アンケート





  第94回 加藤千恵さん
  書店員さんとはお互い相乗効果で
  Win‐Winで進んでいければいいなと思っています。






短歌集『ハッピーアイスクリーム』がベストセラーとなり、人気を博した加藤千恵さん。
様々な「卒業」の瞬間を描いた『卒業するわたしたち』を刊行したばかりの加藤さんに、オリオン書房所沢店高橋美里さんと、SHIBUYA TSUTAYA竹山涼子さんが、執筆の舞台裏を訊きました。


モチーフとして川が好き


きらら……本誌の人気連載だった『卒業するわたしたち』は、「卒業」をテーマに短歌と短編で構成された作品集ですが、「卒業」を題材に選ばれた発端はなんだったのでしょうか?

加藤……ほかの版元の編集者さんから、「卒業」をテーマにした連作短編執筆のご依頼がありました。学校物の小説を書くのが好きでしたし、以前から「卒業」は幅広い言葉だなあと、その奥の深さに面白さを感じていたので、挑戦することにしました。

竹山……短編の冒頭にまず短歌が詠まれていて、その後に小説が続く構成になっています。小説を読んでから最初の短歌に戻り、また短編のタイトルを味わうと、より深く感じ入るところがありました。

加藤……ありがとうございます。当初の担当編集者さんと相談をして、タイトル代わりに短歌を入れることにしたんです。先に小説を書いて、その後に短歌を詠みましたが、ネタばれしないように、全てを短歌で伝えすぎないように気を使いましたね。

きらら……本誌での連載順とは、所収順が大幅に変更されていますね。

加藤……いわゆる「卒業」と聞いてすぐに思い浮かぶものに触れた短編を、単行本の冒頭、中間、最後にくるように入れ替えていきました。それ以外のものはその時の気分で並べたので、今順番を決めると、順番が変わってくるかもしれません(笑)。

高橋……第1話「胸に赤い花」は、卒業式を控えた女子高生の視点で描かれています。通い慣れた学校を離れ、新しい環境に一歩踏み出す時に感じる怖さが読み取れて、ぐっと心に迫ってきました。

加藤……私自身、学校を卒業することはいやではなかったんですが、高校生じゃなくなるのが怖いなあと思ったことはありましたね。当時のことを思い出しながら、まず「卒業」の定義を投げかけつつ、直球の「卒業」を中身に詰めた短編です。

竹山……卒業式の当日なのに、友達とどうでもいいような話題で盛り上がっているシーンを読んで、私にも同じようなことがあったと、思い出しました。ストレートに「卒業」を言葉にしたら、もうそれしかなくなっちゃうような気分になるんですよね。

加藤……卒業式以外のイベントの時でも、そういうことってありますよね? 私の実体験が反映されているのかもしれません。

高橋……「流れる川」も、一つ下の後輩に想いを寄せながらも卒業してしまう女の子の、学生らしいジレンマや葛藤の描写がよかったです。私も吹奏楽部だったのですが、自分が居た場所から音が聴こえてくるのに慣れなくて、寂しい気持ちになったことを思い出しました。

きらら……「卒業」によってできる二人の距離を、「越すに越されぬ大井川」というフレーズを使うことで、効果的に表現されていますね。

加藤……そもそもすごく川が好きなんです。このフレーズは聞いたときから、いつか使いたいと思っていました。普段から、作品に使えそうなネタをメモしたりもしていますが、結局は頭の片隅に残っていたものを使うことが多いですね。





映像というよりも写真をたくさん撮った


竹山……「未知の思い出」は、彼と行くはずだった自動車学校へ一人で通う女の子が主人公です。学校の「卒業」に加えて、失恋から立ち直る「卒業」も描かれていて、「卒業」とは喪失を受け入れることなんだと思いました。

きらら……自動車学校を卒業して免許を取ることで、どこか遠くへと行ける自由を獲得するというのも、学生らしい「卒業」ですね。

加藤……24歳くらいの時に自動車の免許を取りに行ったのですが、本当につらくて、生まれて初めて、登校拒否になったんです。おなかが痛くなるような。試験に落ち続けて、これは何か作品にして元を取らなくちゃいけないと(笑)。「卒業」をテーマにすると決めた時に、自動車学校のことは必ず入れたかったです。

竹山……「スタートラインすら遠く」では、想いを寄せている人に妹扱いされてしまう女の子の姿が印象的でした。いい人過ぎる彼は、彼女の気持ちに気づいていないんでしょうか。

高橋……もし気づいていないとしたら、彼は鈍感すぎますよね(笑)。どちらを想像して読むかで、自分の恋愛観も見えてくるような気がしました。

加藤……そのあたりのことは、私もわからないまま書いています。この短編集では、瞬間を切り取った感じがしていて、映像というよりも写真をたくさん撮った感じです。
この短編のシチュエーション設定は、わたしが少女漫画をずっと好きで読みつづけてきたことも、ひょっとすると影響しているかもしれません。

きらら……「三月に泣く」も高校時代の先生に恋をする様子が、少女漫画的でいいですよね。「先生のきれいな手が好き」という女子目線の描写にきゅんとなりました。

加藤……女性って、男性の手を見がちですよね。先生物が好きなので、この短編にも趣味が反映されています。先生との恋愛というシチュエーションも考えたんですが、その一歩先を進んだところから「卒業」を書きたくて、学校ではない場所を選びました。





離婚の話は入れようと決めていた


高橋……母親からの「卒業」を切り取った「母の告白」は、結婚を機に実生活で直面していることだったので、胸につまされて苦しかったです。今まで続けてきた関係性が変わっていく揺らぎがとてもリアルでした。

竹山……母親の再婚相手がいい人そうで、娘とも新しい絆が築けていけそうでよかったです。

加藤……個人的に、母子家庭のお母さんの再婚は、幸せなものであってほしいという気持ちがあります。ダメな男性につかまる小説も読んでいて確かに面白いんですが、自分が書くとこういう形になるんですよね。

高橋……加藤さんが描く母娘物の小説をもっと読んでみたいと思いました。

加藤……ありがとうございます。一見、普通の家庭でも実際は特殊だったりしますし。女友だちとの間でも、父親よりも母親の話になることが多いんです。母と娘の関係にはとても興味があって、今後掘り下げていきたいテーマです。

高橋……再婚の話とは打って変わって「春の雨」では、離婚した男女が再会する話でした。姑の過干渉がどれだけ妻に負担だったか、彼には彼女の苦しみがわからない。でも「もう家族なんだから」というようなことを言う彼は、とっても優しい人ですよね。

加藤……男性を、いつも完全に悪く書ききれない部分があるんです。「卒業」を描いた短編集に離婚の話は一つ入れようと決めていました。今まで離婚の原因を浮気にしがちだったので、それ以外のもので考えていき、嫁姑問題になりました。

高橋……ラストの「一瞬先の未来すら、今はまだ見えない」という言葉が胸に響きました。「いつか雨は止むよ」と彼女を励ましたい気持ちになりました。





初回限定のボーナストラック


竹山……アイドルグループからの「卒業」をファンの視点で語った「にじむオレンジ」も、またひと味違った「卒業」が味わえる短編ですね。ここに出てくるアイドルグループは、ももいろクローバーZを想像して読みました。

加藤……わかりましたか(笑)。架空のアイドルで描いてはいますが、ももクロのライブに行った経験も踏まえています。観客が持っているサイリウムが一斉に光った時、泣きそうになるくらいきれいだったんですよ。
ライブやコンサートに行くと羨ましくなるんです。小説をたくさんの方に読んでいただいても、読書はあくまで個人的に楽しむものなので、一斉に集うことってないじゃないですか(笑)。小説の中であの一体感を書こうとした思い入れがある短編ですね。

竹山……ラストのシーンでは、私、涙ぐんでしまいました。

加藤……そう言っていただけると嬉しいです。私も書きながら、ちょっと泣きそうだったんですよ(笑)。

きらら……団地を舞台に女子高生と小学生の別れを描いた「屋上で会う」は、少し切ないながらも同性から見て羨ましい関係でした。

加藤……私の憧れの関係性を描いたのかもしれません。自分はお姉さん側の存在にはなれないなあと思うんですけど(笑)。
この短編は、「聖ちゃんは不良だ。たぶん」という出だしが気に入っています。あと、団地に憧れがあるんですよね。団地コミュニティって、独特なものがあるじゃないですか。

高橋……小さい頃からみんな知り合いという特殊な空間ですよね。大人が「あの子は不良だから、近づいたらダメ」と言っても、子どもからするとそうは思えなくて、「背中は遠いけど、近くにいるお姉ちゃん的存在」はかっこいいなあと思いました。

竹山……二人はもう出会わないような気がしていたんです。でも、ラストまで読んでまたきっとどこかで二人は出会えるように思えました。

きらら……「引力に逆らって」は、ある出来事から自分たちで「卒業」をつくっちゃおうという発想がよかったです。その「卒業」が逆上がりという、やろうと思えばがんばれそうなこのさじ加減がたまらなかったです。

加藤……私、逆上がりができないんですよ。どこかで逆上がりを入れたいなと思ったのが発端ですね。逆上がりのコツを検索して、描写を加えていくうちに、自分まで逆上がりができるような気がしました(笑)。とても前向きな気持ちになれる話なので、単行本の最後のほうに入れました。ラストの「ニューヨークは遠い」は、初回限定のボーナストラックのような気分で書いたので、実質の最終話は「引力に逆らって」かもしれないです。

高橋……確かに「ニューヨークは遠い」も卒業間近の高校生の片想いが書かれていますが、作品のテイストがこれまでの12編とは少し違っていました。

加藤……映画に出てくるような高校生の片想いや、高校生男子の無邪気さを書きたかったんです。作中にウディ・アレンのフレーズを使っていますが、もともとこの小説を書くきっかけとなったフレーズです。書きはじめてからはあっというまでした。

竹山……彼女の気持ちに全く気がつかない創元は、彼女が傷つくようなことを笑いながら言いますが、この二人の距離感がすごくよかったです。

きらら……ほかにも父親の愛人と出会う「最低のホットケーキ」や、大失恋の相手と再会する「全て」などいろいろな形の「卒業」のシーンを提示されていて、とても多彩な短編集で読み応えがありました。

加藤……「卒業」というテーマで書ききれなかったシチュエーションがたくさんあります。小学校の卒業式や、童貞卒業か処女卒業のどちらかなども入れたかったですね。いつか機会があれば書いてみたいです。

高橋……『その桃は、桃の味しかしない』からすごい勢いで、書かれる小説に磨きがかかっているように感じました。この最新作も文句なしで大好きです。

加藤……ありがとうございます。書店員さんがいるおかげで小説を書けているところがありますので、感謝しかないのですが、書店員さんとはお互い相乗効果でWin‐Winで進んでいければいいなと思っています。

  






(構成/清水志保)



加藤千恵(かとう・ちえ)
1983年北海道生まれ。2001年刊行の処女短歌集『ハッピーアイスクリーム』がベストセラーに。小説も『ハニー ビター ハニー』など精力的に多数発表。ほかに『あとは泣くだけ』などがある。