので、とにかく下手でもいいから素直に書こうと思っていました。うまく書こうとすると、きれいになりすぎてしまう。とにかく言いたい思いを素直に書いて、一つの小説としてまとめていきました。
三島賞は 年後くらいだと思っていた
高坂……2作目の『ロックンロールミシン』では、アパレル業界を舞台に選ばれていますね。
鈴木……物書きとして仕事を始めた当時、雑誌の書籍欄などのインタビューでは、作品の内容よりも以前働いていた会社のことやファッションの仕事ついて訊かれることが多かったんです。一種の話題づくりだったのかもしれませんが、記事の見出しにも「ファッション業界から転身」というような書かれ方が多かった。作品より前職のことがなにかと先行しがちで、それだったらもう自分からアパレルの話を書いてしまおうと思って、『ロックンロールミシン』という小説ができたんです。
内田……せっかくつくった洋服を切り裂くシーンには、どきりとしました。書店員という仕事のなかでも、いろいろなことをリセットしたい衝動にかられるときがあります。
高坂……サラリーマンの賢司が、高校の同級生・凌一が立ち上げたインディーズブランドに、初めは嫌がりつつも徐々に首を突っ込んではまっていく姿には共感しました。サラリーマンは、クリエイティブな仕事に憧れるんですよね。
内田……そこに寄り添うだけでもいいから一緒にいて空気を吸いたいなと思うんですよね。
鈴木……ファッション関係の仕事は特殊かもしれませんが、ほかの仕事とリンクする部分もあると思ったし、どんな仕事でもほとんど大差はないというところを書きたかったです。
内田……この作品で三島由紀夫賞を受賞されましたね。
鈴木……文藝賞を受賞できたのは奇跡的なことで、たまたまいいスタートが切れただけで、しばらくは書くのに苦労するだろうと思っていました。ほどなくして三島賞をいただいたけど、自分ではなにかの間違いじゃないかと思った。候補になるだけでも驚きだったので、受賞したときは本当にびっくりしました。
映画は自分の夢をスクリーンで見ているよう
内田……鈴木さんの作品は、文章ひとつひとつから音が聞こえてくるようなものが多いですね。
高坂……タイムリーなんだけど、何年経っても古びない文章がいいです。作中に使う鈴木さんの選曲も素晴らしいですが、音楽はご自身が好きなものを小説に盛り込んでいますか?
鈴木……登場人物に合わせて「この青年だったら、この曲が好きかな」と考えて選曲しています。曲名を入れるときは慎重になりますね。僕は執筆中には音楽をほとんど流しませんが、ラジオは鳴らしっぱなしにしています。ある作家の方は音から小説世界に入っていくと仰っていましたが、自分の場合は映像が見えてこないと書けない。友人や俳優を登場人物にキャスティングして話を考えることもあります。
高坂……『ロックンロールミシン』は映画化されました。すでに鈴木さんのなかで映像になっている小説が、映画という別の形の映像になったわけですね。
鈴木……これは本当に不思議な体験でした。自分が夢で見た映像を、大スクリーンで見せられているような感じで、もちろん、自分のイメージとは違う部分もあるけど、重なったら重なったで気持ち悪いし、それに恥ずかしくてしょうがなくなってくる。
ラストシーンは書く前に決めておく
高坂……『スピログラフ』の主人公・浩也は、女友達のカンナからの電話をただ聞いて流されているだけのように見えますが、ちゃんと自分を持っているんですよね。ふわふわしているように見えて、実際にはしっかりとしている人って、現実でも多いようにも思います。
内田……カンナの妊娠を境に、話は暗い方向に進みますが、いままでの鈴木さんの作品とは違った印象を受けました。
鈴木……実は書き始めて知ったことなんですが、自分が「純文学」と呼ばれるジャンルにいるのがわかってきて、その伝統的な流れを意識しすぎて、話の内容が重たくなったことは確かです。
高坂……そのわりに読後感はいいですよね。青い空にカイトが飛んでいるラストのシーンがいいです。
鈴木……ラストシーンはたいてい書く前に決めておくんです。あの作品は川のシーンで終わりたいと思っていた。感情的な部分も含めて、毎回、その最後をめがけて書き進めていきます。
内田……『夏と夜と』では、すでに亡くなっているはずのスウちゃんを待つという設定がまず変わっています。
鈴木……短篇集『消滅飛行機雲』に収録しているSFじみた小説「怪獣アパート」を書いたときに、いつもとは違う扉を開いた感じがあって、その感覚を追いかけるように、『夏と夜と』でも別世界に行こうとしていたんです。
高坂……この作品には、カツオという登場人物が出てきますが、『ロックンロールミシン』に出てくるカツオと、なにか関係がありますか?
鈴木……同じ人物ですよ(笑)。カツオは小説のアクセントになりやすいキャラクターなので、今後もほかの作品に登場するかもしれません。カツオのことはちょっと嫌なヤツに見えるように意識して書いています。自分でも嫌だと思う部分を探りながら書いているので、そういう意味では自分に一番近い登場人物かもしれません。
働くことに美しさを感じている
内田……「きらら」に連載されていた新刊『ワークソング』(チェリー・ボブより改題)は、冒頭にまず驚きました。「キコキコ」とずっと擬音語が続いていますね。
鈴木……雑誌連載が終わって単行本にするときに、この擬音の部分は軽い気持ちで入れました。読むというより視覚的な効果を狙っています。たとえば『バンビの剥製』でも文字化けした頁をあえて入れたり、今回もさらっと見て面白がってもらえたらと思っています。
内田……鈴木さんの作品では、どの登場人物もクリエイティブな仕事をしていますよね。
高坂……鈴木さんが描くブルーワーカーはみんなおしゃれ 自由な感じがして好きですね。ひたすら工場で働く双子が、●●(ネタばれのため伏せ字)してしまうのに、意外にも悲壮感がないんです。
鈴木……まず、人が働く姿に美しさを感じるんです。どんな人でも仕事中はいい顔をしているし、それに人が集まって真剣に共同作業をすることに面白さを感じる。今回は友人から話に聞いて興味深く思ったボルト工場を舞台にしています。これまでの作品でも何度か、ブルーワーカーでちょっと貧乏な人たちを描いてきましたが、その人が携わっている仕事から、個人の人となりが立ちのぼってくると思っているので、僕にとっては職業設定がとても大事なことなんです。
高坂……パスポートを巡って話が進んでいきますが、どうしてこの小説でパスポートをキーアイテムにされたのですか?
鈴木……プロレタリア文学を代表する、小林多喜二の『蟹工船』を意識したわけでもないんですが、機械的な感じのするボルトと対極するように、「赤い」イメージのさくらんぼを使いたいと思っていた。さらに赤いものを探していくうちに、パスポートに行き着いた。現代社会においては、働くにしても書類やIDカードで管理されていることをどこかで表したかったんです。
内田……妹のハルカのほうはクレイジーなんですが、主人公の秋邦はぎりぎりの正義感を持っているところがいいですよね。
高坂……ほかの作品でも不思議ちゃんの女性が出てくることが多いですよね。そういった感じの女性となにかあったのでしょうか?(笑)
鈴木……ファッション関係には不思議ちゃんが多いんですよ(笑)。金髪でパンクな格好をしているけど、話してみると閉鎖的だったり、身近にそういう人たちを見ているからでしょうね。
高坂……「チェリー・ボブ」から「ワークソング」に改題されていますが、どんな意図があるのでしょうか?
鈴木……ルーティンワークを超えたところの高みの感覚を書きたかったんです。たとえ創造的な仕事でもアルバイトでも、どんなことでも続けていくうちに惰性になる。その向こうにある大事ななにかを再確認してから、初めて肉体と仕事が一体化していくのかもしれないと考えているうちに、やっぱり、「ワークソング」というタイトルが相応しいだろうと思って。
書店員さんの意向が見える店は面白い
高坂……鈴木さんと同世代の僕としては、同世代が主人公の小説を読んでみたいです。設定年齢を上げたことで、この自由な感じがどうなってしまうのか、興味があります。
鈴木……同世代の男性の話はいつか書くかもしれないけど、それより若い世代の、自分が実際に見てきたことのほうがやっぱり書きやすい。リアルタイムで起きていることは、まだ自分でも理解しきれていないから難しいんです。それに自分の年齢に合わせて書いていたら、小説の世界も年老いていくばかりになりかねないですからね(笑)。職種の設定に関しては、これまでのブルーワーカー寄りの仕事から離れて、もうちょっと派手にしてもいいかなとは思っています。それこそファッション関係の、一見きらびやかに見える仕事とか、今回の作中に出てくるポールと同じような仕事とか。労働者から離れてブルジョワジーの視点になって書いてみるのも面白いかもしれない。
高坂……書店員としてのクリエイティブなことを目指して、POPを書いたり、売り場を工夫してみたりするきっかけになったのが、『ロックンロールミシン』だったんです。僕もなにかやらなきゃいけないという気持ちになって、いろいろと書店でやり始めるようにな りました。いまでも『ロックンロールミシン』は事あるごとに読み返しています。
鈴木……ありがとうございます。書店は見たところどこも同じように感じますが、各店、POPや本の置き方が違う。そのようすから書店員さんの意向や意気込みが見えて面白いです。
内田……楽しんでPOPをつくっている書店員の気持ちが、読者の方にも伝わると嬉しいなと店頭をつくっています。
鈴木……本が好きで書店に行く人は、自分にしっくりくる本を常に探している。そんなふうに宝探しができて提案性があって、個人的な趣味にちょっと傾いているような書店が僕は好きです。お二人が勤める書店にも近くに行ったら立ち寄らせていただきます。これからもがんばってください。
(構成/松田美穂)
鈴木清剛(すずき・せいごう)
1970年神奈川県生まれ。文化服装学院卒業。コムデギャルソン勤務を経て、97年『ラジオデイズ』で文藝賞を受賞し、デビュー。98年『ロックンロールミシン』で三島由紀夫賞を受賞。同作は2002年、行定勲監督により映画化される。他の著書に『男の子女の子』『消滅飛行機雲』『バンビの剥製』『夏と夜と』など。現在、エスモードジャポンでファッションデザインの非常勤講師も務める。
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