アンケート






  第61回 平山瑞穂さん
  『マザー』は書いている間、まったく迷いがなかった。
  そういう意味でも自分の代表作だと思います。






   最新刊の長編小説『マザー』が話題を集めている平山瑞穂さん。お得意の丁寧な人物描写と「理想の人製造ソフト」という興味をそそる題材で、最後は、ほんとうの愛とは何かを深く考えさせる壮大な物語に導いていく。いま話題の『マザー』を中心に、ときわ書房本店宇田川拓也さんと紀伊國屋書店さいたま新都心店宇治佐和子さんが、平山ワールドの秘密に迫った。





『デスノート』のような話にしようと


宇田川……最新刊『マザー』はプルーフ本(見本用につくる簡易本)で拝読しました。手に取ったときから平山さんの新たな代表作になる予感のある作品でしたね。理想の人をつくり出すという「理想の人製造ソフト」の謎を追うミステリ仕立てのストーリーがミステリファンにはたまらないのですが、ジャンルの垣根を取り払って読んでもらえる小説で、今までの平山さんファンはもちろん、これから平山さんの作品を読む方にも楽しんでもらえると思います。

平山……ぶっちゃけて言ってしまうと、この作品は僕なりの『デスノート』を書こうという試みでした(笑)。あるアイテムを使うと思いのままになにかができる、という。ただ、結果としてはまったく違うものになったと思います。

きらら……「きらら」連載時の「理想の人」から改題されていますが?

平山……「理想の人」というタイトルは気に入っていました。「理想の人は必ずしも理想の人ではない」という逆説も暗示されていますし。ただそれは、どういう話か知ったうえで見れば味わい深いタイトルだということであって、書店で目にした場合のインパクトが弱いように感じました。そこでパッと目に入ってくる「マザー」というタイトルに変更したんです。

宇治……私は初めて読んだ平山さんの作品がこの『マザー』でした。おぼろげな記憶の中にいる〈彼〉のことをストリートで歌う夏実に感情移入しながら読みました。読後には、自分にとっての理想の人や理想郷についても考えましたね。これをきっかけに他の平山さんの作品も読んだところ、とても魅力的な女の子がたくさん出てきて、平山さんの作品は「女の子」がキーポイントだなあと思いました。

平山……それはたぶん僕が男だからでしょうか(笑)。やはり女性を追い求め続けているから。どうしても男性だけでは物語はつくっていけないんですよね。魅力的な女性を描くことは、物語を展開するうえでの駆動力になっていると思います。

きらら……そもそも夏実をミュージシャンにしたのはなぜですか?

平山……謎の見せ方をどうするか考えたときに、ストリートで不特定多数の前で歌を聴かせるというのが、導入としてわかりやすいように思ったのです。多くの人がある謎に触れることができ、さらにその謎の正体はわからなくても「自分にもそういうことがあるかも」と思える状況を考えました。

宇治……夏実が歌うシーンでは、まるで夏実の歌声が聴こえてくるかのようでした。彼女のビジュアルもとてもイメージしやすかったです。

平山……夏実のイメージは、実はミュージシャンのYUIさんなんですよ(笑)。誰かを思い浮かべたほうが書きやすいので。「顔はかわいいのに歌は硬派」ってあたりがピッタリだったので、もう、最後までそのイメージで突っ走りました。

きらら……作中に出てくる『不在証明』という歌は、平山さん自身が歌えると聞きました。

平山……はい、歌えます(笑)。『不在証明』はフルコラース、曲をつくってあります。もともとバンドをやっていたこともあり、作詞作曲は趣味なんです。いつか機会があれば、この曲もどこかで発表したいですね。

宇治……フラッシュバックのように〈彼〉との記憶を思い出し悩む夏実の姿が痛々しいです。ソフトを使用することで起こる記憶の綻び。実生活でも忘れたくないと思っていても忘れてしまうことってありますよね。記憶ってなんだろう? と考えました。

平山……記憶は意外とあてにならないものです。容易に編集されたり改ざんされたりする。本当の姿を完全に思い出せない場合のほうが多いと思うんです。そういう気味の悪さを表現したくて。僕は、夢の中で会った人たちに、もぞもぞした感触を抱くんです。ぜんぜん知らない人なのに、夢の中ではとても親しい友人という設定になっていたりする。出会った経緯を僕がすっかり忘れているだけで、本当は過去にどこかで知り合っているのかもしれない。そんな気持ち悪い経験はみなさんにもあると思うので、読んでゾッとしてもらえたら嬉しいですね。

宇田川……誰しも心当たりがあったり、共感できたりすると心に響きますよね。この『マザー』は「理想の人製造ソフト」という現実ではあり得ないものを描きつつも、現実を映した小説として読み継がれていく普遍性を備えています。



キャラクターは書いているうちに育っていく


宇田川……夏実の物語が進行する一方で、大学生の雄輝の視点でも物語は進んでいきます。雄輝は「理想の人製造ソフト」について探っていくうちに夏実に出会う。ふたつの物語がうまくひとつに絡まりあう構成が巧みですね。

平山……プロットは最初に考えたままですし、二人の視点を交互に描くというのも最初に決めていたものです。

宇田川……「理想の人製造ソフト」は最終的に壮大な系譜へと辿りつきますが、徐々に全貌が明らかになる様子がよかったです。大きなテーマを描くとどうしても近景があいまいになるものなのですが、この作品では登場人物の心理まで丁寧に描かれていましたね。

平山……最終的に書きたかったものは、宇田川さんの仰るとおり、ソフトの背後にある壮大な系譜なのですが、そこだけをぽんっと出しても物語が重くなり、とっつきにくくなってしまう。なるべくミクロな視点、身近なところから切り込んでいきたかったんです。この作品を書き始める前に、背景設定をA4の紙10枚ほどにまとめた資料を作りました。がっちり物語を作り込んだうえで小説の形でどう表現していくか展開を考えていく。どこにでもいるような人の身のまわりのことから語り始め、そこに徐々に裂け目が見えてきて、最終的に目指す壮大なものに近づくようにしていきました。

きらら……謎の真相に迫った主人公の雄輝は、衝撃的なラストを選びましたね。

平山……キャラクターは書いているうちに育っていってしまうところがどうしてもあって、当初考えていた人物と違うものになることがしばしばあります。今回の雄輝も最初はもう少し軽いノリの男の子を書こうと思っていましたが、意外と真面目な人間になってしまいましたね。やはり真面目なところがないとここまで熱心に謎を追えないものです。

きらら……倫理的にはこのソフトを使うことに抵抗を感じますが、美花のような環境に置かれている人にとっては、ソフトである人を書き換えてしまいたいという衝動に駆られるんだなと思いました。

平山……物語の全体を見ると、あの美花の告白シーンだけは独立性をもっていて、本当はなくても物語は進みます。でも絶対にあのシーンは入れようと思っていました。ソフトを使う動機には、理想の彼氏や彼女がほしいというプラスの発想のものと、この人が耐えられないというマイナスの感情が発端の場合がありますよね。実際にこのソフトを使いたいと思うのは、実は後者のような人たちなのではないかという気がするんです。

宇田川……ある程度、理性が保たれていれば、ソフトの誘惑から逃れることができると思いますが、もし極限状態にいたら、片っ端からソフトを使って書き換えてしまうかもしれないですね。でもすぐに結果が出てしまうものには疑問も残ります。遠回りしたり、つらい思いをすることで得られることが必ずありますし、人知を超えた力のあるものに頼ると、人間の大切なものが崩れてしまうことがあるように思いました。



脇役にもひとりの人間としての存在感を


宇田川……6月に文庫化されたばかりの『株式会社ハピネス計画』は婚約を破棄され仕事もリストラされた主人公の譲が、中学時代の同級生だった武蔵に再会するところから物語が始まります。どこに向かって主人公の人生が転がっていくのかわからず、ジェットコースターに乗っているような面白さがありました。文庫の装丁は中村佑介さんのイラストが目を惹きますし、女性読者が手に取りやすい感じがしますね。

平山……作品が持つ不気味さや不穏さを前面に出していた単行本の装丁もとても気に入っていましたが、文庫のジャケットはこの小説が持つ違った側面に光を当てています。そこに目を留めたみなさんがどんな感想を持たれるのか興味津々です。

きらら……ロックスターになった武蔵は、「株式会社ハピネス計画」という胡散臭い会社の社長でもある濃いキャラクターです。ほかにも武蔵の妻や愛人など、どの登場人物もキャラがたっていますが、一見真面目に見える譲もけっこう変わっていますよね。

平山……ウージー(譲の渾名)はかなり変態だと思います(笑)。行動にそれが表れないだけで、むしろ武蔵のほうが精神は健全です。

宇治……私は名字が宇治なので、ウージーって私のこと?って思いながら読みました(笑)。ウージーが武蔵の愛人の世話をするうちに、中学時代の忘れていた記憶を思い出していき、新しい事実が見えてきます。この作品もやはり『マザー』と同じく最初からプロットはありましたか?

平山……『株式会社ハピネス計画』ではおおざっぱなプロットはありましたが、あまり細かいところまでは決めていませんでした。いきなり武蔵が「久しブリ照り!」と登場して、ウージーを振り回す変な人もたくさん出てきて、どこかに訳のわからない所へと連れ去られていくような感じを出したかったんです。

宇治……平山さんの小説では、とても丁寧に登場人物が描写されているので、本当に人間が好きな方だとお見受けしました。この作品でもラストのほうで今までほとんど表に出てこなかった武蔵の妻の心情が吐露されますね。

平山……どんな作品でも脇役をただの景色の一部にはしたくないんです。それぞれひとりの人間としての存在感を出したいというのがあって。だから、一見ただの不気味な存在である武蔵の妻についても、おろそかにしたくなかった。基本的には主人公の視点で話が進みますから、ウージーから見たみんなの姿しか描けません。でも彼らにはそれまで生きてきた人生があり、その歴史があるからこそいまの人格があるわけです。ただの変な人にしか見えない人でも家族を思う気持ちがあったり、自分なりの考えがあったりする。そういうところを作品中で出せたらいいなあと思っています。

宇田川……ストレートにその良さは表れませんが、武蔵も本当はいいやつなんですよね。ろくでなしだけど、人でなしではないというか(笑)。

平山……正直、僕も武蔵とは付き合いたくないですが、たぶん友達として身近にいたら憎めないんだろうなあと思います(笑)。

きらら……前回きららの書店員さん対談に出ていただいたときに(2007年7月号掲載)、この『株式会社ハピネス計画』では実体験を入れられたと伺いました。保健室の艶かしいシーンにはどきどきしてしまいますね。

宇田川……僕は男子校出身で兄弟も男ばかりなので、こういうシチュエーションは本当に照れますね。ほかにも男性が読むとムフフとなる描写も多いので、ぜひ20代、30代の男性に手に取ってほしいです。最新刊の『マザー』と『株式会社ハピネス計画』は文体も作品が持つ雰囲気も違いますが、どちらにも平山さんが持つ普遍的な要素が詰まっているように思います。

平山……結局どの作品も少しずつ似ているんだと思います。この組み合わせで宇田川さんがそう感じてくださったなら、僕のほかの小説を組み合わせても同じように思われるかもしれない。常に流れるひとつのテーマがあるのかな。簡単に手に入るものは結局偽物で、本当の意味での幸せでもないし、理想でもないという思い。記憶の曖昧さというのも、僕がしばしば取り上げるモチーフです。

宇田川……作品作品でその都度伝えたいメッセージがあるんでしょうね。まだ出し切れていないものも当然あるでしょうし、これからさらに書き続けるなかで、新たに伝えたいことも生まれてくる。平山さんの作品を読み続けていくことで、平山さんのメッセージを読み取っていくのが楽しいです。

平山……そうですね。1冊に自分の要素すべてを出せるとは思えませんが、最新刊の『マザー』ではかなり投入できたと思っています。書き始める時点で自分が何を書きたいかが固まっていましたし、書いている間にもまったく迷いがなかった。そういう意味でも自分の代表作であるという気持ちがあります。






(構成/松田美穂)



平山瑞穂(ひらやま・みずほ)
1968年東京都生まれ。2004年『ラス・マンチャス通信』で第16回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。著書に『忘れないと誓ったぼくがいた』『シュガーな俺』『冥王星パーティ』『株式会社ハピネス計画』『プロトコル』『桃の向こう』『魅機ちゃん』『全世界のデボラ』がある。