アンケート






  第59回  山崎ナオコーラさん
  書店員さんを含め本はみんなでつくっていくもの。
  「山崎ナオコーラ」というペンネームはその責任者名です。






 会社勤めをしながら書いた「人のセックスを笑うな」で文藝賞を受賞、印象的なペンネームも手伝ってセンセーショナルな作家デビューを飾った山崎ナオコーラさん。新刊『この世は二人組ではできあがらない』では書店でのトークショーなども積極的に行い、書店員さんのなかでも応援する人が多い。本というものにいつも真剣に向き合ってきた山崎ナオコーラさんの作品を愛読しているリブロ国領店藤原美紗子さんとリブロ港北東急SC店佐々木麻美さんが熱い話を展開した。





毎回、本のオビネームも自分で考える


藤原……昨年初めに刊行された短篇集『手』には、おじさんの手が好きでこっそり手を撮影するちょっと変わった女の子が出てきますね。好意もないのにおじさんたちとデートして、そうすることで彼女はおじさんを通じて社会を見ています。

佐々木……私は、主人公の女の子の視線というよりも彼女が出会うおじさんのほうに思いがいってしまって……。一緒に京都へ旅行したのに、とても冷たい目に遭うおじさんをほんとうに可哀想だと思いました(笑)。

山崎……私としてはこの小説は「おじさん受けするだろうな」いう思いで書いていました。新刊が出たときにはいつも書店を回らせてもらっていたのですが、そのとき年配の男性書店員の人から「僕が読めるような本も書いてください」とか、「若い女性に人気なんですよね」と言われることが何度かあって、「おじさん」を念頭に入れながら書いた作品なのです。今までもとくに女性向けに特化して書いているつもりもなかったので、男性の読者にも私の小説を読んでもらいたいですね。

藤原……『手』はタイトルもシンプルですし、装丁もおじさんに向けになっています。ある種のイメージチェンジを感じる作品で、今までずっと山崎さんの作品を追いかけてきた人には「えっ!?」という新鮮な驚きがありますね。

山崎……それまでの作品はタイトルが長いとよく言われたんです。ですから『手』という短いタイトルにしてみました(笑)。装丁の写真は、担当編集者さんにモデルになっていただきました。この作品を書いたときは“野心”がすごくありました。野心というのは「売りたい」ということ。『手』のオビネームはほとんど私が考えました。毎回オビネームは自分で考えて担当編集者さんとやりとりしているんですが、書店員さんから見てオビで一番大切なことはなんですか?

佐々木……オビにはふたつのパターンがあります。まずは想定している読者層に響くような有名人に推薦コメントをもらうパターン。もうひとつは有名人のものではありませんが、インパクトがある言葉が載っているパターンですね。オビの中にワンワードでも自分の心を惹きつける言葉があるとお客様は本を手に取って開くんだと思っています。

藤原……『あたしはビー玉』という本では若い女性に人気のある佐々木希さんのコメントをオビで使っていますよね。

山崎……どうして本にオビをかけるかというとやはり本が「商品」だからですよね。書店員さんは本を「商品」として意識されることはありますか?

佐々木……自分の好き嫌いとは関係なく、売れる本を売りたい気持ちはあります。売れないとわかっていても自分の好きな作家の本は応援しますが、お客様の反応がいい本は自分が読む前からばんばん店頭に積みます。そういう意味ではやはり「商品」といえますね。

藤原……確かに「商品」ではあるんですが、オビを取ったときに芸術作品として存在できるのが本の良さだと思います。



書店は美術館だと思っている


佐々木……私は『ここに消えない会話がある』の装丁がすごく好きです。小説の内容ももちろん素晴らしいのですが、これはとても売りやすい本だと思いました。もうこれは書店員としての感触でしかないんですが、店頭の目立つところに出せば売れると直感でわかるんです。

山崎……この小説は祖父江慎さんに装丁をお願いしました。書店のことは美術館のように思っています。作品を展示する場だから絵の額縁にあたる装丁はとても気になります。自分がほかの作家の方と違うのは、オビも装丁もタイトルも全部視野に入れているということです。小説の舞台となるラテ欄の部署の座席表を入れるのも私からお願いしました。私がペンで書いてFAXしたものを基にしてつくってくださいました。

佐々木……読みながら座席を確認できるようになっているんですよね。これはとても役に立ちました。「ここを開いてみて!」と書いたPOPをつけておくとお客様が立ち読みをしてくれるんです。

山崎……最近の若い読者は登場人物が二人以上になると物語を追っていくのが難しくなると聞いたんです。登場人物表にもなるようにつくりました。この小説にはメインで六人出てくるので。

佐々木……山崎さんの作品には印象に残る言葉が随所に見られますよね。それこそ『ここに消えない会話がある』のオビにある「『ジューシー』ってなんですか?」という言葉がありますが、これも一度聞いたら忘れられません(笑)。

山崎……本が出来上がっていく過程で編集者の方、デザイナーの方、書店員の方と出会える。私はそのことがとても嬉しいです。たとえば「山崎ナオコーラ」というペンネームに関していえば、自分の名前とは思っていません。「本に載るフレーズ」であり、それこそデザインの一部。タイトルの次にくる2行目がこのペンネームなら、書店でぱっと見たときに誰かに引っかかるかもしれないという程度のものなんです。

藤原……このペンネームは、素晴らしい発明のような名前ですよね。誰が見ても気になります。

山崎……私ひとりで本をつくっているわけではなくて、編集者さんの力はもちろん大きいですし、校閲の方が直してくれる部分も参考にしています。デザイナーさんが装丁をしてくれ、紙の専門家がいて印刷所の方がいて、取次さんから書店へと回る。そして書店員さんが売ってくれてひとつの作品が初めて成り立つんです。ですから「山崎ナオコーラ」という名前は言わば本の責任者名みたいなものですね。



書きたい言葉があっただけ


藤原……新刊の『この世は二人組ではできあがらない』のなかで、作家志望の主人公・栞が「私は小説も絵も音楽も、教養や心の豊かさのために使ったことがなく、ただの逃避手段だ」と言っていましたね。私はこの言葉にどきりとしました。

佐々木……私も常に実生活でなにかあったら本に逃げる人生を送ってきました。

山崎……私も本を逃避手段にしていることがあります。子どもの頃から現実というものが嫌いだったので、もうひとつの別世界みたいなものでしたね。

藤原……彼女が「小説を社会に出したかった」と言っていますが、これは山崎さんがデビューする前の気持ちなのでしょうか? 主人公の栞が小説家志望のせいか、彼女の心情と山崎さんの姿が重なります。

山崎……うーん、「おまえに褒められてもしょうがない」という一文ですよね。これは当時の気持ちというよりは、どちらかというと今の気持ちに近いです。ただ私は自分にあまり興味がないので、読者の方が私の小説を読んで私自身を想像するとは考えられません。もちろん読者の方にそう思っていただくぶんには構わないんですが、小説の中に自分の欲望などは入れてないです。そもそも自分というものが何なのかよくわからないんです。

藤原……山崎さんとは年齢も近いせいかとても親近感を持っていました。どの本を読んでも山崎さんのことが書かれていると思っていました。

山崎……デビューした頃は、かっこいい言葉を書きたいという気持ちがとても先行していました。いつも小説は「読者の頭のなかでどう変換されるんだろう」と想定しながら書いています。

藤原……どの作品にも山崎さんが反映されていないとなると、「私は山崎さんの何を受け取ったんだろう」と思ってしまうんですが、まんまとはめられて読んでいるのかもしれないですね(笑)。作家の方でそう仰る方はとても珍しいような気がします。

佐々木……「どこにも私はいません」と聞くと、読者は思い入れがあって読むので、ちょっと戸惑うかもしれませんね。

山崎……ふだん自分が本を読むときも、私は作家の方と作品をリンクして読まないんです。もっと冷めた目で作品を見ていて、「この表現が素晴らしい」とか文体や表現のほうが気になってしまいます。どちらかというと、私は作品では「伝えたい」より「ふざけたい」ですね。



書店でPOPを見ると涙が出てくる


山崎……この作品でも少し触れていますが、近い将来、紙で読む本がなくなるといわれています。書店員さんとしてはどう思われていますか?

藤原……キンドルなどの電子書籍端末で読むのに、純文学がどれだけ対応できるのか疑問ですよね。メディアによって合うコンテンツが違うように思います。紙の本がなくなることで、最後まで手元に残しておきたいと思えるような本がなくなってしまうのは困ります。

佐々木……私は、規模が小さくなったとしても、本はなくなりはしないと思うのですが……。

山崎……私も数カ月前まではずっと本は残るものだと思っていたんです。でも画面が進化したiPadなどが出てきて、本をめくるのと変わらない感覚で電子書籍が読めるような時代に変わってきていますよね。

藤原……山崎さんはキンドルなどの電子書籍端末で小説を発表してみたいと思いますか?

山崎……少なくとも間に出版社さんがいないとやれないですね。小説家としてデビューして7年目になるんですが、それこそ血道をあげて書き続けてきました。毎回装丁やオビのことで担当編集者さんと大喧嘩になることも多い。今回の『この世は二人組ではできあがらない』でも、ある程度進行した段階でオビネームを変えたくなってやり直しました。「無冠の帝王」という部分には最後まで抵抗されました。

佐々木……確かにこれはちょっとどきりとする言葉ですよね。山崎さんご自身がそう言っているとはこちらにはわからないことですし。

山崎……なにかの賞をもらってからでは使えないフレーズなので、今のうちにふざけたかったので(笑)。みなさん、「三島由紀夫賞作家が描く社会派」とか書かれるじゃないですか。まだ私にはそういう肩書きがないですから。どの本にもそういった言い合いの歴史があるから、担当編集の方は全員好きなんです。書店に行ってPOPなどがあると自然と涙が出てきたり、本が積んであるだけで気持ちが高ぶります。それなのに急に電子書籍と言われても、「あの本気の言い合いはどこへいくんだろう」という寂しい気持ちになります。紙の本がなくなるのではと言われている今、小説を取り巻く環境が今後どうなっていくのかがとても気になるんです。

佐々木……紙の本はより芸術的になってくるでしょうね。紙の本という形で出すのがますます大変になってくるかもしれません。

山崎……小説を出すたびにどうしてこんなに本を売りたいと思っているのか自分でもわからないんです。生活に困っているわけではないから、お金のためではないと思うんですが。

佐々木……それは山崎さんがなにかを伝えたいということなのではないでしょうか? よりたくさんの人に読んでほしいという気持ちからくるのだと思います。絵を描く人や音楽をつくる人と同じで、なにかを他者に与えたいという欲望があるんですよ。

藤原……売り方を考えて本を出されていると伺って、「繋がりたい」という願望があるんだなと思いました。小説の内容にご自身を反映させていないとしても、小説家として社会と繋がっていたいということですよね。

山崎……小説の中に自分はなにもないというのはちょっと言い過ぎだったかもしれないですね(笑)。これから書店員さんや作家、みんなで一緒に本のいい時代をつくっていきましょう。

佐々木……作家の方にそう言っていただけると嬉しいですね。書店員としてもっとがんばろうという気持ちになります。






(構成/松田美穂)



山崎ナオコーラ(やまざき・なおこーら)
1978年福岡県生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。2004 年、会社員をしながら書いた「人のセックスを笑うな」で作家デビュー。筆名はコーラが好きなことに由来する。主な著作に『浮世でランチ』『カツラ美容室別室』『論理と感性は相反しない』『長い終わりが始まる』『男と点と線』など。