アンケート






  第48回 宮木あや子さん
  自分の小説は女の人に向けて書いたものです。
   私は女性向け、男性向けという垣根を守って書きたい。




 江戸末期の吉原で生きる遊女たちの恋愛模様を描いた『花宵道中』で第5回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞と読者賞をダブル受賞してデビューした宮木あや子さん。本誌で連載された小説『群青』は映画化もされた。宮木さんの作品を愛してやまないスカイプラザ浅野書店岩立千賀子さんと紀伊國屋書店笹塚店堀内かをりさんが、その官能の香りが匂い立つ妖しくも美しい作品世界の秘密を訊いた。






スピンオフの形で書いた「花宵道中」


岩立……デビュー作の『花宵道中』は30代前半の女性作家さんが、吉原をテーマに小説を書かれたことにまず驚きました。官能小説なのに、さわやかな透明感のある作品でとても大好きな一冊になりました。吉原という一種異様な世界で生きていく女性たちの姿を読んで、簡単に性を売ってはいけないと、今の10代の女の子たちにこそ読んでほしいですね。

宮木……ありがとうございます。こんなに褒めていただいたあとに言うのも恥ずかしいのですが、この作品を書いたのはとにかく作家としてデビューをしたかったからなんです。それもまだ歴史の浅かった「R‐18文学賞」でデビューしたかった。それまでの「R‐18文学賞」の最終選考に残った作品の選評を読んだら、大正時代を舞台にした小説に対して「今まで読んだことがない舞台設定で面白かった」と書かれていたので、そういう舞台設定ならば最終選考に残してくれるんだなと思って時代を江戸時代に(笑)。人が死んでも違和感がなく、「R‐18文学賞」なので必然的に題材はエロになる吉原を舞台に選びました。

堀内……この作品がデビュー作ということにも驚きましたね。連作短篇のどれも丁寧に描かれていて読み応えがあります。「花宵道中」で、半次郎が惚れた朝霧の初見せの客を殺した理由が、後に出てくる短篇「青花牡丹」で明かされます。短篇どうしの繋がりは当初から決められていたのですか?

宮木……収録したなかで一番長い「十六夜時雨」を実は「日本ラブストーリー大賞」に応募するために書いたんです。でも第1回の受賞作を見たら、時代モノでの受賞は難しいと気づいて……。そこで「十六夜時雨」のスピンオフの形で「花宵道中」を書いたので、このような構造になっています。受賞が決まってからは担当編集者からも資料をいただき、京都の遊郭である島原を舞台にしたものも書きました。

きらら……『花宵道中』には男性の視点から描かれた短篇も入っていますね。

宮木……単行本をつくるとき担当編集者に半ば無理やり男性視点のものを書くようにと言われ、「わかんないよー」と思いながらも書きました(笑)。私は女の人に読んでもらうために書いてるんです。「女による女のためのR‐18」文学賞からデビューした以上、どうして男性読者に読ませなくちゃいけないんだろうと思ってしまうんです。小説に女性向け、男性向けという垣根はないのかもしれませんが、私はあえてその垣根を守って書いていきたいです。



『雨の塔』は「お客様減らそうキャンペーン」


岩立……『花宵道中』がとてもよかったので、『雨の塔』は刊行前のゲラの時点で読ませていただきました。時代設定は現代ですが、大正や昭和初期あたりの雰囲気がありますね。

宮木……『雨の塔』はデビューする前に二章ほど書いてあったんです。その後『花宵道中』の単行本用の原稿を書くのに精一杯でほったらかしていたのですが、「学園モノを書いてみませんか」というオファーがあって、「ちょうどいいのがありますよ」と編集者に原稿を見せました(笑)。

堀内……私は女子校育ちなのですが、この『雨の塔』に書かれている女子校とはまったく違いました。お買い物をするシステムがとても面白くて、あったらいいなあと羨ましく思いました。

宮木……お二人はこの作品を読まれて少しがっかりしませんでしたか? 実は「お客様を減らそうキャンペーン」として出してもらったのがこの『雨の塔』なんです。作家としてはダメな発言なのかもしれませんが、『花宵道中』が自分の予想以上に男の人にも売れてしまったんです。気持ち悪いというか、自分の手の届くところに作品が収まっていてほしいという感覚があって。『雨の塔』ではこちらから読者を選ばせてもらいました。

岩立……そうだったんですか。うちの書店には『雨の塔』から宮木さんの作品を好きなった女の子もいますよ。

宮木……好きな人は絶対に好きな世界観だと思います。私も個人的には、自著の中で『雨の塔』が一番好きな作品ですね。

きらら……『花宵道中』も『雨の塔』もそうですが、特殊な空間から出ていく者、残されていく者、という役割を背負う人たちが出てきますね。一見ウマが合わないように見えてもある種の親近感を持っている女性同士の絆が印象的でした。

宮木……こういう閉鎖した環境に追い込まれてしまったら育まざるを得ないところがありますが、女性同士の友情はあると思います。遠くにありて思うもの、という感じでしょうか。『雨の塔』の続篇にあたる『太陽の庭』を年内に刊行の予定です。シチュエーションだけ同じで、『雨の塔』の15年前の話になります。この学校が何のために建てられたかなどの謎も明かす小説です。

堀内……私は『花宵道中』のあとに『白蝶花』を読みました。宮木さんの思惑どおり、『雨の塔』はぱらっと見てあまり好みではないかもと思ってしまって(笑)。『白蝶花』は戦前から戦後までを舞台に書かれていますが、パートナーが出征してしまい残される立場の女性の心情を描いた小説を今まで読んだことがなかったので、視点が新鮮だなあと思いました。私は宮木さんと同い年なので、「同世代でもこんな小説が書けるのか!」とデビュー作同様に衝撃を受けました。

宮木……『雨の塔』が予想どおりあまり売れなかったので、『白蝶花』は「お客様を増やそうキャンペーン」だったんです(笑)。この連作短篇のなかで最初に書いたのは「乙女椿」。「花宵道中」で作家デビューができたときを考えて、デビューが決まる10日前くらいから書いたものです。千恵子という登場人物は私の祖母がモデルで、祖母は福岡の県知事のお屋敷で女中をしていました。その設定だけを生かして、ほかは全て私の創作です。当時の新聞を100日分くらい読み、国内外の状況を細かく把握しました。

岩立……短篇それぞれのタイトルが「天人菊」「雪割草」など花の名前になぞらえていますね。

宮木……それが、なぜこういうタイトルにしたのか覚えていないんですよ。「乙女椿」は字面も音もかわいいので、使おうとは思っていたのですが、どうしてでしょう(笑)。



本誌連載の『群青』で風景描写ができるように


堀内……映画も公開される『群青』は、主人公・凉子の母でピアニストの由起子が凉子の父となる龍二と出会って恋に落ち亡くなるまでのエピソードを描いた「紺碧」という章が入っていますが、ちょっと変わった構造の小説ですね。

宮木……この作品は最初に映画の話がありました。ざっくりとした話の展開や設定自体は脚本にあったのですが、ピアニストが離島に来て子どもを産む、としか書いていなかったんです。都会からやって来たピアニストがどんなふうに漁師の龍二と愛を育んでいくのかディテールが全然なかった。「離島に行きました、子どもが生まれました」では読者に納得してもらえないので、最初に「紺碧」という章を加えました。

岩立……『群青』は舞台の離島の雰囲気と相まって、作品世界の透明感がさらに増していますね。私も旅行したことがありますが、沖縄の離島は同じ日本とは思えないくらいの異空間なんですよね。龍二が体験する現実だか幻想だかわからないシーンはとくに印象的でした。

宮木……この作品を書くにあたって、沖縄の離島に取材旅行をしました。石垣島を拠点に竹富島や波照間島を回りました。夜の8時を過ぎると公共機関がすべて止まってしまい、宿泊施設のシャワーも22時までしか使えなくて(笑)。朝から晩まで一日中浜辺に座って海の色の変化を見ていたり、嵐に遭い船の上で体育座りしながら「嵐ってすごい」って思ったり(笑)。今まで風景描写があまり得意ではなかったのですが、こんな経験をしたおかげでこの作品では風景描写ができるようになりました。

岩立……凉子と一也と大介は幼馴染みで兄弟のように一緒に育ちますが、優等生の大介ではなく、漁師になった一也に凉子は惹かれていきます。一也が死ぬことで凉子の心が壊れていく過程が痛々しくて読んでいられなかったです。

宮木……脚本では一也が王様のように振舞い、大介のほうがおどおどした男の子の設定だったんですが、これでは凉子は一也に惹かれていかない。潜ることしかできない不器用な男の子にきゅんとするならあり得るかなと二人の設定をあえて逆にしました。

堀内……大介が焼き物を通して、凉子の心を少しずつ癒していきますね。

宮木……私の母がアートセラピーの勉強をしているので、焼き物によるヒーリングについては理解できました。薬物依存症の方、うつ病の方、ネグレクトを受けた方など心の病を持つ方にも取材をしましたね。当初は細かく薬物療法のことなども書いていましたが、急に現実に引き戻されてしまうので、そこは割愛しました。

きらら……本誌で連載されていたときとは異なり、亡くなった由起子の視点が第1章から織り込まれていますね。

宮木……当初は由起子と一也の両方の死者からの視点を入れようと思っていましたが、「幽霊同士が会話をするとコメディにしかならない」と担当編集者から言われて(笑)。いきなり幽霊が出てくるのもおかしいので、作中のところどころに由起子の視点を入れることで、最後の由起子の登場を自然な形にしました。

堀内……また離島を舞台にした作品を書かれようとは思いますか?

宮木……東京からは想像もつかないところなので、最初から物語をつくるには1年くらい住んで考え方やライフスタイルを身につけないと難しいですね。もうその時代を生きてきた人たちがいないぶん、時代物を書くほうがごまかせる部分もあって書きやすい気がしています。



今までとは違った作風の『セレモニー黒真珠』


堀内……最新刊の『セレモニー黒真珠』はまず葬儀屋という設定が変わっていて面白いです。現代モノですし、自分と年が近い登場人物たちの話でとても親近感が湧きました。

宮木……「主人公が20代後半の女性で、変わった仕事をしているという設定の小説を書いてください」という依頼でした。担当編集者からいろいろな職業の資料をいただいたんですが、どれもしっくりこなくて、高校生のころに葬儀屋で事務のアルバイトをしたことがあったので、葬儀屋を舞台にした小説にしました。

岩立……死んだ人を見送るという、一見暗い職業なのに、悲しみのなかにもコミカルな味わいがあって楽しく読みました。宮木さんの作品のなかでも一番一般受けする小説のように感じましたね。

宮木……掲載媒体が「ダ・ヴィンチ」という発行部数の多い雑誌だったので、あまり奇をてらった物語は書けなかったんです(笑)。暗い文章で書くとひたすら暗くなってしまう題材だったため、今までとは違った作風にもなりました。

堀内……装丁もいいですし、内容も万人受けしやすいので、書店員魂を心地よく刺激してくれる作品です。装画のイラストレーターさんは宮木さんのリクエストですか?

宮木……当初は切り絵がいいと思っていたのですが、作風が合わないということで、担当編集者が切り絵っぽいイラストを描くワカマツカオリさんを探してきてくれました。連載の挿画も描いていただきましたが、これはぴったりでしたね。

岩立……この作品はどんどん続篇が書けそうな気がしますが。

宮木……そうですね。まだまだいろんな形で続けられると思います。重版が決まったら続篇を書かせていただけるかもしれません。

堀内……今日お話を伺って、宮木さんはとても意識的に作品を発表されているんですね。この新作は「お客様増やそうキャンペーン」です、と最初から教えていただけると書店員としては力が入れやすいのですが(笑)。

宮木……自分のブログでも本当のところは書けなくて、「新刊、読んでくださいね」としか宣伝できません(笑)。書店員のみなさん、これからもどうぞよろしくお願いします。





(構成/松田美穂)



宮木あや子(みやぎ・あやこ)
 1976年神奈川県生まれ。2006年吉原の遊女たちを描いた「花宵道中」で第5回「女による女のためのR‐18文学賞」の大賞と読者賞をダブル受賞しデビュー。繊細かつ叙情性あふれる表現で人気を集める。著書に『花宵道中』『雨の塔』『白蝶花』『群青』『泥ぞつもりて』などがある。