アンケート





  第71回 朝井リョウさん
  電車に乗っているときにアイディアが浮かぶ。
      物語の破片みたいなものが落ちてくる感じです。








恋に部活に勤しむひたむきな高校生を描いた作品『桐島、部活やめるってよ』で鮮烈なデビューを果たした朝井リョウさん。明正堂アトレ上野店櫻井邦彦さんと三省堂書店有楽町店新井見枝香さんが、“平成生まれの新星作家”である朝井さんに小説を書くうえで大切にしていることを訊いた。






桐島が出てこないことは決まっていた


新井……朝井さんが小説を書かれるようになったきっかけは何でしたか?

朝井……昔から文章に限らず何かを創ることは大好きだったのですが、「姉のまねごと」がきっかけですね。姉が自由帳のようなものに書いていた絵本もどきを、「面白そう!」と思ってまねているうちに、物語を書くことに目覚めました。

櫻井……デビュー作の『桐島、部活やめるってよ』は、まずタイトルにとてもインパクトがありました。この誰もが気になるタイトルは最初から決まっていたのでしょうか?

朝井……小説すばる新人賞の応募締め切りのぎりぎりまで、タイトルが決まらなかったんです。この小説は最初、「桐島、部活やめるってよ」「え、ガチで?」というくだりから始まっていて、だったらもうこの一行目をタイトルにしてやろうと(笑)。そのときは後になってこんなにもいじられるタイトルだとは想像もしていませんでした。

櫻井……主人公ともいえるはずの桐島がなかなか出てこないので、読み進むうちに「この小説はバレーボール小説なのかな」と思ったりしました(笑)。しかし、登場しないものの、桐島の性格を理解したみんなに思わぬ波紋が広がっていく。桐島にはとにかくしっかりとした存在感があります。出番がないのに影響力がある桐島は、どういう存在なのでしょうか?

朝井……自分とは関係のない誰かが誰かと付き合ったというだけで、自分のまわりの人間関係が動くという経験が、高校生のころに何度かありました。あれは「高校」「クラス」といった狭くて濃密な世界だからこそ起きた現象で、ある意味で青春の醍醐味というか、青春の濃い部分だったなと、広く浅い大学生活を経て思ったんです。「桐島」はタイトルにしか出さないというのは最初から決めていたので、そういう意味でも「ぴったりはまった!」という感じですね。





「閉塞感」は悪いことだと思っていない


新井……ふだん小説を書かれる際にあらかじめプロットなどはつくられるのでしょうか?

朝井……僕はかなり細かいところまでプロットを決めるタイプだと思います。小さな伏線があったり、複数の視点が絡み合ったりする小説が個人的にも好きなので、時間軸などを細かく設定しておかないと矛盾が生じてしまうんです。デビュー作も二作目の『チア男子!!』も、ノートに10ページくらい設定や構成をびっしりと書いてから原稿を書き始めました。キャラクターが思うがままに動く、という作家さんがとても羨ましく思います。

櫻井……6人の視点で描かれた連作短篇という形をとられていますが、6人のひとり、宮部実果の視点で描かれた章がとくに巧みですね。作品の中でもとりわけ重く異質な印象を受け、共感する所もたくさんありました。
 たんに「高校」という枠組みのなかでは見逃してしまうような家庭環境のことなど、さらに深い悩みを書かれていますよね。 他人の深い悩みや葛藤は見た目ではわからない、ということが提示されているこの章は、小説全体のスパイスになっていると思ったのですが、どういった流れでこの物語を入れたのでしょうか? 

朝井……家庭が舞台になっているこの章は、実は高校生時代に書いていたものなんです。当時、僕は同級生の家庭環境をまったく知らないことにある日気付いたんですね。この友達にお父さんがいないことを知らなかった、あの友達がマンションに住んでいることを知らなかった。そういうことが何かのタイミングで連続したんです。5年ほど前のことなので正直あまり覚えていませんが、その時に書いた話です。
『桐島、部活やめるってよ』を書くにあたっては、高校生の時に書いた短編も使おうと決めていました。当時のナマの感覚をそのまま反映させたかったんです。

新井……『桐島、部活やめるってよ』を読んでいたら、高校の購買部が懐かしくなりました。青春の真っ只中にいる人が見た青春! という感じがして好きですし、自分の高校時代のことをいろいろ思い出して楽しかったですね。小説を書く際にどんな読後感になるか、意識して書かれていますか?

朝井……「読み終わりたくない!」「ページをめくりたくない!」って思っていただけると一番嬉しいなと思っています。僕自身、読書をする時に、そういう思いになるのが一番幸せなんですよね。

櫻井……楽しい青春生活を描く一方で、高校生のグループの閉塞感も書かれています。女子は表面上はグループをつくっているのに、実際は仲が良くなかったりする。この表向きの仲間意識やそれによる閉塞感に共感される読者は多いように思いました。

朝井……共感していただけるととても嬉しいです。濃度の違いかもしれませんが、男子は男子なりに、女子のような人間関係をつくっている部分も間違いなくありますよね。「閉塞感」と書くとマイナスのイメージがつきまといますが、僕はこれを悪いことだとは思っていないんです。そういう中で生きていくことに対して、辛い、という感触はあまりなかったと思います。

櫻井……学生時代特有のこの閉塞感を書くにあたって、何か社会学の文献などは読まれましたか?

朝井……文献などは読んでいません。自分自身の経験、考えていたことを全て書いたという感じです。

櫻井……では、朝井さん自身は、学生時代にどんな葛藤があったのでしょうか?

朝井……「学生時代の葛藤」というと、大学生も学生時代に含まれますよね。だとすると、就職活動中のいまが一番葛藤が多いかもしれません。作家という肩書をいただいたいま、これから先、どう生きていこうか、まだ答えが見つかっていません。

新井……朝井さん自身は、作家としてデビューができると思っていらっしゃったんですか?

朝井……まったく思っていませんでした、といえば嘘になります(笑)。心の奥底では、もしかして自分にもできるんじゃないか、と思っていました。やはり1%でもそういう思いがないと、何百枚と物語を書くことはできなかったと思います。





モデルはつくらないようにしている


新井……『チア男子!!』には、デビュー作で描かれた「青春真っ只中」の視点に、さらに「かつて青春を過ごした人たち」の視点が加わり、朝井さんの著者近影は、実は30年前の姿なのでは? と疑ってしまうほど完全に青春を振り返っていました。 1作目を書き上げてから2作目を書くまでの間に、何か大きな心境の変化があったのでしょうか?

朝井……そんなふうに言っていただくと一番の励みになります。やはり2作目以降は「大勢の方に読んでいただく」「お金を払っていただく」という強い意識が生まれたのだと思います。『チア男子!!』は、参考文献や取材によって得た知識、自分の外にある要素を組み立てて物語をつくらなければならなかったですし、チャレンジだったことは確かです。
 僕自身、スポーツ小説が大好きなんです。佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』やあさのあつこさんの『バッテリー』、森絵都さんの『DIVE!!』のような名作を書きたい、と高い目標を設定していたこともあって、『桐島、部活やめるってよ』の執筆時とは姿勢が違ったのかもしれません。

新井……『チア男子!!』には魅力的な女性が多く出てきますね。私はストイックな柔道ガールの晴子と、厳しいけど熱くてかっこいいコーチに憧れましたが、思わせぶりな行動が魅力の千裕にはやられました。なれるものならあんな天然で魔性の女の子になりたいです(笑)。ご自身の書かれた女性象のなかで、朝井さんが一番好きなタイプは誰ですか?

朝井……『チア男子!!』ならあんまりタイプの女性はいないですね。千裕よりもシャキッとしていて、姉ちゃんやザキさんよりもシャキッとしていない人がいいです(笑)。『桐島、部活やめるってよ』でいうならば、かすみでしょうか。

櫻井……『チア男子!!』は男性陣もトンちゃんや溝口といった個性的でインパクトがあるメンバーがたくさんいました。登場人物のキャラクターに誰かモデルはいますか? 

朝井……モデルはあえてつくらないようにしています。『チア男子!!』を書くときは、実際にあるチームを取材していたので、モデルをつくってしまうとノンフィクションのようになるという心配がありました。
 ただ、チーム結成当初の一馬だけはモデルがいます。彼の行動力はその人からきているものです。そのほかはこんな人物の周りにはこんなやつがいたほうが面白い、という発想で書いていきました。

櫻井……溝口はよく名言を言いますが、朝井さん自身にはなにか名言はありますか?(笑)

朝井……名言にこだわるタイプではないのですが、「死ぬ気でやれ、死なないから」という言葉が大好きです(笑)。





交換ノートでうまく時間を操れた


櫻井……最終章の「二分三十秒の先」で交換ノートが出てきますね。そのノートで各々が告白することによって、他の人がどう思っているかを知る。チームに共有できるものが生まれ、 物語も一気にラストへと加速していきます。演技が完成した時に、チアリーディングと個人の思いが同時に伝わってくる。この交換ノートのアイディアはどのようにして生まれたのですか?

朝井……競技チアは16人が同時に動くスポーツなので、物語の最後、クライマックスとなる演技中にどのようにして全員に視点をまわすかを、書きながらずっと模索していました。その中で、僕も、体育祭の応援団をやっていた時に、団内で「交換日記」をしていて、それがとても効果的だったことを思い出したんです。
 また、実際に取材をしていたチームにも練習ノートがあると聞き、「ノート」という存在はスポーツチームには不可欠なアイテムなんだな、と思いました。こいつらにも練習日誌みたいなものを書かせてやろう、と思った時、そのノートによって視点を回せばいいんだ!と思い付きました。そうすることで、視点だけでなく、それぞれのキャラクターが昔思っていること、今思っていることなどの時間の流れも、操りやすくなりました。

新井……男子のチアを題材にされているところが斬新だと思うのですが、ふだん朝井さんはネタ帳などはつけられていますか? どういった時に、小説の素ができるのでしょうか?

朝井……ふと思いついたことは携帯やノートにメモしておきます。なぜか電車に乗っているときにアイディアが浮かぶことが多いような気がします。小説のもとというか、ある場面のかけらや物語の破片みたいなものが落ちてくるといった感じです。

新井……『チア男子!!』でハルはカフェでアルバイトをしていましたね。学生である朝井さんはどんなアルバイトをされていたんでしょうか? 書店でアルバイトをしてみたいと思いますか?(笑)

朝井……今まで定食屋のホールをしていたり、ベンチャー企業のお手伝いもしていました。書店でのアルバイトは……、自作を返本するなんて作業をしたくないので、いいです(笑)。作家とは別に、いまは自分に向いている業種を探しているところです。

櫻井……『チア男子!!』は、デビュー作から繋がる青春小説だと思いますが、何かほかに書いてみたいジャンルはありますか? 

朝井……青春小説以外には、ミステリを書いてみたいです。でもきっと青春ミステリですね。結局青春は僕の作品に絶対についてまわると思っています。






(構成/松田美穂)



朝井リョウ(あさい・りょう)
1989年生まれ、岐阜県不破郡出身。早稲田大学文化構想学部在学中。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞。青春小説の新星として話題となる。