アンケート






  第44回 小路幸也さん
  「自分が影響を受けたものを別の形に表現して
  次の世代にバトンタッチしなくては」といつも思っています




 小路幸也さんの作品世界は多彩だ。次から次へと変化を遂げていく。本誌「きらら」で連載された「のこされるもの」を改題した最新作『残される者たちへ』でもまた新しい顔を小路さんはのぞかせる。尽きぬ創作の源泉は何なのか。小路さんの作品から生きる糧をもらっているという明正堂書店中通り店城戸佳代さんがその秘密に迫った。






海外TVドラマのエッセンスが入っている


城戸……小路さんを代表する作品となった『東京バンドワゴン』は、とにかく気風のいい勘一おじいさんがいいですね。下町を守っている守護神のような存在で、まさに理想です。存在感があって、本当にこういう人がいるんじゃないかと思いました。

小路……下町育ちの江戸っ子、頑固で涙もろいおじいさん、という僕の中にある理想像から勘一は出来上がっています。特定のモデルはいませんが、今まで映画やドラマで見聞きした下町のおじいさんがそのまま勘一になりました。

城戸……勘一さんの息子で音楽活動をしている我南人は、名前が印象的ですね。どこからこの名前が生まれたのでしょうか?

小路……我南人は実際に僕がつけられるはずだった名前です。ようやく生まれた小路家の長男に父が「ずっと南の島に暮したかった」ということで「我、南の人」と書いて小路我南人(がなんと)とつけようとしたんです(笑)。結局は母が反対して幸也になりました。作中では「がなんと」ではなく「がなと」と読み替えて使っています。語呂もいいですし、一風変わったロックンローラーにはぴったりの名前になりました。

城戸……すでにこの世にいないサチおばあさんの視点で書かれていますね。家族全員を温かい視線で見守っている感じがまたいいです。

小路……語り手を誰にしようか考えたとき、生きているおばあさんだとドラマが弾んでいかなかったので、死んだおばあさんの視点にしました。僕が子どものころにTVで放送されていた「それゆけスマート」や「幽霊探偵ホップカーク」といった、幽霊が主人公の海外ドラマのエッセンスも入っています。

城戸……この作品は以後2作目の「シー・ラブズ・ユー」、3作目の「スタンド・バイ・ミー」とシリーズ化されていますが、もともと続篇も考えられていましたか?

小路……『東京バンドワゴン』を書きあげたころは、これでおわりだろうと思っていたんですが、なぜか評判がよくて(笑)。そのとき初めてタイトルをどうするか悩みました。『東京バンドワゴン2』じゃまずいだろうし、1冊目の最後にビートルズの「愛こそはすべて」が出てくるので、『シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン』とつけました。

城戸……私は地元が谷根千(谷中、根津、千駄木近辺の呼称)なので、楽しく読みました。「小路先生、この谷根千を知っている」と思いながら、地元を歩いています。作中に登場する改装される銭湯のシーンや、実在する建物も描かれていますが、取材はされたんですか?

小路……銭湯の改装は日本全国であることなので、下町でもあるだろうと想像して書きました。シリーズ2作目を出すときに編集担当者と谷根千をぶらぶら歩いたところ、ちょうど根津神社の本殿で結婚式をやっていました。新郎が外国人だったので、まるで藍子とマードックのようでしたね。二人がこんな結婚式を挙げるシーンは絶対に書かなくてはと思いました。



いまは1割も考えずに書き始めている


城戸……小路さんが描く登場人物たちは子どものように純粋で素直な人が多いですね。とくに『キサトア』にはピュアな人たちがたくさん出てきて、作品を読んでいる自分までまっさらになれるように感じます。小路さんの小説は心の回復薬ですね。

小路……そういっていただけると有難いです。この作品は児童向けのYA作品として書きました。子どもも大人も楽しめる作品として、海辺の町を舞台にストーリーを展開しました。僕が育った旭川市は内陸の盆地で海がなかったんですが、祖母が海辺の町に住んでいて、夏になると海水浴をしました。そういった自分の思い出も含めて書いた話です。

城戸……作中にある西暦の、千桁と百の桁が×になっています。普通に考えると1966年ごろだと思うのですが、あえて年代を提示されていません。舞台も地球なのかさえもあいまいで、パラレルワールドになっていますね。

小路……日本とも海外ともつかない雰囲気にすることは最初から考えていました。僕のなかのイメージでは1950〜60年代の古き良きイギリスやアメリカのニュアンスで書いています。ただところどころアイヌ言葉がもとになっている北海道の実在する地名を出しています。

城戸……「キサ」と「トア」という双生児の名前をはじめ、出てくるキャラクターの名前も一風変わっていますね。

小路……双生児の名前も、日本でも海外でも通用するよう意識してつけました。すれ違ってしまう双生児の設定は、「レディホーク」という映画に想を得ました。中世を舞台にしたファンタジー映画で、恋人同士のお姫様と騎士が、魔法使いの呪いで日が沈むときと昇るときの一瞬しか人間の姿で会えないストーリーでした。小さな子どもがすれ違ってしまうのは寂しいですが、双生児が周りの大人たちからかわいがられる姿はいいだろうなあと。

城戸……いつも話の骨組みが見えたところで書き始められますか?

小路……この作品を書いていたころは、5割くらいプロットができたところで書き始めていましたね。エピソードをメモしておいて大体の流れが見えたところで書き出し、残りは書きながら考えます。いまは1割も考えずにアイディアだけで書き始めるパターンが多いです。

城戸……ドーナツ状に風がおりてくる自然現象を書かれていますが、これは実際にあるんですか?

小路……上空から吹く極端に強い下降気流で「ダウンバースト」という自然現象はありますが、作中に出てくる現象はそこから派生して考えたオリジナルです。

城戸……キサトアちゃんの歌がありますが、どうしたらこんな言葉が思い浮かぶのかと驚くほど、詞が非常に美しいです。 小路……この歌詞もごく自然に思いついて書きました。もう忘れてしまいましたが、こんな感じの歌かなと自分で作曲もしたんですよ(笑)。



20世紀に21歳くらいになった人の物語


城戸……『21 twenty one』は21世紀に21歳になった21人という、数字合わせのような設定が面白いですね。

小路……若い人が主人公となる話を考えたときに、この設定がぽんと浮かんできました。これを思いつく以前から、Dragon Ashの降谷建志くんや浜崎あゆみさんのインタビュー記事を読むと、彼らが生きている時代や音楽に対する考え方が僕らの世代と似ているなと思っていたんです。ちょうど彼らは21世紀を20歳前後で迎えているので、彼らについて書いてみようと思いました。

城戸……晶君が死んでしまったのは自分たちのせいではないかと同級生たちが悩む姿に、私も一緒に哀しい気持ちになりました。みんなの絆が素晴らしくて、こんな仲間がいていいなあと思いながら読みましたね。彼らが原因を探っていくうちに自分が22番目の仲間になったような気持ちになりました。

小路……設定が決まり、どうやって書くかと考えたときに誰か一人欠ける状態をつくろうと思いました。全員の今の話と昔の話を入れつつ、主人公を替えて書いていく。最後の真相も僕の中では決まっていて、それ以外の部分を膨らませながら書きました。最初は21人分のエピソードを詰め込むつもりだったんですけどね(笑)。

城戸……では小路さんの中では秘めたエピソードなどがあるのでしょうか?

小路……人物像自体はもう全部つくっています。ほとんど登場していない西川佳恵ちゃんで物語を書いてくれと言われれば、すぐにでも書けます。名前を考えついてキャラクターとして存在させた時点でもう、僕の中には物語が「ある」というパターンが多いです。実はこの作品に出てくる同級生たちには、実在する中学生時代の同級生の名前も使っています。キャラクター自体はまったく似せていませんが、とくに男性陣に多いですね。当時の仲間とはいまも付き合いがあって、彼らに「おまえ、がんばってるね」と言われたいし、僕からも言いたい。僕にとってはなにかをかきたてられる特別な存在です。



ドリフターズのいかりや長介さんを描きたかった


城戸……ミュージシャンが主人公の短篇集『うたうひと』は小路さんが書く文章から、ミュージシャンの音楽に対する熱意が伝わってきます。読んでいるうちに各短篇に出てくるアーティストのファンになっていました。初めの短篇「クラプトンの涙」はエリック・クラプトンと考えてよいのでしょうか?

小路……そうですね。僕はクラプトンが大好きですし、ギタリストの代表としてクラプトンという記号を挙げました。この作品は「音楽の話で一話完結の短篇を書いてほしい」というオーダーでした。そこでギタリスト、ボーカリスト……とパートを変えて続いていく短篇の形にしました。

城戸……小路さんの音楽へのただならぬ情熱を感じました。小路さんは文章で音楽を聴かせてくれますね。いろいろなパートがありますが、どのパートが一番お好きですか?

小路……最後の「明日を笑え」に出てくるあるシーンを書きたいがために、このシリーズを始めました。最後はベーシストにしてドリフターズのいかりや長介さんを描きたかったんです。「左側のボーカリスト」はサイモン&ガーファンクル。「笑うライオン」はGLAYのような仲良しバンドをイメージしました。

城戸……「きらら」で連載されていた「のこされるもの」は改題され、『残される者たちへ』となって単行本化されました。読ませていただいて、いままでの小路さんの作品とはまったく違った印象を受けました。

小路……この作品はある映画のプロットに合わせて書いたものです。プロットにあったあるテーマを抽出しています。宇宙人が出てくる部分などを抜いてしまえば、他の僕の作品とそんなにイメージは変わらないと思いますよ。ウルトラマン世代の僕からすると、宇宙人は身近なところにいるはずで、とくに違和感がないんです。もっと宇宙人と戦うストーリーにしてしまってもいいくらいでした(笑)。

城戸……団地を舞台にされていますが、これはどこからのアイディアですか?

小路……団地というのは高度成長の象徴、新しいものの最先端だったんです。最先端のものには当然、怪しいものがつきまといますから、団地には必ず宇宙人がいる(笑)。僕の世代だと、団地と宇宙人は素直に繋がりますね。高度成長時代が終わり、今では廃墟となっている団地に興味があったので、以前から考えていたことと脚本にあったものがうまくフィットしました。

城戸……確かに私たちが映画などで抱く宇宙人のイメージとは違い、小路さんの描く宇宙人は荒々しい存在ではなく、彼らもそこにいたいからいるという感じですよね。人間と宇宙人、両者がいてもその間を繋ぐような存在を通して、どちらの気持ちもわかるようになる。なんでもさっぱりと割り切れる話にはなっていませんね。

小路……宇宙人には常に侵略者のようなイメージがあるかもしれませんが、彼らも悪いことなどせずひっそりと暮らしているんです。

城戸……他の作品でもそうですが、小路さんの小説には「人にはなにか成し遂げなくてはならない使命がある」というメッセージが込められているように感じます。

小路……確かに城戸さんの仰るとおりですが、いま初めて気づきました。テーマとして意図的に書いてはいなくても、僕の中には確実にある「なにか」が作中に表れているんだと思います。それが「なにか」といわれれば、「小説やドラマで影響を受けたもの」となるでしょうか。「自分が影響を受けたものを別の形に表現して、次の世代にバトンタッチしなくては」と常に頭のどこかで考えているからかもしれません。



もともとはミュージシャンになりたかった


城戸……小路さんの作品では音楽がうまく融合されています。やはり音楽はお好きなんですか?

小路……もともとミュージシャンになりたくて、学生時代はずっと音楽活動をしていました。そのためか、意識したわけではなく自然と小説に音楽が出てきます。僕はその作品に合わせたテーマソングを決めて、ずっと音楽をかけながら執筆するんですよ。

城戸……『キサトア』に出てくる「流れるままに、あるがままに」という部分に感銘を受けましたが今日お会いして、小路さんの執筆スタイルそのものだと感じました。自然と出てきたものからこういう素晴らしい作品が出来上がるんですね。 作家さんの書く小説のおかげで売り上げをつくっていくのが書店員の仕事ですが、それを抜きにしても、小路さんの書く文章ひとつで私のように救われる読者もいます。これからも小説を心待ちにしています。

小路……ありがとうございます。作家と出版社と書店と、読者、どれが欠けても本は存在できないんですよね。自分の好きなことしかやってこなかった僕が、こうやって作家としてやっていけるのは書店員さんが愛情を持って売ってくださるからです。ただただ感謝しています。



(構成/松田美穂)



小路幸也(しょうじ・ゆきや)
 1961年北海道生まれ。広告制作会社勤務を経て、2003年『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞しデビュー。06年4月に刊行した『東京バンドワゴン』が大きな話題を呼ぶ。ほかの作品に『空へ向かう花』など多数。