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 津村記久子『八番筋カウンシル』
  むちゃくちゃにされた家庭の女の子も男の子も、
   やりたいように生きていく話にしたかった。






今年1月に『ポトスライムの船』で第140回芥川賞を受賞したばかりの津村記久子さんが、受賞第一作の書き下ろし『八番筋カウンシル』を上梓した。といっても、構想は2年前からあった。描かれるのは、自身も馴染みのある商店街を舞台にした世代間の対立とその変化。「すごく書きたかったものを書いた」という本書には、新芥川賞作家のさまざまな要素がつまっている。





商店街に住む、30代目前の三人の男女


 小説の新人賞を受賞して会社を辞めたタケヤス、地元に戻り家業の文具店の再開を計画しているヨシズミ、はやく実家から独立したいと思っているOLのホカリ。30歳目前の三人が住むのは大阪、八番筋という商店街。そこでは青年会が「八番筋カウンシル」と名乗って幅を利かせている。近郊に巨大ショッピングモールが建設される計画があることを知って、カウンシルの面々は賛成だの反対だのと騒ぎはじめるのだが……。

「2年前に書き下ろしの依頼をいただいた時は、どんな話にするのか見えていなくて。ただ担当編集者の山田さんと映画の話題で意気投合し、ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』が好きだ、なんていう話をしていたんです。それで、会社帰りに地元の商店街を歩いていた時に、ああ、商店街の『シティ・オブ〜』みたいな話にしよう、と思ったんです」

 といってももちろん、映画のような絶望的な貧困や強奪、ストリートチルドレンが描かれるわけではない。

「日本の話やからあそこまでにはならないけれど、こっちも確かに金持ちの話やないですよね(笑)。映画では根源的な悪であるリトル・ゼがワルそのままに大きくなって、それに無力だけれど対峙する写真家の主人公がいる。三つの年代にわたる話で、私も最初はそうしようと思ったんです。それで小学校の時の話もいれていたんですが、書いている途中でいらんかなと思って、二つに減らしました。タテ糸で『シティ・オブ〜』のように年代を経ていく主人公、ヨコ糸で町を描いたと言えますね」



自分を投影した主人公を軸にした群像劇


 タケヤスたちが中学生だった頃のエピソードをはさみつつ、現在の彼らの日常が綴られる本書。視点人物のタケヤスが新人小説家という設定が著者と重なるが。

「これまでで一番、主人公に同化して書いている小説。男やってことで安心していろいろ書いてしまいましたね。これまでは『ミュージック・ブレス・ユー!!』のトノムラが自分に近かったけれど、今回のタケヤスの人生が自分の人生に一番近いです。まあ、人生というほどの重みはないんですけれど(笑)。誰かに語るのではなく、小説にできたのはよかったと思います」

 そんなタケヤスを中心に、ヨシズミやホカリはもちろん、カウンシルの面々やホカリの従姉妹のカヤナ、かつて町を追われ久々に町に戻ってきたかつての同級生カジオら、実に多くの人物が登場する。

「大きな話を書く時は、何人もの人をどんどん出して、ちょっとずつ関連づけていくのが好き。青年会なんて打ってつけですよね。いろんなおじさんが出てくるし、おじさんにはヨメがおるからどんどん登場人物が増えていく(笑)。もともと一人の大きな事情を書くのは得意ではないんです。一人ひとりが重いものを持っているとは思わない。一人ひとりは軽いんです。ただ、ホカリみたいに苦労して生きている人もおるし、カウンシルの面々やカヤナのようにニュアンスだけで生きている人もいる。ニュアンスだけで幸せになる人もいるかもしれないけれど、私はそうでない人たちのほうが好きやし、そういう人の話を書きたいと思う」



商店街のなかでの世代間対立


 舞台が商店街ということについては――。

「地元にたくさんあったし、おじいちゃんが商店街で店をやっていたんです。そうした状況で暮らしてきたので、やっぱり馴染みが深い。商店街といっても場所によって道の広さも長さもまちまちやし、シャッター商店街だっていつの間にか若い子たちが店をやり始めて、まったく違う形で再生することがある。そこが面白い。それに小売店って、小さいものがいっぱいありますよね。人間の生活を分解しておいてあるような感じがする。商店街でもいろんな店がある、そのいろいろさは人間の多様さそのものであるように思える……と、もっともらしいこと言ってますね(笑)。個人商店主がたくさんいて、全員が食うていくための戦略をもっていて、そのために世代間の対立も生まれている。それも書きたかった」

 対立する関係として描かれるのが、タケヤスらとカウンシルの面々、というわけだ。

「ニュアンスだけ、自分たちの欲望のままで物事を決めているのに何がカウンシルやねんって思う。おじさんたちが居酒屋でああだこうだ言っていることが言い当たる訳がないと思う。おじさんの価値観を疑ってるねーん! ということを1冊かけて言っているようなものです(笑)。あと、おばちゃんは強い、という話でもある」



30歳を目前にして見えてくるもの


 世代間の確執と同時に、家族間での齟齬もある。カウンシルから軽んじられてきたタケヤス、ヨシズミ、ホカリ、そしてカジオは、みな母子家庭で育ったという設定。津村さんも、父親不在の家庭で育っている。

「大人になって、母子家庭ってそんなにいいものじゃないなってわかったんです。20代の半ばくらいまでは、お父さんがいなくても別に自分の力でなんとかなる、って思っていた。でも最近“いや、違う!”と思うようになって。父親の年収で、人生が決定づけられるところがあったとわかってくるんですよ。週刊誌みたいな言い方になりますが、母子家庭は貧困の温床だったな、と。そして、たいていの人は父親と母親がいることを当たり前に思っていて、当たり前のことが欠けている家のことをまともにカウントしない。カウンシルという男ばっかりの単一的な場にいる人たちから見ると、老人と子供とおかんの家というのは家として半人前。それで、いろんなことを押しつけてくる。実際にいろんな理不尽なことを見てきたので、そういう目に遭う人たちを書くために、主人公たちが母子家庭である必要がありました」

 中学生の頃のタケヤスたちは、そうした不条理に呑み込まれるしかなかった。だが、今はちょっと違う。中学生の頃、そして30歳目前の彼らを描いた狙いはここにある。

「30歳くらいになると、上の世代がいかに好き勝手してきたかもわかって、その上でなんとかできるようになる。ここでは、勝手してきた上の世代の象徴がカウンシル。それで、大人たちにいいようにされていた15歳くらいの話と、自分が思うとおりにやっていこうとする30歳前の話が出てくるんです」

立場が上の人間から好き勝手に振り回される、という設定は、これまでも描いてきた。

立場の強い人間はもっともらしいことを言って相手に自分の世界観を刷り込む。例えば『十二月の窓辺』(『ポトスライムの舟』所収)では、上司が“君はよその会社でもうまくやっていけない”みたいなことを主人公に言いますが、あれはほんまの話。でもそんなん勝手に決めつけているだけですよね。最近になって、“あれは本当に辛かった〜”と苦しげに言うのでなく“あ、ウソやったんだ”と冷静に振り返られるようになりました」



意地悪なものを乗り越えていきたい


 また、カウンシルとタケヤスたちの溝は、彼らが中学生時代にあった事件も一因。カウンシルに不穏な噂を広められ、タケヤスらの友人だったカジオとその母、妹が町を追われたのだ。

「噂って、うわーって広がっていく。大学の頃からよく聴いていたステレオフォニックスというイギリスのバンドの曲に「A Thousand?Trees」という歌があるんです。マッチ一本で千本の木が燃えるという意味らしいんですが、詞の内容はというと一人の男が、ある噂が広まって破滅して町を追われるというもの。話のシステムとしてこれを使おうと思っていました」

 もともと音楽好きの津村さん、小説執筆でも英国のバンドの影響を受けているとか。

「イギリスのバンドって労働者階級の歌が多いんです。歌詞がすごい叙述的。若いバンドでも、友達がポン引きにひっかかってカードを使えなくなって……ということを歌っている。そうした音楽を聴いてきたので、それを日本の現実に当てはめているところがある」

 しかし、歌のように救いようのないままエンディングを迎えることはしない。

「意地悪なものを越える話を書きたかったんです。現実の嫌なことを書いて、それを越える話が書きたい。そして、むちゃくちゃにされた家庭の女の子も男の子も、やりたいように生きていく、という話にしたかった」

 例えばカジオは、15年ぶりに商店街に姿を見せる。彼は建設計画が持ち上がっているショッピングモールチェーン会社の社員。力のなかった少年が、カウンシルを揺るがす立場として戻ってきたのだ。

「カジオを最初は『嵐が丘』みたいに復讐する男にしようと思っていたんです。書きながらそれは違うな、と思いはじめて。復讐なのか、仕事に邁進しているだけなのか。普段は書く前にプロットを考えて書くほうなんですが、カジオに関しては最後近くになるまで決まらず、保留しながら書いていました」



不在だった父親への思い


 また、タケヤスの心をざわめかせる出来事も起きる。近所で彼の父親を見た、という情報が耳に入ってくるのだ。

「今回父親のことは、便宜上出したようなところがあって。1ピースにしかすぎないんです。22、23歳やったらもっと複雑な気持ちはあるかもしれないけれど、30歳になったらもう自分の家が不利だってことも、それを今さら変えられないってことも分かっている。必要以上に恨んでもしょうがない。私自身もテレビで消息不明だった父親との感動の再会なんていうのをやっていると、なんで会いたいんやろうって思うし」

 血のつながり、血の絆。そうしたものに津村さんは懐疑的だ。

「私の人生から一番大きなテーマを引き出すとしたら、“お父さん”だったんです。でも、書いてみたら大したことがなかった。父親がいないというのが、すごい不利やったいうことも、貧困の温床ということもわかって、それでもそれを越えることができる、ということも書きながらわかったんですよ」

 地域の中の軋轢から、血縁というものについてまで、著者の言うとおり、さまざまな要素が詰まった本作。

「ここですごい怨嗟を書いたので、これからはこの話から怨念を抜いたような小説を書いていくのかな(笑)。私はひとつの小説を書いて、それを分解して次の小説を書いているところがあるんです。デビュー作である『君は永遠にそいつらより若い』を分解したのが『ミュージック・ブレス・ユー!!』と『八番筋カウンシル』。これからは『八番筋〜』を分解したような小説を書いていくのかな。今回の小説で後悔している点があるとすれば、カウンシルの一店一店のことをきちんと書けていないこと。商店街というテーマはしつこく持ち続けたい。今回書けなかったことを、いっぱい書いていきたいですね」



(文・取材/瀧井朝世)



津村記久子(つむら・きくこ)
 一九七八年大阪生まれ。大谷大学文学部国際文化学科卒業。二〇〇五年『君は永遠にそいつらより若い』で第21回太宰治賞を受賞し、デビュー。『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞を受賞、『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞を受賞。他の作品に『カソウスキの行方』『婚礼、葬礼、その他』などがある。