人の魅力は、振れ幅が大きいこと
川俣……「悪女」シリーズ第1弾『モンスターU子の嘘』は、類い稀な美貌と聡明さで、政界の重鎮たちまでをも手玉に取り、思うがままに生きていく詩子という女性が魅力的でした。「U子、こわい!」と思いながらも彼女の動向に目が離せなくて、最後まで一気に読みました。
越智……ありがとうございます。この小説では、以前から好きだった「昭和」という時代で、「悪女」を書きたかったんです。「悪女」という生き物は今の時代では存在できないような気がしていて、「昭和」と「悪女」はぴたりと合った。ひと言では説明できないのが「悪女」だと思っていましたので、多面的に描いていきました。人の魅力というのは、振れ幅が大きいこと。いろいろな側面を持っているほうが、人への影響力も大きいと思います。 新井……詩子は賭博の罪で刑務所に入っていますが、そこでも普段の生活と変わらずに、女王様のようにふるまっているところがすごかったです。自分の願望を叶えるために手段を選ばずに突き進むところがかっこいい。詩子の刑務所での生活がとても生々しかったのですが、なにか参考にされたものはありますか?
越智……刑務所での生活が書かれた本もいくつか読みましたが、ずっとこれに縛られていたらキリがないので、ある時点から自由に描いています。You Tubeで刑務所が舞台になっているドラマを見てみたら、描かれ方によって独房の仕様も違っていたんです。刑務所内の基礎知識は念頭に置いておきつつ、刑務所という空間に詩子を入れたら、彼女がどう動くのかを考えていきました。
川俣……確かにリアリティの部分で突っ込みたい人もいるかもしれませんが、エンターテインメント小説として読むと全く気になりません。刑務所の中の面白いドラマとしても楽しめました。
越智……そう言っていただけると嬉しいです。 新井……詩子の過去を探るフリーライターの蒲田や、獄中で出会った根岸の人生は、詩子に出会ったことで大きく変わってしまいます。彼らをかわいそうだと思う一方で、自分が想像もできないようなところに運んでくれる詩子に出会えたことは、ちょっと羨ましいような気にもなりました。
芸は一代で終わってしまうもの
新井……『モンスターU子の嘘』を書かれていた時点で、ほかの「悪女」を主人公にした小説の発想はあったのでしょうか?
越智……「悪女」に限らず、もう一度、同じような構成の小説を書きたいとは思っていました。『スーパー女優A子の叫び』では前作とは違った昭和史を盛り込みつつ、個人的に好きな生き物である女優を書きました。
川俣……この作品では、半世紀以上前に三十歳で突然引退してしまった伝説の女優・朝子が主人公です。朝子のことを、私生活が想像できない昭和を代表する女優さんをイメージしながら読みました。越智さんの中でどなたかイメージされている方はいらっしゃいますか?
越智……朝子の外見はなんとなく原節子さんをイメージしていますが、自分が好きな女優さんをミックスした感じですね。みなさん、女優という存在がお好きな人は多いと思うんです。どんな方でも日常で多少芝居がかったことをやっていますでしょうから、そういう意味で女優の話に感情移入しやすいように思いました。 新井……あるテレビCMがきっかけで人気が再燃した朝子のドキュメンタリードラマを制作することになり、当時朝子と親交のあった人たちに取材を重ねるうちに、彼女の半生が明るみになっていきます。
朝子の姪で元女優の祥子は、朝子に人生を狂わされ、彼女を憎んでいるはずなのに、朝子にとって都合の悪いことが暴かれそうになると、抵抗する。その矛盾や葛藤がどこか家族らしくてよかったです。
越智……祥子は朝子の究極のファンでもあるんでしょうね。銀幕のスタア、朝子が好きで好きでならない。でも、虚像としての朝子は愛せても、その素顔が受け入れられない。そこから生まれる苦しみや悲しみを描きたかったです。 新井……「永遠の処女」といわれた朝子ですが、実はある男性と関係があったことが判明します。祥子の本当の父親もわかり、さらには祥子の異母姉妹の存在も判明しますが、その異母姉妹の映像を見て祥子が泣いちゃうんですよね(笑)。初めて見る異母姉妹なのに、もう「お姉さん!」という気持ちになってしまう祥子を、いい人だなあと思いました。
越智……そこは書きながら自分でもおかしかったです(笑)。そうなんです。祥子という人は、すごく自意識過剰でちょっと面倒くさいタイプなんですが、根はとてもいい人なんです。一方で、朝子は清らかに見えて、どこまでもしたたか。その人としての振れ幅を楽しんでいただけたら嬉しいです。 新井……いろいろと悩みの深い祥子は、宗教家の根岸の本を読んだり、実際に根岸からアドバイスを受けていますが、根岸は前作でも登場しています。彼女はこの「悪女」シリーズの中でとても重要な登場人物の一人ですね。
越智……最初は実際にある啓発本のタイトルを作中に出していたのですが、ここは彼女の出番だと思いました。宗教家としてけっこう儲かっていて、ベストセラーも出している。でも、もしかしたら中身は暗いかも……。とにかく根岸はお気に入りのキャラクターでもあります。
川俣……同じく女優で朝子によく似た祥子の娘・凛子は、学生の頃にクスリをやっていたり、素行が悪い。祥子は愛情いっぱいに育てたはずの凛子にまで振り回されていて、かわいそうでした。
越智……凛子にしてみれば、朝子のようにきれいな大叔母を否定する祥子に抵抗があるんでしょうね。そのうえ、実際の家族関係もはっきりしないことに不満がある。凛子は凛子でいろいろ悩んでいるのでしょう。秘密主義の祥子を理解できないんです。 新井……祥子は演技力があっても、身体が大きかったせいもあり人気が出ず、女優を辞めてしまいますが、凛子は朝子に似てきれいなのに、あまりやる気もない。あっさりと女優を辞めて、結婚しそうな感じがしました(笑)。
川俣……離婚も早そうですが(笑)。
越智……朝子のドキュメンタリードラマの主演をやることになって、少しやる気になっているだけで、おそらく何をやっても続かないでしょうね。すべて受け身であまり物事を深く考えることをしないですし。まあ、ちょっと頑張るけど、たいした女優にはならない感じがよいのかなと思っています。朝子の真似をしているところで、女優として既に限界があります。
きらら……朝子が引退した本当の理由が気になりました。人気絶頂の中、朝子が引退を決意した原因は、なんだったのでしょうか?
越智……うーん、それは時代の流れだったり、朝子自身の心身の問題だったり、いろいろで、複合的な要素が絡み合っていますね。姿を消していた間、朝子が何をやっていたかも明確な答えは書いていません。「もしかしたら、これかな……」というヒントはいくつかちりばめていますので、全て想像にお任せします。
きらら……朝子、祥子、凛子という女優三世代の話になっていますが、書かれるに当たってプロットをたてられたのですか?
越智……ざっくりとしたプロットはつくりましたが、ざっくりしすぎて、あまり役には立ちませんでした。最初から決めていたのは、朝子たちの出生の秘密で話をあまり引っ張らないようにしようと思った点ぐらいでしょうか。あとはキャラクターが勝手に動いてくれて……。もっと凛子がちゃんとするかと思っていたのに、やっぱり朝子には勝てず、書いていくうちに朝子をもっと強烈な存在にしたくなって(笑)。偉大な先代を越えられないことはよくあることで、下の世代にいくと小粒になる。芸は一代で終わってしまうものなのでしょうね。
素顔を見た気になっても、それは嘘
きらら……朝子のライバル女優だった小峰三千代は、朝子を嫌いながらも、結局は彼女の思いどおりの行動を取っていました。どうして誰もが朝子に惹かれてしまうのでしょうか?
越智……朝子が誰に対しても素顔を見せないからだと思います。他人が彼女の素顔を見た気になっていても、それは嘘なんですよ。「そうなのかな?」と思わせる寸止めのところでやめておくと、人はもてるのではないでしょうか。 新井……他人を動かしていこうと画策していると、どこかでボロが出たり、本音を言ってしまいそうになると思うのですが、演じきっているんですね。
越智……冒頭の談話で朝子が「わたくしに素顔なぞいりません」と言っていますが、真の女優は素顔なんてないんです。この小説では、芸に精進する求道者、本物のプロを書きたい気持ちがありました。そのためならどこまでも非情になれる、という意味での「悪女」ということです。この小説は女優という枠を取っ払って、プロの仕事を描いた小説としても読んでいただけるかなと思っています。
書店員のみなさんもそうだと思うのですが、なにかを貫こうと思ったら、犠牲にしなくちゃいけないものが出てきますよね。人は情というものを持ち合わせていますから、貫くことは難しいかもしれませんが、そこを確たる意志で貫く女の凄みや怖さを描きたかった。それがわかりやすい形になって表れているのが女優という生き物なのかもしれません。朝子が何度も口にする「女優だから」という言葉に込められるものは何なのか。単なる免罪符なのか、それとも自らを厳しく律する言葉なのか……。 新井……ラストでは、朝子が長い年月かけて仕組んできた壮大な策略が結実します。すべてを覆すどんでん返しで、朝子の怖さを改めて感じました。これはどこまでが演技なんだろうと想像すると、最終的にはもう全部信じないという答えに辿りつきました。信じると痛い目に遭いそうです(笑)。
越智……それは賢い選択ですね(笑)。人を騙したり、欺いたりするのは世間ではたしかに悪いことなのかもしれません。でも、朝子は最初から世間の常識や基準の枠外で生きている。朝子は朝子の基準があって、そこにあわせて行動している。悪の基準をどこに置くかで見え方は変わってくると思います。良い、悪いは別にして、ある種の清々しさを感じていただければ嬉しいです。お仕事でお疲れになった時に、映画を見るような気持ちで、ボレロでも聴きながら読んでいただきたいですね。
川俣……まさに私は、朝子が愛したボレロを聴きながら、この作品を読みました!
越智……ありがとうございます。作中で根岸も同じようなことを言っていますが、いつも書店員のみなさんからいろいろなものを与えていただいていると思っています。本を書くのはとても孤独な仕事なのですが、『モンスターU子の嘘』を応援していただいたことで、実は、本は一人でつくるものではないと感じました。そういう意味でも感謝をしておりますし、これからもみなさまに面白いと思っていただける小説を書いていきたいです。
(構成/清水志保)
| 越智月子(おち・つきこ)
1965年福岡県生まれ。女性誌のライターなどを経て、2006年、『きょうの私は、どうかしている』でデビュー。著書に『BE‐TWINS』『モンスターU子の嘘』『スーパー女優A子の叫び』がある。
|
|