アンケート

「全国書店員さん座談会」では地方特有の書店事情から「直木・芥川賞」のノミネート作品などそのときどきの旬なテーマで自由に語ってもらっています。覆面座談会なので爆弾発言が飛び出すことも! 本誌の書店員さん似顔絵は、はまのゆかさんが描いていてとっても好評です。
2008年
・ 09月号
・ 03月号
2007年
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第139回芥川賞は楊逸さんの『時が滲む朝』、直木賞は井上荒野さんの『切羽へ』が受賞した。楊さんが初の日本語以外の言語を母語とする芥川賞受賞として話題をさらったが、今回の結果は、書店員さんたちにはどのように映ったのだろうか。

Aさん 東京近郊の書店で、文芸書を担当する書店員。自店の客層を見極めた丁寧な棚づくりに定評がある。

Bさん 某取次会社に勤務。日々、たくさんの小説を読み、書店さんに仕掛け本の提案をし、多くの実績を残す。

Cさん 都心の大型書店で、小説本担当の書店員。女性らしい感性で作品を読み込み、店頭の展開に生かす。


第139回芥川賞ノミネート作品
第139回 直木賞ノミネート作品
磯崎憲一郎 『眼と太陽』
岡崎祥久 『ctの深い川の町』
小野正嗣 『マイクロバス』
木村紅美 『月食の日』
津村記久子 『婚礼、葬礼、その他』
羽田圭介 『走ル』
楊逸 『時が滲む朝』
井上荒野 『切羽へ』
荻原浩 『愛しの座敷わらし』
新野剛志 『あぽやん』
三崎亜記 『鼓笛隊の襲来』
山本兼一 『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』
和田竜 『のぼうの城』

津村記久子さんはいつか芥川賞の枠を超えてしまう

Aさん……今回の芥川賞は楊逸さんが受賞されましたが、みなさんの予想どおりだったのではないでしょうか?

Bさん……ノミネートされた方のなかで楊さんが一番センセーショナルな存在でした。

Cさん……日本で身につけた卓越した言語能力と、元来、楊さんが持つパワフルで温かい感性が見事に融合した作品でした。

Bさん……磯崎憲一郎さんの『眼と太陽』が最後まで楊さんと競っていたと聞いて、びっくりしました。小説の内容はさておき、「このアメリカ女性はそんなにいい女なのか?」と。男女の心の襞はわからないことだらけ(笑)。

Aさん……磯崎さんの作品は台詞の言い回しに魅力的な部分はありましたが、『肝心の子供』の印象が強すぎて、見劣りする感じがしました。

Cさん……書き出しはよかったけれど、その後乗って読めなかった。改行が少ないところなどは個人的には好きです。

Aさ……岡崎祥久さんの『ctの深い川の町』は、これまでの岡崎さんの作品よりさくさく読め、登場人物も魅力的。でも岡崎さんはもう中堅作家と思っていたので、ノミネートされたことにまず驚きましたね。

Bさん……タクシー運転手の制服(ビロード風の上着と白いフリルのシャツ)という描写が頭から離れず、作品はとても好印象でした。

Cさん……小野正嗣さんの『マイクロバス』は現代的な作品で、もっとも芥川賞候補作品らしかったです。

Bさん……主人公視点に立った時の、何とも言えない気持ち悪さと不安感は独特でしたね。

Aさん……そう。でもこれが受賞したら、本の売り上げは一番見込めそうにないです。小野さんの『にぎやかな湾に背負われた船』が好きなので、もっと売れてくれればと思っています。

Cさん……木村紅美さんの『月食の日』は、楽しめました。盲目の主人公の失恋など、心の動きがじんわりと伝わってくる。木村さんは今後若い女性に人気が出てくるのではないかしら。

Aさん……『走ル』の羽田圭介さんは、本物の新人枠ということでしょうか。でもこれだけ中堅作家に囲まれると、やはり見劣りがしますね……。

Cさん……近藤史恵さんの『サクリファイス』など今年は自転車小説が熱いので、この作品が受賞すれば盛り上がるだろうなとは思いましたが。

Bさん……『婚礼、葬礼、その他』の津村記久子さんは、前回候補作の『カソウスキの行方』も面白かったので、期待していました。津村さんはこのままいくといつか芥川賞の枠を超えてしまいそう。

Aさん……もし楊さんの作品がなければ、津村さんがとっていたかもしれませんね。直木賞にノミネートされれば、すぐにでも受賞しそうな気さえします。

Cさんv津村さんを含めガールズばかりですが、今後は継続的に面白い作品を発表している山崎ナオコーラさんと本谷有希子さんが有力候補になりそうですね。



井上荒野さんの小説はどんどん売れてほしい


Bさん……直木賞は、もう散々話題になってるけど、本屋大賞にも輝いた伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』が舞台にいなかったのが寂しいですね。

Aさん……伊坂さんが辞退したのが本当ならば、本命が抜けたレースということかな。

Cさん……正直、本命がわからず、該当作なしもあるかもしれないと思っていました。

Aさん……荻原浩さんの『愛しの座敷わらし』は、予想通りの展開が逆に新鮮でした。

Bさん……妖怪小説なのか家族小説なのか……。やっぱり『明日の記憶』でとれなかったのが、今更ながら勿体ないです。

Cさん……三崎亜記さんの『鼓笛隊の襲来』は読者層が見えやすい話でした。でもこの作品で直木賞はどうでしょう。

Aさん……やはりデビュー作の『となり町戦争』が衝撃的だっただけに、ご本人もこの作品では受賞したくないのでは?

Bさん……新野剛志さんの『あぽやん』は、作品自体は面白かったけれど、突出するまでには至らずという感じでした。

Cさん……非常に読みやすいし、売りやすい作品ですが、受賞作品にしては軽すぎる気がします。

Bさん……山本兼一さんの『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』は、これまでの山本さんの作品とは趣のがらっと変わった作品。でもやっぱり『火天の城』や『いっしん虎撤』のような正統派歴史小説でとらせてあげたいですよね。

Aさん……舞台が京都というだけで、時代小説に興味がない読者にも受け入れやすい気はします。

Bさん……同じ時代小説でも和田竜さんの『のぼうの城』は、時代小説というジャンルに新しい読者をどんどん引き込んでいます。ただ小説デビュー作なので、そのあたりが微妙でしたね。

Aさん……すでにベストセラーになっていて、魅力的な作品であることは読者が証明しています。エンターテインメント性ではピカイチでした。

Cさん……もしこれがとっていたら、日本の小説の世界も変わったでしょうね。

Bさん……受賞された井上荒野さんの『切羽へ』は、男女で読後感が少し違うかもしれませんね。

Aさん……どうしても主人公の女性が好きになれないのは私だけでしょうか?(笑)でも井上さんにとっては自身の最良の作品で選ばれたという感じがします。

Cさん……井上さんは全ての作品に色気がある。受賞を機に井上さん作品がどんどん読まれると嬉しいです。

Bさん……こうなったらとにかく売れに売れて、できれば既婚者たちの感想を聞いてみたいです。



(構成/松田美穂)

 




第138回の芥川賞は川上未映子さんの「乳と卵」、また直木賞はライトノベル出身の桜庭一樹さんの『私の男』が受賞した。近年にない下馬評どおりの受賞だったが、一部には何故この作家がノミネートされていないのかが疑問という声もあり、芥川賞・直木賞をめぐる議論は白熱した。

Aさん 郊外の書店で、文芸書担当の書店員。気に入った小説を自店のロングセラーにする手腕の持ち主。

Bさん お薦め小説を発掘するため、市場の動向に敏感。書店員からの信頼も厚い。都内の取次会社に勤務。

Cさん 都内の大型書店で、小説本を担当する書店員。昨今の純文学に詳しく、感性豊かに小説を読み解く。

第138回芥川賞ノミネート作品
第138回 直木賞ノミネート作品
川上未映子 「乳と卵」
田中慎弥 「切れた鎖」
津村記久子 「カソウスキの行方」
中山智幸 「空で歌う」
山崎ナオコーラ 「カツラ美容室別室」
楊 逸 「ワンちゃん」
井上荒野 『ベーコン』
黒川博行 『悪果』
古処誠二 『敵影』
桜庭一樹 『私の男』
佐々木譲 『警官の血』
馳 星周 『約束の地で』

芥川賞はソリッドなものを求められている

Aさん……今回は芥川賞も直木賞も予想どおりの結果でしたね。芥川賞を受賞した川上未映子さんはヴィジュアルもよく、書店としては売りやすいタイプです。ひさしぶりに受賞作の単行本発売前から、お客様からの問い合わせがたくさんありました。

Bさん……私は男性目線に近い感じで作品を読んだので、「こんなことをぐだぐだと書かなくても……」と思いましたが、小説としてきちんと起承転結もあって好印象でした。

Cさん……子宮のことばかり考えているから、とても面白く読めました。川上さんはミュージシャンだけあって文体のリズム感がいい。

Aさん……個人的には津村記久子さんの「カソウスキの行方」もよかったですね。津村さんにはそのうち芥川賞をとってほしいなと思いました。

Bさん……太宰治賞を受賞した『君は永遠にそいつらより若い』よりも、ノミネート作品は格段に面白かったです。

Cさん……私は楊逸さんの「ワンちゃん」がよかった。中国人作家ということで話題が先行していたけれど、社会的な内容も文学的に書かれていました。

Aさん……日本語が母国語ではない人が書いたから、受賞へのハードルが高かったのかな。中国人の書き手ならではの「何か」をもっと期待されているようにも思います。

Bさん……中山智幸さんの「空で歌う」はこれまたベタなテーマで書かれていましたね。

Cさん……もっと素敵な話かと思ったら、ラストにはびっくり。もうちょっとなんとかならないかな。田中慎弥さんの「切れた鎖」は宗教色が強くて読みづらかったなあ。

Bさん……西村賢太さんはノミネート作のなかでは異様な存在感を放っていましたね(笑)。女性が読むと嫌悪感を抱く人も多い気がしますけど。

Aさん……ちょっとイラッときますよね(笑)。「小銭をかぞえる」というタイトルどおり、いっつも小銭を数えている登場人物で、西村さんの徹底ぶりはある意味えらいなあ。

Cさん……「よっ、西村賢太!」って感じの作品。もうこのままの作風で書き続けてほしいです。

Bさん……西村さんは、ワーキングプア小説という一ジャンルを築いてみるといいかもしれません。

Cさん……山崎ナオコーラさんの「カツラ美容室別室」はタイトルも設定も素晴らしかったし、男女の友情が成立するのかというテーマもきちんと描かれていて面白かった。

Aさん……ナオコーラさんは『人のセックスを笑うな』が映画化もされて、もう十分売れている作家ですよね。

Bさん……ナオコーラさんは芥川賞に何度もノミネートされて受賞した絲山秋子さんと、作家としての傾向が似ているかも。でもナオコーラさんはむしろこのまま直木賞をもらってもいいような気がします。



直木賞はノミネート漏れしている作品がある


Bさん……今回のノミネートされた作家のなかで、まず驚いたのが、馳星周さん。

Cさん……『約束の地で』は短篇集だし、どうしていままたノミネートされたの?

Aさん……いつもの作風と違うから、これなら直木賞の候補になれるということなのかな。井上荒野さんの『ベーコン』はとってもよかったけど、これも短篇集だし、ノミネート作のなかでは、少し軽い印象の作品でした。

Bさん……黒川博行さんの『悪果』も素晴らしかったけど、ノアール小説が直木賞にノミネートされること自体、珍しいことだよね。

Cさん……中高年の男性読者に受けがいいテーマの『悪果』で受賞したら、ファンも多い黒川さんはさらに売れると思った。

Aさん……佐々木譲さんは昨年末にミステリの各賞が発表された段階で売れていました。ただ『警官の血』はちょっと長いんですよね。

Bさん……ほんと文句をつけるとしたら、長いってことだけ。ゾクゾクする展開で、ミステリ小説としては最高傑作に入るものです。ただ佐々木さんのようなベテラン作家をいまさら直木賞の候補にしてきちんと評価できるのかな。

Cさん……選考会でも黒川さんと佐々木さんは票が割れて相撃ちになったようですね。

Aさん……『敵影』の古処誠二さんは「戦争」をテーマにこれだけ書き続けられるのはすごい。

Bさん……極限状態に追い詰められた人間を描きたいのはわかるけど、もう他の作品との違いがわからなくなってきている。

Aさん……こうやって見ていくと、今回の直木賞はノミネートの段階から桜庭一樹さんしか選べないようなラインナップですね。

Cさん……『私の男』は去年一番印象に残った作品。官能的な部分も巧みで、文句なしに面白かった。

Bさん……桜庭さんは日本推理作家協会賞を受賞した『赤朽葉家の伝説』あたりから、大人の男性読者も増えているから、この『私の男』ではそういう人たちが別の妄想をしそう(笑)。

Aさん……今回は時代小説がひとつもノミネートされなかったし、ノミネート漏れしている作品もあるように思います。松本清張賞を受賞した葉室麟さんの『銀漢の賦』は面白かったのになあ。

Bさん……井上さんがノミネートされるなら、大島真寿美さんあたりがノミネートされてもおかしくなかったです。

Aさん……ロードレースというマイナーなスポーツを読み応えのある作品に仕上げた近藤史恵さんの『サクリファイス』も外れてますし。

Cさん……外れているといえば、伊坂幸太郎さん。

Bさん……私は「よくぞ、外してくれた!」と思いましたけど(笑)。

Aさん……今回ノミネートに入らなかったことで、「伊坂さんに本屋大賞を!」と熱を入れる書店員がさらに増えると思いますね(笑)。



(構成/松田美穂)

 



第137回芥川賞は、諏訪哲史さんのデビュー作「アサッテの人」が受賞。また直木賞は、すでにその実力に定評のあった松井今朝子さんが『吉原手引草』で受賞した。いまの小説のトレンドも含め、読者に本を届ける現場の視点から今回の「芥川・直木」を語ってもらった。

Aさん 市場を鋭く分析したうえで、自ら発掘した小説を売り出す企画力に定評。取次会社に勤務

Bさん 全国チェーン展開する書店で小説本を担当。多くの小説をカバーする日々の読書量は圧巻

Cさん 都内大型書店の文芸書担当書店員。女性の視点から純文学を読み解き、独自の見解を持つ


第137回芥川賞ノミネート作品
第137回 直木賞ノミネート作品
憑依円城 塔 「オブ・ザ・ベースボール」
川上未映子 「わたくし率 イン 歯―、または世界」
柴崎友香 「主題歌」
諏訪哲史 「アサッテの人」
前田司郎 「グレート生活アドベンチャー」
松井雪子 「アウラ アウラ」
北村 薫 『玻璃の天』
桜庭一樹 『赤朽葉家の伝説』
畠中 恵 『まんまこと』
万城目学 『鹿男あをによし』
松井今朝子 『吉原手引草』
三田 完 『俳風三麗花』
森見登美彦 『夜は短し歩けよ乙女』
芥川賞ノミネート作はどれもアバンギャルド

Aさん……今回の芥川賞には「早稲田文学0」という雑誌から川上未映子さんがノミネートされていますね。

Bさん……「早稲田文学0」からノミネートされるなんて、素晴らしい出来事ですね。

Cさん……川上さんは歌手でもあるんですよね。選評によると、次点が川上さんと円城塔さん。私は円城さんが受賞すると予想してました。

A、Bさん……私も円城さんだと思ってた。

Aさん……円城さんは肯定的な意味で、作風がだれかに似てますね。星新一さんが書くと、もっとコンパクトに面白くなる気もしましたけど。

Bさん……確かに、長く単調な文章が読みにくい印象を与えるけど、今後円城さんは伸びてくると思います。

Cさん……柴崎友香さんの「主題歌」はちょっと疑問符がつく。同棲中の彼がいて、仕事があるふつうのOLに女子として悩みがあるの? とつっこみたくなる。

Aさん……そこに文学はあるのか? ってことだよね。

Bさん……私は関西カルチャーが苦手(笑)。柴崎さんは関西のほうがウケるよね。

Aさん……前田司郎さんの「グレート生活アドベンチャー」は、引きこもりの主人公が、狭いなかでさらに狭く生きている姿に共感できた。

Bさん……でも、こんな男はいらないよね。妹の死に深い意味がなかったのが残念。

Cさん……私はもっと前衛的に書いてほしいな。底辺にいる人間を書いたら、中原昌也さんのほうが面白いもん。でもこの主人公をオダギリジョーで想像するといいよね。

Bさん……そういう描写はなかったよ(笑)。

Aさん……確かにオダジョーがパスタ並べてたら、かわいいけどね(笑)。

Cさん……松井雪子さんの「アウラ アウラ」は、どうなの、これ? 

Bさん……余命幾ばくもない好きな人の生きる力になるようにと「妊娠した」と告げるなんて、献身的な女性だよね。

A、Cさん……いや、それ、こわいでしょ(笑)。

Aさん……確かにドラマ性はあるけどね。でも男性の選考委員にはたぶんわからないのでは……。

Cさん……もう負け犬女は想像妊娠で満足しちゃえって話だよ(笑)。そう考えると、今回のノミネート作はどれもアバンギャルド。

Aさん……芥川賞というくらいだから、これくらいインパクトがあったほうがいいよ。

Cさん……受賞作の諏訪哲史さんの「アサッテの人」だって相当おかしいよね? これを日本中の人がわかるかどうか……。

Bさん……それでも芥川賞は、はっとするような人を選んでいってほしいなあ。



森見さん、万城目さんは若い男性の読者に人気


Aさん……今回直木賞にノミネートされたことで、初めて三田完さんを知りました。

Cさん……今回の直木賞を語るうえで、三田さんはキモだよね。

Bさん……うちの書店ではノミネート前からじわじわと売れてたの。帯の惹句がいい。

Cさん……「句会小説」っていうのがね。ただ本のつくりが自費出版っぽい(笑)。

Aさん……北村薫さんを落とすわけにいかないと思っていたので、私は北村さんと松井今朝子さんとのダブル受賞だと予想してました。

Bさん……松井さんはノミネートされる前から書評などに取り上げられて、評判がよかった。

Aさん……大の北村ファンとしては、今回の落選はショック。それに、北村さん、松井さん以外、ちょっと若すぎませんか?

Bさん……著作が少なかったり、書いている内容が若かったり。直木賞は新人賞ではなく、名誉賞のはず。名誉賞にふさわしい人に あげないと、直木賞の位置づけがわからなくなりそう。

Cさん……桜庭一樹さん、畠中恵さん、万城目学さん、森見登美彦さんは作風がライトすぎると思うなあ。

Aさん……桜庭さんの『赤朽葉家の伝説』は第3章の娘の話が他の章と比べてインパクトが弱い気がしました。

Cさん……ずっとあのテンポで書くのは大変かもよ。でも、桜庭さんが受賞したら、セールス的にも期待できそうだった。

Bさん……桜庭さんは新刊『青年のための読書クラブ』も売れてますもんね。

Aさん……畠中さんの『まんまこと』を浅田次郎さんが「わかりづらく、すんなり読めなかった」とコメントしてたけど、これ以上 読みやすい時代小説はないよ。

Bさん……不思議だよね、その感覚。

Aさん……万城目さんは『鹿男あをによし』もいいけど、『鴨川ホルモー』のほうが面白い。それでも、この驚愕ネタがいつまで つづくか……?

Bさん……万城目さんは文章がうまいですよね。そういえば、私、お客さんに「森見さんよりも万城目さんのほうが 読みやすい」と言われたことがありますよ(笑)。

Cさん……森見さん、万城目さんの作品は、とくに若い男性読者が好きと言っていて、これは小説を読む人が増えるいい傾向だと思 う。

Aさん……いろいろ考えると、今回受賞した松井さんが、ノミネート作のなかでは一番納得かな。

Cさん……いま、「吉原」がブームだよね。映画化された安野モヨコさんのコミック『さくらん』など遊郭カルチャー的なものがい まきてる。

Bさん……『吉原手引草』と一緒に宮木あや子さんの『花宵道中』も一緒に売れそうだね。

Aさん……私、『花宵道中』がノミネート作かと勘違いして読んじゃったの(笑)。平凡社別冊太陽の『春画』もこの勢いに乗じて 売れるといいなあ。



(構成/松田美穂)

 



 第136回芥川賞は、青山七恵さんの「ひとり日和」が受賞。いっぽう直木賞は、小普連「芥川・直木賞」座談会始まって以来初の該当作なしという結果となった。青山さんは「窓の灯」で文藝賞を受賞しデビュー、2作目で芥川賞に輝いた。店頭からの視点で今回の「芥川・直木」を語ってもらった。

Aさん 書店と連動した独自企画を立て小説を売り出し、書店員からの信頼も厚い。取次会社勤務

Bさん 日本で有数の品揃えを誇る書店で、サイン会やイベントを成功させてきた小説担当書店員

Cさん 都内大型書店の文芸書担当書店員。個性的なフェアを打ち出し店頭で小説本を推し続けている


第136回 芥川賞ノミネート作品
第136回 直木賞ノミネート作品
青山七恵 「ひとり日和」
佐川光晴 「家族の肖像」
柴崎友香 「その街の今は」
田中慎弥 「図書準備室」
星野智幸 「植物診断室」
池井戸潤 「空飛ぶタイヤ」
荻原 浩 「四度目の氷河期」
北村 薫 「ひとがた流し」
佐藤多佳子 「一瞬の風になれ(1〜3)」
三崎亜記 「失われた町」

石原慎太郎さんはどこがよかったんだろう

Aさん……時期、芥川賞は女性作家しか取れないのではなんて笑い話まであったけど、そうはいっても男性作家も多くノミネートされていましたね。

Bさん……佐川光晴さんの「家族の肖像」は夫の不倫で悩んだり、暴力で耳が聴こえなくなったりとシリアスな展開。とくにラスト3ページは目が離せない。結局主人公は夫を許したのかな? 

Cさん……絶対あの男はまた同じことを繰り返すよ(笑)。主人公が夫を「許さない」というと、いままであんなに「あんな男はやめなさい!」と反対していた家族が急に引き止めたり、展開がメロドラマのようでわかりやすかった。

Aさん……この作品で賞を取ってたら話題になったかも(笑)。NHKのアナウンサーがどんなふうに作品の要約をするのか聞きたかったなあ。

Bさん……「図書準備室」の田中慎弥さんはスピード感があってよかったよね。

Cさん……読み始めると、一体なにが始まるんだろうって引き込まれる感じだった。

Aさん……これが掲載されたときの誌面をみると行数が多くて真っ黒(笑)。息つく暇もなくて、休ませてもらえないの。

Bさん……私は、星野智幸さんのなかでは読みやすい作品にはいる「植物診断室」が受賞すると予想してました。新しい家族の形が植物を題材にしてうまく描かれてた。

Cさん……明るい方向で終わる話だったし、ここで取れたら起爆剤になってもっと星野さんが売れただろうなあ。

Aさん……作品の完成度が高かったから、受賞を待たずに単行本で発表できてたんだろうね。「その街の今は」の柴崎友香さんは『フルタイムライフ』も面白かったし、エンタメ系の作品が多いから取ってもよかったよね。

Bさん……実は彼女が書く関西弁が受け付けられない。世代が近いのに共感できる部分も少なくて。

Cさん……町の様子がうまく描写されているから、私は言葉に関しては違和感なかったよ。

Aさん……その土地を知っている関西の人のほうがはまる人が多いかもしれないね。

Bさん……今回受賞した青山七恵さんの「ひとり日和」はどこが話の盛り上がりなのかわからなかった。主人公はどうしてあんなに簡単に人と別れられたのかな?

Cさん……付き合うときもわりとあっさりでしたしね。面白くなかったわけじゃないけど、この中でなんでこれが受賞なの? って感じでした。

Aさん……一緒に暮らしていたお祖母ちゃんに主人公が女として嫉妬するところは面白かったよね。

Bさん……主人公より魅力的なお祖母ちゃんをもっと描いたほうがよかったよ。主人公に感情がないし、温度が低い。石原慎太郎さんが大絶賛だったらしいけど、どこがよかったんだろうね。

Cさん…….税金払ってくれそうな主人公の雰囲気かな(笑)。

Aさん……東京都が舞台だからじゃない? 大阪には取らせん! みたいなね(笑)。



直木賞は北村薫さんと白石一文さん


Aさん……今回直木賞は該当作なしだったけど、名誉賞として北村薫さんだよね。『ひとがた流し』は40〜50代の女性に真剣に読んでほしいなあ。営業的な見地からも受賞して売れる本が多いし、いまから『スキップ』を読んでもみんな感動してくれると思う。

Bさん…….私は芥川賞が該当作なしで、直木賞が北村さんと白石一文さんのダブル受賞かなと思ってた。

Cさん……私も北村さんか白石さんのどちらかだと予想したけど、白石さんが『どれくらいの愛情』で受賞するのはちょっと……。

Bさん……三崎亜記さんの『失われた町』は読んだのに全然記憶に残ってないの。どうしてだろ?

Cさん……よくいつもネタが思いつくなあって思うよね。

Aさん…….発想力がすごいから毎回ネタに驚くけど、話全体のサプライズは少ないからなあ。

Bさん……最近本を読みはじめた人たちには三崎さんの文体は新しく感じられると思うけど。

Aさん……たしかに三崎さんが『となり町戦争』で出てきたときは、ふたたび「小説すばる」という小説誌に光が当たった感じはしましたね。

Cさん……『四度目の氷河期』の荻原浩さんはまだまだ書ける人だし、文庫もどんどん売れてきているから、そのうち直木賞を取れるはず。

Aさん…….池井戸潤さんの『空飛ぶタイヤ』は実際にあった事件を題材にしているせいか、フィクションとは思えないんだよね。経済小説がノミネートされるのも珍しい。

Bさん……ノミネートに関していえば、三巻モノが受賞することはないといわれているのに佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』が入るのはおかしいよ。

Cさん……それでも書店員としてはこれが受賞したら嬉しかった。本屋大賞にもノミネートされているから、長く店頭で動きつづけるだろうし。

Aさん……今回森博嗣さんが『少し変わった子あります』でノミネートされるかなと思った。いままでの作品とガラッと雰囲気が違うんだよ。

Bさん……私は川上弘美さんの『真鶴』。でも芥川賞を取っているから直木賞に相応しい作品でも受賞できないのかな。

Cさん……そうなると小川洋子さんの『ミーナの行進』も無理。でも本屋大賞は一度受賞した小川さんもノミネートされているからいいよね。

Aさん……今月刊行した綿矢りささんの『夢を与える』もすごくよかったのに、今後ノミネートすらされないなんてもったいないことだよ。




(構成/松田美穂)

 



 第135回芥川賞は、前回、前々回と連続して候補になっていた伊藤たかみさんが受賞し、また直木賞は「きらら」の書店員さん対談にも出ていただいた森絵都さんと三浦しをんさんのダブル受賞となった。今回の芥川賞・直木賞について、ノミネート作も含め、本を売る現場の書店員さんの目で語ってもらった。

Aさん 都内ビジネス街大型書店でお客様の好みに合う小説を薦めるブックアドバイザーを務める

Bさん ファミリー層も多い郊外の書店で働き、子供向けの児童書から小説までを受け持っている

Cさん 大型チェーンの書店で、単行本から文庫まで担当。独自の視点で小説を読み解き、版元などからも厚い信頼を寄せられている書店員。 

伊藤たかみさんは幸せな受賞だと思う

きらら........まずは芥川賞からお話をお願いします。

Aさん……「ナンバーワン・コンストラクション」の鹿島田真希さんは面白かったし、よくできている作品だったね。まだブレイクしていない作家さんだけど『60度の愛』もよかったし、書店受けはいい人だよ。

Bさん……私はもともと鹿島田さんの作品が好き。ただ鹿島田さんの作品を何冊か続けて読むと、頭が痛くなるの(笑)。鹿島田さんは毎回テーマが同じで、この作品も基本的な主題は外れていない印象だよね。

Cさん……鹿島田さんは作品で描きたいものが明確にあるから難しいところもあるよ。本谷有希子さんはいままでの作品とちょっと違ってたね。

Aさん……本谷さんの作品は小説というよりも戯曲に思えてしまうかな。松尾スズキさんもそうだけど、やっぱり演劇の人だから。

Bさん……それがよさでもあるんだけど。まだ小説家として彼女を知っている読者は少ないから、有名になるきっかけとして話題がほしいよね。本谷さんはビジュアルもいいから、もし今回芥川賞取ってたら売れてたと思うなあ。

Cさん……本谷さん、若くてかわいいもんね。そういえば今回ノミネートされた作家さんは島本理生さんを始めまだ若い人が多いね。

Aさん……島本さんの「大きな熊が来る前に、おやすみ。」はいままでより一歩踏み込んで書かれていたけど、島本さんは『ナラタージュ』からエンターテインメント路線だし、長篇作品で直木賞を取るほうがいいよ。

Cさん……彼女がこれから書きたいテーマがどんなものかわからないけど、大衆小説として直木賞向きかもしれない。中原昌也さんはほかのノミネート作品と比べて明らかに空気が違った(笑)。

Aさん……当たり前だよ(笑)。私は中原さんに取ってもらって「中原昌也」祭りをやりたかったな。

Bさん……でも芥川賞よりも三島由紀夫賞の雰囲気が中原さんには合っているよ。今回受賞した伊藤たかみさんは、文章がきれいで、よくまとまった話だったね。

Cさん……キャラクターもよかったし、会話のテンポがよくて読みやすかった。伊藤さんのいままでの作品の中で一番レベルが高いと思う。

Bさん……伊藤さんの作品からベストを選ぶ「伊藤たかみ」賞があるなら、絶対これだよ(笑)。

Aさん……「離婚」というテーマがちゃんとあって、純文学に近いもんね。前回の絲山秋子さんの「沖で待つ」のように誰でも読める一番まともな作品。「八月の路上に捨てる」というタイトルとも合う8月に出版されるし、売れそう。

Cさん……最近の芥川賞は賞を取ってもあまり売れ行きが変わらないけど、今回の伊藤さんは売れそうだから、一番幸せになれそうだね。



今回のダブル受賞は予想できたけど


きらら........では次は直木賞をお願いします。

Bさん……ノミネートが発表されてから事前に売れたのは、古処誠二さんの『遮断』と貫井徳郎さんの『愚行録』。『愚行録』はどんどん転落していっちゃう人たちの話で、この黒い装丁もいい。

Aさん……古処さんは軍事モノが好きな人にはお薦め。貫井さんのようなこういうがつがつ<~ステリが直木賞にノミネートされるのはいいことだよね。

Cさん……「ミステリも、直木賞いけるじゃん!」って、この賞自体の間口が広がるよ。宇月原晴明さんは、山本周五郎賞を取ったから直木賞はないと踏んでた(笑)。でもそろそろ時代小説が取ってほしい気もするよね。

Aさん……単独で受賞だったらこれが一番面白いとは思ったなあ。読んで一番よかったのは森絵都さんの『風に舞いあがるビニールシート』。女の子には泣かせる小説だよね。中年層の人にも読める感じで書かれていて、一番読者層が広い。

Cさん……森さんはキャリア的に直木賞を取っていいけど、『いつかパラソルの下で』で児童文学から離れて、今後を模索中なのに……。

Bさん……せっかくこれから方向性を決めていく大事なときだから、賞を取ったことで制約されないといいなあ。いつも直木賞が決まるとこの作品で取るのは違うなと思うけど、三浦しをんさんの『まほろ駅前多田便利軒』もちょっと違うよ。三浦さんは読むたびに新しい挑戦をしてると思えたけど、今回はそれがなかったなあ。

Cさん……ずっと10代から三浦さんを読み続けている一ファンとしては、『私が語りはじめた彼は』で取ってくれたほうがよかったよ。

Bさん……「直木賞を取った小説だから読もう」とこの本を手に取った人がどう思うかも心配だよ。

Aさん……今回の直木賞のノミネートをみたとき、森さんが取ると最初から思ってたから、ダブル受賞でくるだろうとは予想してたよね(笑)。

Bさん……それはみんな思ってた(笑)。ようやく伊坂さんが取ると思ってたんだけど。

Cさん……前回の『死神の精度』も今回の『砂漠』も落ちたから、伊坂さんはもう直木賞のノミネートを辞退しちゃうかも……。伊坂さんの作品は常にステップアップしているし、なにを読んでも面白いのに、かわいそうだよね。

Aさん……いったいどんな作品を書いたら受賞させてもらえるのか、教えてほしいよ。

Bさん……「作家」賞があったら、伊坂さんで決まり。もし次に直木賞にノミネートされたら、全部の作品が面白い伊坂さんに取ってほしいね。




(構成/松田美穂)

 



 第134回の「芥川賞」「直木賞」にはそれぞれ絲山秋子さんと東野圭吾さんが選ばれました。書店員さんから見てこの二人の受賞はどうだったのか。ほかのノミネート作も含めて忌憚なく語ってもらいました。

Aさん 郊外の書店に勤務する書店員。作家の著作の傾向を把握して、その良さを語れるのはさすが。店頭で愛情を込めて推薦し続けている。

Bさん 豊富な品揃えを誇る書店で小説本を担当している。幅広いジャンルの小説を読みこなす読書量には脱帽する。女性作家にとくに詳しい。

Cさん 大型チェーンの書店で、単行本から文庫まで担当。独自の視点で小説を読み解き、版元などからも厚い信頼を寄せられている書店員。 

絲山さんはいまの女性作家で一番将来が楽しみ

Aさん……今回の芥川賞ノミネート作はどれも面白いものが多かったですね。ただ正直な話、売るのは難しいと思うものも多かったです。

Bさん……どの作品もすぐ読めちゃいますね。充実はしているけど、ちょっと小さくまとまっている感じがします。

Cさん……どんな人でも楽しく読めるのは、絲山秋子さんと松尾スズキさん。でもみんなに受け入れられるとは限らないモブ・ノリオさんの『介護入門』も芥川賞をとったんだよねぇ。

Bさん……私は、絲山さんと松尾さんのダブル受賞かなと思いましたね。話題づくりでも面白いかなって感じがしましたし。

Cさん……私は、絲山さんと西村賢太さんのダブル受賞だと予想していました。

Bさん……西村さんは、前回、「土の中の子供」で芥川賞を受賞した中村文則さんに、物語の内容ではなく、純文学っぽい雰囲気が似ている感じもありますよね。

Aさん……そう、今回のノミネート作で一番びっくりしたのが、西村さんの作品だったよね(笑)。最近の傾向として、案外こういう人がサクッと賞を持っていくんじゃないかなとは想像したんですけど。絲山さんの「沖で待つ」はこれでいいんだけど、インパクト的に考えるといままでの作品のほうが面白かったと思います。

Cさん……今回は単行本で出たばかりの『ニート』と違って、働く路線なんですよね。この「沖で待つ」は以前芥川賞にもノミネートされた「勤労感謝の日」と一緒に単行本になりますし。この作品の太っちゃんのキャラ、すごい好きなんですよ。読んでいる最中、自分にとっての太っちゃんは誰だろうって考えてました。

Aさん……「相手に秘密を知られてもたいして痛くない関係性ってあるよなぁ」と、私は思いながら読みましたね。

Bさん……この二人には、男女の友達でありながら、相手に値踏みされない安心感がお互いの中にあるような気がしますよね。

Cさん……いまの女性作家さんの中で、絲山さんはいいよね。将来が楽しみ。

Aさん……清水博子さんは過去の作品よりも今回の「vanity」は読みやすいですね。過剰な自意識をぶつけてくるような作品を書く作家さんがいまあまりいないので、けっこう私は好き。

Bさん……私も嫌いじゃないです、こういう作品。周りが受け入れているだけで、主人公はすごく嫌なヤツ。受け入れてもらえていることがすごく幸運なことだと、主人公は全く気づいていないんですよね。

Cさん……そういう人間の嫌なところを嫌な感じに書けるのが、清水さんの魅力なのかもしれないですね。

Aさん……「銀色の翼」の佐川光晴さんは、売りだすタイミングをつくるためにも芥川賞をとってほしいなあ。



西村賢太さんの最初のびっくり感は強烈


Aさん……やっぱり芥川賞に期待するのは、「この人、すごい」と思った瞬間に賞をとることだと思うんです。だから、長嶋有さんが「猛スピードで母は」で芥川賞をとったときは「おおっ!!」って感じました。まだ自分が知ったばかりの作家さんにとってほしいという期待感からいうと、「どうで死ぬ身の一踊り」の西村さんがとるとよかったですね。

Cさん……西村さんのこの作品はヤバいよね(笑)。

Aさん……今回のノミネート作はヤバめの人が出てくる作品が多いけど、西村さんはその中でもヤバさが際立っていました(笑)。

Bさん……西村さん自身の経歴も変わっているし、まだこういうタイプの作家さんがいたんだって、最初のびっくり感は強烈でした。

Cさん……確かにすごく新鮮ですよね。芥川賞っぽい雰囲気もありますし。

Aさん……この作品って私小説なのかな? まるで自分のことを書いているみたいだけど……。

Bさん……主人公は、自分を受け入れない周りはみんな「悪」だと思っているし、そんな自分をちょっと誇りにも思っているんですよね。

Cさん……どこに行っても受け入れられない主人公の男に女がいる。「ダメ男の陰に女あり」なんだなって(笑)。

Aさん……この男と女は、共依存の関係だよ(笑)。ただ西村さんがこの作品で芥川賞をとったら、すごく話題になるとは思うけど、次の作品で同じような内容のものを書いてもそれほど面白くないし、これからどんな作品を出していくのかが難しいところですね。



松尾スズキさんが一番面白かった


Bさん……伊藤たかみさんは、前回の「無花果カレーライス」よりは「ボギー、愛しているか」は面白かったよね。

Cさん……でも今回はちょっと無難な内容かな。

Aさん……伊藤さんは児童向けの作品のほうが私は好き。『ミカ!』やポプラ社から出た『ぎぶそん』がすごくよかったし。大人が読んでいいなあと思うヤングアダルト小説をもっと書いていただきたいです。

Cさん……松尾スズキさんの「クワイエットルームにようこそ」はノミネート作の中で一番面白かったよね。

Bさん……単行本も普通に売れちゃったしね。

Cさん……ただ私自身が「松尾スズキ」という人が書くものに慣れてしまっているので、新たな「松尾ワールド」の作品を読めたと感じたわけではなかったな。

Aさん……この作品は、面白い上に、内容がつらいですよね。「人って自分が傷つけられていても、意外とそのことに気がつかなかったりするんだな」と思いました。「大人計画」もそういうところがあるけど、松尾さんの作品を読むと、なぜかしみじみするんですよ。

Cさん……松尾さんが芥川賞を受賞したらどんなリアクションをするのか、見てみたかった気もしますよね(笑)。松尾さん、このまま小説を書き続けていくのかな。

Aさん……このまま小説を書き続けたら、いずれ芥川賞をとるんじゃないですか? 権威をもった「松尾スズキ」の姿を見てみたいですね(笑)。



東野さんと伊坂さんのダブル受賞がよかった


Cさん……直木賞のノミネート作を見ていくと、初めての単行本でノミネートされた恒川光太郎さんの『夜市』はすごいよね。これを読んだ友達も面白かったって言っていましたよ。

Aさん……恒川さんにはかなり興奮。今後の作品を一刻も早く読みたいです。ホラーだから怖いけど、独特の美学を持った作家だと思いました。

Bさん……この作品は、昔懐かし系のグロホラーって感じで、日本ホラー小説大賞も受賞してますしね。

Aさん……荻原浩さんの『あの日にドライブ』は、『明日の記憶』の感動を求めて読むにはお薦めしませんが、会社にも家にも居場所がない気がする人が読むといいと思います。お父さんに貸してあげたくなるような小説でした。

Cさん……姫野カオルコさんの『ハルカ・エイティ』はよかったよ。

Aさん……この作品は、林真理子さんがお母さんのことを書かれた『本を読む女』に似てません? 私はとくに林さんのファンではないけれど、『ハルカ・エイティ』よりも面白かったです。

Cさん……林さんは『ハルカ・エイティ』のこと、なんて選評したんだろうね。

Bさん……ハルカが老人になるまでに、どうしてそんなにかっこいい人になったのか、いまいちよく掴めなかったよね。

Aさん……ハルカっていう人がよくわからなかったもん。この納得いかない感じが、実録っぽい話になっている気はしたんですけど。

Cさん……姫野さんの作品の中でこれが一番いいかって聞かれたら、確かに違うかな。伊坂幸太郎さんの『死神の精度』はよかったよ。過去の作品の登場人物がここにも出てきて、ゲラで読んだときはすごく嬉しかったです。でも、私は『魔王』のほうが好きだけど(笑)。

Aさん……最後まで読むとさらにいい話なんですよね。この作品自体、すごくいまの感じなんだよなぁ。だから東野さんと伊坂さんのダブル受賞がよかったかなと思いますよ。

Cさん……恩田陸さんの『蒲公英草紙』はシリーズ作品なんですよね。

Aさん……前の『光の帝国』よりも私は好き。ただ恩田さんは、登場人物がどの作品もだいたい似たイメージだから、それがちょっとねぇ……。

Bさん……私は恩田さんのそこが苦手な部分だから、読むのがけっこう大変でした。

Cさん……ずっと恩田さんを読んでいる読者なら、それも心地よいところだと思うんですけどね。もう恩田さんは売れているので、直木賞をとらなくてもやっていける作家さんだよね。

Aさん……今回、『容疑者xの献身』で東野圭吾さんが受賞したけど、うちのお店はちょうど東野さんフェアをやっていたんですよ。『白夜行』のドラマ化とこの受賞で話題が豊富なので、しばらくフェアをやめられません(笑)。

Bさん……『白夜行』、うちもすごく売れています。

Aさん……芥川賞も直木賞も、何度もノミネートされてきた作家さんたちがとってくれたので、もうこれからは気を揉まなくてすむようになるね。ともかくこの二人がとってくれて売り手として安心しました。

(構成/松田美穂)

 




 「きらら」創刊からはや1年半。さまざまなテーマでいまが旬の小説を取り上げてきた小普連座談会ですが、今回は2005年 を振り返るとともに、これから書店の店頭を賑わすであろう作品、今後も売っていきたい作家について語ってもらいました。

Aさん 郊外の大型書店に勤務し、書店員歴8年のうち7年間文芸書を担当。鋭い視点で読み解く小説の書評には誰もが頷く。外国文学が好き 

Bさん ターミナル駅の書店で文庫本を担当する。お客さんの動向から、掘り出しものの小説を見つけ、売り場で大きく展開して、成果を挙げている 

Cさん アルバイトを含めて6年間書店の仕事に携わる、オフィス街にある書店の店長。日本の文学をよく読んでおり、好みの作家を丁寧に売り続ける 

ほうっておいても売れる重松清さん

Aさん……2005年は、2004年の『ハリーポッター』のように、大きく動く本が少なかったので、全体的な書店の売り上げは厳しかったですね。

Bさん……そうですね、とくに文芸書はその前の年より地味だった印象がありますよね。でも逆に、文庫はなんでもありって感じで、岡嶋二人さんの文庫『99%の誘拐』をはじめ、ほんとうによく売れました。

Cさん……本屋大賞を受賞した恩田陸さんの『夜のピクニック』や、直木賞を受賞した角田光代さんの『対岸の彼女』はよく売れました。これらは、世の中でアクションがあって、それから書店が追随する形で小説を売っていくパターン。本屋大賞などの受賞作品は、数字に繋げやすかったし、そういう意味ではそんなに悪くはなかったですね。

Aさん……芥川賞を受賞した『グランド・フィナーレ』の阿部和重さんは、「やっととってくれたなあ」と思いましたけど、前の芥川賞(綿矢りさ『蹴りたい背中』と、金原ひとみ『蛇にピアス』)がすごすぎちゃって、売り上げ的にはかすんでしまいましたよね。

Cさん……そう、作品の内容がよくても、数字と必ずしもリンクしてないんですよね。

Aさん……2005年の上半期でいうと、確実にいい作品を発表されるいわゆる大御所の作品も、話題になりましたよね。山田詠美さんの『風味絶佳』や町田康さんの『告白』とか。

Bさん……文庫だと、重松清さんはほんとうにすごく動きました。今年2月に文庫化された『流星ワゴン』が、気がつけば11月までずっと売れ続けましたし、『疾走』や『きよしこ』も売り上げを伸ばしました。もう重松さんは「ほうっておいても売れる」という印象。単行本で売れたのは、やっぱりリリー・フランキーさんの『東京タワー』かな。

Cさん……ずっとリリーさんを推してきた僕としては、これだけ『東京タワー』が売れちゃうと、正直少し冷める部分もあるんですけど(笑)。でも、種を蒔いてきたものがようやく芽を出してよかったなと報われた気がしました。



注目新人は西加奈子さんと三崎亜記さん


Aさん……2004年は、有名作家さんの出版がいいタイミングで続いて、新人の作家さんが出づらい年でした。でも2005年は逆の流れがきていて、そういう意味では、書店員としてはとてもやりがいがありました。厳密には新人とは言いがたいけど、西加奈子さんの『さくら』とか、よく売れましたね。

Cさん……新人の作家さんで、豊田和真さんの『キャッチアウェーブ』のようなスマッシュヒット的作品がいくつか出てくれると、書店としてはとても有難いですよね。

Aさん……新人の中でも記憶に残っているのは、三崎亜記さんの『となり町戦争』です。過去の小説すばる新人賞のなかでも、この作品は目立って売れたので、ひさびさに「これはやったな」という手応えを感じました。

Bさん……私は文庫ですけど、仙川環さんの『感染』を店頭で推していて、もう1200部以上売っています。きっかけはお客さんの動きだったんです。店頭での反応がよかったので、早速、私も一気読みしてみたら、「ウィルスものでもあり、ミステリーでもあり」という内容で、誰でも読みやすくて、うちの店の客層ととてもよく合っていましたね。

Aさん……この装丁で、ダーンと店頭に並んでいるとインパクトがありますよね。

Bさん……文芸書は厳しかったけど、小栗左多里さんの『ダーリンは外国人』などのコミックエッセイは流行りましたよね。ライトノベルも西尾維新さんをはじめ、すごかったなあ。

Cさん……うちの書店でも、新刊が出ればそれなりにライトノベルは売れていきますが、好きな人が買っていくだけなんじゃないかな。

Aさん……ライトノベルは、ベストセラーにはなかなかならないんだよね。



評判がよかった山本甲士さんの『三丁目の夕日』


Aさん……時代小説はどうでしたか?

Bさん……時代小説の文庫は売れていますよ。時代小説のジャンルに入れていいのかどうかわかりませんが、畠中恵さんの『しゃばけ』はお客さんの反応がいいです。畠中さんは『ぬしさまへ』も文庫化されましたし。いま時代小説は、単行本だとあまり売れないんですよね。

Aさん……そう、加藤廣さんの『信長の棺』が少し動いているような感じで、突出して売れるものがあまりないですね。時代小説の書き手には、佐伯泰英さんのほかにもうひとり、柱となるような作家さんがほしいですよね。

Bさん……2004年に話題になったダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』効果みたいなものは、なかったですか?

Aさん……書店員がそういう流れを繋げられなかったのかもしれないけど、アーヴィング・ウォーレスの『イエスの古文書』のような西洋歴史ミステリーものは売れたかな。どの作品もひとつひとつ読んでみれば面白いけど、「またこのパターンか……」と思うものも多くて、お客さんが食傷気味なのかもしれないですね。

Bさん……これまでは映画化されたものはわりと売れたんですけど、2005年はなんでも売れるわけではなくて、外れるものは外れちゃいましたね。映画のCMが少なくなったせいかな。映画の評判がいいものだと、山本甲士さんの『三丁目の夕日』。ほかの書店員さんからも口コミで伝わってきて、文庫もコミックも巻き込んでやっていけましたが、文芸書はどうでしたか?

Cさん……なんでも映像化とくっつけて、テレビ化や映画化のコーナーをつくって展開しちゃうのは、お客さんにとってはわかりにくいと思うんですよね。その作品が入り口になって、すそ野が広がるという意味では、悪いことではないんですけど……。



もっと売りたい森見登美彦さんと小路幸也さん


きらら........今後書店員としてブレイクしてほしいと思っている作家さんはいらっしゃいますか?

Bさん……うーん、誰だろう? 荻原浩さんはもともと『ハードボイルド・エッグ』が書店員ウケしていたところに、2005年の本屋大賞で2位になった『明日の記憶』が話題になって、またタイミングよく『コールドゲーム』も文庫化されました。もうすっかり荻原さんはブレイクした作家さんになりましたよね。

Aさん……私は森見登美彦さんですね! 『太陽の塔』でデビューされて、「男の妄想や、お笑い系で書く人なのかなぁ」と思っていたら、『四畳半神話大系』で同じネタを使いつつもパラレルワールドを描いていて、「この人は本物だ」と確信しました。まだ単行本化されていない作品も面白いですし、ぜひ2006年は新たな単行本を出してブレイクしてほしいです。

Cさん……僕はもともと好きな作家さんだった奥泉光さんを推していきたいです。奥泉さんの『モーダルな事象』は、僕の中では2005年のベストワンだと思っているくらいですし、文庫になっている『グランド・ミステリー』も併せて、奥泉さんをおすすめしたいですね。

Bさん……私はずっと店頭でおすすめしている折原一さんと柴田よしきさんを来年も広めていきたいです。折原さんは文章がすごくいいので、私は大好きです。浅田次郎さんの『地下鉄に乗って』も、いけそうな気がします。

Cさん……『HEARTBEAT』の小路幸也さんもブレイクしてほしいなあ。小路さんの作品のスケール感には、伊坂幸太郎さん的なところがあって、僕は「ネクスト伊坂」という思いで小路さんを見ていたりするんですよね。

Aさん……あと、三羽省吾さんという作家の名前も挙げておきたいですね。『厭世フレーバー』という作品をひさびさに出されて、三羽さんにもブレイクしてほしいと思っています。

Cさん……僕は、最後に中島らもさん。らもさんは、もう少し作家として評価されるべきだったんじゃないかな。らもさんが亡くなられて、もうこういう小説は読めないと思うと寂しいです。文庫の『ガダラの豚』とか売り続けていきたいですね。

Bさん……私がいま注目している作品は、伊勢佐木すなおさんの『ドロップガールズ』。店頭での動きがいいですよね。日々の中から次のベストセラー作品のヒントを見つける私としては、気になっている小説です。

Aさん……Bさんは、ほかの書店員があまり気がつかない作品をよく拾ってきますよね。

Cさん……以前Bさんが貫井徳郎さんをたくさん売ったときも、すごいと思いましたよ(笑)。

Bさん……私、今日の座談会のために、お店のスタッフに「2006年に売れそうなもの、なにかな?」と聞いてみたら、「そんなもの、わかるわけないだろう」って(笑)。でも、これからも書店員さんウケするような発掘本を探していきたいですね。

(構成/松田美穂)




  今回の芥川賞は中村文則さん(27)の『土の中の子供』、直木賞は朱川湊人さん(42)の『花まんま』が受賞したが、書店という現場で常に小説について考えている書店員の人たちに、「商品」としての側面から受賞作及び候補作を語ってもらった。

Aさん イベントも多く行う大手書店の文芸書担当の書店員。幅広いジャンルの小説を読みこなす

Bさん 郊外にある書店で目新しいフェアを展開するアイデア溢れる書店員。本読みとしても有名

Cさん 都内のターミナル駅前の大型書店で文芸書担当書店員。小説なら単行本・文庫問わず詳しい 

今回の女性作家さんは女性に売りたい

Aさん........ 栗田有起さんは今回の候補作『マルコの夢』よりも以前ノミネートされた『オテル モル』のほうが好き。いまになって『オテル モル』の単行本が売れてますよ。

Bさん........栗田さんの作品は普通に楽しく読めるよね。

Cさん........登場人物がみんな格好良くて、女性の読者ウケしますよ。逆に男の人が読んだらどう思うんだろうね、こういう作品は。

Aさん........危なっかしい感じの人物の描写がいいですよね、栗田さん。最後はどんどんラリッていって、そこが栗田さんワールド。新刊出たら必ず買おうと思いますね。

Bさん........中島たい子さんは『この人と結婚するかも』というタイトルがよかった。

Cさん........作品中で何回も同じフレーズをリフレインするやり方もすごい。

Bさん........ 「恋をする前に結婚を考える」というこの主人公の感情の動きがリアルでした。この感じ方はわかる気がするなあ。でも、せっかくいい話だから寓話風な まま終わってほしかったのに、途中から妙な現実感が出てきてしまって……。

Cさん........そう、五穀米炊いてみたりね。日常の描写や友人関係はリアルでいいけど、100円ショップで買ったグラスでワインを飲むとか、そういうあまり小説の中では味わいたくないシーンが結構あったね。

Aさん........あえて「負け犬」小説に話をもっていかずに、楽しく終わってほしかった。

Bさん........松井雪子さんの『恋蜘蛛』はちょっと候補作品として短かったよね。

Aさん........ 登場人物の男の子は格好良かったかな。全然違う職種だけど、こんな男の子が職場にいたらヤバいよね。前回ノミネートされた『日曜農園』よりはうまくなったと思う。

Bさん........ハマっちゃいけないタイプに惹かれていくというさまが面白かった。こうしてみると今回ノミネートされた女性作家さんの作品はどれもすんなり楽しく読めましたね。

Aさん........単行本になったらぜひ女性読者に向けて売りたい作品ばかりですよね。




中村文則さんは売りにくい

Aさん........『小鳥の母』の楠見朋彦さんはいままでの作品が面白かったから期待していたけど、結局家はどうなったの? とか、今作は「えっ?」と思う部分が多かったね。

Cさん........ちょっとまだ筆力がないかもしれない。

Bさん........伊藤たかみさんの『無花果カレーライス』は幼少期に親の虐待が原因で人間関係がうまくとれない人の話だけど、ちょっと中途半端だよね。

Aさん........要らないエピソードもあったよ。いろんな要素を盛り込んだ割に、内容の浅い小説になっちゃった。

Bさん........相手の人もすごく嫌なヤツという思われ方をしてるけど、そんなにいうほど嫌なヤツでもなくて。

Aさん........もっとアクの強い人物が出てきてほしかったね。

Cさん........今回受賞作となった中村文則さんの『土の中の子供』は本としてはそんなに厚くないけれど、エピソードが多すぎる。

Aさん........エピソード自体が昭和風というか、暴力シーンの書き方もいま読んでいて古い感じ。まあ、そこがいいのかもしれないけど。

Bさん........こんなに若い作家さんだなんて、実は写真を見てびっくりしました(笑)。いままでの作品も若い人ではないと思って読んでいて、作品も昔の文学って感じがする。

Aさん........装丁も地味でちょっと売りにくいなあ。

Bさん........ラストに主人公が幸せになる兆しが少し見えるけど、結局この人は同じことを繰り返すんだろうなって……。話自体が終わってない印象があるよね。でも中村さんはオジさん好みの作品だったのかな。

Aさん........中村さんの既刊もよく売れてるよね。

Cさん........ 私は候補作を全作読んだいまでも、その愛情が消えないくらい樋口直哉さんの『さよなら アメリカ』がダントツでよかった。

Aさん........ずば抜けていいですよね。『さよならアメリカ』は小説好きな子にウケるんじゃないかな。一番読み応えがあった。やっぱり安部公房さんの『箱男』と比べられちゃったのが、ダメだったのかな。

Cさん........そこにチャレンジしたことをあまり評価されなかったのかもしれない。

Aさん........『箱男』ファンでも面白く読めちゃうと思ったんだけどな。

Bさん........ 『箱男』のいいシーンを使っているし、この小説を取り入れるところにすごくセンスを感じる。

Cさん........芥川賞で新人が出てきてびっくりするという観点から見ても、樋口さんが一番だと思う。樋口さんのプロフィールもいいんだよ。出張料理人だから、もし芥川賞とったら話題になるもん。これは完璧に書店側、売る側の意見ですけど。

Aさん........作品もよくて、あっという間に読めるしね。




直木賞は地味になっちゃった

Cさん........今回直木賞のほうはノミネートされた人たちが、作家としてまだ若すぎるという意見があったけど。

Aさん........作家として若すぎることが逆に直木賞を地味にしちゃったね。

Bさん........書店にくるお客さんがまだ認知していないような作家さんが多くて、全体的にイベント感も減っちゃった感じがする。

Cさん........絲山秋子さんはもう芥川賞作家の域を超えているので、直木賞にノミネートされるのも当然かな。

Bさん........でも『逃亡くそたわけ』でとるよりも『袋小路の男』でとってほしかった気もする。『袋小路の男』を想像して読むと、ちょっとトーンダウンしちゃった感じがしますね。

Cさん........三浦しをんさんの『むかしのはなし』はテクニックがすごくあるけど、やっぱり『私が語り始めた彼は』でとってほしかったね。

Aさん........三浦さんはまだ年齢的に若いし。

Bさん........ 誰が読んでも面白い作品といえば、この中では三浦さんかもしれない。

Cさん........『ユージニア』の恩田陸さんはいずれ直木賞をとるんだろうな。

Aさん........もう賞をとらなくても売れてますよね。

Bさん........今回『いつかパラソルの下で』でノミネートされた森絵都さんは、やっぱり『カラフル』と『DIVE!!』がいいなと思ってしまう。

Cさん........大人向けに書かれた『永遠の出口』もよかった。

Bさん........ こういうヤングアダルト系の作家さんをノミネートするのは面白いね。

Aさん........そのうちあさのあつこさんとかノミネートに入ったりするかも。

Cさん........ 直木賞が自分たちの年代に近づいてきているような気がするけど、近 づいてきてもらわないほうがいいよね。

Aさん........そうそう、やっぱり時代小説とかをガツンとノミネートしないと。今 回はエンターテインメントって感じだったから。




『となり町戦争』は好き嫌いが激しい

Aさん........ 古川日出男さんの作品の中で一番よかった『ベルカ、吠えないのか?』が文体も格好良かったし、これが選ばれてほしかった。

Cさん........これがとっていたら、直木賞が文学賞として成立しているし、みんなが文学を見直すよね。読者にとってはちょっと敷居は高いかもしれないけど、今回はやっぱり古川さんにあげるべきだったよ。

Bさん........私も古川さんだと思ったんですよね。

Cさん........『となり町戦争』の三崎亜記さんは、金城一紀さん以来のデビュー作で直木賞をとるかとちょっと期待してました。突然出てきてすごい天才がとって話題になるのは、金城さん以降ないので。

Bさん........『となり町戦争』もやっぱり最終的には好き嫌いが激しいと思うなあ。

Cさん........でも村上春樹さんが好きな人は絶対大丈夫ですよ。これは書店員の意見だけど、三崎さんは売りやすいの。最初からすばる文学賞でこんなに売れるなんて、ちょっと有り得ない事態だもん(笑)。

Aさん........いまだにすごく売れてますよね。

Cさん........今回朱川湊人さんの『花まんま』が受賞したけど、どう盛り上げよう……。オジさんウケしそうだからそこから売りたいね。

Bさん........ 芥川賞も直木賞も、もっと冒険している作品を選んでほしかった。きっと今回は無難な路線だったんだろうね。

(構成/松田美穂)




 店頭で積極的にお薦め本を仕掛けていく書店が全国的に増えているが、今度は船橋や松戸など千葉県の書店員さんたちが集まり、「文庫販売コンペ」というイベントをスタート。
 第1回のコンペには5人の書店員さんが参加、「青春小説」というお題に合わせ各自がお薦めの文庫本を1冊ずつ選び、その選んだ5タイトルを、それぞれの勤務する書店で10冊 ずつ積み、1ヵ月の売り上げを競うというもの。各タイトルには推薦した書店員さんの思い入れたっぷりのPOPも付けられ、各書店の店頭に並ぶ。
 この書店横断の熱血企画に参加しているメンバーに集まってもらった。

Aさん 女子大に近い、コミックも充実した書店に勤務している。日常を丁寧に描いた小説が好き

Bさん 日本文学をこよなく愛す(新本格系のミステリはちょっと苦手)、書店歴10年の文芸書担当

Cさん 小売業から書店へ転職。好きな「本」を「小売り」できる幸せを味わっている6年目書店員

Dさん ミステリ、時代小説の豊富な品揃えで評判の書店で働く。エンターテインメント小説好き

Eさん 骨太なミステリ(最近の国内作品は物足りない)が大好きな書店員歴ウン十年の文庫担当

Fさん 今年オープンした書店で文庫を担当。冒険小説や警察小説など男っぽい小説がお気に入り

それは飲み会の席から始まった!


きらら........普段はライバル同士であるはずの書店員さんたちが集まって「文庫販売コ ンペ」を始めた。そもそものきっかけは何だったのですか。

Aさん........ある書店さんの飲み会に呼ばれて行ったんです。そこにはいろいろな書店 の方が来ていて、みんなで何か面白い企画をやろうよって話になりました。そこでそれ ぞれがお薦めの文庫を一斉に並べて売り上げを競おうと盛り上がったんです。

Bさん........酔っていたからみんな乗り気でした(笑)。

Eさん........ちょうどそれが3月ぐらいだったかな。5月に第1回ができるように準備を始めました。

Dさん........お題はこの企画の言い出しっぺで事務局長のAさんが決めて、青春小 説≠ニいうくくりでお薦めの文庫を選ぶことになったんです。

Bさん........〈酒飲み書店員共同企画〉と書かれた同じ台紙にみんなが書いたPOPを貼 って店頭で展開していますが、お客さんはじっくりPOPを読んでいかれますね。

Fさん........思わずお客さんの後ろから自分の推薦した文庫を「それ、いいですよ」っ て声をかけちゃいそうになりますよね(笑)。

Eさん........「そっちじゃなくて、このPOPは私が書いたんですけど」って(笑)。

Aさん........反則だけどほかの人の文庫をサシにしちゃうとかね。僕はそんなこと やってないよ(笑)。

Dさん........うちの書店ではみんなが書いたPOPのほかに「文庫販売コンペ」の看板もつくりましたし、各タイトルの週間売り上げ順位も載せてお客さんにもお知らせしまし た。

Cさん........「こんな仲間でこんなことやっています」とお客さんに上手にアピールされてましたよね。

 

売り上げ1位は石田衣良さんの文庫


Cさん........集計では、「文庫販売コンペ」自体の各書店同士の売り上げ順位と、推薦した 文庫の売り上げ順位の2種類を出したんです。

Eさん........1ヵ月経ってまとめた結果、Fさんがお薦めした石田衣良さんの『波 のうえの魔術師』がトップでしたね。

Dさん.......僕のところはコンペ自体の総売り上げでは1位だったのですが、自分が推した文庫は3位。本当に悔しい(笑)。

Aさん........うちは店の順位がビリでした。言いだしっぺなのに、あんまり売れなくてがっかり(笑)。

Fさん........東京の書店員さんたちもこういう企画をみんなでやったりしているのかな?

Dさん........飲み会はよくあるみたいですよ。

きらら........この中で、生粋の千葉県民の方は?

BFさん........はーい(と挙手)。

Aさん........僕は横浜出身、いまはすっかり千葉県民ですけどね。元ハマっ子としては東京に負けたくない気持ちはよくわかります。

Bさん........千葉県民はどうかな? 東京には負けちゃうよね。

Eさん........初めから東京とは勝負しない(笑)。

 

第2回のお題は「200ページ以内の薄い本」


Cさん........いま第2回を展開していますが、お題はジャンケンで負けた人が決めました。

Dさん........負けた私がお題を決めることになって、「本文200ページ以内の薄い&カ庫で勝負!!」ということになりました。

Aさん........僕は、最初、鈴木清剛さんの『ロックンロールミシン』か、柴崎 友香さんの『きょうのできごと』を選ぼうと思っていたら、みんなに見すかされ ちゃいました。そこで、池永陽さんの『走るジイサン』をお薦めしました。読 んでみて本当に面白かった。

Dさん........僕は、今回はお薦め作品で1位になりたいので、笹生陽子さんの『ぼ くらのサイテーの夏』という児童文学を選びました。笹生さんにはもっとブレイクしてほしい気持ちもあります。

Bさん........私は村山由佳さんの『もう一度デジャ・ヴ』。いま出ている村山さんの作品とは少し傾向の違うファンタジー小説。

Eさん........売れる売れないは気にせず、絶対みんなが選ばないところを狙っています、 私は(笑)。J・P・ホーガンの『時間泥棒』はもちろん本も薄いのだけれど、実 は話の内容も少し薄い。SFっぽくないSFでホーガンの入門本としてはいいかな。

 

チャンピオンが選んだのは熊谷達也さん


Cさん........私は今回初参戦です。選んだ文庫は、小説ではないのですが『心を決めた あのことば』。短い言葉でも、こんなに心にグッとくるものだなということをみんなに知ってほしいし、いまメールをする人も多いのでお薦めしたいです。

きらら........では前回お薦め部門チャンピオンのFさんがプッシュする文庫は?

Fさん........熊谷達也さんの『ウエンカムイの爪』ですね。最初吉村昭さんの『羆嵐』を推したかったけど、ページ数がオーバーしてたので、同じクマ′qがりで選 びました。ぜひ『羆嵐』も積んでください。今回も売れるモノを狙って直木賞作家に してみました(笑)。

Cさん........次の第3回のお題は誰が決めますか?

Aさん........今度はジャンケンで勝った人が決めようよ。(結果Bさんが勝利)

Bさん........じゃ、第3回「文庫販売コンペ」のお題はスポーツ@高ンの小説から選 びましょう。

Fさん........それって相撲とかでもいいんですか?

Dさん........空を飛ぶものもありじゃないですか?

Eさん........『バッテリー』を1巻、2巻、3巻と売るのは?あっ1巻が不利かな(笑)。

 

 

第2回の酒飲み書店員さんたちの「文庫販売コンペ」は7月の1ヵ月間。千葉のどこの書店で展開されているかは、ぜひご自分の足で探してみてください。もちろん 「きらら」ではその結果もご報告する予定です。

 

(構成/松田美穂)





 今回の芥川賞ノミネート作品のうち新人作家の処女作が3編。結果はすでにキャリア十分の阿部和重さんの『グランド・フィナーレ』が受賞したが、書店員さんたちの芥川賞への期待感はどうも異なるところにあるようだ。

Aさん 女性らしい感性で小説を読み解きお客さんに提案。丁寧な接客も評判の文芸書担当書店

Bさん 都内でもアイテム数が多いと有名な書店で小説本を担当。女性作家の小説をこよなく愛す

Cさん 店頭でお客さんの要望に応えて、良書の中からお薦め小説を選び出せる大型書店の書店員

今後に期待できる「いい香り」井村恭一さん

Aさん........まず中島たい子さんの『漢方小説』はどうでした? 

Bさん........「漢方」というアイテム選びがすごいですよね。ストーリーよりも漢方の扱い方が印象的で、本当に漢方小説≠ナした。

Cさん........読んで癒されたけど、あまり記憶に残っていなくて歯ごたえがなかったかも。物語なんだけど「漢方」に関する情報が出てきて、実用書を読んでる感じだったよね。

Bさん........中島さんは以前変わったエッセイを書いていて「この人、一体どんなものを書く人だろう」って印象に残ってたんですよ。

Aさん........ちなみに単行本は装丁がよくないね。読もうって気にさせないもん。

Bさん........石黒達昌さんの『目をとじるまでの短かい間』は、正直あまり語ることがないと思っているんですけど……。

Aさん........わりと普通な小説だけど印象的な部分もありましたよね。子供が面白いなと思って。前回ノミネートされた佐川光晴さんの『弔いのあと』もそうですけど、病気ネタを扱う小説が多い中で、医者を主人公にクールに書けているのはいい。でもなんかやっぱり普通な感じがします。

Cさん........ 井村恭一さんの『不在の姉』はすごい小説だなと思ったけど、時代設定とかが全然わからない。携帯電話が出てくるから現代なのかな。

Aさん........今後に期待できる感じはしますよね。なにかいい香りがします。「マンホールにブタが!」っていうのは誰が思いついたの、みたいな。

Cさん........作品自体に新人賞的なテイストがあった。

Aさん........今回の作品はちょっと短かったけど、もっと面白いものが書けると思う。

Cさん........ 田口賢司さんの『メロウ1983』は?

Bさん........少し自分の世代とズレているように感じて、何を言いたいのかわからなかった。

Aさん........たぶん30代向けの作品なのかもしれないですね。それより上の世代だとこの作品の狙っているような雰囲気が嫌らしいと思うだろうし、20代の人にはわかってもらえない。

Cさん........ストライクゾーンがちょっと狭めですね。でも単行本のジャケットは良かったから買おうかなって思いました。

タイトルの面白さでつい買ってしまう


Aさん........『野ブタ。をプロデュース』は作品自体が面白いね。私はラストにはちょっと不満があるんだけど、作者も若いしそれはそれでいいかな。ギャグのセンスがとてもいいと思います。

Cさん........ 一生懸命に書いてないと思わせるところがいいですよね。読んでいて高校生に戻りたくなりました。

Aさん........白岩さんが、見た目がさわやかな若い男子で、かつ小説を書いているということだけで拝みたい気持ち(笑)。綿矢りささんを好きな男の気持ちがわかる。

Bさん........逆バージョンですよね。あの写真の効果で全然売れ行きが違う気がします。

Aさん........白岩さんには25歳になる前にとってほしいよね。芥川賞はこれからすごい作品を書きそうな人にとってほしい賞だと思っているので。

Cさん........ 山崎ナオコーラさんの『人のセックスを笑うな』は、自分だったら作中の猪熊さんと彼のどっちをとるか、ずっと考えながら読んでました(笑)。

Aさん........そういう観点から読まなかったなあ。

Bさん........ユリちゃんの体の描写があったので、私は彼の視点で読みましたね。

Aさん........書き手が19歳の男の子でも30代の女性でもない20代の女性で、こういうものを書くのがいい。著者のことを考えながら読むのは小説の読み方として邪道かもしれないけど。

Bさん........白岩さんも重なりますね。

Cさん........小説の主人公が本人だと思って読むから。

Aさん........でもこのタイトルは何だろう。

Cさん........彼が稚拙だっていうこと? それとも俺は稚拙だったってことを言ってるのかな。

Aさん........『人のセックスを笑うな』というタイトルの面白さで、ついみんなが買っちゃうよね。

 


小普連としては『シンセミア』にPOPを立てる

Cさん........ 阿部和重さんの『グランド・フィナーレ』は最高。でも芥川賞にノミネートされるとは予想していなかったね。

Aさん........今回のノミネート作品でどれが一番面白かったかと言われたら、やっぱり阿部和重さん。でも阿部さんのほかの作品と比べて一番好きかというと、そうではないという感じ。

Bさん........今回読者寄りになってるというか、阿部和重っぽいところが少なくなってますよね。

Aさん........この作品ではなくて別の作品で賞をとってくれたほうが、阿部和重作品を好きになってくれる人は多かったかも。

Bさん........これを読んで次も読んでみようってこともあるから、この作品で阿部さんがとってよかったと思ったけど、「あれ? 芥川賞ってどんな賞だったっけ?」って考えました。

Aさん........年齢の問題ではなくて、もう評価が定まってる人よりも、デビューして2、3年以内で、できれば初めて小説が単行本になりそうなタイミングでとってもらうのがいいのでは。

Bさん........海のものとも山のものともわからない、勢いのあるうちにね。

Aさん........書店員のエゴだけど、芥川賞は面白い本がないと思ってる人にとっての、新しい本を読むチャンスだと思う。この作品が悪いということではないけれど、『インディヴィジュアル・プロジェクション』でとってくれたらと思うと悲しいですね。芥川賞は2回とれないから。

Cさん........『シンセミア』も直木賞とってほしかった。小普連は常に『シンセミア』を積んでおかないとだめだよ。〈アベカズ%ヌむならこれ!〉ってキャッチをつけて。 Aさん.......〈芥川賞受賞作より面白い『シンセミア』〉ってPOP立てるか(笑)。『インディヴィジュアル・プロジェクション』の文庫もね。






 今回の芥川賞ノミネート作品のうち新人作家の処女作が3編。結果はすでにキャリア十分の阿部和重さんの『グランド・フィナーレ』が受賞したが、書店員さんたちの芥川賞への期待感はどうも異なるところにあるようだ。

Dさん 都内書店の文芸書担当の書店員。新刊情報に敏感で、小説以外の本にも広く深く精通する

Eさん 郊外にある書店勤務。忙しい勤務の合間に小説を読破し店頭で個性的なフェアを展開する 

Fさん 品揃え豊富な広い店内で、実際に読み、惚れ込んだ本を精力的に仕掛ける文芸書担当書店員

本多孝好さんは「惜しい」って感じ

Dさん........今回のノミネートを見て、作家の名前は当然で納得なんだけど、この作品でって言われるとちょっと違うかなと思いました。

Eさん........「これ、直木賞?」って感じですよね。なんか不思議なラインナップ。

Dさん........作品の期待値が高い作家さんたちばかりですもんね。

Fさん........ジャンルがバラけていて、賞をとるかどうかは別にすれば、個人的にはどの作品もそれなりに面白かった。

Dさん........前回の受賞作の奥田英朗さんの『空中ブランコ』のときも気になっていましたけど、短編の連作も候補になるんですね。

Eさん........本多孝好さんの『真夜中の五分前』は『side-A』と『side-B』はこれで1作品なのかな。

Fさん........主人公のニヒルさを極めようとした小説なのかと思ったら、だんだんそうではなくなってきて、話の軸がブレちゃってる気がしました。

Dさん........主人公の仕事話は面白かった。

Fさん........『side-B』の冒頭でそれまでの『side-A』の流れがパタッと止まっちゃって。あえてそうしたのかもしれないけど、主人公をもっと掘り下げてもよかったと思う。本多さんは惜しいって感じがします。

Dさん........「もっとほかのもたくさん」と読むたびに思うので、本多さんにはどんどん新しい作品を書いてほしいですね。

Fさん........福井晴敏さんの『6ステイン』は高村薫さんの路線を狙ってるのかなと思いました。

Dさん........気がついたら話に入りこんでました。読み終わったときには、市ヶ谷の陰謀に詳しくなったような気がしましたね(笑)。

Eさん........それで虜になっちゃうと、今度は現地に見学に行っちゃったりするんでしょうね。

Dさん........桐野夏生さんの『OUT』や宮部みゆきさんの『理由』が賞をとったことでさらに作家の認知度が上がったじゃない? そういうタイプの作品ではなさそうですね。

Fさん........福井さんの作品はストーリーの大事な骨の部分よりも、固有名詞やらディテールを頭に入れるのでいっぱいいっぱいになっちゃう。

Dさん........私はむしろ岩井三四二さんの『十楽の夢』の細かい説明がちっとも頭に入ってこなくて。

Eさん........どっちの作品が読めて、どっちが読めないという差はありますよね。

Fさん........『十楽の夢』は話が整理されていなくて、単純にぶつ切りに並んでいるだけという感じがしました。

Dさん........この作品がシチュエーションコメディだったら、などと一文一文読むたびに手を止めたり。

Fさん........ディテールの面白さや取材には感心しましたけど、最後まで誰が主人公かわからなかった。



プロジェクトXモノ小説の山本兼一さん


Eさん........私は山本兼一さんの『火天の城』は結構面白かったですね。意外と読みやすくてサクサク進みました。

Fさん........プロジェクトXモノというかオヤジモノ。

Eさん........時代小説とはいわないんだ(笑)。

Dさん........こなれ過ぎてる印象で、最初に出てきた時点で「あっ、こいつ忍者でしょ」って、わかりやすかった。

Fさん........少ない歴史的事実を材料にして話をつくりあげたという意味で、小説家として最大限の想像力を発揮していました。だからこの作品が賞をとったら時代小説が盛り上がるかなとちょっと期待していたんですけど。

Dさん........時代小説だと賞をとったことが弾みになって、既刊のものが文庫化されたり、次の作品が売れたりしますよね。

Fさん........古処誠二さんの『七月七日』は前作よりもうまいけど、「肉体が日本人、だけど心はアメリカ人」というところだけで日系二世のアイデンティティーが終わってしまってる気がする。

Eさん........作品のポイントが絞り切れていなかったように思います。戦争の悲惨さは残酷な表現で書かれていましたけど、何を訴えかけたいのかわからなくて、まったく戦争を経験していない私たちには入ってこないよね。

Dさん........せっかくこういう題材で書くならもっと水木しげるさんのような混沌とした作品を読みたいですね。

 


伊坂さんには期待を込めてあげないほうがいい

Dさん........伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』は面白かったけど、今までの伊坂さん作品からすると少し毛色が違いますよね。

Fさん........ノミネート作品の中でやっぱり一番食いついて読んだんです。でも伊坂さん作品を読み込んじゃってるからなあ。

Eさん........まだ直木賞にノミネートされなくてもいいって思うファン心情もありますよね。

Dさん........伊坂さんはこれからいろんな世代の人が読んでも楽しめるものを書く人だと思うしね。

Fさん........期待を込めてあげないほうがいいんじゃないかな。今回受賞した角田光代さんの『対岸の彼女』は女性を描いた小説でハッピーエンドな作品でした。

Eさん........実を言うと角田さんはあまり好きじゃなかったけど今回はハマりました。

Fさん........旦那さんの書き方がワンパターンだとは思いましたけど。今までの角田さん作品に出てくる男性のほうが面白かった。

Dさん........ちゃんと話をつくって長い作品を読ませようっていう意気込みからきているのかな。この旦那像は少女漫画的というよりも類型的ですよね。

Eさん........学生時代の話がものすごくいいよ。

Dさん........それこそ年配の人にまで、誰にでも薦められる本になってると思う。

Fさん........間口が広いから売れるだろうし、そういう意味でも角田さんで本当によかった。

Eさん........やっぱり『対岸の彼女』だと思うのは、角田さんの今までで一番いい作品でとれて、書店員もみんなすべてが幸せだからなんだよね。

 

(構成/松田美穂)




 今年ブレイクしそうな期待の小説家は誰か。
 ベストセラーの発信地としていま全国的に注目を集めている関西地区の本読み書店員さんたちは、ずばり「あわあわ系」の人たちを指名した。ベテランから新人まで、もっともっと読まれてもおかしくはない小説家をリストアップしてもらった。

Aさん 観光地にある書店で文芸書を担当。文学賞受賞作家の作品を分析し、常に良書を探している

Bさん 大型書店がひしめく激戦区で小説本を担当している。書店員歴は10年で海外勤務の経験あり

Cさん ビジネス街の大型書店で文芸書を担当。ミステリーに詳しく大々的に仕掛けて成功している

瀬尾さん、平さん、夏石さんはあわあわ系

Aさん........書店員的に来ていて一般のお客さんにはこれからだな、と思うのは瀬尾まいこさん。

Cさん........新刊の『幸福な食卓』はよかった。

Bさん........でも悲しいくらい売れてないですね。

Cさん........かなりせつなくなった。やっぱりタイトルもあるのかなと思ったりね。だいたい読み終わったあとにタイトルの意味がわかったりするじゃないですか、あわあわ系って。

きらら........あわあわ系ってなんですか?

Cさん........いや、僕がいま言っただけ(笑)。これを読んで泣きましたとか、ラストでびっくり仰天とか、そういうメリハリの利いた内容ではない小説のことかな。

Bさん........平安寿子さんや夏石鈴子さん、井上荒野さんとかは結構そのタイプ。梨木香歩さんのように文庫になれば、瀬尾さんはもっと広がる感じはします。

Cさん........ブレイクするまでにほんともうちょっとなんですよね。表面張力でパンパンでいつハジけるかっていう

Aさん........誰かが突っつけば、ばぁっとね。

Bさん........ジャンルは違うけど三浦しをんさんや湯本香樹実さんもあわあわ系だと思うんだけど、わりと児童文学出身の人が多いね。

Aさん........佐藤多佳子さんしかり笹生陽子さんも。

Bさん........その線でいくならあさのあつこさんも挙げないといけないかもしれない。

Aさん........もうあさのさんは来てますし、ちょっとあわあわ系とは違う気がしますね。笹生さんは『バラ色の怪物』も悪くなかったけど、今までの作品の中では『ぼくは悪党になりたい』が突出してるかな。

Bさん........あわあわ系小説のルーツを辿ってもうブレイクした人でいくと、川上弘美さんの『センセイの鞄』だと思う。

Aさん........ドラマ性というか人の背景みたいなものがあの話には見えた感じがしました。

Cさん........そういう考え方でいくともう一つなにか違う側面を出すと部数の壁が越えられるかもしれないですね。

Bさん........川上さんのレベルまで絲山秋子さんは来そうな気がします。『海の仙人』は一瞬、川上さんっぽいなと思いながら読みました。川上さんにとっての『センセイの鞄』みたいなものが絲山さんには書けると思う。

ミステリーのあわあわ系、笹本さん、石持さん


Aさん........荻原浩さんはどうですか? 来てる感触はあるんですよね。

Cさん........うちの店はもう来てますけど。

Bさん........玄人ウケする作家さんは歴然といて、荻原さんもそうだし、男性作家でいえば佐藤正午さんとか。

Cさん........僕らが騒いでる笹本稜平さんは絶対来るよ。短編小説がめちゃめちゃうまい。『月の扉』の石持浅海さんもいいよね。

Bさん........ミステリー界のあわあわ系ね。

Aさん........新刊の『BG、あるいは死せるカイニス』はミステリーの手法を使って別のことを書きたいんだなと思いました。古処誠二さんのラインでいくのかも。そう思って読み返すと『水の迷宮』も面白いし。

Bさん........ラストのシーンが印象に残ってて。でも読む前から犯人わかってるじゃないですか(笑)。

Cさん........読む前からは言いすぎやろ、少し読んだら。石持さんを全く知らない人が読むと結構インパクトがあっていい。

Bさん........新堂冬樹さんは来てる人?

Aさん........微妙なイメージが……。

Bさん........もうひと頑張りしないともう一段上にはいけない気が。

Cさん........迷走してるのかな。でもあの姿勢はぼくは好きですよ。新本格ミステリーでいうと法月綸太郎さんもここでブレイクしてほしい。

Bさん........法月さんってまだブレイクしてない人なんですか(笑)。

Cさん........いや、新本格の世代の作家さんってまだまだ来てないやん。

Bさん........10年前ってミステリーの状況が苦しかったじゃないですか。もし法月さんが10年前と同じスタンスで出てきたら今はすごく当たると思う。舞城王太郎さんは?東西でかなり温度差があるよね。

Aさん........大阪で舞城さんを買ってる人を見たことないような……。

Cさん........魂が屈折してる(笑)。というか若い子が手に取ろうとしたら、やめときや、これ読んどきなさいって、あさのさんの『バッテリー』をすすめてしまいそう。

Bさん........でも、わりと読者層のイメージは若い人たちなんですよね。やっぱり大阪と東京とではウケるものが違いますよね。


絶対ブレイクさせたい井上さん、佐藤さん

きらら........これからブレイクさせたいと思っている作家さんはいますか?

Cさん........もちろん僕は荻原さん。

Aさん........日明恩さんがもっと書いてくれたらごっつ盛り上げるのに。

Cさん........うまいよね、警察小説。まだ書店員の中で日明さんのファンって多くないと思う。

Bさん........テクニカルメリットが高いしうまいんだけど、物語に起伏があまりなくて売れにくい。でもそういう人を当てたい気持ちはあります。

Cさん........読んだあとに表現しにくいうまさ。心理描写もよくわかるけど人に伝えるのが難しい。

Bさん........井上荒野さんと夏石鈴子さんもブレイクさせたいですね。

Aさん........僕は佐藤多佳子さんをぜひとも推したい。

Cさん........関西系ならではの白黒はっきりした作家さんを言おうよ。スパイ小説を書いている西村健さんとか、来そうじゃない? もっと実力のある人だと思う。

Aさん........個人的には竹内真さんの『粗忽拳銃』はすごい好きなんですよね。

Cさん........『カレーライフ』もいいよね、竹内さんは来ると思うなあ。

Bさん........書店的にいうと来る・来ないの話をしたときに、今現在進行形で書いてる作家さんが次に書いてくれるもの頼みなので、実はほんと難しい。絲山さんがどうの、舞城さんがどうのって言っても、次にしょうもないものを書かれてしまったらそれまで。

Cさん........逆にいま僕らが舞城さんに熱くなれなくてもすごい大作を書かれたら。

Aさん........舞城さんを読まないなんて人間じゃないよ、って言ってるかもね(笑)。

 

(構成/松田美穂)




 「きらら」創刊からたくさんの書店員さんにいま旬の小説について語ってもらってきた。今回は2004年をふりかえり、小説普及連盟として今年いちばん書店の店頭を賑わせた小説を選んでもらった。

Aさん 女性読者の好みを敏感に察知した小説選びが得意な書店員。新規店勤務で益々気合い充分

Bさん 郊外の書店勤務。企画から準備したサイン会を成功させ書店員として更に幅を広げている

Cさん 書店からの情報に耳を傾け、文芸書の売り上げアップを目指している某取次の敏腕仕掛け人

映像化・映画化作品と書店員が仕掛けた作品

Aさん..........今年は文芸書の調子は良かったですよ。

Bさん........半年前に出版された本が平積みにしておいても平気で「通用」して、それがロングセラーになってるよね。

Cさん..........全体に底上げされた印象がありません?中堅作家がいっぱい本を出したのも良かったのかもしれないですね。

Aさん.........数年前にもうちょっと売れればいいと思っていた作家が最近売れていて、去年のように新人作家がたくさん出てきた感じはないけど、よく考えてみると結構売れたものがあるよね。

Bさん.........逆にいうと今年は新人作家が育ちづらい年だったかも。

Cさん.........そう言われればそうですね。出版された小説の平均点が高くて、たまに『ハリー・ポッター』や村上春樹さんの『アフターダーク』みたいな大きな波がくるっていう。

Aさん.........今月はこれを一番推して売ろうって感じで売りたいものがうまく繋がりましたよね。

Cさん.........毎月毎月柱となる作品があって、9月はものすごいことになりましたけど。

Bさん.........今年のベストセラーになった小説は映画化・映像化された作品と、本屋の店頭で書店員が仕掛けた作品というふたつの路線があって、両方とも今年出たものではないけど、市川拓司さんの『いま、会いにゆきます』、小川洋子さんの『博士の愛した数式』が代表的。

Cさん..........『博士の愛した数式』はすごく夢中になって売った小説としてエポックメイキングな本になったと思うけど、去年の作品なんだよね。今年はパリッと思い入れがあるものが少ないね。

Aさん........去年だったら伊坂幸太郎さんだね。舞城王太郎さんも去年っぽい感じがするけど、今年芥川賞を取らなかった割に話題になって、だいぶ浸透してきたと思う。

Cさん..........文庫で復活した作家も多かったですよね。山崎豊子さんの『白い巨塔』から始まって。

Aさん........ドラマを見てない人たちもいい作品は買いますもんね。

Bさん........松本清張さんの『黒革の手帖』も売れてますよ。

Aさん........ヤングアダルト路線も今年売れたと思うんですけど、それは去年森絵都さんが売れたということが布石としてある気がしていて……。

Cさん..........ということは今年の布石が花開くとしたら、江國香織さんの『間宮兄弟』や今売れている『電車男』といったオタク文化が来年は花開くんだろうね。

Aさん........そう、私は来年はキモ系がくると思ってます。今まで「キモい」の一言でかたづけられてきた人たちに対する生態観察的なものが文学として高められていくんですよ。高められてるのか低められてるのかわかんないけど(笑)。


今年うまく盛り上がった笹生陽子さん

きらら........小普連としてこれが今年のベストという小説を挙げてもらえますか?

Cさん..........私は松村栄子さんの『雨にもまけず粗茶一服』が一番良かった。

Bさん.........自分の好みに走ってません?

Cさん.........当たり前じゃないですか(笑)。私はどっちかっていうとほのぼの系が好きですね。

Bさん.........僕はこの間読んだ田口賢司さんの『メロウ』をえらい気に入ってます。読者の好き嫌いが激しい作品ではあると思うんですけど。

Aさん.........私はやっぱり大島真寿美さんかな。

Cさん..........大島さんは今すごく売れるチャンスがある作家だと思うけど、出版するときの告知が少なすぎるんだよね。

Aさん.........『かなしみの場所』はとても評判がよかったのに。

Bさん.........そのあたりの盛り上がりにうまく乗ったかんじがあるのは笹生陽子さんかな。

Aさん........最初から前評判をつくって上手に販売に結びつけたいい例ですね。

Cさん.........今年のベストとして恩田陸さんの『夜のピクニック』はどうですか。

Aさん.........『夜のピクニック』も良かったけど、『Q&A』のほうが良かった。私は藤谷治さんの『おがたQ、という女』も面白かったと思いますよ。

Bさん.........小説を読み込んでいる人が好きになる小説ですよね。森見登美彦さんの作品もそうだと思うなぁ。

Cさん.........森見さんの『太陽の塔』はもっと売れてもいいのに。

Aさん........最近出た白岩玄さんの『野ブタ。をプロデュース』は面白いと思う。

Bさん.........『野ブタ。をプロデュース』は売れるだろうけど、違った要素で売れる感じがするね。

Cさん.........同世代に語りかけるという要素の大きい小説だよねぇ。

Aさん.........あえて私はちゃんと物語になっていて小説扱いにしてしまいたいフジモトマサルさんの『ダンスがすんだ』も挙げたいな。


観光業界まで動かした『ダ・ヴィンチ・コード』

Bさん.........読者が離れつつあった海外文学であれだけ売れた『ダ・ヴィンチ・コード』がやっぱり今年を代表する小説かな。しかも『ハリー・ポッター』のようなファンタジーでもなくて、ミステリーというのがすごい。

Aさん.........たくさん小難しいことが書いてあったのに、すごい余波があったもんね。関連本が売れたりとか。

Cさん..........観光業界まで動かしたからね。今、パリはすごいらしいよ。

Bさん.........純粋にツールとして本の良さに目覚めさせてくれた小説だと思います。

Aさん.........夏ごろに出た本なのにまだ平台にある。買う時点では読めるかどうかわからないあの厚さで、気軽に買えない値段なのに、都心だけでなく全国で売れましたし。

Cさん..........「小普連のベストは日本文学じゃなきゃ」って思ってるでしょ?(と、ちらっときららの方を見る)

きらら........‥‥‥(無言)。

Aさん.........なぜか去年みたく熱くなれないよね。

Bさん........『アフターダーク』がもうちょっと違ってたら良かったんだけど。でも本屋にとってはオブ・ザ・イヤーが決まらないほうがありがたいんですよ。

Aさん.........それしか売れないよりは、いろいろ売れたほうがいいよね。

Bさん.........やっぱり小普連としては今年を象徴するような本にしましょう。これが売れたのはいかにも今年だったみたいな。

Cさん..........だったら『ダ・ヴィンチ・コード』でしょ。

Aさん........悔しいけど今年はそうですね。

 

(構成/松田美穂)




 東京から電車で1時間弱、都心から近いもうひとつの都会、横浜。働く書店員さんもお客さんも地元・横浜の人が多く、東京よりも地域に密着している。・横浜に3日住めばもうハマっ子・というようにフランクで開かれた一面もあり、本の売れ方にも横浜特有のものがあるようだ。書店員さんたちに地域に根ざした書店事情を訊かせていただいた。

Aさん 横浜の主要駅にある大型チェーンの書店で小説本を担当。「書店員は職業ではなく生き方そのもの」という気持ちで15年間勤務している

Bさん 女性向けのファッションビルにある書店に勤務。書店員歴は2年。先輩書店員からのアドバイスを素直に聞き入れ、日々努力している

Cさん ハマっ子には馴染み深い横浜の中心にある書店で文芸書を担当。東京勤務の経験もあるがやっぱり横浜が一番と語る。書店員歴は14年

地元が舞台の『犯人に告ぐ』をすすめている

Aさん.......たぶん横浜の書店員は横浜から面白い本をどんどん発信したいという気持ちを常に持っていると思いますね。

Bさん........東京にはないいいところが横浜にはありますから。

Cさん.......横浜関連の本にお客さんが興味を示されますよね。松葉好市さん語り・小田豊二さん聞き書きの『聞き書き 横濱物語』が私の書店ではまだ売れています。

Aさん.......今うちで積極的におすすめしているのは雫井脩介さんの『犯人に告ぐ』ですね。舞台が横浜で警察の管轄ももちろん神奈川県警。山下公園も出てくるし、横浜に住むぼくたちには読んでいてほかの小説よりもやっぱりリアリティが違うんですよね。雫井さんの文庫『火の粉』も横に並べて夏ぐらいからずっと仕掛けています。

Cさん.......ちょっと横山秀夫さんを思わせるような作品ですよね。新作も楽しみ。

Bさん........うちは恩田陸さんの『夜のピクニック』。もともと私が恩田さんを好きだったというのもありますが、ゲラをいただいて読んだときからこれは面白いぞ、と思いましたね。

Aさん.......版元さんから事前にゲラをいただけるのはいいことだよね。発売日より先に読めるから店のどこで展開しようかと、前もってあれこれと考えられるので。

Bさん........『夜のピクニック』も発売当初から多面で展開しました。

Cさん.......どんな並べ方をして、どんなPOPをつけて、どういうお客さんが買っていって、追加をこう入れてってと、書店員としていろいろと売り方のイメージが膨らませられるよね。

Aさん.......やっぱり自分が読んですすめたいと思ったものには気合の入ったPOPを書きますよ。売れてくれたら嬉しいけどこの本の良さをわかってほしいという気持ちがあるから。

Cさん.......何を読んだらいいか迷っているお客さんの背中を押せるようなPOPは絶対効果がある。

Aさん.......棚を眺めながら面白い本を探しているお客さんには帯に貼った小さなPOPでおすすめして、「これは絶対推したい!」という小説には大きなPOPでメリハリをつける。

Bさん........強弱をつけるために地味なPOPと派手なPOPがあるよね。


矢作俊彦さんとチャンドラーを隣り合わせに

Bさん........うちの店は女性のお客さんが多いので〈girlsエッセイ〉という棚があってそこに恋愛指南書のような本を交ぜてみる。女性がどういった本を買っていくのか興味があるし、うちでしかできない品揃えを考えていくのは面白いです。

Aさん.......お客さんにサラリーマンが多い店だと新聞の書評に載った本の反応が早くて、朝刊を読んでその足で書評に載った本を買って出勤される感じ。こちらからもただ本を並べるだけでなく書評のコピーをPOPにしたりして情報提供していかないといけない

Cさん.......だから9・11でビルが倒れた瞬間にアルカイダ関連の本を注文できたかどうかっていうことだよね。

Aさん.......注文しただけじゃなくて最後はPOPをつけてフォローする。やっぱり新聞を読んだりニュースを見たりしないとダメ。あと、単行本と文庫の垣根をなくしてタイアップしていくことも大事。書評に一緒に載った矢作俊彦さんの『ロング・グッドバイ』とレイモンド・チャンドラー長いお別れ』を隣り合わせに並べてお客さんにアピールするとかね。

Cさん.......書店員には1冊の本をめぐる身内意識みたいなものがあるんですよ。作家さんがいて、版元さんがいて、書店員がいて、お客さんがいて、みんな身内(笑)。

Aさん.......そうそう、作家から読者まで一つの線で繋がっている感じ。お客さんにはそういう意識がないかもしれないけど。

Cさん.......最終的な消費者であるお客さんに、人生の1冊を届けるという自負がぼくたちにはある。

Aさん.......本を読んで泣いたり勇気が出たりする。そういうものを売っているということは書店員冥利に尽きます。


書店員のクリスマスにいい思い出はない

きらら.......12月といえばクリスマス。クリスマスにおすすめしたい本はありませんか?

Bさん........クリスマスにいい思い出ないなぁ。

Aさん.......バイトはみんな一斉に休んじゃって毎年朝から晩まで仕事で、本当つらい(笑)。

Bさん........絵本なんだけどクリス・ヴァン・オールズバーグ急行「北極号」』かな。村上春樹さんの翻訳で去年初版が出たんだけどそんなに話題にならなくて。今年は映画化されたりしてこの本はいいと思いますよ。

Cさん.......個人的に好きなのは、ルイス・キャロル不思議の国のアリス・オリジナル』。初めて仕掛けた作品で1回絶版になっちゃったけどそれが復刻して。原本と日本語訳が入ってて「プレゼントにはこれ!」って感じ。

Aさん.......金色の装丁がきれいな本だよね。

Bさん........もう1冊おすすめなのはティム・バートンが映画化するロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』。子ども向けにもいいのだけれど、これはみんなに読んでほしい。もうたまらないくらいいいです。

Cさん......寒いなかコタツで読む“コタツ本”ということで長編ファンタジーもの。ジーン・アウルの『ケーブ・ベアの一族(エイラ 地上の旅人)』は喜ばれるし、大人向けかな。全13冊にもなるシリーズで完結に向けて著者も鋭意創作中とのこと。

Aさん.......なにがいいかなぁ。子どものころおもちゃが欲しいのに本を贈られて一番悲しかったから、思いつかないなぁ(笑)。

Cさん.......親が選ぶからいけないんだよね。

Aさん.......朝起きて枕元に『アンデルセン物語』が置いてあったというトラウマが……。

Bさん........それはちょっときついね(笑)。

Aさん.......もし子どもじゃなくて恋人に贈るならレイモン・ペイネの『ペイネ・愛の本』。

Bさん........カラー5色刷りであの本も装丁がきれいだね。

Cさん.......クリスマスは親子で書店に来て子どもの好きな本を買って、帰りにおいしいもの食べて帰るっていうのはどうでしょう?

 

(構成/松田美穂)




 書店の店頭で本を選ぶ人にとって、装丁はかなり重要な要素になる。装丁の良し悪しによって小説の本は売れるのか。お客さんの反応はどうなのか。小説本と装丁の関係について販売の最前線にいる書店員さんたちによるストレートトーク。

Aさん 地方都市の書店で一般書籍全般を担当している。電車での通勤時間を使って読書を楽しむ本好き。爽やかな気分になれる小説に詳しい。

Bさん 都内でも若者たちが集まる街にある、店内が図書館のような雰囲気の大型書店で働く。書店員歴は4年。ずっと文芸書を担当している。

Cさん 最近オープンしたばかりの都内の書店で小説の本を担当している。丁寧な接客とお客さんに合った本探しのアドバイスを心がけている。

ミステリーは暗い装丁ばかりでイヤになる

きらら.......店頭でお客さんの動きを見ていて、装丁で買っていかれてると思うことはありますか?

Cさん.......一冊は最初からもう買うものが決まっていて、もう一冊は装丁を見て衝動買いする人が多い気がする。

Bさん........そうだよね。カバーでつい買っちゃうお客さんはいると思う。

Aさん.......若い女の子がキャーキャー言いながら買っていくから、一緒に同じ装丁家さんの絵本も置いてみると、それがまた売れる。あれは間違いなく・装丁買い・だね。

Cさん.......自分が装丁買いした本ってどんなものが思い浮かぶ?

Aさん.......舞城王太郎さんの『熊の場所』かな。舞城さんのものはどの本も装丁買いできるようなつくりだよね。

Bさん........ノベルスのころから表紙の雰囲気がほかのものと違っていたよね。すごいこだわっているのがわかる。

Aさん.......『好き好き大好き超愛してる。』のあのピンク色の装丁は、高校生が迷わずに買っていってるし。全然知らない作家さんの作品だとしても、まずは手にとってしまう。

Cさん.......私は菊地成孔さんの『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』を装丁買いしたなぁ。金城一紀さんの『GO』もそう。「何だ、この本は!」って手にとってしまって。そうしたらいつのまにか直木賞をとっていた。

Aさん.......ジャケットがいいものは内容もそれなりにいいんだよね。

Bさん........出版社の気合が見えるというか。

Aさん.......ミステリーとかもっと装丁に力を入れたほうがいいんじゃないかと思っちゃう。

Bさん........みんな似たような装丁で写真を使ってて、黒っぽくて暗い(笑)。恋愛モノはすごくきれいな装丁のものがあるのにね。

Cさん.......ミステリーはカバーが暗い色のものが多いから、明るい色は映えるよね。横山秀夫さんの『クライマーズ・ハイ』は目立つ装丁だと思う。

Aさん.......御巣鷹山の暗い雰囲気の装丁も考えられたもんね(笑)。

Bさん........それをあんな藤色の絵にするとは思い切ったアイデア。

Aさん.......やっぱり内容も女性が読んでもグッとくるものだったから、女性読者もターゲットにしてつくったのかな。

Cさん.......『イン・ザ・プール』と『空中ブランコ』はうまいよね。絶対両方積むし、多面にして棚に並べるとかっこいい。

Aさん.......書店員としては読んでもらいたい本を並べていくから、なかなか装丁優先ではできないところがあるけど、全体として並べてみてきれいに見えれば気にしないわけにはいかない。


秋になると平積みしたくなる装丁の小説本

Bさん........好きな作家さんの本はずっと買っていくし、家でも並べておくでしょ?同じ作家さんの本は装丁のイメージが揃ってたほうがうれしいよね。

Aさん.......もうちょっと揃え方があるんじゃないかなぁって思うものもある。

Cさん.......村上春樹さんやよしもとばななさんのカバーは全部いいよね。

Aさん.......違う出版社から出ていても統一感がある。それぞれ個性的だけど並べてみるとちゃんとした世界があって。

Bさん........ちょっとエッセー本が交じっていても村上春樹さんは春樹さん。

Aさん.......ばななさんの『海のふた』は私はかなり好き。

Bさん........あの本は夏になると並べたくなる装丁だよね。

Aさん.......『デッドエンドの思い出』も秋になると平積みしたくなる。

Cさん.......堀江敏幸さんのカバーもいい。『回送電車』も好きだなぁ。

Aさん.......全部白っぽいんだけど、それがすごく落ち着いた印象なんだよね。

Cさん.......堀江さんの本は背もいいんだよ。書店では最終的に本は棚に挿しちゃうから書体も大事。

Bさん........強すぎず弱すぎないほうが、逆にすごい存在感がある。

Aさん.......長く本を売っていこうと思うなら背のデザインだね。棚に入ってからのほうがライバルが多いから。

Cさん.......お客さんが家に帰ってもみんな本は棚に挿すもんね。

Bさん........森絵都さんの『カラフル』はカバーも凝ってたし、かわいいあの文字と背も良かった。いしいしんじさんの『ぶらんこ乗り』もいいし、児童書はいいものが多いかも。

Aさん.......『カラフル』のあの黄色は目立つし、棚に入ってもよくわかる。

Bさん........最近出たものでいい装丁だと思ったのは恩田陸さんの『夜のピクニック』。

Aさん.......いいよね、あれは。内容も良かったし。私は『Q&A』も好き。カバーより帯なんだけど。「このカバー、怖いな」って思ったら、帯だった(笑)。あの帯、大きすぎるよ。

Cさん.......あれだけ大きいと二回楽しめるからいいんじゃない? カバーを楽しんで、帯を楽しんで。辺見庸さんの『銀糸の記憶』はかっこよかった! 半透明のカバーで白と黒。

Aさん.......半透明のカバーはいいよね。タイトルがパッと目に入るし。アレックス・ロビラの『Good Luck』の両面カバーもきれいだよね。両方ともいいから半分ずつ面にして売ろうかなって思う。

Cさん.......モブ・ノリオさんの『介護入門』はまあそれなりの装丁できてて。ちゃんとマリファナ使ってるじゃん! みたいな。

Bさん........ちゃんとマリファナにこだわってくれたよね(笑)。

Cさん.......わりと渋い色で黒い帯。それでいて結構派手にみえるようにポスターがあって。賞をとったあとはいろいろと考えるんじゃないかな。でも金原ひとみさんは『蛇にピアス』より『アッシュベイビー』のほうが良かった。内容とリンクしててひとみちゃんらしさが出てるから。

Aさん.......文庫なんだけど星新一さんの『ブランコのむこうで』はかわいいと思う。内容と合ってて、星さんを懐かしむ人や小学生が買っていったり、面白い売れ方をしてる。

Bさん........あれは新しい装丁になって大正解。

Aさん.......単行本だとできないけど、文庫だったら思い切って店頭の多面で仕掛けるから、そのときにどう見えるか考えてくれるといいね。

 

(構成/松田美穂)





 小説界最大のイベントとも言える「芥川賞」と「直木賞」。書店員さんの目で選んでみたらどうなるのか。街の小説の目利きたちがそれぞれノミネート作品にじっくりと目を通してみた。

Aさん 都内にある大型書店で文芸書を担当。女性の視点から小説を読み解き、本を仕入れている。

Bさん 客層と自分の好みのバランスを上手にとりつつ小説を品定めする根っからの本読み書店員。

Cさん 地方都市の書店で一般書全般が担当の書店員。地域に密着した書店を目指して奮闘する毎日。

このタイトルだけでお客さんが買う

きらら.......今回の芥川賞候補作品で面白かったと思うものは?

Aさん.......私は単純に『オテル・モル』が面白かった。よく書けていると思うし。

Bさん.......全然期待しないで読んで素直に面白いと思えたよね。

Cさん.......ずっとシックな感じできてたのに、途中で踊るシーンがあったのはちょっと(笑)。

Aさん.......あそこで踊らないと、不眠の人が泊まるあのホテルの大変さはわからない(笑)。これを読んでいて、ほんと眠くなったし。「熟睡したかったんだ、私」みたいな。

Bさん.......エピソードに懐かしい感じがありますよね、私たちの世代には。血のつながりのない者どうしが暮らしてる感じとか。

Cさん.......大事に物語を書いているし、『お縫い子テルミー』のときよりも格段と成長してました。

Bさん.......栗田さんは賞をとらなくても、本が好きな人たちに普通に受け入れられていくと思う。

きらら.......『勤労感謝の日』や『介護入門』は?

Aさん.......絲山さんは好きな作家だし、いずれ芥川賞をとると思う。

Cさん.......今までの小説も良かったしね。

Bさん.......うん、もっと有名になる人だし、すでに結構売れている。もうちょっと長いものを候補にしてほしかったな。

Aさん.......『勤労感謝の日』よりも『袋小路の男』の方がインパクトあるよね。

Cさん.......今回のノミネートが『袋小路の男』だったら芥川賞、間違いなかったかもしれないね。

Bさん.......これが芥川賞をとったら面白いっていうのは、『介護入門』かな。

Cさん.......案外、このタイトルだけでお客さんが買って行ってくれそう。

Bさん.......版元が何も言わずに出したら、絶対実用の棚に突っ込んじゃうよね。単行本になったとき表紙がどうなるかだなぁ。

Cさん.......表紙はドラッグでしょ(笑)。介護を期待して読んだ人は心地よく裏切られる。

Bさん.......3ページでダウンだよ。

Cさん.......若い人って読めるのかな? 結構根気強い人じゃないと読めない気がする。

Aさん.......でも私は『日曜農園』が読むのに一番時間かかった。なかなか進まなくて。

Cさん.......読んでるうちに結果が見えてきて、最後うまくまとまって納得して終わりという感じ。もっと母親が暴走すれば面白かったかも。


舞城さんに愛を教わるとは

Bさん.......今回のノミネート作品は全体として病気ネタが多かったかな。

Cさん.......ある意味『弔いのあと』と『介護入門』の介護の雰囲気が対照的だよね。

Aさん.......佐川さんはドラマっぽかった。

Bさん.......すごい上手なんだけど、最後に予定調和っぽく終わるのが気になっちゃう。

Cさん.......ちょっと新人賞を受賞するっていう感じではないね。

Bさん.......やっぱりとったら一番盛り上がるのは『好き好き大好き超愛してる。』。

Cさん.......ついに芥川賞とった!って。

Bさん.......舞城さんを好きな人は多いけど、まだ知れ渡った感じがしないもんね。

Aさん.......顔を出しても出さなくても、どっちでも話題になると思う。

Cさん.......新しい小説はこれよ、ってみんなに読んでほしい。この作品は愛についてすごくまじめに書いてるよね。

Aさん.......舞城さんから愛を教わるとはなぁ(笑)。

Bさん.......この独特の文体を嫌がる人は嫌がりそうなところも、売り手としては面白かったり。こういう層がこれを嫌がるのかっていうのは、売り方を考えるときに参考になるし。

Aさん.......モブさんの文体も読むのに疲れる。強調するところがきつい言葉だったり。

Bさん.......でも舞城さんのにはもう慣れてるし、そういう読みにくさはないよね。

Aさん.......あれ、ずっと読んでると心地いいもんね。

Cさん.......絶対、『介護入門』を舞城さんは書かないと思うけど(笑)。モブさんは、1ページ目から介護の話をしちゃうからね。

Bさん.......だいたいモブ・ノリオって名前は(笑)。

Aさん.......あっ、きっと本名はモリ・ノブオだよ。

Cさん.......全然違ってもびっくりだよね(笑)。


それぞれの人の頭の中でしか映像化できない

Bさん.......賞って人にあげてるのか、作品に与えてるのか不明だよね。

Aさん.......直木賞は著者にじゃない?

Cさん.......芥川賞はやっぱり作品かなぁ。

Aさん.......だったら『好き好き大好き超愛してる。』だよ。それぞれの人の頭の中でしか映像化できないところがいい。ドラマじゃなくて小説でしょうって感じ。

Bさん.......キャーってなるよね、いい作品すぎて。余計なことを考えずに、面白くて受賞に値してる。

Aさん.......受賞作の予想だと、『オテル・モル』か『介護入門』。

Bさん.......『オテル・モル』、最後まで引きずってるよね(笑)。

Cさん.......小説として楽しめたもんね。

Aさん.......テーマ的に介護っていうのはいまの時代に合ってるのかな。

Bさん.......前回若い二人がとってるので、今回は大人路線でいきたいかも。

Cさん.......希望的予想としては『好き好き大好き超愛してる。』がいいな。

Bさん......でも受賞作はきっと『介護入門』だね。     

※  本座談会の数日後、予想通り第131回芥川賞受賞作は、文學界新人賞を受賞して作家デビューしたモブ・ノリオさんの『介護入門』が選ばれ、書店員さんたちにも人気の高かった“覆面作家”舞城王太郎さんの『好き好き大好き超愛してる。』は賞を逃しました。

 

 結果から見れば今回の直木賞は2作品とも文藝春秋刊! 芥川賞も文藝春秋の「文學界」掲載作品だ。まぁ偶然だとは思うが、本座談会はそんなこととは全く関係なく、賞決定の1週間前に東京・渋谷のシティホテルで開かれた。

Dさん 某取次会社に勤務。日々書籍の売上動向を分析し、売行き良好書の確保に走り回っている。

Eさん 郊外の書店で広大なフロアの店頭を取り仕切る。どのジャンルの小説にも強い敏腕書店員。

Fさん 都内のビル一軒が売り場の書店の文芸書担当書店員。鋭いコメントを穏やかな口調で話す。

伊坂さんには本屋大賞をあげたい

きらら.......まず、今回の直木賞ノミネート作品の中からコレだ、というものを。

Eさん.......ストレートですね(笑)。僕は、『チルドレン』と『邂逅の森』。『空中ブランコ』も面白いけど。

きらら.......やはり、ひとつずつ掘り下げましょうか(笑)。では『チルドレン』から。

Dさん.......『チルドレン』は好き。私、初期からの伊坂さんファンなので、直木賞はとってほしい。でもこれを代表作にしてほしくない気持ちもある。

Eさん.......話の落ちも相変わらず達者ですけど、キャラ映えする小説なので、これが好きな人は、同じキャラが出てこないとついてこないかな。

Dさん.......直木賞よりも先に本屋大賞を伊坂さんにはあげたいしね。

きらら.......では『邂逅の森』はどうですか?

Dさん.......佐藤賢一さんの『王妃の離婚』を読んだときの感覚が蘇ってきて、今回はこれかなって。 Fさん.......時代が全然わからなくて面白いですよね。

Eさん.......最後で戦争前の話だとわかる。取材をして書くのがいいことかどうかわからないんですけど、真心がこもっている印象がありました。

Dさん.......オビの印象と内容が全然違っていたのが残念。

Eさん.......それは作家の責任じゃない(笑)。ノミネート作品の中で、この人のほかの本も読みたいと思えるのは『邂逅の森』ではないかな。

Dさん.......装丁がポップだったら、少し違ったかも。

Fさん.......いまどきこんな装丁で出すところがいいんですよ。地味が流行らない時代が長かったから。

Dさん.......ようやくそういうお客さんを呼び戻せる気はするけど。

Eさん.......ということで、満場一致で『邂逅の森』。

Fさん.......決まり(笑)。

きらら.......ええ!? もういきなり決まりですか(笑)。『空中ブランコ』は?

Dさん.......前作の『イン・ザ・プール』は、読んでるうちに、なるほどと納得できるところがあった。でも『空中ブランコ』は、主人公の伊良部がわかりやすい変なヤツすぎて、シチュエーション・コメディみたい。

Eさん.......尖端恐怖症のヤクザの話は好きだけど、『邪魔』や『最悪』とのギャップは激しいですね。

Dさん.......奥田さんは書ける人だとわかってるからなおさら本腰を入れた作品を期待したいです。


本人もノミネートにびっくりしているのでは

Fさん.......今回はノミネートの段階で直木賞っぽくないかなっていう感じ。

Eさん.......わりとこう本が薄いもんね。

Fさん.......短編集ばかりってことは長編の出版が少なかったのかなぁ。

Dさん.......そもそも私たちが候補作に選んだら出てこない作品も。

Fさん.......どれを挙げても、なんだか胸にしこりが残りそう。

きらら.......『富士山』や『語り女たち』は?

Dさん.......田口さん、悪くはなかったと思う。

Eさん.......今までの持ちネタを気合入れてガッチリ全部使ってましたね。

Dさん.......たぶん生きにくさがテーマだと思うんだけど……。

Eさん.......解決が全部精神的で、折角うまく積み上げた状況設定が“富士山の神々しさ”で解決されていて、ややコケる(笑)。

Dさん.......北村さんは私、熱狂的なファンだけど、これはノミネートを取り下げてほしい(笑)。本人もびっくりしたのでは?

Fさん.......これはファンアイテムって作りだし。

Dさん......「時と人」シリーズの最終作に直木賞をとってほしいな。出るかどうかは別として。

Eさん.......ひねりとか一切考えずに、佇まいというかスタイルだけで書いたもののほうが嬉しい。

Fさん.......それでもやっぱり文章がきれいなだけにすごい。全部端から端まで読まなきゃって。

Dさん.......いつも北村さんの本を読むときは、途中からもったいなくて読めなくなるけど、今回はサラッと読めてしまったかも。

Eさん.......最後の一行に含みを持たせたものが多くて、どういう意味があるんだろうと考えたけど、実は気にする必要があまりなかった。

Fさん.......そういう含みを楽しむ本だしね。

 
『邂逅の森』はいかにも直木賞っぽい

きらら.......東野さんの『幻夜』はどうですか?

Fさん.......直木賞あげるって言われても、いらないって言ってくれるかしら。

Dさん.......でも、ノミネートされてるから(笑)。『秘密』で直木賞とってるとよかったのに。

Eさん.......あれはほんと、間口広かったし。

Dさん.......間口の広さってすごく大事な要素かも。

Fさん.......東野さんがノミネートされるたびにとればいいのに、と思ってるんだけどね。作品内容云々よりもさ。

Dさん.......今まで、続編がとったことってあった?

Fさん.......前回、京極夏彦さんの『後巷説百物語』。

Dさん.......『幻夜』から読んだらわかんないよね。ふつうは『白夜行』を読んで『幻夜』を読むから。

Fさん.......社内下馬評では『幻夜』はないだろうと。なので、『邂逅の森』が本命かな。直木賞っぽい本だしね。

Eさん.......これまでの直木賞受賞作で一番よかったのは、金城一紀さんの『GO』だったと思います。せっかく権威ある賞だから、とらなくてもいいじゃんっていう人には正直あげてほしくない。作家の格みたいなものから考えても、今回は熊谷達也さんの『邂逅の森』が一番いい。

D・Fさん...うん、そうですね。              

 

※ 座談会を終えた数日後、日本文学振興会主催の第131回直木賞選考委員会が都内で開かれ、奥田英朗さんの『空中ブランコ』と熊谷達也さんの『邂逅の森』が選ばれた。本座談会でも“受賞作”に選出された『邂逅の森』は第17回山本周五郎賞も受賞しており、同一作品で同賞とのダブル受賞は“史上初の快挙”ということです。

 

(構成/松田美穂)




 これまで関西はなかなか小説の本が売れないと言われていた。同じベストセラーでも東京より伸びは鈍かった。ところが最近それに変化があらわれ始めた。独自の展開で読者を獲得する小説の本が増えてきたのだ。いま関西の書店に何が起こっているのか。

Aさん 大通りに面した大型チェーンの書店で、自分が気に入った小説を全面的に押し出したレイアウトで店頭をつくっているキャリア8年の書店員。

Bさん 京都の代表的観光地といえばここと言われる立地の書店で独特な本の展開をしている。仕事の全てが好きと言い切る経歴12年の書店員。

Cさん 老舗の書店で文芸書を担当。接客がしたくて書店で働き始めたが、今では本格的な小説読みで本の売り方にこだわりアリ。書店員歴10年。

返品の箱の中にもっといい本がある

 大型書店の支店も多い中、隙間を埋めるように昔から続く小さな書店がひしめきあっている京都。学生の街でもあり、観光客も多い京都では、東京とも大阪とも違う独特な書店の“構え”がある。最近の小説について“はんなりトーク”をお願いした。

Aさん‥‥小説に関して言えば、僕自身が新人作家の作品が好きなので、読んで気に入った人がいればそれをどんどん売り出して、自分の店の看板作家にする作戦でやっています。

Cさん‥‥売りたい小説もあれば、売らなければならない小説もある。私は基本的には半々になるように置いています。店のみんなで本を回し読みして、良かったらもっと売ってみようと展開することが多いですね。

Bさん‥‥うちは店自体がもう、仕掛けなんです。この立地にある本屋ということで方向性も決まってきます。よそでは売れていないうちだけのベストセラーを発掘して、そういう本を増やしたい。

Cさん‥‥今はスタッフがおすすめする文庫フェアをやっています。昨日入ったバイトの子まで「あなたの好きな文庫の書名を書いてください」って。コメントも付けて冊子もつくってみました。

きらら‥‥それ、“店内本屋大賞”ですね。

Cさん‥‥もっと知ってほしい小説もありますが、毎日毎日新刊が多くて。売るために本を仕入れても、本を並べる場所をあけるために他の本を返品しなくてはいけない。返品するために本を仕入れているのではと錯覚しそうなときも‥‥。

Aさん‥‥返品の箱に入れている本の中には、僕が気づいてないけど注目したいもっといい本があるんだろうなと思ったりもします。

きらら‥‥返品する本と置いておく本の境目はどこにあるんですか?

Cさん‥‥動いているから置いておく本もありますし、この本は動いていないけどこの本の隣に置いておきたいから残そうとか。ただ表紙が気に入ってるという理由で残しておく本もあります。

Bさん‥‥押し寄せてくるものに流されない気持ちを持たないといけない。うちは基本的に全部注文して欲しい本しか置きません。小さな書店はそうやっていくしかないですね。


レジにいると旬の傾向がわかる

Aさん‥‥講談社の小説雑誌『ファウスト』が出たとき、読者の立場に立ってつくっているのが伝わってきて、興味のない作家の小説も読む気になりました。他の文芸誌や小説誌は文壇のいろいろな絡みがあって誌面がつくられてるのがわかるんです。

Cさん‥‥読み手のことを考えていないところがあって、ほとんどの文芸誌は自分の興味のあるものを読んだらもう読めないですね。

Aさん‥‥しがらみやいろんなものを取り払ってもっと若い人に読まれるようにしないと。自分自身も高校のときに学校の教科書を読むのも四苦八苦していたので、まさか500ページもある分厚い本を読めるなんて思っていなかった。

きらら‥‥厚い本を読めるようになったきっかけはなんでしたか?

Aさん‥‥すごく面白い本を1冊読み始めたら、「あっ本って結構読めるもんだな」と思ったことがあって。じゃあ次もいけるって感じでした。でもそれを続けていかないと、きちんとした意味での本を読むっていう形ではない気がします。

Bさん‥‥読書は内面的なもので自分だけのためにするものじゃないですか? 自分の心を楽しませたり、何かを知りたかったり。

Aさん‥‥だから本が映画やCDなどと同じものになってしまってはダメですよね。ただの娯楽ではないと理解して本を楽しむ人を大事にしていきたいです。

Bさん‥‥お客さんが今の自分の感情には何が触れるかなって思いながら棚を見てる。その自分のためだけにやっているということが純粋でいいなと思いますね。

Cさん‥‥書店に来る人が減ったといっても、それでも毎日お客さんはいらっしゃって。書店で本を探すのが癖になっている人もいると思うんです。

Bさん‥‥マンガばかり買っていた人がだんだん小説を手にとるようになるとすごく嬉しい。

Cさん‥‥お客さんからのややこしい問い合わせに対応して、それが売り上げにつながらなくても、お客さんが満足してまたうちに来てくれるといいですよね。

Bさん‥‥レジに入ってる時間が多いと本に触っている時間が少なくなって嫌がる人もいるんです。でもレジにいると「このお客さんはこの本とあの本を買っていくのか」とか「こういう買い方しはるんや」とか発見があって面白いです。

Aさん‥‥「今この本の問い合わせが多いんや」と旬の傾向がわかるのもレジならでは。


読みたいときにいい本を教える

Aさん‥‥小普連の「カバーをかけずに本を読む」というのは前から実践していました。自分が面白いと思った本はカバーをはずして、表裏見えるように電車で読んでみたり(笑)、こんな本が出てるんだなって思ってくれたらいいなと。これは普及していけばいいな。

きらら‥‥小普連シールをつくろうという話がありますが、どうですか?

Cさん‥‥小普連はすごくいいと思うのですが、シールにはちょっと抵抗が(笑)。ブルーのシール、黒のシールを貼ってしまうとそこでその本のイメージをつくってしまうような気がして。

Bさん‥‥私もちょっと違和感がありました。表紙やタイトルで訴えてくるものがあるので、そういう勘みたいなもので本を選んでいただきたいというか。棚をじっくり見るという、書店での過ごし方も大切だと思うので。

Cさん‥‥手に取って装丁で選ぶときにシールが貼ってあると、それが邪魔になることも‥‥。でも、両面ありますよね。読みたい本がわからないけど本が読みたいという人にはいい感じ。

Aさん‥‥書店の本の売り方にもよりますが、それぞれの本がどういう客層をターゲットにしているのか全然見えないことがあるので、小普連シールは参考になるかな。

Cさん‥‥普通に本屋に行ったら、50音順に本が並んでいて誰がどんな本を書いているのかいちいち見ないとわからないかもしれないですしね。

Bさん‥‥こういう本が読みたいというときに、どれがいい本なのかわからないことがあるし。「読んでほっこりするような本はありますか?」と漠然としたことをお客さんに聞かれることもありますもんね。「感動する本はどれですか?」とか。

Aさん‥‥小普連が選ぶ今年の10冊とかジャンルに分けてランキングもいいかも。本屋大賞で一番にはならなかったけど、これも面白いというものを出していけたらいいですね。

(構成/松田美穂)




 これまで関西はなかなか小説の本が売れないと言われていた。同じベストセラーでも東京より伸びは鈍かった。ところが最近それに変化があらわれ始めた。独自の展開で読者を獲得する小説の本が増えてきたのだ。いま関西の書店に何が起こっているのか。

Aさん ビジネス街にある大型書店の文芸書担当。店頭に手作りのPOPを掲げ、積極的に推奨本を仕掛けている。書店員歴は14年で、ミステリーが好き。

Bさん 住宅街に近い大型量販店内にある書店で、丁寧な接客を心がけながら、小説の本を薦めている。キャリア16年の話し上手な文芸担当書店員。

Cさん 異国情緒溢れる観光地にある書店で小説の本を担当。他店の動向もチェックして自店のファンを増やす努力をしている。書店員歴は5年。

文学賞受賞作よりは面白い本を

きらら‥‥‥関西の書店を見て回っていると、店頭のディスプレイに迫力があって、読者の購買意欲をとても刺激するものがあります。

Cさん‥‥‥確かに並べ方には独自のものがある。

Aさん‥‥‥あるミステリー作家の新作が出たとき、店頭に<1ヶ月後の何月何日に、ここに犯人の名を張り出します。トリックがわかった人は、解答を入れてください>という張り紙をしたボックスを置いて、イベントをやった。そうしたら、ひと月で、250冊くらい文庫が売れた。

Cさん‥‥‥こちらから本を仕掛けるときにあれこれと企画をつくりやすい本は、書店の側でも売ろうという気になる。

Aさん‥‥‥しかもお客さんとも一体感が持てて楽しい。その作家の次の新刊もどんどん動いた。

Cさん‥‥‥ひとつの作品が売れたら、なぜそれが売れたのか、その横に何を置いたら効果的に他の本も動くのかということを考える。貫井徳郎さんの『慟哭』(東京創元社)が売れたので、その横に『妖奇切断譜』(講談社)を置く。さらに、島田荘司さんの『占星術殺人事件』(光文社)も一緒に並べてみようとか。

Bさん‥‥‥そのやり方、パクリますよ(笑い)。よい本を見きわめ、さらに自分の書店の客層や好みを考え、丁寧に仕掛けていく。とてもお客さんの側に立った親切で優しい売り方だと思う。

きらら‥‥‥イベント化して本を売る。ところで文学賞受賞作品ってどんなものですか?

Bさん‥‥‥綿矢りささんと金原ひとみさんの芥川賞受賞作が載ったときの『文藝春秋』はお買い得だった。

Cさん‥‥‥あれは売れた、売れた。

Aさん‥‥‥ただ、「賞だから本が売れる」というのは、実はあまりないかもしれない。

Bさん‥‥‥ああいう賞は本を売ろうという出版社の戦略のような気がする。その意図にお客さんも気づき始めている。同じ賞ならば年に1回だけの選考でいいのでは?

Aさん‥‥‥「これは文体が美しい」といった選評があるが、そういうことはあまり重要じゃない。一番大切なのは、読んで面白いか面白くないか。プラス文章が上手だったらなおいい。僕らは、とにかくお客さんが後悔しない本を薦めたい。

Cさん‥‥‥書店員が薦める本が売りやすくてランキングの上位にあるのは、普通に読者として読んで面白い本だからだと思う。

Bさん‥‥‥店が薦めた本を買って損したと思った人はもうお店に来ないと思う。賞の選考でもそれくらいの気概で質のいい小説を選んでほしい。


本が読まれる土壌づくりから

きらら‥‥‥これは売りたいと思った本を仕掛けて、うまくいったものは?

Aさん‥‥‥東野圭吾さんの『手紙』(毎日新聞社)が出たときに思ったように売れないことがあった。新刊をポンと店頭に並べても、お客さんに手にとってもらえない。そこで、ひとりの作家を特集するように、新刊から昔の本へと掘り下げて一緒に並べて展開したら動くようになった。

Bさん‥‥‥いろんなタイプのお客さんがいると思う。うちはお客さんが自分で本をリサーチしてから店に足を運んでくる。今ではあまり書評は効果がないと言われているが、書評に上がった本にお客さんが食いついてくる。逆に書評に出てこない新人や若手の作家は売れない。

Cさん‥‥‥よいと思った本を、そのままお客さんに押しつけても、本を買って読む土壌がないと本を読む人は増えない。

Bさん‥‥‥うちのお客さんは小説に限らず本を読む人が多い。すでに読書をする土壌があり、お客さんがしっかりとついてきている実感がある。ちょっと他の書店とは違うかもしれない。

Aさん‥‥‥お客さんに本を読む土壌がない書店は、その作家の基本となる小説を新刊の発売前にどれだけ売っているかが焦点。文庫などから波及していって、この作家はすごいということを知ってもらうことも必要。

Cさん‥‥‥文庫の担当者も、3年前ぐらいの小説からデビュー作、その作家の定番まで把握してないとダメだ。そういうことを知らないとアピールしづらいし。

Bさん‥‥‥文芸の単行本と文庫を隣で並売することは、簡単そうであまり見ない。

Cさん‥‥‥ほんとは普通にやっておかなくちゃいけない話です。

Aさん‥‥‥気になってはいるけど読んだことがない作家の本は、文庫でその力量を把握した上で買うはず。だから、今売れそうで売れてない小説は、お客さんが単行本に手を伸ばす前、もっと言えば、文庫を読む前の段階で止まってしまっている。

Cさん‥‥‥今につながるよい小説を掘り起こしてきて店頭に並べる。お客さんを育てて本を読む土壌をつくる。書店員がそういった気持ちで売っていくのが一番かもしれない。


張ってはがせる小普連認定ラベル

きらら‥‥‥創刊号の座談会で、小説普及連盟を発足させましたが、みなさんはこういうものはどう考えますか?

Bさん‥‥‥面白い試みだと思う。今までありそうで、なかった。

Aさん‥‥‥書店員として読者のみなさんに小説のクオリティ保証をするくらいの温度で、小説普及連盟で本を薦めたい。

Bさん‥‥‥「この本読んで、良かったと思っている人がいますよ」って感じ。

きらら‥‥‥小普連認定小説、いいですね。

Aさん‥‥‥小普連認定の張ってはがせるシール、とかあるといい(笑い)。

Cさん‥‥‥「この本には栄養あります」みたいな。

Bさん‥‥‥「この小説を読むと気持ちが少し豊かになります」とか、「この本は深く考えさせられます」とか、本の感想によってラベルを替えると面白いかも。

Cさん‥‥‥すごいさわやかな気持ちになれる本のときは、ブルーラベル(笑い)。

Aさん‥‥‥「これがわかればあなたも大人」はブラックラベルとか。

Bさん‥‥‥難しい言葉で「これは文化に資する」って言われてもよくわからない。でも、小普連で「この小説を読もう」と軽いノリで言っているのも、文化だっていう気がする。

Cさん‥‥‥私たちもここは一つ参加させてください。文化の始まりなんて、そんなもんですよ。

 

(構成/松田美穂)





Aさん 都内でも有数の若者が集まる街の、ビル一軒 が丸ごと売り場という書店で文芸書を担当。10年間、お客さんの声に耳を傾け続けてきた。

Bさん 地方都市の大型書店で文芸書のフロアを取り仕切る。7年のキャリアで小説の売り方には一家言を有し、積極的仕掛けを展開している。

Cさん 都内でも有数の若者が集まる街の、ビル一軒 が丸ごと売り場という書店で文芸書を担当。10年間、お客さんの声に耳を傾け続けてきた。

文房具を買うように小説の本を

Aさん.......自分が店頭でねちっこくプッシュしてきたものが売れたりするのはやっぱり嬉しいし、お客さんがそこで自分のフェイバリットなものを見つけてくれるのは、この仕事をやっていてよかったと思う。

Bさん.......以前は新刊じゃないと本は動かないという状況があったのだけれど、いまは違う。小説好きの小説読みの人が買うのではなくて、いつもは読まない普通の人が書店の店頭に来て、そこで選んでいく。それだけにお客さんの選別意識はとても強く働いている。

Cさん.......一度売り切ったものでも、もう一度店頭に並べてみると、まだ売れるんです。

きらら.......要するに、小説の良し悪しは書評や派手な広告より、書店の現場から発している。

Bさん.......いまうちでお客さんを引っ張ってくれているのは、片山恭一さんや市川拓司さんとか、書評には出てこない人のものが多い。

Aさん.......書店に出かけてから本を選ぶという人が多くなってきているのはそう思う。

Bさん.......お客さんが店頭で選ぶ場合、もちろんわれわれがつくる宣伝用POPなども参考になっていると思うのだけれど、本の装丁などもかなり重要なファクターになっている。

Aさん.......最近は文房具を買うように、小説を買うっていうこともあるような気がする。

Bさん.......小説の本がある種のグッズ化している面もあるし、とくに恋愛小説なんかはその傾向は強い。それはそれで全然いいことだとは思いますが。

Cさん.......少しCD業界と似てきたところがある。デートで本屋に来て、小説について話している。

Aさん.......私が高校生の頃は本を読んでいるだけでまじめっ子みたいな扱いをされた。地味な奴みたいに。村上春樹氏を読んでいるだけで、いじめにあいそうになりましたよ(笑い)。

きらら.......でもいまはもっとカジュアルな気分でお客さんは書店にやって来る。まるで映画でも観に来るかのように。

何冊売れたらベストセラーか

きらら.......そんな書店の店頭で、皆さんがPOPなどで「これは面白い」と推薦したりしている。

Aさん.......商売として書店員をやっている気持ちと、本が好きで書店員をやっている思いがある。その間をいつも微妙に揺れ動いている。

Bさん.......たとえば堀江敏幸さんの小説を自分の店でプッシュしてみたら、実際に売れた。でもそれがそのままベストセラーになるわけではない。でも、1週間に5冊とか10冊とか売れる本として、それを持続していきたい。

Cさん.......「これは泣けますよ」と言い切るときに逡巡もある。結局、本を読むという作業は個人的なものだから、いくらこちらが推しても、ちょっと違うかなという気持ちもある。

Aさん.......われわれは書店員で、本を売って食べているので、売れなきゃ意味がない。いくら思い込みたっぷりでやっても、売れなかった小説はそれこそたくさんある。

きらら.......たとえば、どんなものがありますか。

Aさん.......以前は角田光代さんの小説が売れないのはおかしいだろうと思っていた書店員さんはたくさんいた。みんなで集まるとよくその話題になった。でも、いまは結構売れている。もちろん、まだまだこんなものではすまないという感じはするのですが。

Cさん.......最近はどんどん文庫も出るようになったけど、昔は角田さんの単行本の配本はすごく少なかったから、余計に大声で店にもっと仕入れてくれと言っていた。でもそれで結果として返品するのは本当に心苦しかった。

Aさん.......そこを乗り越えて、いまは追加注文が取れるようになった。私にとっての売れてるか売れてないかという指標のひとつは、追加注文を取れるか否かということなんです。

きらら.......皆さんの本に対する感覚は一般の人たちより少し先んじているようです。

Bさん.......辻内智貴さんの小説『信さん』(小学館)は校正刷の段階でたいへん面白く読ませていただき、これは絶対売ってやろうと思った。うちの店では同じ辻内さんの小説『セイジ』(筑摩書房)がたくさん売れたということもあった。自分たちもイレ込んで出版社も頑張ったが、力及ばなかった。これからも努力は続けていきますが。

Cさん.......この前テレビ局から電話がかかってきて、「おたくの店では何冊売れるとベストセラーなんですか」と訊いてきた。店の規模にもよりますが、即座に答えられなかった。

Bさん.......ベストセラー認定委員会みたいなものがどこかにあればいいですけどね。作家によっても違いますし、この作家ならトータル5万部でベストセラーだとか。渡辺淳一さんや林真理子さんなら、絶対に20万部は超えないとベストセラーとはいえない。


「雨後のタケノコ」の後の絵本

きらら.......たとえば同じ作家の作品が同時期に何冊か出ていて、1冊がとてもよく売れていると、残りのものは売れている1冊に食われてしまうということはありませんか。

Aさん.......小説ではないのですが、五木寛之さんの『大河の一滴』(幻冬舎)がとても売れているときに、同時期に出たものがあまり動かなかった。一気に同じ著者の本が出ると、食い荒らされ感みたいなものが生まれてくる。いろいろな出版社が著者のところに押し寄せいろいろな出版社が著者のところに押し寄せて、次から次へと新しい本が出てくる。そうなると、売っている側もだんだんうんざりしてくる。

Cさん......どんどん出されると書店も場所がなくなってしまって、いつ返品してやろうかと。

Aさん.......毎日棚を見てる私たちが飽きる3ヵ月後にお客さんが飽きると思っていい。

きらら.......出版社にとっては耳の痛い話です。1冊売れた後の「雨後のタケノコ状態」。

Aさん.......たとえば、田口ランディさんの小説が売れたときも、絵本のようなものが続々出版されましたね。絵本が悪いということではないけれど、小説は無理なので、という出版社側の事情が読者にも見え見えで、ファンの気持ちがさめちゃうんじゃないかって心配でした。

Cさん.......読者がまだそれほどその作家のファンでないときに、そういう本が出ると問題が多い。その作家が書くものなら何でもいいというお客さんは確実に少なくなっている。

Aさん.......1回絵本を買ってがっかりしちゃうと、次にすごくいい小説を書いても、買ってくれない。とても売れた小説を出した後は、中途半端なものは出さないでほしい。

きらら.......村上春樹さんの『少年カフカ』(新潮社)みたいなものは、どうですか。

Aさん.......あれはファンズ・アイテムみたいなものですから、いいでしょう。

Bさん.......最近では伊坂幸太郎さんはそのあたりのタイミングが絶妙にうまかった。まだ認知度が低いときに直木賞にノミネートされ注目が集まったときに1冊本が出て、それから少し間があいてからまた2冊、本が出た。

Cさん.......しかもこだわって書いた作品だった。 結局、読者をがっかりさせないってことが重要ですね。私たちも基本は同じ、読者のレベルからいつも売る本のことを考えています。


書店の熱気をお客さんに伝える

きらら.......ひところ本は売れないとか、小説は読まれなくなったとよく言われていましたが、ここのところ書店発の動きからベストセラーが生まれるようになってきた。本来なら出版社も小説の楽しみのようなものを読者に積極的にアピールしていかなければいけなかったのに、そういうものがなおざりになっていて、代わって書店さんたちがその役割を。

Aさん.......この本は読者にきちんと届けなければいけないという本ってあるじゃないですか。本は売れないからしょうがないということじゃなくて、自分が良いと思う本に、お客様が気づいてくださるよう工夫する、これがとても価値のあることだと思う。

Cさん.......とてもミニマムな言い方ですけど、新刊が入荷してきたときって売り場で私たちはものすごく興奮する。たとえばこっちの本は私が買うから、そっちはあなたが買ってというように、書店員も一読者のレベルで熱くなっている。その熱気みたいなものをお客さんにも伝えられればと思う。それがいま全盛の手書きPOPなどにつながっている。

きらら.......われわれが今度「きらら」という雑誌を通して発信していこうとしていることもまさにそれで、小説の良さや楽しさをもっと外に向かってアピールしていく、「小説普及」という観点からも小説のことを考えていく。

Cさん.......小説の読者を増やすことが、書店も出版社も、そして小説家自身にとっても、いまはとても大切なことだと思う。

きらら.......このまま小説を読む人がいなくなったら、小説家も書店さんもそして出版社も小説自体に携わる人たちがみな共倒れになってしまう。そうならないためにもまず小説の読者を増やしていかなければいけない。

Aさん.......ここ1、2年いろいろな書店の人たちと話して、みんなでつるむということも重要かなと思ってきたんです。小説の読者の数がどんどん心細いものになってきたいまだからこそ、そういうことが必要だと思う。身近な人が面白いと言った小説を私も読みたいし、書店にいらっしゃるお客さまにもそういう人はいると思う。偉い人が褒めた小説よりも、友だちが心を震わせたという作品のほうが絶対に裏切らない。


ブックカバーをはずして読む

きらら.......この「from BOOK SHOPS」というコーナーでは、小説の感動が生まれる現場の声を伝えていきたい。小説は人に読まれなければ小説ではない。小説は書かれただけではなく、読まれてこそ初めて小説になる。書店はその揺籃の場所であるわけです。その小説が生まれる現場に立ち会う皆さんにどしどし発言していただきたい。

Aさん.......小説普及連盟みたいなものがあったら面白い。1回飲みに行く代わりに、そのお金を使って小説の本を2冊買おうとか。

きらら.......小説普及連盟、略して小普連と呼びましょう。

Bさん.......1回飲みに行ったら3千円はかかる。小説の本はもしかしたら5回くらいは読めるかもしれない。読んだら人にあげてもいいし。

Cさん.......電車の中ではなるべくブックカバーをはずして読むというのは小普連の標語としてどうでしょうか。とにかく世の中に小説のタイトルを知らしめるという意味で。

Aさん.......大ベストセラーにはならないけれど、店のランキングで20位とか30位あたりのものにもこだわっていきたい。小さな書店の人でも参画していけるようなものがいい。

Cさん.......最近、ベストセラーの仕掛け人として書店員が担ぎ出されるってことが多いけど、あれは当たってから話すという感じでつまらない。私たちとしてはこれから盛り上がっていくときに発言する場があれば面白い。

きらら.......では、「from BOOK SHOPS」では、これから毎号、小普連の方々にページを開放して、小説について熱く語ってもらうことにします。どうぞよろしくお願いします。

 

(構成/松田美穂)