アンケート






  第58回  本多孝好さん
  最初は物語がどううねっていくのか流れに身を任せる。
  ラストシーンは書いているうちに浮かびあがってきます。






 スタイリッシュな文体と「生」と「死」に向き合った作風で読者の注目を集めている本多孝好さん。本多さんの作品を愛読してやまない三省堂書店成城店内田剛さんと三省堂書店大宮店杉山学さんが独自の感性が光る本多作品の秘密を訊いた。





死ぬときのイメージは小さい頃から


内田……『MISSING』はデビュー作の「眠りの海」が収録された短編集ですね。デビュー作からも感じられることなのですが、本多さんはどの作品でも一貫して「生」と「死」に向き合っていますね。「死」を親しい存在として捉えている。「死」を深く描くことでその裏側にある「生」をよりきらびやかな存在にし、読者に鮮明に伝わるように意図しているように思いました。「生」と「死」というテーマの選び方にはなにか特別な体験などがあるのでしょうか?

本多……幸いにしてまだ身近な人の「死」にあまり接してはいないのですが、自分が死ぬときのイメージみたいなものは小さい頃から頭にありました。自分もいつかは間違いなく死ぬんだという感覚は、もしかしたら人よりも強かったかもしれません。

杉山……「死」が本当にすぐそこにあるもののように描かれていて、「死」を自然なものとして受け入れられました。「死」をフィクションで扱うとき、どうしてもきれいごとにされてしまうことが多いのですが、本多さんの作品では死ぬ直前に浮かぶ後悔などきちんと描かれていて共感できます。そこが本多さんの作品を好きになったひとつの理由のように思いますね。

内田……本来、われわれの生活では「生」のほうが日常であるはずなのに、本多さんの小説では「死」のほうを日常のように感じさせる捻れがある。読んでいて実はその捻れのほうが真実ではないかとすら思えてくるんですよね。

本多……自分のなかにもそういう意識はあります。極めて不確かな「生」の先で落ち着いていくところは「死」でしかない。みんなが行き着くところは「死」なんだという、へんな信頼感、安心感があるのかもしれませんね。



英字のタイトルを強引に主張した


内田……フォンタナの作品をカバーに使われていた『MOMENT』の単行本は素晴らしかったです。この本を手にする直前に、偶然にも美術館でフォンタナの作品を見て衝撃を受けたのですが、キャンバスを突き抜け世界と調和したいという熱気を感じさせる作品で、まさに宇宙そのものだと思いました。本多さんの作品にもフォンタナの思想に通じるものがあるように思ったのですが、これは本多さんがフォンタナを装画にリクエストしたんですか?

本多……装丁の簡単なイメージは伝えますが、基本的には編集の方にお任せします。信頼している方にしか作品を預けないので、大丈夫だろうと(笑)。タイトルで揉めたことはありました。『MISSING』を出した頃はまだ英字のタイトルがポピュラーじゃなかったんです。英字はダメだと編集の方に言われて代案もいただいたんですが、「だったら、本を出さない」と言って。強引にこのタイトルにしました。それ以後はタイトルに関してなにも言われなくなりましたね(笑)。

内田……どちらも英文のタイトルですが、『MISSING』も『ALONE TOGETHER』も店頭でとてもよく売れていたのを憶えています(笑)。作家としてデビューされた後、小説を書くにあたってなにか自分の中で変化したことはありますか?

本多……小説推理新人賞を受賞した「眠りの海」は自分が思いのままに書いていました。気に入るか気に入らないかは読む人の自由だと思っていたんです。しかし、2作目の「祈灯」以降はプロとして依頼された原稿を書かなければいけなかった。この作品が雑誌に掲載されるまでに数作はボツになっています。今思えば『MISSING』はそれまで好きなように書いてきた小説と、人に読ませるための小説のギャップに悩んだ作品集でもあります。

杉山……小説推理新人賞を受賞して作家デビューされていますが、これまでの作品はどこかミステリ仕立てになっています。これはなにか意識されてのことでしょうか?

本多……人に読んでもらうときにどこかしらにフックをつくりたい。やはり物語に興味を持ってもらうための仕掛けは必要です。人に読んでもらえる小説として自分はどんなものを出せるのだろうと考えたときに、自分のナマの感性をさらした小説では難しいと思ったんです。自分がもう素人ではないプロの書き手のひとりという自意識がミステリという形に向かわせたのだと思います。自分にとって小説は好きで読むものなんです。「なにか本を読みましょう」という流れもいいのですが、僕にしてみれば、親の目を盗んででも本は読みたいもので、たとえ親に怒られても読みたいという気持ちを支えているのは、本が楽しいという単純な思い。僕の小説を読む人には純粋にそれを楽しんでもらいたいです。



登場人物が立ち上がる瞬間が映像的


杉山……初めて読んだ本多さんの作品が『FINE DAYS』でした。単行本も持っているのに、他の書店でサイン本を売っていたので、思わずもう一冊買ってしまったこともありました(笑)。『FINE DAYS』に収録されている「イエスタデイズ」は映画化もされ、いまは文庫の装丁も映画のものに変わっていますね。ご自身が書かれたものが実際に映像作品になるのはどういう感じなのでしょうか?

本多……映像化の話はよくいただきますし、脚本も送られてきますが、「イエスタデイ ズ」のときは最初に送られてきた脚本がとても素晴らしくてこれならいけると思いました。若干、原作と設定が違うので、そのあたり突き放して見られたのかもしれませんが、できあがった作品は自分のなかではとても満足のいく幸せな形になりました。でも小説の中で自分が書いた台詞がそのまま映画に出てきて妙に気恥ずかしかったりもしましたね(笑)。

内田……小説を書かれているときは、頭の中で映像が浮かびます?

本多……とくに映像を浮かべようと意識はしないですし、読者に映像を提示する気もないです。ただ書いているシーンの中で登場人物が立ち上がってくる¥u間というのはあります。その立ち上がる"というのは、自分の中では映像的なものです。それが物語が動くか動かないかのひとつの基準にはなっていますね。

杉山……『FINE DAYS』の中の「シェード」という短編が好きです。アンティークショップを舞台にされていますが、この「シェード」とはランプシェードのことなんですよね。

本多……そうですね。ステンドグラスが出てきますが、僕の親がそういう仕事をしていたので、ステンドグラスそのものに対するビジュアルとしてのイメージは明確に持っていました。

杉山……店主の老婆がお客である僕が欲しがっていたランプシェードをつくったガラス職人の話をしますね。古典のような話と実際の話をリンクさせているのが面白かったです。これはなにかもとになるような古典作品があったのでしょうか?

本多……もとにしたものはないんですが、西洋的な昔話に対してみんなが持つ共通のイメージが、なんとなくありますよね。それがそう思わせるのかもしれません。ひとつの作品の中でもうひとつ別の世界の話をリンクするというのは、自分で書きながらも「これで小説が成立させられるのか」と不安を抱えながら書きました。世界観から景色そのものまで、今まで自分が書いていたものと明らかに違っていたので。でも振り返ってみると、意外とうまくできましたね(笑)。



森野の7年後を幸せにしてあげたかった


内田……先ごろ刊行された『WILL』は『MOMENT』の7年後を舞台にした続編ですね。『MOMENT』は、続編のない完結した小説のようでしたが、いま読み返してみると実は思わせぶりなところで物語が終わっていましたね。

本多……『MOMENT』は神田という人間の物語なんです。神田くんの物語はもうそこで終わっているので、それ以上、手を出す気はなかったんです。当時は考えていなかったことですが、葬儀屋という設定にしたことで、死にゆく者の物語が『MOMENT』だとしたら、死にかかわった者の物語が『WILL』。ただどうしてこういう形になったのかと訊かれたら、これは自分が年齢を重ねてきたからとしか言いようがないです。

杉山……『WILL』では神田ではなく森野という女性が主人公になっていますが、『MOMENT』での彼女はざっくばらんでちょっとひねくれた気の強い女性のイメージでしたが、『WILL』では弱い部分も垣間見え、そこが嬉しくもありましたね。

本多……そう、『WILL』で書きたかったのは森野の「揺れ」だったんです。それは森野というキャラクターに対する愛着なんだろうと思います。自分の書いたキャラクターに作家が愛着を持つというのはあまり美しい話ではないのですが(笑)。単純に『MOMENT』の7年後が見たかった気持ちと、森野の7年後を幸せにしてあげたかったというのが続編を書いた理由だと思います。

杉山……早くも『WILL』の続編を読みたいと思いました(笑)。想像する楽しみがあります。

本多……いまはもう続編を書かないとは断言できなくなりました。また7年後あたりに。神田と森野の夫婦喧嘩のシーンからはじめましょうか(笑)。作品に触れたときってどこか合わせ鏡のところがあると思うんです。作品を読みながら見ているのは、読者自身の姿でもあります。

内田……『WILL』もラストシーンが印象的ですが、最初にそれを設定しておいて書き進めていかれるのですか?

本多……書いているうちにどこかの段階からラストシーンが浮かんできます。最初はその物語がどううねっていくのか流れに身を任せるだけです。一度書きあげた時点でうわーと読み返すと、論理は破綻しているし、小説そのものもがたがたしていて、それを直していく作業をします。

内田……アンソロジーの『I LOVE YOU』に収録されている「Sidewalk Talk」という小説が大好きです。ラストのシーンが美しい。心に残る名文も多くありますが、ああいう文章はどのようにして思いつかれるのでしょうか?

本多……頭では考えられないんですよね。文章を書き始めないと、その先の文章も出てこない。そうやって書いていって使えなかった文章の中から、別の作品に利用するということはあります。歩きながらいいフレーズが思い浮かぶこともありますが、実際に文字に打ち直してみると、たいしたことがなくてがっかりすることも。書き言葉の美しさとは違うものなのでしょうね。

杉山……大学時代に本多さんの作品に出合ってからずっと愛読しています。書店員になってからは新刊のゲラをもらっていち早く読んでいます。これからも応援していきます。

本多……ありがとうございます。僕にとって本を読むことはどちらかというと病に近いんです。同じ病を持った者同士の親近感が書店員さんたちにはあります。僕の人生は間違いなく本を読んだことで面白くなりました。どうか本は面白いというシンプルな思いを書店に来るお客さんたちに伝え続けてください。






(構成/松田美穂)



本多孝好(ほんだ・たかよし)
1971年3月8日、東京都生まれ。慶応義塾大学卒業。94年、「眠りの海」で第16回小説推理新人賞を受賞。99年、受賞作を収録した短編集『MISSING』で単行本デビュー。「このミステリーがすごい! 2000年版」にてトップ10に入るなど高い評価を得て一躍脚光を浴びる。2000年、初めての長編『ALONE TOGETHER』を刊行。他の著書に『FINE DAYS』『真夜中の五分前』『正義のミカタ』『チェーン・ポイズン』などがある。