執事探偵は以前からあったアイディア
平井……単行本の『謎解きはディナーのあとで』は発売前のプルーフ(見本)本の段階で読ませていただきました。国立署の新米刑事である宝生麗子は、実は宝生グループという大企業のお嬢様で、職場ではセレブであることを隠しています。謎を解くのが苦手な麗子にかわって、麗子の執事である影山があざやかに事件を解決していくわけですが、まずこのお嬢様と執事の設定はどこから思いつかれたんですか?
東川……一時期、執事ブームがありましたが、それより以前から執事を探偵にするアイディアは考えていました。アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』や鮎川哲也さんの『三番館』シリーズなど、丁寧な喋り方をする名探偵の系譜もありますし、「きらら」での連載依頼があったときに、女性読者が多い小説誌だと聞いて、執事探偵はウケるかなと思ったんです。
執事がいるならもうひとりはお嬢様。その二人が事件に巻き込まれるとしたら、お嬢様は刑事という設定が思い浮かびました。
佐々木……東川さんの他の作品でも天然キャラのお嬢様が出てきたりしますが、『謎解きはディナーのあとで』の宝生麗子と影山ほどキャラクター設定が強烈なのは初めてですね。
東川……ちょっと面白い探偵や風変わりな刑事なども僕の今までの作品には出てきました。これまでとキャラクター造形にあまり違いはないのですが、強いてあげるなら、『謎解きはディナーのあとで』は、登場人物たちの人間関係がよりはっきりしています。
平井……私は麗子の上司にあたる風祭警部が好きです。彼は風祭モータースという大企業の御曹司で麗子と同じセレブ。あまり有能ではなくて、よく警部まで昇りつめたなあと思わせるタイプなんですよね。
東川……最初、お嬢様刑事が出てくるならその相手役としてコンビを組むのは普通の人かなと思っていたんです。ただ、それだと面白くないでしょ(笑)。そこでジャガーで颯爽と登場するような風祭警部というキャラクターが出てきました。
また麗子をたんなる金持ちのお嬢様にすると、読者から反感を買ったり、嫌われてしまうかもしれないという危惧もありました。刑事としてもお嬢様ぶっていると同性から支持されない。そういうことを考えて、お嬢様だけど刑事としては新米の麗子が、風祭警部からやたらと上から目線で虐げられるような関係にしたんです。
佐々木……仕事場では刑事として目立たぬよう地味にこなす麗子と、家での麗子のセレブな過ごし方とのギャップがまたよかったです。ヴィンテージのワインを飲んでいたり、いつもおいしそうなものを食べているんですよね。
東川……嫌みにとられない程度に、女性が好きなモノを作中にちりばめてあります。都心ではなく少し郊外の国立署という場所の設定も、セレブすぎない感じを出すためです(笑)。
佐々木……東川さんの小説では、メインの登場人物二人にプラスして、必ずもう一人、重要な役割を果たす人物が出てきます。この小説では風祭警部がその役にあたるように思いました。
東川……それは僕が目指しているのがユーモア・ミステリだからなんですよね。喫茶店で珈琲を飲みながら二人が一対一で延々と事件の話をしている。それはホームズとワトソンのように本格ミステリの典型的なパターンではあるけれど、二人組だと動きがなくなって面白くない。これが三人だと、会話の中に余計なものも入れられますし、多少事件の本筋から逸れても大丈夫。ユーモア・ミステリとして、三人の形で話が進むように意識的に描いています。
そこから出発して、蓮実をどういうキャラクターの持ち主にするのか、どういう人生を送ってきたのか、だんだんと肉付けしていったという感じです。
赤川次郎さんの小説が好き
佐々木……基本的には執事の影山は現場には行かないので、麗子から聞いた事件の話をもとに推理をしていきます。読者も一緒に謎を解く楽しみがあるこの形が私は好きです。まあ、麗子と同じくたいてい謎は解けないんですが(笑)。
平井……見当違いの推理しかできない麗子に影山が「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」と暴言を吐くんですが、この毒舌ぶりが本当に楽しくて一気に読みました。影山のいうとおり、謎が解けない私も「ほんと、目が節穴だなあ」って思いました(笑)。
東川……最初は影山の暴言もシンプルな表現だったのですが、だんだん書いていて物足りなくなってきてしまうんですよね(笑)。連載を重ねるうちに、次はどんな言葉を使おうか、もっと凝った言い回しを考えようと苦労しました。
佐々木……「敬語の形で言えばなんでもありなのか!」と影山の暴言に一人で突っ込みを入れながら読みました(笑)。麗子はどこまで我慢できるのか、影山がこんなに毒舌だと執事を辞めさせられてしまうのではないかと心配になったくらいです。
平井……単行本では六編収録されていますが、軽いテイストで書かれているものの、どれも骨太な本格ミステリとしても読めるのがよかったですね。東川さんはふだんプロットなどつくられてから書かれるんですか?
東川……結末とそれにつながる重要なシーンがいくつか見えている段階で書き始めていきます。僕の場合は、それぞれのシーンを繋げていくのがユーモアなんです。
佐々木……私は東川さんの小説はすべて読んでいますが、どの作品もクスリと笑える部分があり好きです。
それにさりげない一行に伏線が張られてあって、気をつけて読んでいるのにいつも騙されてしまうんですよ。案外読み飛ばしていたところがミステリを解くのに一番大事だったりして、「こんな笑い話のなかに重要なシーンが入っていた!」とあとから驚かされることが多いです。
東川……それがユーモア・ミステリの真髄ですよね。ミステリの伏線はユーモアなどに混ぜ込んで書かないとそこだけ浮き上がって見えてしまうものなんです。
佐々木……ここでひっかかったのかと反省しつつ再読しても、ユーモア小説としても面白いので、東川さんのミステリは何度読んでも楽しめます。
平井……いろいろなテイストのミステリがありますが、あえてシリアスな小説にはせずに、ユーモアを織り交ぜるのは何故ですか?
東川……もともと赤川次郎さんの小説が好きだったんです。我孫子武丸さんなどもユーモア・ミステリを書かれていますが、自分が作家になろうと思った当時はまだそういうものを書く人は少なかった。少ないからこそ逆にユーモア・ミステリには、入り込める余地があるんじゃないかという気持ちもありました。
『謎解きはディナーのあとで』は、ミステリとしてはオーソドックスなものだと思います。ミステリ・マニアの方にも楽しめて、それでいてミステリにはあまり詳しくない一般の読者にもわかるように書いています。
平井……最後の「死者からの伝言をどうぞ」の影山とお嬢様のラストシーンが好きです。今まであんな激しい掛け合いをしておきながら、最後に少しロマンスを感じさせるところがいい。またうまい具合に風祭警部も麗子のことが好きなようですし、 三人の関係のその先が気になってしまいます(笑)。東川さんは麗子と影山の関係に答えを用意していますか?
東川……『謎解きはディナーのあとで』というタイトルにちなんだラストシーンにしましたが、あんなふうにしないと話が終わらなかったので(笑)。僕は麗子たちの関係にあまり興味がないですし、風祭警部は完全な片思いでしょうね。
謎は謎のままのほうがいいんです
平井……『謎解きはディナーのあとで』は、とても目を惹く装丁で、店頭で並べているととても目立ちます。中村佑介さんのイラストと、この作品のキャラクター設定がぴったりとはまっていますね。装丁や内容からいくと女性向けの小説のように思われるんですが、年配の方にも買っていただいていて、『謎解きはディナーのあとで』は幅広い層の方に支持されています。
佐々木……家に置いていたら、大学生の息子がこっそりと部屋に持っていって読んでいました。装丁を見ただけで面白そうだと反応したんだと思います。東川さんの一ファンとしても書店員としても、『謎解きはディナーのあとで』の評判がよいのが嬉しいです。
いま単行本の本がなかなか売れないんですよね。以前、東川さんの『館島』の単行本が出たときも売りたかったのですが、難しかった。作品の評価がよかったものは、文庫になると売れるので、『館島』が文庫になった際には、文庫担当の同僚に頼んで仕掛け販売をしたら大当たりしましたね。80年代の瀬戸内海を舞台にした『館島』は、ミステリの謎が仰天するくらい素晴らしかったです。
東川……『謎解きはディナーのあとで』は単行本なのに売れていて僕自身も驚いています。『館島』は文庫になって動きましたが、きっと4割の人は「なんだ、これは!?」と思うようなミステリです。これはもう「バカミス」ですよね(笑)。
佐々木……「そんなわけないじゃん!」と突っ込む人もいると思いますけど、ミステリってそんなにかしこまってやらなくてもいいですし、これくらいの謎のほうが読者としてはだんぜん面白い。この謎にも8割の人は納得すると思います。
『謎解きはディナーのあとで』と同時期に、『もう誘拐なんてしない』と『交換殺人には向かない夜』が文庫になりましたね。うちの書店では『謎解きはディナーのあとで』と一緒に東川さんの文庫も並べています。
『交換殺人には向かない夜』はミステリとして本当に素晴らしい。複数の場所で物語がテンポよく展開していく長編ですが、短編を繋げて読んでいるような軽快さがあってとても読みやすいんです。
東川……『交換殺人に向かない夜』は僕の最高傑作だといわれている小説です。あんなミステリはもう僕も書けないですね(笑)。
佐々木……私は高校生の探偵部の話である『学ばない探偵たちの学園』も好きですよ。
東川……ありがとうございます。あの作品を誉めていただけるととても嬉しいですが、学園モノって書いてみると難しいんですよね。しかもあの三人組には女子キャラが出てこないので本当にたいへんだった。女の子は見た目が華やかなぶん、登場人物としての動き方が違うんですよね。これと同じ学園を舞台にした連作短編集が2月に出る予定です。
きらら……今月号の「きらら」で『謎解きはディナーのあとで』の続編の連載が始まりますね。
東川……続編を書くにあたって読み返したんですが、細かい部分をもう覚えていなくて、風祭警部のキャラなんかよくわからなくなっていました(笑)。最初の数編を書いたのはもう何年も前ですし、最初に入っている「殺人現場では靴をお脱ぎください」のトリックを思いついたのは、10年も前なんですよね。
佐々木……影山がどういった経緯で麗子の家の執事になったのか、まったくわからないのですが、ここもまたミステリアスでいい。これだけ慇懃無礼な人がどうして雇われたのか、想像すると面白いです。
東川……その謎は続編でも解かれないと思いますよ(笑)。刑事コロンボに話だけでずっと実物のカミさんが出てこないのと同じで、謎めいた人物が魅力的であるためには、謎は謎のままのほうがいいんです。ただ続編では風祭警部の実家のことなどは書いていきたいですね。これからもどうぞよろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
東川篤哉(ひがしがわ・とくや)
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。2002年、カッパノベルスの新人発掘プロジェクトで、長編デビュー。著書に、『館島』『密室に向かって撃て!』『もう誘拐なんてしない』『完全犯罪に猫は何匹必要か?』『交換殺人には向かない夜』『学ばない探偵たちの学園』など。2009年刊の『ここに死体を捨てないでください!』が「2010本格ミステリ・ベスト10」の8位に入る。
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