第2回警察小説大賞は、
数多の応募作の中から
2度の選考を経て
4作の最終候補作が選出されました。
相場英雄氏、長岡弘樹氏、
「STORY BOX」編集長幾野克哉による
選考会で様々な議論が重ねられた結果、
受賞作が決定いたしました。

『幼女刑事』
伊藤尋也

『対極』
鬼田隆治

『実験都市』
先川佑介

『母親には向かない職業』
芳野林五

 まずは、第2回警察小説大賞でともに闘ってくださった全ての執筆者の方々にお礼申し上げます。私はこれまで、不本意にも文学賞で負け続けました。だからこそ、渾身(こんしん)の一作を書き上げるのにどれだけの犠牲と労力と時間を要するものか──そして残酷にも、そういった作品が評価されることがいかに皆無に近いか──これらの事実について身をもって痛感しております。

 今作におきまして私は、相場様、長岡様、両氏における緻密なディテール主義と一切重複しないよう、ただただ激烈に推し進めるハードアクションサスペンスを指向いたしました。私が大好きな備前焼──釉掛(ゆうが)けや絵付けを一切せず、千度を超える窯(かま)で3日から2週間にわたり焼き続け、結果としてダイナミックな緋襷(ひだすき)模様や緋牡丹(ひぼたん)模様が自然と生み出される──そういった徹頭徹尾〝高熱〟を帯びた作品を目指しました。今後は、必ず一作はベストセラーを物するのだという心意気で精進してまいります。

 第1回と比較し、各候補作とも意欲作、クオリティーの高い作品が多く、選考時はどれを推すか真剣に悩んだ。〈警察〉というキーワードを軸に、これほど多くのイマジネーションが生まれ、目新しいキャラクターたちが生き生きと動き回る様は、選者としてでなく、一読者として楽しませてもらった。一方、最後まで描き切ることにエネルギーを費やし、ストーリーのキモが弱かったり、キャラクター造形に〈あと一歩〉という側面を持つ作品もあった。〈帯に短し襷に長し〉ではないが、どの候補作が大賞を受賞してもおかしくなかった。

大賞作『対極』/警視庁内でもあまり取り上げられることのないSITとSATの内部事情、特殊任務の詳細が綿密な取材によって的確に描写されていた。真面目/はぐれ者の対比を巧みに取り上げ、それぞれの組織の矜持まできっちりと描き切った筆力は今後の作品にも活かされるはず。ただし、ストーリーの根幹を成すエピソードが人気刑事ドラマの〈2時間特番〉のようで、目新しさがなかったことが若干のマイナス点。また、真面目な警官のエピソードが平板すぎるきらいがあった。改稿を経て、すばらしい作品に昇華されることを期待する。

『幼女刑事』/心に傷を負ったゴンゾーが突拍子もない騒動に巻き込まれる意外性に驚き、かつ、主要キャラクターの造形の強固さに感心した。正義の味方ではないキャラクターを主体的に取り上げる姿勢に好感を持った。銃器に関する知識の深さ、これを用いた見せ場の連続は圧巻だった。反面、薬物事件に次々と少女(幼女)が巻き込まれるなど、嗜好的に読みづらい側面があり、大きな減点対象に。

『実験都市』/SF要素を前面に出した意欲作として高く評価したい。近未来の世界で必ずや大問題となるであろうテーマを抽出した作者の選球眼の良さに感服。審査として読み進めるうち、一番映像が思い浮かぶ作品。CG、VFXを駆使した近未来SF作品として、脳内で楽しませてもらった。一方、警察組織が抱えるジレンマ、そこにおさまりきらない刑事たちの苦悩などにもっと焦点を当ててほしかった。

『母親には向かない職業』/昨年も最終候補作に残った作者の作品。格段にスキルがアップし、最後までストレスなく読み通せた作品。北海道とかつての樺太の歴史にも触れることで、全く知らなかった戦後史にスポットを当てた点を高く評価したい。しかし、各キャラクターの描写がややくどい印象。登場人物たちの〝贅肉(ぜいにく)〟をもっと削(そ)ぎ落とすことで、物語全体のシャープさが増すはず。今後も意欲作を期待したい。

『実験都市』──海外製SFサスペンス映画の雰囲気を紙上に再現する。それが狙いの一つだったのだろう。その意図は十分に成功していると思う。また、謎と解決は壮大なもので、ミステリーとしてのアイデアも優れていると感じた。とはいえ、この作品が警察小説と呼べるかどうかはやや疑問だ。遺伝子や進化の話であっても勿論(もちろん)かまわないが、本賞の応募作である以上は、そうした中心になる題材を、もっと積極的に警察の世界を通すことで描いてほしかった。例えば、問題の新生児が、主人公である警察官ウェスリー自身の子であったとしたらどうだったろうか。

『対極』──警察官同士が対立し、表向き強固な一枚岩である組織の内部に亀裂が生じる……。大まかな筋としては定型の域を出ていないかもしれないが、そこに臆せず挑んだ結果、堂々といかにも警察小説らしい作品に仕上がった。谷垣と中田、2人いる主人公のうちでは、特に中田の人物像がたいへん魅力的で、冒頭のシーンなどは非常に読ませる。やや惜しいのは、彼の影が途中から薄くなり、物語が次第に医療行政批判の方ばかりに傾いてしまった点だ。谷垣の視点の中に中田をもっと入れ、両者がぶつかり合う構成をどこまでも貫けば、優等生対不良、幸対不幸、光対闇といった作者の表現したかったテーマがより鮮明に浮かび上がったことだろう。

『母親には向かない職業』──前回の候補作同様、がっちりと書き上げられている。犯人の意外性もあり、伏線も丁寧に張られていた。隙のない筆力は高く評価したい。ただ、やはり描写に比して説明が多過ぎたように感じてしまった。例えば、作中で提示されるある人物の個人史は細部まで考えられており、作者の努力を十分に窺(うかが)わせるものだ。しかし、それは読者にとって面白いものだろうか。せっかくの筆力を「データ」ではなく「シーン」を作る方向へ活かしていただきたかった。長身で一人称が「アチキ」のおばさん刑事というのはだいぶ癖の強い主人公だが、それでもいま一つ精彩を欠いてしまったのは、データ量の多さの中に人物描写が埋没してしまったせいだろう。

『幼女刑事』──読者を空想の世界に遊ばせるタイプの小説であり、リラックスした気分で物語に浸ることができた。ライトノベルに分類できそうな軽めの作風だが、そうかと思って甘く見ていると背負い投げを食らう。一見何気ない場面に実は深い意味があったのだと後から分かる。そのような書き方が随所になされているから侮れない。「ロリコン小説」と毛嫌いされそうな危うい題材を、嫌味のない愉快なエンターテインメントに仕上げたセンスも評価したい。ただ、もう少し文章の密度が高くてもよかったのではないか。

今回も4作そろって高水準を維持していたと思う。特に、警察小説としての風格に勝る『対極』と、とにかく無心で楽しめる『幼女刑事』。この二作で迷ったが、力作感の強さを決め手として前者を推した。

 今回の最終候補作も、前回と同様バラエティに富んだものとなった。たくさんの応募をいただいたことを、この場を借りてお礼申し上げたい。

『実験都市』は、若き才気を感じるSF警察小説だった。文章も巧みで、一部のSF小説から感じる難解さも感じなかった。遺伝子や進化を題材にした小説としての読み応えはある。しかし、捜査官の葛藤、事件の真相といった警察小説およびミステリーの読ませどころにもっと力点を置いて描いてほしかった。本賞が警察小説大賞ではなく、SFの賞であったならば、結果は違うものになったかもしれない。力作なのは間違いない。ぜひ来年も応募していただきたいと思う。

『幼女刑事』は、タイトルどおりのインパクトある作品だった。風采の上がらない窓際刑事と謎の特命少女刑事が、女子小学生を巻き込んだ犯罪の捜査を進めていくのだが、銃器やドラッグについてのディテールもしっかりしていて、文章も軽快、あっという間に読み終えた。しかし、主に被害者となってゆく女子小学生たちの描写が生々しすぎるゆえに、ある種の露悪感を醸し出してしまっている。本作はややライトノベルに寄った作品だが、「ライトノベルだから受賞に至らなかったわけではない」ことを付記しておきたい。元来、ライトノベルと警察小説は、一定程度のスピード感が求められるという意味で、相性がいいはずである。

『母親には向かない職業』は昨年も最終候補に残られた方の作品で、格段にレベルアップされていると感じた。登場人物たちが皆、地に足がついていて好感が持てる。しかし、ミステリーとして読んだ時に、事件の大きさと分量がマッチしているとは思えない。全体に説明が多すぎて、読み進めるのに苦労してしまう。後半の謎解きが、やや未消化になっていることも、残念だった。ただ、北海道を舞台にした警察小説には、まだまだ鉱脈があると感じたのも確かだ。ミステリーを読む楽しみは、クライマックスを読む楽しみでもある。見事な締めくくりの次回作を読ませていただきたい。

『対極』は冒頭の「教場破り」のシーンからパンチ力抜群で、全編を通した熱気にKOされてしまった。SITの谷垣、SATの中田の〝対極ぶり〟は、あるテロ事件をめぐる攻防で際立っていく。テロ事件の背景や真相に物足りなさを感じたのは確かだが、リーダビリティーは候補作中随一であった。物語の鍵を握る薬事行政のディテールも目新しく加点ポイントとなった。満票での受賞が頷(うなず)ける正統派の警察小説である。

総評として、どの応募作も「推敲(すいこう)を繰り返せばもっともっと良くなるのに、もったいない」と思ってしまった。プロの作家は、書く時間より読み直す時間のほうが長いと言われている。原稿が完成したら、時間が許す限り推敲する。エンターテイメント小説は特に、推敲すればするほど完成度は上がっていく。一行一行をもっと大事にしていただきたい。
 もう一点申し上げると、視点のブレが目立つ作品も多かった。視点のブレは読みにくさにつながる。一線で活躍されている作家の地の文は、必ず参考になるはずだ。