アンケート






  第47回 橋本 紡さん
  常にライトユーザーを増やしていかないと未来がない。
   読書というのはエンターテインメントであるべきです。




 ライトノベルから一般小説に活躍の場を移してなおも多くの読者を獲得している橋本紡さん。橋本さんの初期作品から店頭で推しているリブロ港北東急SC店昼間匠さんと、啓文堂書店多摩センター店西ヶ谷由佳さんが、瑞々しい文体で「日常」の尊さを描いていく橋本作品の魅力について、本人に直接話をうかがった。






僕にとっては「日常」が一番大事なこと


昼間……『猫泥棒と木曜日のキッチン』は、橋本さん特有のアイテムなど、いままでの作品の原点がたくさん詰まった小説ですね。それまでに書かれていたライトノベルと、そのあとに発表される一般小説の中間にあたる作品のように思いました。

橋本……ライトノベルから一般文芸へ、文体や内容を変えていく段階で通らざるをえなかったのがこの作品です。ライトノベルからいきなり『ひかりをすくう』のような文芸色の強い作品を書くのは、僕にとっても、読者にとっても大変だったので、語り言葉を多く入れたり、ワンセンテンスを短くしたり、児童文学に近い形にしました。

西ヶ谷……小さな弟を残してお母さんが家出をしてしまいますが、高校生のみずきがすんなり現実を受け入れていくのが印象的でした。

橋本……この小説は半分以上が実話です。ちょうどこの作品を書く少し前に、町内会の班長をやっていたんです。回覧板を回しに行くといつ行っても高校生の女の子と小さな子どもしかいない家があって「お母さんは?」と訊くと「たまに帰ってくる」と答える。普段の買い物や兄弟の面倒も彼女が見ていて、お母さんを頼るということをせず にタフに生きているんです。いまは子どもが否応なしに大人にならざるを得ない世の中ですが、逆に大人が子どもになってしまっても許される世界になっている。作中では金銭面のことなど深くは触れていませんが、現実のひどさをもっと書いておけばよかったかなと思っています。

昼間……みずきと、彼女を好きになる健一の視点から物語が語られています。両方の心情が読めるぶん、俯瞰して冷静に見られる部分がありました。それぞれが思っていることを対比させて読者に見せるのは面白い書き方ですね。

橋本……同じものを見ていても感じ方は人それぞれ違うはずです。また相手がどう感じているのか、人は観察をするものなので、両方の視点で描くこの書き方は好きですね。いろんな読者に読んでもらうことを考えても視点をばらけさせるのはいいと思っています。

西ヶ谷……『流れ星が消えないうちに』も、死んでしまった加地くんの人物像を、元彼女の奈緒子と親友の巧の視点で描かれていますね。

橋本……男性視点と女性視点とでは文体も見方も変わってきますね。女性視点だからといってとくに無理も背伸びもしていませんし、いまは女性視点のほうが書きやすいです。

昼間……「死」などの重いテーマを橋本さん特有の柔らかい文体でさらっと読ませますが、読み終えたあとに深く考えさせられる。これこそ小説の力だと思いました。オビに「恋愛小説」と書かれていますが、そう決めてしまわなくてもいいと思います。

橋本……この小説はただの恋愛小説ではなく、「人が生きながら自分の足元を見る」小説です。そもそもこの作品では、家族や恋人が亡くなったあとに残された人たちがどうやって生きていくのかを書きたかったんです。僕自身も身内や友人を亡くして残される立場の人間になりました。残された人間が自分の日常にかえっていくにはとても時間がかかるし、痛みを癒していくのは「日常」でしかない。日常の繰り返しのなかでようやく自分の足元がだんだん定まっていく実感がありましたね。

昼間……悲しいことがあっても四六時中泣いているわけではないし、悲しい気持ちでいながらも、笑ったりすることもあったり……。そういうことの積み重ねで癒されていくんですよね。

橋本……この小説では細かな描写をたくさん入れています。話の展開上は必要ないのですが、歩いていて見える空や鳥などの風景の描写に1ページから1ページ半も割いています。日々の生活が人の心をだんだんと落ち着かせていくものですし、僕にとっては「日常」が一番大事なことなんです。

西ヶ谷……ある時期、喪失の痛みを描いた小説が流行りましたが、喪失から回復するまでの過程のほうが大事なんですよね。

橋本……大切な人を失っても、その後、人は50年60年と生きていかなければならない。そのことのほうがよっぽど重要だし、大変です。忘れることなんてできないですから、自分のなかの一要素にしていく。僕はあまりきれいな言葉を使いたくはないけれど、それが「成長」なのかもしれないですね。



風景を見ている人の「目」を描く


西ヶ谷……『ひかりをすくう』ではパニック障害になり仕事を辞めた智子が哲ちゃんと一緒に田舎で暮らします。心の病や不登校をうまく織り交ぜながらも、話に大きな起伏があるわけではない。それなのに読んでいて突然涙が出てきたりしました。

橋本……この小説は僕という作家の特徴がよく出ている作品だと思います。あえて話をまったく動かさなかったですし、ただ人が暮らしているだけの話にしました。第一線を離れるのは彼女にとっては明らかな挫折ですよね。それは悲しいかもしれないし、寂しいことかもしれない。でもそれが不幸かといえば、僕はそうは思わないんです。こういう穏やかな暮らしは実はとても幸せなものですよ。

昼間……ほんわかした話であるように見せつつも、スタバで罵り合うシーンなどでは人間の本当の姿を描いていますよね。感情に任せてCDを捨てたのにあとで川が汚れてしまうと拾いに戻ったり……。実際の生活ではよく起こる出来事ですが、意外とそういうシーンがきちんと書かれた小説は少ないですね。

橋本……CDを捨てるのもくだらないし、あとでCDを拾いに行くのもくだらない。でも人ってそういうことに突然囚われて行動しちゃったりするんですよね。あとになって「なんであんなくだらないことを?」と思うんだけど、そのときは妙にすっきりした気分になったりもします。そういうくだらない行為そのものが人生だと僕は思いますね。

昼間……この小説は田舎が舞台なので、季節感が伝わってくる描写がいいです。

橋本……意識的に風景を書きましたよ。風景を文章で描くというのは、風景を見ている人の「視線」を、あるいは「目」を描くことなんです。見ている人の心の側からどう映っているのかを描くことで、読者にこの人はいまどういう感覚で生きているのかを伝える。もしかしたら直接、「痛い」や「つらい」と書いたほうがいいと思う読者もいるかもしれませんが、これが僕のやり方なので仕方がないです。

昼間……この小説は物語の行く末がきちんと描かれていません。主人公たちの「その後」は読者の判断にゆだねられている。逆にしっかりとした結末を用意されてしまうと、いままで作品にあったリアリティがなくなってしまっていたかもしれませんね。

橋本……これが現実だと思うんです。彼女の病気が簡単によくなるわけがないし、新しい仕事を始めてばりばり働くわけでもない。こういう状況になったら結論は出ないですし、とにかく日々を暮らしていくしかないんですよね。

西ヶ谷……ひかりを掬うシーンがすごく好きなのです。やはりタイトルの『ひかりをすくう』はあのシーンからとられたんですか?

橋本……タイトルの「ひかりをすくう」は語感がいいなあとなんとなく思いついて決めました。タイトルを付けたあとに話と関係がないことに気がついて、タイトルと絡めたシーンを付け足したんです(笑)。



物語をすべて一からつくってみた


西ヶ谷……『橋をめぐる』は東京・深川を舞台に橋がテーマに選ばれていますが、なにか思い入れがあるのでしょうか?

橋本……連作短篇を書くにあたってひとつのテーマがあったほうがいいと、担当編集者さんの地元の深川を歩いてみたんです。橋を渡るたびに町の雰囲気が変わっていく。橋を渡ることは人生と一緒だなあと思いついて、深川を舞台に橋をテーマにした小説にしました。

西ヶ谷……「まつぼっくり橋」で部屋探しをしている若い夫婦が微笑ましいですね。細部にこだわる家選びの真剣さから「橋本さんはもしかして家が好きなのかな」と思いました。

橋本……家は好きですね(笑)。深川は空襲で焼けずに残っていた地域なので、その当時の流行が少しずつ入った建物があります。建築好きとしては取材をしていてそこが面白かったですし、書かずにはいられなかったです。

昼間……人情モノの時代小説の現代版といった感じで、いま刊行されている橋本さんの作品のなかで一番好きです。この作品で橋本さんはまた新しい扉を開いたように思いました。この作品ではあらゆる世代の登場人物が出てきますね。世代もばらばら、抱えている問題もばらばら、でも同じ地区に住んでいる。そういう人たちが駅ですれ違うのが現実だし、ドラマチックだなあと思いました。

橋本……この作品では世代も性別も変えたいろんな視点で話を書こうと思いました。文体も変えて、自分が作家としてどれくらいのことができるのか試してみたかった。いままでは同世代を中心に書いてきましたが、物語をすべて一からつくってみました。離婚した女性を書いていますが、これは僕には経験しようがない(笑)。こういう設定も書けなきゃいけないという気持ちで始めた実験的な作品です。



「本は面白いんだよ」といつも発信していきたい


西ヶ谷……以前本誌の小普連コラムで橋本さんの『九つの、物語』のことを書きました。文学作品をうまく融合させた小説でとても面白かったです。 

橋本……昔の文学作品には面白い小説が多いのに、いまはあまり読まれていません。文学作品をアイテムとして取り入れたかった気持ちもありますが、みなさんに名作を知ってもらえるよう自分の小説に取り入れました。

昼間……橋本さんは以前から作家の立場として読書を広げていく活動をされていますが、ご自身の小説に名作を盛り込むやり方はいいなと思いました。『九つの、物語』だけでも楽しめますが、ここに出てくる本を読んだあとにまた『九つの、物語』を再読すると違った感じ方をします。時代を超えて文学作品とご自身の小説をリンクさせるのは大変でしたか?

橋本……一番大変だったのは、もう一度読み返さなくてはいけなかったことですね(笑)。どういう話だったか、なんとなく覚えていてもいい加減に書くわけにはいかないですし。自分の小説には自然に組み込んでいけました。小説を書くうえで僕は構成などではまったく迷わないので、書いてみたら自然とできた、という感じです。

昼間……ファンタジー的な要素もあるこの作品から橋本さんの作品を知ってもらえたら面白いかなと、昨年のホワイトデーのお返しには刊行したばかりだったこの小説を選びましたよ。

橋本……ありがとうございます。恋あり、料理あり、文学作品ありで、この小説から僕の作品に触れてもらうのが一番いいですね。これから本を読もうと思っている読者にたいして、作品世界に入りやすい小説を書きたいと思っています。とくにこの作品は、ソフトカバーにして紙の質感も柔らかいものを選び、本自体を温かみのあるものにしました。本好きのための本です(笑)。

西ヶ谷……お兄ちゃんとゆきなの掛け合いが好きです。第1章でお兄ちゃんが幽霊であることをあえてばらしておいて、ゆきなの心の歪みのほうを丁寧に描かれていますね。最後の「コネティカットのひょこひょこおじさん」の章では、お兄ちゃんが幽霊であることと「ひょこひょこおじさん」に出てくる空想上の友達の話が絶妙に絡み合っています。すべて始めから計算されて書かれていたんですか?

橋本……当初からJ・D・サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』にかけようと思っていたので、最後のほうで『ナイン・ストーリーズ』で一番好きな「コネティカットのひょこひょこおじさん」を使おうとは考えていました。実際に書くにあたって再読してみて驚きました。「ひょこひょこおじさん」にも空想上の友達がいることを僕は忘れていたんです。実はどの章もどの文学作品にするか僕は予め決めていたわけではないんです。今回はどれにしようかなと書棚から適当に好きなものを選んでみると、偶然にも小説とリンクしていた。もう神の仕業だとしか思えなかったですね。

昼間……この小説ではサイン本をたくさん書かれていましたよね。サイン会に行くチャンスがない人でもサイン本を買うことができますし、さらに作家さんを身近に感じられる。書店員としてありがたい作家さんだなあと思いました。

橋本……このときは1500冊くらい丸一日かけてサインを書きました。僕は本を読書マニアだけのものにしたくないんです。僕たち書き手が真剣になるあまり読者を切り捨ててはいけない。常にライトユーザーを増やしていかないと未来がなくなってしまいます。読書というのはエンターテインメントであるべきです。僕は本が好きで作家になりました。書店員さんにならわかってもらえると思いますが、学生時代って書店に入っただけでも嬉しくなるじゃないですか。本に対する嬉しさや楽しさを僕はいまでも持っているので、「本は面白いんだよ」と作品でも講演でも発信していきたいです。





(構成/松田美穂)



橋本 紡(はしもと・つむぐ)
 三重県伊勢市生まれ。1997年、『猫目狩り』で第4回電撃ゲーム小説大賞金賞を受賞し作家でビュー。『半分の月がのぼる空』などライトノベルでありながら普通の少年少女の物語を描く作風が支持される。2005年、『猫泥棒と木曜日のキッチン』から一般小説にも進出。他の著作に『月光スイッチ』『彩乃ちゃんのお告げ』『空色ヒッチハイカー』などがある。