五感の感覚が伝わるように書いている
きらら……デビュー作の『シルエット』には短篇が3作収録されていますね。
島本……「ヨル」を書いたのが一番最初で15歳のとき、「植物たちの呼吸」が16歳。「シルエット」が17歳のときの作品です。
加藤……島本さんの作品を読むと、私と島本さんは10歳ほど年が離れているのに、どうしてこんなに共感できる部分があるんだろうといつも思います。「シルエット」では、好きになったら相手の肌に触れたいと思うのは自然なことだと書かれているように感じました。肉体的な結びつきが精神的な結びつきを補うものになるのだろうかと、いろいろと考えさせられました。
島本……実際に恋愛をしたときの、五感の感覚が読者の方にリアルに伝わるといいなと思いながら、いつも書いています。相手を思う気持ちと同じように、身体的な部分も、現実ではとても大事なことなので、そこは意識して書くことが多いです。
徳茂……私が初めて読んだ島本さんの作品は短篇の「ヨル」で、偶然にも発表された順番に作品を読んでいます。「ヨル」は夜中の描写がすごくきれいでしたね。島本さんのほかの作品にも、夜、恋人を待っていたり、別れるシーンに夜の出来事が多いですが、なにか夜にこだわっていらっしゃるんですか?
島本……学校で友達といた昼の記憶よりも、家のそばを散歩したり、本を読んでいたりした夜の時間帯の記憶のほうが強いんです。10代前半の時期に夜ひとりでいることが多かったので、たぶんそれがそのまま初期の作品の雰囲気に出てるんだと思います。
きらら……『シルエット』が文庫化されたときに、手直しされたところはありますか?
島本……書いたときからこれだけ時間も経っていますし、私も20代になって当時とはやっぱり感覚的に違うので、読み返すとちょっとずつ気になってきて……。でもそこは我慢して、細かい表現だけ直しました。
徳茂……『シルエット』の中で島本さんが一番お気に入りのシーンはありますか?
島本……いま読み返すと恥ずかしいですね(笑)。ただ「シルエット」の雨が降っている冒頭のシーンは、そのあとの小説にもずっと続いている部分なので、「この感じが自分の持ち味なのか」と、読み返すたびに初心に帰るような気持ちになります。
タイトルをつけるのは苦手
きらら……島本さんは『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞を最年少で受賞されています。この作品は家族小説のようでもあり、恋愛小説のようでもありますね。
島本……はい。このときはデビューしてから初めて賞をいただいたので、すごく嬉しかったですね。この小説では全体を通して、きちんとした人間関係を書きたいと思っていました。
加藤……主人公のふみちゃんは言葉を大事にするあまりに自分の感情を表に出せずにいる。この作品を読んで、島本さんも言葉を大切にされる方なんだろうなと想像していました。
徳茂……私は周君がふみちゃんに「なんでも話してくれ」というシーンが好きです。この家族の状況は深刻なのに、暗くならずに話が展開していくのがよかったですね。
加藤……私は妹のユウちゃんを突き飛ばした男の子にお母さんが体当たりをするシーンが、頭に焼き付いています(笑)。
島本……いま大変な事件が当たり前に起こる世の中だからこそ、読者の人がホッとできるような物語にしたかったんです。日常、人と人とが関わりあう中で、見落としてしまいそうだけど、楽しいことや幸せを感じられることがある。そこを描けたらいいなという気持ちが最初から最後までありました。
加藤……装丁の写真は川内倫子さんですね。これは島本さんが選ばれたんですか?
島本……川内さんの作品をいろいろと見せていただいて、担当さんと相談したうえで、この写真を選びました。いつも装丁の写真やイラストはいくつか案を出していただいて、そこから私の意見やリクエストを交えつつ選ぶ感じです。
徳茂……この『リトル・バイ・リトル』というタイトルと本の内容がとても合っていますよね。
島本……だけど私、タイトルをつけるのがすごく苦手で、時間がかかるんですよ(笑)。短篇集の中のタイトルも毎回悩みましたし、『リトル・バイ・リトル』はタイトルを決めるのに半年ぐらいかかってしまいました。
『生まれる森』は『ナラタージュ』の姉妹本
徳茂……『生まれる森』のあとがきに、「厳密には、この物語は恋愛小説とは言えないかもしれない」とありましたが、私には恋愛小説として読めました。主人公に思いを寄せる雪生さんが決して強引じゃなくて優しいところが、綺麗過ぎて(笑)。電話したらすぐに会いに来てくれる人なんて、なかなかいないですよね。
島本……ですよね、私もそう思います(笑)。雪生さんが綺麗すぎるのは、自分の中でも反省としてちょっとありますが、気分が落ち込んでいる読者の方が少しでも幸せな気持ちになってくれればと、その一心でこの小説を書いていましたね。自分が本当につらいときに助けてくれる人がいると感じてほしいし、出会ったばかりの人が自分を支えてくれるかもしれないという、外側に対する希望が伝わるといいなと思っています。
徳茂……この『生まれる森』というタイトルに込められた意味はなんですか?
島本……この小説を考えていたときに、森のイメージが強かったので、タイトルに「森」を入れようと最初から思っていました。ただ「〜の森」というタイトルの有名な作品はたくさんあるので、いろいろ考えましたね。森の中のイメージを、混沌とした暗いものと捉える一方で、露骨ではなく希望が感じられる言葉をずっと探していたら、「生まれる森」になりました。
加藤……私は『ナラタージュ』を読んで『生まれる森』を読んだからかもしれませんが、『生まれる森』は『ナラタージュ』の序章の作品であるように感じました。
島本……そうなんですよ。ちょっと姉妹本っぽいですよね。『ナラタージュ』は単純に分量的に書くのがつらかったんですけど、いままで書いた小説の中で、気持ち的には『生まれる森』が一番大変でした。そのせいもあってか、『生まれる森』だけはたまに読み返したりしますね。いろいろな反省点もありつつ、『生まれる森』がないと『ナラタージュ』もないので、そういう意味でも特別なポジションにある本です。
男性のほうが過去の恋愛を引きずる
徳茂……『ナラタージュ』から島本さんを知った10代20代の読者の方も多いように感じています。全作品を店頭で並べていると、ほかの島本さんの作品も売れているので嬉しいです。
加藤……『ナラタージュ』をよかったという人は、どこか暗い過去を持っている人が多いと周りに言っていたら、『ナラタージュ』を好きな人に怒られちゃったんですよ(笑)。こんなに切ない恋愛を書いていて、島本さんご自身は執筆中つらくなかったですか?
島本…….私自身は「どんどん登場人物のキャラクターが変わってきたなあ」とか思いつつ、結構ノッて書いてるんですよ(笑)。ただ書いている間はどっぷり小説の世界に入り込んでいたので、ご飯を食べてても買い物をしてても、お風呂に入っててもボーっとしている感じでした。
徳茂……『ナラタージュ』は、主人公の先生への思いももちろん共感できますが、私は小野君が痛々しくて……。
島本……前半の小野君がいい人すぎて、先生より小野君のほうがいいと担当の編集者さんは始終言っていましたね(笑)。でも物語の後半からはどんどん雰囲気が変わるキャラクターなので。
加藤……『ナラタージュ』は、島本さんがそれまで書き続けてきた初恋からの脱皮というテーマの集大成のように感じました。分量もありますし、過去に遡っていくような構成もよく考えられていますね。
島本……これまでやってきたことを全て出し切りたいという気持ちと、もっと違った新しい方向へ行きたいという、両方に対する意欲が高まっていたときだったので、書き上げたときは、「ああやった、仕事したなあ」という充実感はすごくありました。本当にいまやりたいことを全部この作品に出していくという執念で執筆しましたね。300枚の予定で書き始めたら前半部分を書いただけで300枚を超えてしまったので、もう一度細かく再構成をしなおして、エピソードをごそっと取ったり入れ換えたり、最後の直しが大変でした。ふだんは冒頭とラストを必ず決めてから書くんですが、『ナラタージュ』だけは途中からそうもいかなくなってしまって。
徳茂……島本さんは女性なのに、どうしてこんなに男性の気持ちがわかるのかなと思いました。
島本……男性も女性も恋愛の深い部分はそんなに変わらないし、共通したものを持ってると思うんです。最近では、男性のほうが過去の恋愛を後々まで引きずっていたりして、女性的な部分を持っているように感じています。
加藤……装丁も素敵ですよね。入荷した日にこれを見たとき、すぐ手にとりました。
島本……ありがとうございます。タイトル自体が映画用語ですし、中に映画もたくさん出てくるので、映画っぽい雰囲気を出そうという話はありましたが、基本的には全部デザイナーの方にお任せしました。
加藤……いままでの作品には必ずあとがきがありましたが、『ナラタージュ』にはないですね。
島本……ラストの印象を残したかったので、『ナラタージュ』にはあとがきはあえて載せないことにしました。
軽めの作品を書きたい欲求があった
加藤……『一千一秒の日々』は『ナラタージュ』と全く雰囲気が違っていて「本当に島本さんが書いたの!?」と驚きました。私は『一千一秒の日々』がいままでの島本さんの作品の中で一番好きです。
島本……ありがとうございます。昨年は『ナラタージュ』に話が集中して『一千一秒の日々』の感想をあまり聞かなかったので、実はかなり寂しかったんですよ(笑)。『一千一秒の日々』は2カ月に一度の連載だったので、『ナラタージュ』を書き進めた翌月にこっちに戻ってと同時進行していました。『ナラタージュ』が重たい内容なぶん、もっと爽やかにしたかったし、もともとちょっと軽めの作品を書いてみたいという欲求はずっとありました。
加藤……島本さんが書いた男性の中で、私はこの作品に出てくる針谷君が一番好きです。
島本……いわゆる三枚目というキャラクターを書いたことがなくて、そういう人はいきなり長いスパンで書くと難しいので、短篇だとポンっと軽い感じで出せるかなと思いました。私も結構針谷君、好きなんですよ(笑)。
徳茂……私は加納君が好きですね。島本さんはいままでの作品の中でどの男の子が一番好みのタイプですか?
島本……難しいですね、『ナラタージュ』の先生みたいな人が現実にいるとすごく困るし(笑)。そのときの気分によって違いますね。書いている小説の、相手役の男の子が、そのときの私がいいなと思うタイプだったりしますが、書くと結構すっきりしてしまうので。
きらら……この作品はとても凝っていて、ラストの短篇「夏めく日」だけ、収録されているほかの短篇と違い、黒い扉になっていますね。内容のテイストも違いますし、この「夏めく日」が本全体の印象をピリッと締めています。
島本……隔月で連載をしていたときに、ちょうど他の雑誌からも依頼がきたので、単行本になるときには、一緒に入れられたらいいなと思っていました。「夏めく日」は、枚数が短いので印象の薄いものにならないよう、いつもと違う感じでラストは仕上げました。『ナラタージュ』を読んでくださった読者の中には、この「夏めく日」が『一千一秒の日々』の中で一番『ナラタージュ』の雰囲気に近いという方もいました。
自分の本の棚があると恥ずかしい
加藤……次回作のご予定は決まってらっしゃいますか?
島本……初夏あたりには初めてエッセイ集が出ます。『ナラタージュ』でいままでやりたいと思っていたことを形にしたので、恋愛小説はこれからも書きますが、長篇はしばらく書かずに短篇を発表して、まとまってきたら単行本にしたいなと思っています。
加藤……『ナラタージュ』の続きが読みたいなと思っています。
島本……たまにそう言われるんですけど、続きがないからいいのかなというのが正直なところですね(笑)。
徳茂……私は島本さんが描く、夫婦の話を読んでみたいです。
島本……まだ一緒に暮らしている恋人や夫婦の話は書いてないので、実らない恋じゃない幸せな恋愛小説は書きたいなと思っていますし、この先たぶん書くと思います。いままでのベースは保ちつつ、テイストを変えて違う作品を出していけたらいいなと思います。
徳茂……ふだん書店に行かれることはありますか?
島本……はい。いつも同じ店じゃなくて、いろんな本屋さんに行きます。自分の本を置いてくださる棚があると、すごく嬉しい半面、照れくさくてすぐに帰ってしまいますが(笑)。
きらら……では最後に、誌面を読んでいる書店員さん、読者のみなさんにコメントをお願いします。
島本……これからも読者のみなさんが手にとって良かったと思えるような小説を書けるようにがんばっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
島本理生(しまもと・りお)
1983年、東京生まれ。1998年「ヨル」で「鳩よ!」掌編小説コンクール第二期10月号当選(年間MVP受賞)。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞する。03年「リトル・バイ・リトル」で第25回野間文芸新人賞を受賞し、04年「生まれる森」が第130回芥川賞候補となる。
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