アンケート






  第42回 沢木冬吾さん
  読者の方に読んで楽しんでいただきたいという、
   それだけの気持ちで小説を書いています




これまでの3篇の作品が文庫化され、いずれも解説を書店員の方が担当しているミステリ作家の沢木冬吾さん。書店の店頭で人気の高い沢木さんの作品の秘密を、ときわ書房本店宇田川拓也さんと三省堂書店成城店内田剛さんが、ご本人に迫った。






伏線の張り方まですべて決めて書く


宇田川……デビュー作『愛こそすべて、と愚か者は言った』の文庫本の解説を書かせていただくという、たいへん光栄な機会をいただきありがとうございました。よく「処女作にはその作家が書きたい要素がすべて詰まっている」と言われますが、やはりこの作品には「絆」や「愛」といったその後の作品に繋がるテーマが入っていますね。

内田……宇田川さんが沢木さんの作品を店頭でたくさん売っていると聞き、沢木さんの小説を手に取りました。冒頭からぐっと惹き込まれ一気読みしました。「こんなすごい作品があるのか」と驚きました。書店員として、使命感をもって沢木さんの作品を売らなければと思いましたね。文章量は多くても作品中に無駄なものが入っていないので、長さをまったく感じさせません。

沢木……ありがとうございます。主人公の背景がまったく書かれていない小説がよくありますが、自分が読む側だとそういう小説にはうまく入っていけないんです。主人公がどこで生まれ、どんな子ども時代を過ごして、この物語のスタート地点に今立っているのか。そういうものを最小限に抑えていても、背景を書き込むと必然的に作品は長くなりますね。

宇田川……先がどうなっていくのかという謎をちらつかせつつ、意外な真相や事件が絡んでいき、核心に迫っていく。ミステリとしてはとても贅沢な小説です。

沢木……謎解きや話の展開も含め、物語の全体像を最初から最後まであらかじめ決めて書いています。私の小説を読んで、「バスツアーのように行程がすべて決まった旅に出かけるようだ」と思う人がいるかもしれませんね。デビュー作より以前に書いた小説はフリーハンドで書いてうまくいかなった。登場人物や伏線の張り方まで決めて書くのが私には合っています。

内田……デビュー作では父親と息子のぎこちない距離感やお互いの感情の変化が物語の肝になっています。

宇田川……そう、親と子の対比が家族小説のような側面もあって、『愛こそすべて、と愚か者は言った』はいろんな角度から読ませてくれる小説ですよね。

内田……デビュー作とは思えないほど完成度が高い小説ですが、文庫化にあたって加筆や改稿はされましたか?

沢木……単行本と文庫本がまったく違った話になる作家の方もいらっしゃいますが、明らかに技術面で時代遅れな部分だけ直しました。いずれ過去の自分の作品を読んで「青二才だったな」と思いたいという気持ちもあります。  



映画のシナリオの箱書きが役に立っている


宇田川……第2作目の『償いの椅子』では、主人公の能見は銃弾を受けて足の自由を失い、車椅子に頼るというハンディキャップを負っています。ハンディキャップのある方は健常者よりも弱いイメージがありますが、能見は拳銃の腕も一流で強くてとてもかっこよかったです。

沢木……まず「車椅子に乗ったガンマン」を書きたいと思ったんです。「車椅子に乗ったやつがきた。銃もうまいぞ!」というだけでは小説として成功しないので、なぜこいつがここまで強くなったのかを書くようにしたんです。

内田……サラッと書かずにその超人的な強さの裏側を丁寧に書かれているのがいいですね。そのためクライマックスで能見が大暴れするときに説得力が出て、読者の心を掴みます。

宇田川……「車椅子のガンマン」という設定やテーマ性を先に決められた後、どれくらいの段階で話の書き出しが思い浮かぶんですか? 

沢木……映画のシナリオ学校に通っていたときに、箱書きという物語のつくり方を学びました。起承転結を4つ決め、それを2つに分けさらに2つに枝分かれさせ、話の組み立てをつくっていきます。『償いの椅子』は火葬場のシーンから始まりますが、敵か味方かわからない人たちが出てくる最初のシーンも、箱書きで流れをつくるうちにおのずと決まってくるんです。あとはなんとか最初の1行目を書き始めればいいわけです。ちょっとタイピングしては消し……を繰り返していくうちに、うまく物語が始まっていくんです。

宇田川……魅力的な冒頭の部分はまさに「出てきてしまった」という感じなんですね(笑)。



読者が睡眠不足になるような小説を書きたい


内田……『天国の扉 ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア』もタイトルがいいですね。「天国の扉」で終わらず「ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア」と付けられたのはどういう意図があったのでしょうか? 

沢木……最初は「ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア」しかなかったんです。日本語のタイトルのほうがいいというアドバイスが担当編集者からあり、「天国の扉」を加えたいまのタイトルになりました。

内田……最後まで読むとまたタイトルの良さがさらに伝わってきます。それまでの2作よりも「生き様」に加え「死に様」の美しさや潔さも描かれていて、武士道の精神に通じるものがありますね。

沢木……この作品は「平成の日本でチャンバラをやりたい」と思ったのが書くきっかけでした。その後、設定にリアリティを持たせていくために七転八倒するわけです。

宇田川……現代を舞台にサムライや剣劇をやると、ただのギャグになってしまって小説として成り立たないと思うのですが、拳銃と刀が戦っていても沢木さんが書くと見事に成功していますね。

沢木……自分では平成にチャンバラは、イケると思っていました。実は『償いの椅子』よりも先に『天国の扉 ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア』を書いていたのですが、「現代を舞台にチャンバラは……』と却下されてしまって、刊行順が逆になりました。

宇田川……この作品では「死刑制度」についても触れていますね。

沢木……チャンバラをやりたいという目的が先にあるので、物語の柱に「死刑制度」を置いていても極力抑えて最低限しか書いていません。いろいろな資料を集めましたが、こればかりをネタにしたら書けなくなる。本格ミステリ寄りにすれば、もっと深く「死刑制度」について書けますが、そこからは逃げたという感じでしょうか。

内田……読者としてはそうは感じなかったですよ。彼らの背景がきちんと描かれ、物語の核に「死刑制度」があってより深みのある作品になっています。

宇田川……最初は逃亡劇の形で始まっていますが、最後は敵と立ち向かって戦う。真相に絡むシーンはまるで本格ミステリのように描かれていて、ほんとうに巧みです。ミステリでありながら、冒険小説の熱気も感じられて、自分が10代のころに夢中になって読んだ小説のことを思い出しました。「なにか新しいものを読みたい」という飢えや渇きをもった読者は、沢木さんの作品を読んで「待ってました!」と思うはずです。

沢木……読者に楽しんでいただきたいという、ただそれだけの気持ちで書いています。私も睡眠不足になるほど夢中になって本を読んだことがある。読者を睡眠不足にしてしまうような小説を書きたいですね。



ハードボイルド小説を書こうとは思っていない


内田……『ライオンの冬』にはとにかくかっこいいおじいちゃんが出てきますね。『天国の扉 ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア』よりも一層鮮烈に「死に様」が描かれています。戦争の記憶とうまく絡まって、時代を超えたところで話が繋がっていく。どれから沢木さんの作品を読んだらいいのか悩んでいる方にはまず『ライオンの冬』をお薦めしたいですね。おじいちゃんと住む女子高生も出てきて、前3作とは作品の雰囲気も違います。

沢木……『ライオンの冬』はいままでの作品のなかで一番短く、他の作品の半分くらいの量しかないです。主人公が謎を解かない小説も初めてなんです。『償いの椅子』でも女子高生が出てくるのですが、なぜか『ライオンの冬』のほうが女子高生のことをよく聞かれますね。いままで境遇の恵まれない子どもたちばかりを登場させてきたので、この作品では明るくはじけた子を書きたいと思いました。

宇田川……いままでお話を伺った流れで考えると、この作品では「雪山で老兵が戦う」という設定がまずあったのでしょうか?

沢木……そうですね。おじいさんのスナイパーが主人公の、壮絶な戦いを書こうと思いました。どの作品も書くことの発端は基本的にはそんなものです(笑)。

宇田川……歴史や世界の情勢などにも触れた重厚な内容になっています。沢木さんの作品はハードボイルド小説といわれることが多いですが、ご自身はどう思われています?

沢木……ハードボイルド小説を書こうと思っているわけではないです。エンターテインメントとしてスリルとサスペンスがある小説を目指す。それをとことんまじめにやるとこういう形になるんだと思います。アクションシーンは自分で書いていてもテンションがあがりまくりで、とても楽しいです(笑)。

内田……その沢木さんの「熱」みたいなものが読者にも伝わってきますね。どの沢木さんの作品にも男が惚れるようなかっこいい男が随所に出てきますが、登場人物のキャストを決められて小説を書くことはありますか?

沢木……最初のころは自分の中でキャスティングをやったこともありますが、最近は主人公の顔や服装がなくても基本的に小説は成り立つものだとわかってきました。生い立ちなどの深い設定は決めていますが、顔形などはなんとなく自分のなかにあって、そのなんとなくが読者の方のなんとなくと繋がればいい。作品を読んでくださったみなさんと飲んだときに、「あの登場人物は誰々みたいだ」という話をするのはとても楽しいです。



ペンネームは好きな漢字を組み合わせただけ


内田……そもそも小説を書かれるようになったのはいつごろからですか?

沢木……高校生のころですね。小説を読み始めたきっかけが児童向けのSF小説だったので、一番馴染みがあったジャンルであるSF小説を誰に見せることなく書いていました。当時は小説の公募があることすら知らなかったんです。そのころから長篇小説志向だったのですが、書き始めたものの最後まで終わらず、他の違う小説を書く、という繰り返しでした。

内田……ファンとしては、どういった小説を書かれていたのか気になりますね。作品はまだ残っているんですか?

沢木……自分でダメだと思ったら、全部捨ててしまっていたので、昔、書いた小説は残っていません。

内田……沢木さんの登場人物には魅力的な名前の人が多いですね。「沢木冬吾」という筆名もかっこいいです。

沢木……実は、好きな漢字を組み合わせただけのペンネームなんです。登場人物の名前もぱっとみたときの形がいいものを付けています。でも「沢木冬吾」は本名じゃないんだとがっかりする方もいらっしゃいますね(笑)。

宇田川……沢木さんはいま携帯サイトでも小説を連載されていますね。たいへん面白く拝読していますが、沢木さんが携帯サイトという媒体で連載をされるのかと驚きました。

沢木……私も連載のお話がきたときは、びっくりしました(笑)。でもまだ私は携帯から自分の小説を読んだことがないんですよ。

宇田川……いままで文庫化された3冊はどれも私たちの同業者が解説を書いていますね。「沢木さんの文庫の解説をまた書店員が書いている。書店員に知り合いが多いのか?」という記述をインターネットで読んだことがあります。

沢木……『償いの椅子』が文庫になるとき、私の作品の解説を書いてくれる人なんていないと思っていました。本が好きで作家志望だった男がなんとか作家になれましたが、出版業界に知り合いもおらず一人ぼっちでやってきた。解説を書いてくださった書店員のみなさんには本当に感謝しています。あと書店員さんにはいままでのお礼を伝えておきたい。たくさん私に面白い本を教えてくださってありがとうございます。これからも私に面白い本を紹介してください。



(構成/松田美穂)



沢木冬吾(さわき・とうご)
 1970年、岩手県花巻市生まれ。99年、『愛こそすべて、と愚 か者は言った』で、第3回新潮ミステリー倶楽部賞、高見浩特別賞を受 賞し作家デビュー。2003年、『償いの椅子』で高い評価を得る。他 の著書に『天国の扉 ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア』『ライオン の冬』がある。