アンケート






  第49回 湊 かなえさん
  学校を小説の舞台に選んでいるのは、
   読者の方々に自分の身近なことに置き換えて
    読んでもらいたいから






〈本屋大賞 2009〉でデビュー作である『告白』が堂々の1位に輝いた湊かなえさん。いまもっとも書店員さんから注目を集める話題の作家に、ジュンク堂書店三宮駅前店香川紀子さんとブックファースト阪急西宮ガーデンズ店岸田安見さんが、いつもその衝撃的な展開に驚かされる作風の秘密を訊ねた。




『告白』の読後感の悪さは新人の強み


香川……デビュー作の『告白』は語り手を替えながら独白の形で連作が続く珍しい形をとった小説ですね。第一章の「聖職者」では一人娘を教え子に殺された教師が語っていますが、この独白で加害者や加害者家族の身勝手な心情も垣間見え、ぐいぐいと引き込まれるように読みました。

……ありがとうございます。『告白』の第一章にあたる「聖職者」はデビュー作どころか「小説推理新人賞」への応募作だったので、読者や編集者などの反応をいっさい意識せずに自分がつくった世界に没頭でき、一番自分が満足いく形で完結させることができました。これは新人の強みですね。もしデビューした後に発表する作品だったら、「読者にいい人と思われたい」と邪念が出てしまって、こういう展開の話は書けなかったでしょうね。

岸田……以前からほかの書店員さんから薦められていたんですが、読む機会を逃してしまっていて、実際に読んだときは衝撃的でした。発売されてすぐに『告白』を読んでいたら、「店頭に並べるときの気持ちの入れようが違っていたのに!」ととても悔やまれます。「生 ぬるい牛乳を飲んだときの気持ち悪さと、清涼飲料水を飲んだときの爽快さの両方を味わえる類まれなるミステリ」という手書きPOPと一緒に店頭でお薦めしました。真相を知って嫌悪感を持つ人と、これは面白いと思える人の差を考えると、それはミステリというものを好きかどうかにかかっていると思います。「また裏切られるのかも」と最後の最後までわくわくしながら読めるので、ミステリ好きはとくにハマる小説です。

……この作品の最初の趣旨としては、まずミステリを書くというのがありました。連想ゲームのようにミステリで思い浮かぶキーワードを「密室」「殺人」「復讐」など思いつくかぎりチラシの裏に書いて挙げていったんです(笑)。そこから「復讐」の話にしよう。「復讐」といえば、加害者と被害者がいる。思う存分復讐できない相手にしよう。だったら先生と生徒の関係はどうだろう。「一番大切な弱い存在が傷つけられたら? 自分の子ども?」と少しずつ膨らませた結果、この設定になりました。

香川……作中ではたくさん人が死にますし、悪い連鎖が続いていきます。読後感もけっしていいものではないのに、つい知人に薦めてしまいますね。賛否両論が多い作品のように思いますが、湊さんのなかではこのラストがベストの形だと思われていますか?

……「復讐」というテーマで「これが正しい」という答えを書いてはいけないと思っています。最後の教師の台詞もそうですが、あえて結論を言い切ってはいません。言い切れるほど簡単な問題ではないですし、言い切ったことで説教くさい話になるのも嫌でした。私が考えられる最悪の結末を書いておけば、ここまでひどくなる前にどうにかならなかったのかと考えることもできますし、「伝道者」のその後の第七章は自分でつくってくださいという感じですね。読んでくれた私の友人も、「読後感がめちゃめちゃ悪いけど、これを悪いと感じられる自分は人として素敵かも」って(笑)。そういう解釈もあるんですよね。

岸田……実際にお会いすると、優しい雰囲気をお持ちの湊さんが、こんなに人の暗い部分にも触れた物語を書かれていることに驚きます。

……日常が平和でほんわかしていますので、逆に作品では自分が体験できないことをアトラクションのように経験したいですね。ニュースで殺人事件をみるとつい被害者目線で事件の詳細を想像してしまいますが、加害者になることはあまり考えません。それと同じで、こんな風にはなりたくないなあ、今の生活でよかったなあと、自分の作品を読むといつも思うんですよ(笑)。



「死」をうっとりと憧れるのは 代の特権


香川……2作目の『少女』は人が死ぬところを見てみたいという女子高生2人が主人公ですね。由紀と敦子が夏休みを別々に過ごしながらも、お互いのことを考えているところが、二人と同じ女子校育ちの私にはとてもリアルでした。女性が読むとさらに楽しめる内容になっていました。

……まず「女子高生」を描きたかったんです。友達との関係がこじれてしまっても、とにかくその場で解決できるやり方を優先したり、高校生って目先のことだけで行動するじゃないですか。女子高生がいまやりたいことばかりを選択した結果、大変なことになってしまったという話にしたかったんです。

岸田……『告白』同様に細かい伏線がしっかり入っているミステリ作品でもあるんですが、青春小説のようにも読めますね。第一章で誰が書いたのかわからない遺書が出てきます。私は勝手に由紀と敦子の同級生・紫織が話していた自殺した友人が書いたものだと想像していました……。ネタばれになるので手書きPOPにもあまり内容を書けずにいましたが、終章で謎が明かされたときにはとても驚きました。

……書き始めたときからこの構成は決めていました。小説を書くときにはまず設計図として話の軸を考えます。スタートは「主人公2人がちょっと仲違いをして夏休みが始まる」、ゴールは「本人たちが気づかないうちに大変なことが起きる」。その合間に読者が楽しめる間隔でエピソードを入れていきました。由紀と敦子は夏休みの間に人の「死」について深く考えたと自分たちは思っていますが、それはうわべだけのことで何も二人は悟ってなどいないんですよね。

岸田……『少女』はこの主人公たちと同じ年代の人たちにぜひ読んでほしいですね。読み手の世代交代があっても、10代の子たちが中心に読んでいるケータイ小説は、彼氏が病気になったり、自分がレイプ被害にあったり、内容はあまり変わっていないと思うんです。そういうケータイ小説が支持されるのは、その年頃の子たちが「死」に対する憧れを強く持っているからなんでしょうね。

……30歳を過ぎると「死」よりも生きていることのほうが大変ですよね(笑)。「死」をうっとりと憧れるのは10代の特権です。大人と子どもではまったく時間の流れが違うんでしょうね。友人と喧嘩したあとの授業の合間の10分が長く感じられるような高校時代とは違って、大人になると、やることが多すぎてたった5分でも惜しいくらいなんですけど(笑)。余計な時間があるぶん、10代の子たちは「死」について考える余裕があるんだと思います。



独白は小説でしかできない手法


香川……刊行されたばかりの最新刊『贖罪』はいままでの作品のなかで私は一番好きです。都会から引っ越してきた美人のエミリちゃんが殺害されたときに、ちょうど居合わせた小学生の女の子4人が、事件はもちろん、エミリちゃんの母親のひと言によってその後の人生を狂わされていますよね。

……田舎を舞台に、容姿にコンプレックスがある子どもがそのコンプレックスのおかげで命が助かったらどうなるのかを書いてみたかったんです。子どもが感じるコンプレックスをいくつか挙げていき、そこから登場人物たちの性格も考えていきました。美人だったからエミリちゃんが犯人に選ばれ、彼女たちはコンプレックスのおかげで殺されずに済んだとしても、だからといってそこを好きになれるほど単純な話ではないんですよね。

岸田……事件の15年後の時効間近の設定で、成人した女の子たちが章ごとに独白しています。第五章はエミリちゃんの母親・麻子が語っていますが、過去にまで遡る事件の真相と、娘を殺した犯人のその後をも暗示するような内容になっていました。各章ごとに視点を変えて独白の形をとられたのは何故ですか?

……今回の自分のテーマを効果的に読ませるには、独白という形が一番よかったんです。小説家としてデビューする前に脚本を書いていましたが、脚本では話がだらだらしないように一回一回の会話を短くします。また視点も神の視点で俯瞰して書くため、登場人物の内面にまでは深く切り込めません。独白というのは、小説でしかできない手法なので、とても効果的だと思います。でもまた『告白』に戻ったと思われるのは不安ではあったんですけど。

香川……それぞれの心情を深く知ることができるので、湊さんの意図したとおり登場人物たちをより身近に感じられますよ。『告白』や『少女』と違い、『贖罪』は少し希望を持てるような結末を迎えていますね。

……みなさんがどういう感想を持たれるか心配ではありますが(笑)。脱稿してから刊行までの間が一番どきどきしましたね。



漢字二文字のタイトルは『贖罪』で終わり


香川……湊さんの今までの作品はどれも学校を舞台にして教師と親、教師と生徒、学生同士という関係が描かれています。なにか湊さんの中に学校にこだわる理由があるのでしょうか?

……デビュー作の『告白』のときから、読者の方々には自分の身近なことに置き換えて読んでいただきたくて学校を舞台に選んでいます。誰でも義務教育で中学校までは通うじゃないですか。学校を舞台に選んだというのはただそういうことで、とくにテーマ性はないんです。『贖罪』では主人公の外見の特徴を書きましたが、『告白』や『少女』では外見の特徴や地名などを書き込んでいないのは、「もしかしたら隣の家の人かも」「この人物を私は知っている」と読者の方々に身近に感じてほしいからなんです。「私にもあったかもしれないし、これからあるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。

岸田……『告白』『少女』『贖罪』と漢字二文字のタイトルが続いていますが、今後の作品もこの流れでいかれますか?

……どこかでこの流れを断ち切らないといけないので、『贖罪』で終わりにします(笑)。二作目の『少女』も実はほかのタイトルを考えていたんですが、『告白』の評判がよかったので漢字二文字にしたんです。『告白』も章タイトルは「○○者」で統一しようと思っていただけで、『告白』自体は悩んだ末につけたタイトルだったんですよ。

岸田……デビュー作から『贖罪』までどの作品もハズレがありません。ミステリのファンとしては、これだけ衝撃作品を続けて発表されている湊さんには今後も目が離せないです。

……ありがとうございます。“読後感の悪さ”がよかったと言ってくださる方も多いですが、意識してそういう話ばかりを書くとちょっと引き気味になられる読者もいるでしょうし、あざとくならないようにこれからは書いていきたいですね。デビュー当時から書店員さんには温かく受け入れていただきました。デビュー作の『告白』で〈本屋大賞〉もいただき、書店員さんに育ててもらった幸せな作家の第一号だと思っています。本当に書店員さんには感謝しています。これからもご指導よろしくお願いします。





(構成/松田美穂)



湊かなえ(みなと・かなえ)
1973年広島県生まれ。武庫川女子大学家政学部卒。2005年第2回BS‐i新人脚本賞佳作に入選、07年には第35回創作ラジオドラマ大賞を受賞。同年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞し作家でデビュー。「聖職者」を含む『告白』はベストセラーとなり、〈本屋大賞 2009〉では1位を獲得。ほかの著作に『少女』最新刊に『贖罪』がある。