絵馬というありえない“メディア”で
新井……「日本ラブストーリー大賞」を受賞された『カフーを待ちわびて』は沖縄を舞台にしたラブストーリーですが、南の島らしいゆったりした雰囲気が作品全体に流れていますね。沖縄という土地がとても魅力的に描かれていたので、私も行ってみたいなあと思いました。
原田……インターネットなどでレビューを見ていても、沖縄に興味を持たれた読者が多かったようです。沖縄には複雑な歴史があり、太陽に照らされてきらきらとした側面ばかりではないのですが、この小説では沖縄のよいところを描きたかった。沖縄には「島時間」という言葉もあるほど、都会とは時間の流れが違います。『カフーを待ちわびて』という作品が持つ空気は、沖縄が持つ土地の特殊性によるところが大きいでしょうね。かつて都心のオフィスに通っていたので、都会とは真逆のものを書きたかったという気持ちもあります。
安倍……原田さんの他の著作を読んでから、最後にこのデビュー作を読みました。原田さんの作品は都会的でスタイリッシュに働く女性の生き方を書かれたものが多いですよね。一方、この『カフーを待ちわびて』は、優しく誰かを思う気持ちが丁寧に描かれていて新鮮でした。最近は小説に展開の速さやドラマチックなものが求められているので、こんなに穏やかなラブストーリーには久しぶりに出合った気がします。
新井……登場人物である明青が書いた「嫁に来ないか。幸せにします」という絵馬を見たことがきっかけで、明青と幸は出会いますが、この発想はどこからきたのでしょうか?
原田……友人と鹿児島の霧島神社に行ったときに、「結婚してください」と書かれた絵馬を見たんです。いまはメールやインターネットもあるなかで、絵馬というアナログなメッセージボートを使ってプロポーズするのは面白いなあと心に留めていました。携帯もインターネットもない、時代遅れの島を舞台に、絵馬というあり得ない“メディア”でコンタクトをとってもいいじゃないかと(笑)。より速く、より便利にという現代社会に、アンチテーゼを突きつけたかったというのもあります。こういう時代だからこそ、こんな物語が誰かの心に届くはずと思ったんです。
安倍……二人の出会い方も印象的ですが、この『カフーを待ちわびて』というタイトルも惹かれますね。
原田……沖縄で海辺を歩いていたら、大きなチョコレート色の犬を散歩させている人がいたんです。私は犬が大好きなので、飼い主さんに犬の名前を訊いてみたら「カフー」という。こちらでは聞き慣れない言葉なのですが、沖縄の方言で「幸せ」という意味だと教えてもらった瞬間に「これはいける」とぴんとくるものがありました。もし、この犬が「シーサー」や「ポチ」という名前だったら、小説を書いていなかったかもしれませんね(笑)。「カフー」に出合ったことと絵馬を見たことが合体して生まれたのがこの小説です。
きらら……原田さんはカルチャー系のライターとして記事を書かれるお仕事もされていましたが、小説を書かれたのはこの作品が最初ですか?
原田……ええ、初めての小説だったので、完全に手探り状態でした。この小説、13回も改稿したんですよ(笑)。何度もブラッシュアップを重ねるうちに、ある瞬間にふと登場人物たちが輝き始めたんです。ものすごく生き生きとしてきたなあという手応えがあった。そこからぐっとギアが入っていったのを覚えています。こういう苦しみを経て本が生まれるんだなと、とても勉強になりました。深い思い入れのある小説です。
新井……「日本ラブストーリー大賞」は映像化を前提とした小説の賞ですが、実際に映像化された『カフーを待ちわびて』を、ご覧になっていかがでしたか?
原田……デザイナーやアーティストをとりまとめるキュレーターの仕事をしていたこともあって、自分とは違った分野のクリエイターの方たちと仕事をするのが好きなんです。たとえ自分が書いた小説であっても、映画の監督さんに小説を預けた時点で、その人の作品になると思っていますから、「ご自由にどうぞ」という気持ちでお願いしました。原作者がなんらかの発言をしてクリエイターの方が持たれたイメージを崩されてしまうほうが私には心配なんです。監督さんのインスピレーションのまま映像化していただいた結果、非常に叙情的なものに仕上がりました。
自由になれる瞬間が女性たちにも訪れてほしい
安倍……『インディペンデンス・デイ』は24本の短篇が収録された作品ですが、どの小説も女性が主人公になっていますね。パンケーキを焼いたり、お花を飾るといった日常生活での些細なことのなかに、女性それぞれのドラマが生まれていく。人生でいろいろな選択を迫られる女性ならではの切り口で物語が立ちあがっていて、こんなにも女性の生き方がドラマチックになるのかと驚きを持って読みました。
原田……決して大げさな話にはしたくなかったんです。どんな小さなアクションにも意味があり、意義があり、ドラマがあるというのが私の信条です。女性であるからこそもがいていることもありますし、逆に楽しんだり喜んだりできる部分もある。苦しみと楽しみは相反するものですが、あるスイッチを変えたり光の当て方を変えると違った見え方ができるものなんです。
新井……冒頭とラストに、「今日が私の、独立記念日」と入っていますが、この作品のテーマがよくわかる一文でとても効いています。これは原田さんのアイディアですか?
原田……ええ、帯に入れている「ひとりの女性にひとつの独立を!」という言葉も私の案です。女性だって、パートナーとか家族とか仕事とか、それこそ人生までも、「めんどうくさいから全部捨てちゃえ」と思うときがありますでしょ? いろんなことから自由になれる瞬間が、どの女性たちにも訪れてほしいという願いを込めています。
いま苦しみや悩みのなかにいる人にも、必ず答えはやってきます。でもそれはみんな自分で見つけていくものなんですよね。私もこの年になってようやくわかってきたことを、本を通して伝えようと思っていました。
新井……この小説は連作短篇の形を取られていて、次の短篇の主人公が前の小説にちらっと登場するんですよね。知らない誰かと誰かがどこかで繋がっているというのは素敵ですね。
原田……女性ならではの連帯感をこの連作で表現したかったです。あなたは誰かと繋がっているから大丈夫、と言いたい。それがこの本で一番伝えたかったことですね。
作者としては非常に無責任な言い方ですけど、最初の短篇「川向こうの駅まで」に出てくる「私」がこの連載の最後にどう成長しているか私自身が楽しみで、連載が終わるまでほっておこうと思っていました。まさか最後にあんな形の物語になるとは想像もしていなかったです(笑)。
新井……これだけ個性豊かな女性24人を描くのは難しくなかったですか?
原田……この小説に出てくる人たちには、全部モデルがいるんですよ(笑)。私はさりげないものでもついじっと観察して、「これがここにある意味ってなんだろう」なんてよく想像しちゃうんですよ(笑)。見ず知らずの人を見ていても、「一人ひとりに人生があって、愛する人がいて家族がいて、哀しいことや楽しいことがあるんだ」と考えてしまうんです。まったくゼロからの想像だけでつくったわけじゃなくて自分や友達の体験談や、自分が見つけたものもふんだんに盛り込んであります。ほかの作品でも取材は必ずするようにしているんです。
オバマ大統領からヒントを得た
新井……今年の本屋大賞では、原田さんの『本日は、お日柄もよく』に投票しました。ごくごく普通のOLだったこと葉はいとこの結婚式で、久遠久美と出会います。久美は政治家の演説用原稿を書いているスピーチライターなのですが、まずこの結婚式で披露される久美のスピーチが素晴らしいですね。何回読んでもこのスピーチのシーンで泣いてしまいます。言葉にこんなにも力があるのかと感動しました。
原田……ありがとうございます。実は東日本大震災のあと、作中の今川の伯父さんが久美に言った言葉が、ツイッター上で出回ったんです。「困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい」から始まる言葉なんですが、ちょうど140字に収まるんですね。この言葉がみなさんの間でツイートされていたことに感激しました。こういうときこそ言葉は人を励ますんだと、この小説を書いてよかったと思いました。
安倍……私は女性が仕事を持ってがんばっている姿を描いた小説が好きなんです。女性が挫折を経験したうえで、尊敬できる人に出会い、素敵な仕事に巡りあう作品はとくにツボなのですが、まさに『本日は、お日柄もよく』がそうでした。あまり聞いたことがないスピーチライターという職業と胸キュンな恋愛の要素とのバランスがよかったですね。
原田……「日本ラブストーリー大賞」でデビューしたこともあって、女性の話を書いてほしいというリクエストが編集サイドから多くありました。この小説でもそういうオーダーだったのですが、普通のOLさんの話があまり書けないんですよ。会社にいたころも幹部に接する機会の多い職場だったので、お金持ちの話やワンマンオーナーの話はわりとすんなり出てくるんですが(笑)。特殊なプロフェッショナリズムを持っている人のほうが小説にしやすいですし、読者にも興味を持っていただけるんじゃないかと思っています。
そんなときにアメリカの大統領選挙の時期が重なって、オバマ大統領には優秀なスピーチライターがついていたことを知りました。そこで女性のスピーチライターという設定が生まれました。
人の心はちょっとしたことで変わるものなんです。政治家のように非常に重要な発言をしなくてはならない立場の方には、絶対にスピーチライターはいたほうがいいですね。
きらら……いま原田さんは、妻が日本初の女性総理になった男性の視点で政治をテーマにした小説「総理の夫」を連載されていますね。日記形式の政界ダイアリーという趣が斬新ですが、東日本大震災があった今では、震災前の構想とは違ってくるように思うのですが、いかがでしょうか?
原田……そうですね。こんな大きな震災を経験した後では、なにもなかったかのように書いていくのは自分にとっても不自然だと思っています。小説内でも国政に危機が起こるように思うのですが、まだどういった展開にしようか考えているところです。
安倍……最新刊としては村上たかしさんの漫画を原作とした『小説 星守る犬』を発表されましたね。
原田……書店でとてもいい場所に展開されていて、発売してすぐにこの漫画を買って読んだんです。もう暗記するくらい読み込んでいて、「小説にさせてください!」と自分から頼み込んだんですよ。とってもびっくりされていましたけどね(笑)。『一分間だけ』という作品でも寿命で死んでしまった愛犬のことを書いていますが、犬モノはこれからも書いていきたいです。
新井……あまり漫画から小説に起こされるパターンは見かけないのですが、小説にするにあたって注意した点などはありましたか?
原田……ハッピーという犬を文章でどう活かせるかに腐心しましたし、漫画の長所をぜんぶ出せるようにと心を砕きました。自分だったら村上さんの良さを引き出せる自信がありましたし、そう思えなかったらやらなかったです。村上さんの良さを存分に残しつつ、原田マハ版として私の言葉で『星守る犬』を書いています。面白いものに仕上がっていますので、どうぞ期待して読んでください。
(構成/松田美穂)
原田マハ(はらだ・まは)
1962年、東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部美術史科卒。伊藤忠商事、森ビル森美術館開設準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年に独立後、フリーランスのキュレターとして活躍。05年、「カフーを待ちわびて」で第1回「日本ラブストーリー大賞」を受賞。ほかの小説に『キネマの神様』『翼をください』『星がひとつほしいとの祈り』など多数。
「Naked Maha」 http://www.haradamaha.com/
|
|