第1回警察小説大賞は、
平成29年11月27日から
平成30年9月30日の
締め切りまでに
応募があった108作の中から、
二度の選考を経て4作の最終候補作が
選出されました。

「刑事のサツリク」
江島 周

「GAP ゴースト アンド ポリス」
佐野 晶

「暴風域」
伊達俊介

「天駆ける狗たちの下で
芳野林五

相場英雄氏、長岡弘樹氏、
「STORY BOX」編集長幾野克哉による
選考会で様々な議論が重ねられた結果、
受賞作が決定いたしました。

東京都中野区生まれ。大学卒業後会社勤務を経て、 映画ライターに。『そして父になる』『海よりもまだ深く』『三度目の殺人』など映画のノベライズも手掛ける。

「夢見心地」というものが本当にあるのだ、と実感しております。何かしていてもフワリと気持ちが「受賞」に飛び移って、心が浮き立ち「夢か?」と娘に頬をつねらせています。痛くないのは、浮かれているからか、愛娘の指だからか、判然としないほどに夢見心地です。

 賞を授けていただきありがとうございます。スリリングで緻密な警察小説を読むのは好きなのですが、自分で書くのはどうにも難しく悩んだ末にたどりついたのが交番勤務のお巡りさんでした。身近で自分なりのイメージを描ける気がしたのです。しかし、大きな事件に結びつけることができません。考えるうちに半ば冗談で思いついたのがオバケでした。私自身はオカルトは苦手なのですが、これで物語が転がり始め、一気に書き進めました。

 新人賞には不釣り合いな54歳という私に受賞の栄誉を与えてくださった方々に報いるためにも「初老」などと自身に言い訳せずに、貪欲に次作、次々作と執筆に挑みたいと心しております。

 選考にあたり、私の心は激しく揺れた。完成度の高い作品にするか、テーマが斬新で、着想が奇想天外な作品を選ぶか。選考会での議論を経て、斬新かつ奇想天外な作品を選ぶに至った。現状、受賞作はあくまで原石であり、受賞者には担当編集者と行う厳しく辛い研磨の作業が待ち受けている。宝石が職人の熟練の技で光り輝くように、受賞作も多面的なカットを施し、読者の興味を惹きつけるだけの改稿を終えることが必要だ。あくまでも山麓というスタート地点に立ったばかりであり、これから険しい登山道が待ち受けている。改稿を経て山頂にたどり着けば、今まで見えなかった景色が広がる。次の山という作品を縦走するために、受賞作の研磨作業を懸命に行ってほしい。

『刑事のサツリク』エンタメ色が候補作中で一番強く、ストーリー展開も速い点に好感が持てた。しかし、組織のディテールがやや粗い。いっそのこと架空の組織を生み出し、徹底的に著者独自のショーを見せてほしかった。ラスト近くの伏線回収が複雑かつ甘い点も減点対象に。

『暴風域』候補作の中で一番完成度が高かった印象。キャラへの負荷のかけ方、壮大なトリックの妙も好感。しかし、壮大なトリック自体が危うさにもなっていた。この点を手練れの読者が見抜いた瞬間、ストーリー全体が破綻するリスクも内包していたため、減点対象に。

『天駆ける狗たちの下で』地域性の強いテーマ、女性の感性で描かれた警察組織の姿に好感が持てた。一方、ストーリー中盤で唐突にSF的要素が持ち込まれ、読み手としてキャラの区別が難しくなる、無難な着地点(真相)が減点対象に。

『GAP ゴースト アンド ポリス』候補作中、一番ツカミが弱く、かつ難解だったことが減点対象。しかし、アンチヒーロー的な主役が魅力として光り、他選考メンバーと協議したのちに大賞作品に選んだ。また、改稿を加えることで一番面白い作品になる可能性、すなわち伸び代がある著者だと判断した。

『刑事のサツリク』──必要な情報だけが簡潔に描かれていて読みやすい。視点人物である新田など、私生活がほとんどうかがい知れず、捜査マシーンのような存在になっているが、これも作品世界を創る一つの手法だろう。問題は、「猟奇的な連続殺人事件」という題材に既視感があり過ぎた点だ。超俗的な女性捜査官には、弱点を上手く持たせると、キャラクターとしての新味が出たように思う。

『暴風域』──どこか懐かしさを覚えるアリバイものの本格推理だが、こうした地味な話を丹念に紡いでいく作者の筆は、とても誠実だと感じた。犯行手段も、私が知る限り前代未聞だ(協力者に絶対他言させないためのアイデアがさらに必要だったようには思うが)。ただ、新しいトリックがすなわち新しい警察小説ではない。あと一つ、従来の枠を超える要素が何か欲しかった。

『GAP ゴースト アンド ポリス』──いわゆる「ごんぞう」だけを集めた実験交番。この設定を上手く生かし、愉快で物悲しい人間味のあふれる警察小説に仕上がっている。私はここに落語の世界を感じた。落語なら幽霊が出てきても不思議はない。普通なら漫画っぽくなりそうな人物が、立体的に造形されているのもいい。主人公が途中から変わってしまったようだが、そうした崩れ具合すらも、本作の場合は一つの味になっていた。

『天駆ける狗たちの下で』──警察にとってVIPである企業、超常現象による人物の入れ替わり、かなり意外な犯人。面白い要素をそろえてあるが、それらを全部まとめてしまうのは、やや欲張りだったかもしれない。要所では驚きつつも、読後に混乱した印象を受けてしまった。説明的な書き方で提示される多くの情報が、描写として作品内に溶け込んでいれば、もっと読みやすくなっていたのではないか。

 何とも得体の知れない新鮮さに惹かれて『GAP』を推したが、他の作品も水準は高かったと思う。

 今回の応募作については、最終選考に残った四作を含め力作が目立った。立ち上げたばかりの新人賞にたくさんの応募をいただいたことを、この場を借りて御礼申し上げたい。『刑事のサツリク』は、最終候補作のなかでもっともリーダビリティがあり、ぐいぐい読ませた。しかし、主人公である女性捜査官・皐月川凜久の存在感が薄い。サブキャラクターの新田のほうが、まだ華がある。また、事件の真相(犯人の動機)にも、やや無理があるように感じた。『暴風域』は手堅い作りのミステリーで、トリックについても唸らされた。しかし、沖縄を題材にしたミステリーとしてみた場合、(名作『怒り』と比べるのは酷だが)登場人物の奥行きに物足りなさを感じてしまった。手堅さを突き抜ける何かが、もう一つほしい。『天駆ける狗たちの下で』は、前半を面白く読んだのだが、この作品の肝でもある仕掛けが発動されたと同時に、読み進めるのが非常に困難になった。事件も人物も魅力的なのだから、仕掛けを発動せず押し進めても良かったのではないだろうか。『GAP ゴースト アンド ポリス』は、冒頭シーンに困惑したが、読み進めれば読み進めるほど面白くなる。警察小説というテーマに、もっとも斬新な形でこたえた作品であることは間違いない。後半の盛り上がりも評価が高く、満場一致での受賞作となった。今回の応募作には、入れ替わりや取り憑かれなど、ライトSF的なアプローチの作品が目立った。しかし、「その設定は本当に必要なのか」と感じてしまう作品が、残念ながら大半だった。「設定ありき」になっていないかを執筆の際に、精査する必要があるように思う。女性刑事もよく見かけたが、「映像化されやすそう」という、やや安直なマーケティングに走った結果のように感じてしまうことのほうが多かった。マーケティングは一度端に置いて、自分の書きたいことを見つめ直していただきたい。次回では、もう少し地に足が着いた作品も拝読できたら嬉しく思う。