アンケート






  第52回  有川 浩さん
  シリーズをずっと書いていくと、
  キャラクターと深く知り合っていくので、
   いくらでも話が出てくる状態になります。






植物図鑑』が刊行1カ月で10万部を突破し、新刊『フリーター、家を買う。』も発売になったばかりの有川浩さん。店頭で有川さんの作品を熱烈に推している三省堂書店京都駅店中澤めぐみさんと恵文社バンビオ店大瀧彩子さんが、いつも斬新な設定で読者をとりこにする有川作品の秘密に迫った。




スピンオフ作品を書くのは苦にならない


中澤……初めて読んだ有川さんの作品は、自衛隊三部作の「空」にあたる『空の中』でした。いまでこそ有川さんの作品は人気ブランドとして店頭で定着していますが、当時はこれからみなさんに知ってもらう状況でした。それでも『空の中』がとても魅力的な物語だったので、大きく店頭で仕掛けたんです。個人的にもとても思い入れのある小説ですね。

有川……ありがとうございます。この『空の中』は書きあがってから刊行するまでに9カ月ほど待ちました。単行本での出版は電撃文庫というライトノベルのレーベルからは異例のことで、書店さんにしっかりとアピールをしてから発売することになったんです。初版で1万部以上刷ることができたのも、書店員さんたちの後押しがあったからだと思います。

大瀧……自衛隊三部作は登場人物がとても多いですが、書き始める段階で大体の全体像や人物像は見えてらっしゃったのですか?

有川……漠然と考えている段階でメインのキャラクター像はある程度まで固まっていますが、たとえば『空の中』でいえば、真帆と瞬の役割がひとつのキャラクターに重なっていたため、当初、真帆は存在しませんでした。実際に書いてみて初めて瞬のほかにもキャラクターが必要だと気づいて、真帆という人物が登場しました。

中澤……真帆の父親である白川機長の死が冒頭で出てきますが、これは真帆が登場したために加えられた描写だったんですか?

有川……最初は白川機長に娘がいる設定ではなかったんです。真帆が出てきたので、じゃあお父さんは誰かと考えたときに白川機長と繋がりました。キャラクターを詰めていくうちに、勝手に物語が走ってしまうんですよね。

大瀧……お話を伺っていると、小説を書きながらも、どこか引いた視線で登場人物の心情や行動を見てらっしゃるようですね。

有川……脳に搭載されたカメラが自動的に引いたり寄ったりしながら、キャラクターの人生を覗いていて、「君達の人生のこの部分を撮影させてもらうね」と、書いている感じです。キャラクターはキャラクターで勝手に動いているんです。スピンオフ作品を書くときは、「本編で切り取った部分のさらに5年後はどうだろう?」と彼らの人生の別の部分を持ってくるだけなので、あまり苦にはならないですね。

大瀧……『塩の街』や『空の中』などのSF色の強い設定はどのように思いつくのでしょうか?

有川……成層圏にはまだ開発の手が入っていないと聞いて「だったらそこになにかいてもおかしくない、むしろ私はなにかいてほしい!」というのが発端でしょうか(笑)。ワンアイディアを叩き延ばして拡げながら物語をつくっていくのが私のやり方です。理屈を知っていたら思いつかないようなところに、無知だからこそ話を展開して書くことができています。

中澤……一見、斬新な設定のなかにも少年少女の成長していく姿が描かれています。厳しい現実を受け止め痛みを感じたうえで、難局を乗り越えていくので、とてもリアルに感じます。

有川……世の中に対して自分がとてもちっぽけな存在であると知ったとき、かっこいい大人へのステージが開けるんです。それが大人になるための通過儀礼ですよね。子ども特有の万能感が奪われた瞬間から、みんながどこへ走り出していくのか自分が見てみたいという思いもあります。



みなさんが期待する物語を素直に書けばいい


大瀧……『図書館戦争』から始まった「図書館」シリーズは、いま『別冊 図書館戦争?』まで刊行されました。アニメの特典用に書かれた有川さんの短編も読みたくて、アニメDVDも買いました。

中澤……主要なキャラクター以外の登場人物も、『別冊 図書館戦争』のほうできちんと描かれていて、「みんな、報われてよかったな」と思いました(笑)。

有川……長い間、ひとつのシリーズを書いていると、作者である私もキャラクターと深く知り合っていくので、掘り起こしていくといくらでも話が出てくる状態になります。緒形も最初は名前しかないような存在でしたが、どんどん顔馴染みになってきました(笑)。読者の方からの感想を拝読していると、私に求められている要素は意外性ではないとわかり、みなさんが期待して欲しがっている物語を素直に書いていけばいい、と。このあたりから腹が据わってきましたね。

大瀧……読者の方が求めている展開と有川さんご自身が書きたい小説とが、ズレてしまうことはないんですか?

有川……私の場合、自分が好きだと思っているものを「誰か一緒に好きと言って!」というスタンスですから、逆にいうと、読者のみなさんが期待しているものと自分の感覚が離れていったら、そのときはヤバイなあと思っています。読者の方の反応を見ながら「そういう考えもあるのか、面白い!」と自分の書きたいものを拡げたり、増やしていく。だから「手塚と柴崎の話にはオチをつけてあげないといけないな、みなさん、たぶんこれ見たいもんね」ってシリーズを書きました(笑)。

大瀧……有川さんは悪意がある行動や常識的におかしな言動などには、ときに厳しく反対の意見を書かれていて、その容赦ないところが信頼できます。

有川……自分が絶対に認められない出来事であっても、相手には相手の理屈や行動原理があるとは思います。ただ、不快なことをする人たちの理屈を、こちらが受け止める必要はないと割り切って書いているんですね。例えば『図書館戦争』は図書隊の立場で書いているので、検閲をする機関として登場する良化隊に理解を見せたくない。良化隊としての言い分を図書隊が理解する必要はないと思っています。検閲にも一分の理があるよねなんて理屈は私も書きたくないので、良化隊の立場には寄り添わない(笑)。「図書館」シリーズは検閲や規制といったものへのアンチテーゼとして書いた小説ですが、『別冊 図書館戦争』の最後の章で差別用語を使わずに差別的な表現をする作家の話を書きました。規制の範囲内で人を不愉快にする表現はどこまででもできます。見た目だけで丸くおさめて、言葉だけをむやみに狩ることへのもどかしさは、小説のなかで出し切れたと満足はしています。



どこがアイコンになるか考えて書く


中澤……『阪急電車』は阪急の今津線沿線を舞台に書かれた小説ですが、人と人との出会いの素晴らしさも書かれていて、一見平凡に見える電車がとても素敵な空間に思えました。

有川……何の気なしに乗っている電車の中でも面白いことがあるかもしれないというのを書きたかったので、この小説でそれを楽しんでいただけるととても嬉しいです。

大瀧……登場する女性たちがかっこよくて、電車のなかで他人の行儀の悪さを叱るシーンが印象的でした。有川さんの作品では、いい感じに年を取った年配の方が出てきますが、私もこういう素敵な大人に怒られたいと思いました。

有川……私自身がいっぱい怒られて恥もかいてきたので、「恥をかかずに大人になるなんてずるいじゃねえか」と思っているところがあるんです(笑)。恥をかくことが大人になるためには必要だとも思いますし。それでも人を叱るのはめっきり下手で……。自分が嫌われ者になりたくないから、すぐ聞こえのいい言葉でごまかしたりしてしまいます。

中澤……小説のなかでこうやって叱ってくれる人たちに出会えるのは貴重だと思います。

有川……叱られたあとにきちんと謝ることができる人のほうが格好いいんだと主張したい。怒ってくれる人は自分に愛情を持ってくれているということには、自分が大人にならないとわからないのですが、それは仕方のないことなんだと思っています。

大瀧……実際にこの今津線を使っている人も多いですが、『阪急電車』を書くにあたって留意したことはありますか?

有川……各駅の良いところを書いてあげたいなと思っていました。今津線を実際に使っている人が喜んでくれるように書きたい。どの小説のときもテーマとして取りあげるものの一番いいところを紹介したいです。全国に本が並ぶわけですし、広い形でなにかを紹介できるチャンス。これは物を書く仕事をしている人の特権ですよね。『阪急電車』では実話もたくさん盛り込んでいます。実生活でもわき見やよそ見をいっぱいしたいですね。意外なよいものがたくさん落ちていますから。

大瀧……これだけ魅力的に今津線が書かれていると、ほかの路線でも書いてくださいというオファーがあるんじゃないですか?(笑)

有川……「次は京都線でお願いします」とかありますよ。今津線は短い沿線ですが、京都線は何駅あるんや(笑)。この『阪急電車』は一番続編がやりにくい作品なんです。私がじかに見た風景が大切なので、仕込みにものすごく時間がかかる。実際にあるものを作中に入れるときはできるだけ沿ったものにしたいので、東京の小田急線沿線で書くとしたら、それこそ1カ月は住んで街を歩いてみないと無理ですね。

中澤……有川さんはその土地の特徴を掴むのがお上手ですよね。

有川……みなさんがこの景色を見たとき、どこがアイコンになるかを必ず考えています。私は常に「自分が読者だったら」という視点で書いていますし、読者の側の視点を当てにしているんです。読者としての自分がどういうアイコンなら愛着を持てるか、を考えるんです。その視点を絶対になくしたらだめだなと思っています。それが私の武器でもあります。



「ラブコメ」は心のケーキ、心のパフェ


中澤……『植物図鑑』は「家の前に落ちていたイケメンを拾って帰る」という最初の設定がいいですよね。道草を通じて樹とさやかの距離が近付いていく様子がベタでいいです。

有川……連載の依頼があったときにいただいたテーマが「女の子の旅と冒険」でした。私はあまり外に出るタイプではないので、テーマを自分のテリトリーに引き寄せ、自分の手の届く範囲にもってきた結果、いつも自転車で走っている所を15分歩く「手のひら冒険」の形になりました。「冒険だと意識することで毎日がぐっと楽しくなり、スペシャルなものを見つけられるよ」という提案もしてみました。

大瀧……『植物図鑑』というタイトルのイメージどおり、本の見返しに道草の写真が載っていて、野草図鑑のようですね。

有川……ぜひ道草も紹介したかったので、道草に特化した装丁にしました。年配の方や男性は辛いかな、と思ったのですが、意外とそちらの方々にも手に取っていただけて、スポーツ新聞などからも著者インタビューを受けました。いまアウトドアも流行っていますし、タイムリーなネタを拾ったなと自負しています。私はもう20年近く前から雑草が好きだったので、時代が私に追いついた! とか思ってます(笑)。道草いいよ! 自衛隊三部作もそうですが、「自衛隊」オンリーだとダメでも「自衛隊」に「ラブコメ」をくっつけると全然違ったものになる。また「ラブコメ」だけではヒットしない読者の方が、道草というワードに反応される。食べ合わせの面白さですよね。おいしい食べ合わせを見つけていきたいです。

大瀧……有川さんにとって「ラブコメ」とはどういった位置づけのものになるのでしょうか?

有川……「ラブコメ」は心のケーキ、心のパフェなんだと思うんです。なくても生きていけるんだけど、発作的に食べたくなるし、我慢すると身体によくない(笑)。「ラブコメ」の多くは少女マンガで描かれていますが、少女にばかり楽しませておくことはないんですよ。年を重ねても「ラブコメ」は必要なものです。

中澤……大人の恋愛小説は暗い内容のものが多かったり、逆に不倫を美化しすぎてしまっている小説もありますが……。

有川……いわゆる本筋の恋愛小説というのには、フィクションだからこそ格好よく美しくありたいと意図されている部分があるのかもしれませんね。私の場合は、現実的で等身大の恋愛を真面目に書こうとすると、どうしてもコメディ的な要素が入ってしまいます。いじらしいくらいの滑稽さを切り離せないのが恋愛ですから。

中澤……有川さんが描くカップルにはずっとこのまま幸せでいてほしいと思えるのが不思議です(笑)。

有川……つらく苦い恋だったら、自分の過去を思い返せばいくらでも出てくるじゃないですか(笑)。フィクションの中だけでも、恋愛でいい思いをしてほしい。恋愛をしている人が好きですし、自分で自分をコントロールできないほど、一生懸命な姿はかわいいですよね。

大瀧……これからも読者をきゅんとさせてくれる小説を楽しみにしています。

有川……ありがとうございます。書店員さんと読者のみなさんに支えられてここまでやってこられました。本当に有難いです。活字離れで本が売れないと言われている時代ですが、小説を書いて送り出す側の作家と、売って読者に届ける側の書店員さんとで連携をとって、面白い本をたくさん出せたらと思っています。これからもいっぱい遊んでください。




(構成/松田美穂)



有川 浩(ありかわ・ひろ)
高知県生まれ。2004年、第10回電撃小説大賞『塩の街 wish on my precious』でデビュー。2作目の『空の中』が恩田陸・大森望氏はじめ読書界の諸氏より絶賛を浴び、『図書館戦争』シリーズで大ブレイク。雑誌「ダ・ヴィンチ」(2009年1月号)の好きな恋愛小説ランキングでは『別冊 図書館戦争?』が1位を獲得。5位以内に4作品も入る快挙となった。ほかの著作に『三匹のおっさん』『阪急電車』『ラブコメ今昔』などがある。