時代を動かす新たな書き手を発掘し、原作を映画化、コミック化など多面的な展開につなげていくため、警察小説新人賞(前身:警察小説大賞)は創設されました。


第2回警察小説新人賞は、2023年6月30日(金)に開かれた選考会 (選考委員=今野敏氏、相場英雄氏、月村了衛氏、長岡弘樹氏、東山彰良氏)で 最終候補作3作に対し議論が重ねられた結果、受賞作が決定しました。

「花嵐の夜」
露刃

「県警訟務係の新人」
水村舟

「破断山脈」
御剣多聞

(候補者五十音順、敬称略)




 警察官への憧れが止み難く、警視庁に願書を出したこともあります。

 夢かなわず別の職業に就きましたが「警察推し」は変わらず、警察小説を読むのはもちろん、全国都道府県警の採用案内サイトを巡ったり、警察車両が疾走する動画に見惚れたり……そうやって年齢を重ねるうち、脳内に色々蓄えすぎたのでしょうか。本賞と出会ったとき、作家志望でもなかったのに挑戦意欲を掻き立てられてしまったのです。

 白黒パトカーや白バイを駆る警察官を活躍させたい。凜々しい制服姿、そして警察車両も作品の華になるはずだ。すると主人公は刑事や公安ではない。いっそ、前例がないマニアックな所属を絡めてみたら? ……と思考が迸り、ついには執筆を始めました。

 以来、本賞に名を刻みたいとの一念で書き続けてきたので、受賞の栄を賜り嬉しさで一杯です。

「警察小説新人賞」をいただいた者の責務として、今後、一作でも多くの警察小説をお届けすべく頑張って参ります。

水村 舟(みずむら・しゅう)……茨城県出身。旧警察小説大賞をきっかけに執筆を始め、 第1回警察小説新人賞では最終候補作に選出。

 選考委員はプロの小説家なので、それぞれに主義主張やスタイルがある。当然作品の読み方も違ってくる。どれが正しくどれが間違っているという問題ではない。すべてが正しいのだ。だから、当然評価は一致しない。
 今回、「県警訟務係の新人」を推す派と「破断山脈」を推す派に、まっぷたつに分かれた。議論は伯仲し、こう言ってはナンだが、とても面白い選考会だった。

「花嵐の夜」──タイトルから判断すると、ラストシーンが一番書きたかったのだろう。万引き、猫の誘拐、同僚女性警察官の過去の誘拐事件と、ちゃんと事件は起きて、しかも、万引きと過去の誘拐事件がつながるなどの仕掛けも用意されている。
 面白い物語になる要素は充分にある。しかし、それらを生かし切れていないのが残念だ。人間関係が複雑だが、構造的で実感を伴っていない。
 警察機構があまりにでたらめ。他のジャンルであるなら目もつむれるが、警察小説の新人賞に応募するからには、もう少し警察のことを調べるべきだろう。
 全体のトーンが軽く深みがない。警察小説の形を借りたライトノベルでしかない。これはラノベに与える賞ではない。そういうわけで評価はし難かった。

「破断山脈」──親の代で迷宮入りになった事件を、息子である刑事が解決。迷宮入りになったのは、山窩の掟を守るため、手がかりとなる集落の人々が全員姿を消したから。
 これは、面白い小説になり得たはずだ。だが、そうなっていない。その理由はおそらく、説明に終始していて、物語のダイナミズムが損なわれたせいだろう。
 掟のために山を漂泊する高志の描写はなかなか魅力的だが、それがストーリーの中にうまく溶け込んでいない印象がある。
 警察官たちのキャラクターがもっと活き活きとしていたらかなり印象が違ったはずだ。とはいえ、小説としては読むべきところがたくさんある作品だったと思う。

「県警訟務係の新人」──驚いた。新人賞のレベルをはるかに超えていると感じた。
 何より、警察小説としての魅力にあふれている。機構についてもほぼ正確だし、さりげない警察のディテールに驚かされる。訟務係という目の付けどころがとてもいい。警察小説としても楽しめるし、法廷ものの面白さもある。
 ただ、五章から別の小説になった印象があった。もしかしたら、四章までをいったん書き上げ、その続編を付け加えたのではないか。終盤、ちょっと息切れをした感がある。カーチェイスや銃撃戦のドタバタはむしろ不必要かとも思ったが、全体のレベルはとても高く、受賞作に推した。

〈総評〉昨年と違い、頭抜けた最終候補作がなく、審査は意見が割れる展開となった。それだけ実力作が集まったことの証左かもしれない。タイプの全く異なる作品群に接し、刺激を受けた。
 奇抜な設定あり、ファンタジー的要素もあり、かつ大河小説的な力作もあった。『警察』というテーマを軸に、バラエティ豊かな作品群を味わうことができたのは、プロの作家としても貴重な機会となった。今後も第3回、4回と多様な作品に出会うことを楽しみにしている。『警察』を描くにあたっては、正義でなくとも組織を描写できる。悪徳警官や反社会的勢力の側からも物語は創造できるはず。SF的な味付け、切り口でもストーリーを紡げる。固定観念に縛られることなく、自由に創作をしてほしい。

「県警訟務係の新人」──昨年と同様、県警訟務係を舞台にした作品。訟務係が民事訴訟を担当するという奇抜な設定は、昨年唸ったばかり。惜しくも大賞を逃したものの、再度同じテーマで挑んできた点は評価に値する。訟務係が「真実」ではなく「勝利」に力点を置き、裁判を戦うという設定は他に類似作品がなく、面白く読んだ。
 一方、キャラクターに深みがなく、それぞれの人物たちに感情移入しづらい点が、個人的には減点材料になった。また、チャプターごとに、キャラクターの視点がブレたり、他の視点が混ざり込み気味になる点も気になった。最終盤でいきなり新たな視点が登場し、ストーリーを強引に回そうとしている気配もあったので、こちらも減点材料とさせてもらった。

「花嵐の夜」──主人公キャラの言葉遣い、心理の描写がクドいと感じた。主人公の心情が本当に本編と関係するのか。キャラを補強するために〈変な言葉遣い〉を狙ったのであれば、明らかに悪い方向に作用したのではないか。本編の核心となる事件の真相、夕子と修司の過去は重く、意外性もあった。それだけに、前半の主人公のキャラクター造形との比較が鮮明となり、マイナス要素になってしまったのは残念。

「破断山脈」──個人的に一番高く評価した作品。迷宮入りした事件を追う刑事たちの群像劇にプラスし、かつて九州に実在した山窩の人々の生き様を重ね合わせ、長いスパンでストーリーを構成した筆力は高く評価したい。九州の険しい山並みを描く様、そして刑事たちの執念と山窩に向けられた優しい視線が複雑に絡み合い、最後にこれが氷解する展開は見事だと感じた。
 一方、捜査会議での報告などが詳細すぎ、これがストーリーの展開を遅らせ、かつ読者を飽きさせてしまったことは残念。また、松本清張を意識しすぎの面もマイナス要素となった。設定と巧みなキャラクター造形があっただけに、完全オリジナルを読ませるという気概が足りなかったのかもしれない。他は修正すべき要素が最終候補作中一番少ないと感じたので、今後も骨太で壮大なスケールの作品を期待したい書き手だ。

 前回に比すると、今回の選考は難航した。「県警訟務係の新人」と「破断山脈」の評価が拮抗したためである。

「花嵐の夜」は、最初の投票から評価を得られなかった。会話が冗長で緊張感を削いでいるばかりか、サスペンスの醸成にも貢献していない。その一方で、必要な描写が決定的に不足している。この作品が読みにくいのは、サブプロットが多すぎるため本筋が見えなくなっているせいだ(理由はそれだけではないのだが)。作者にはそのあたりに留意して古今東西の名作を真剣に読み直すことをお勧めする。それは今後の創作活動において必ず役に立つだろう。

「破断山脈」は、読み始めてすぐに松本清張か水上勉の作品を想起した。案の定、作中に松本作品のタイトルが出てきたので、作者が強く意識していることは疑いを容れないし、そう読んで欲しいとのサインであると解釈するしかない。体半分だけ焼かれた死体、住民全員が失踪した村など、提示される謎も魅力的で、中心となる題材もいい。情景やディティールの描写も文句なしだ。しかし劇的な盛り上がりに欠け、作品に対する興味を維持することが難しい。描かれているのはひたすら事件の事実だけであり、それらは説明であって推理ではないし、ましてや人間描写などではない。
 松本清張は優れたミステリ作家であると同時に、正統派伝奇作家でもあった。松本作品のロマン、情感、大河ドラマ的興趣といったものを目指すのであれば、「物語を駆動させるシステムは何か」ということを松本清張から学ぶべきであった。大変な力作であるだけに惜しまれてならない。

「県警訟務係の新人」は、前回の最終候補に残った作者が、同じ題材で再挑戦した作品である。その熱意を私は大いに評価したい。嬉しいことに、前作よりも明らかに上達している。ストーリーラインがはっきりしていて、サスペンスも迫力もある。意外な展開も効果的に配されている。前作の主人公であった訟務係の荒城(名前が少し違うので、別人の設定と解釈すべきか)は本作ではかなり後退し、ヒロインの物語として一貫しており、爽快な読後感を残す。だが前作と同じく「根本的にあり得ない、破綻したプロットである」という指摘もあった。実際にその通りであるのだが、今回は修正可能ではないかと判断した。瑕疵も多いが、よいところも多い作品で、その美点を拾い評価することも公募新人賞の役目であろう。なにより、〈訟務係〉という着眼点は、「警察小説新人賞」にとって埋もれさせるにはあまりに惜しい。こればかりは作者の執念の勝利と言っていい。
 プロットを強引に複雑化させる癖を改めれば、さらに良い作品を執筆できると思う。
 水村さん、おめでとうございます。

「花嵐の夜」──重度のシスコンで、他人を歪ませたがっている主人公。この異常なキャラクター設定には興味を持った。しかし、事件と事件のつながり方が散漫なせいか、作品全体からは迫ってくるものを感じられなかった。本作のセントラル・クエスチョンは「修司は夕子を歪ませられるか」であるはずで、私はそのつもりで読み進めた。ならば最後までこの二人を徹底的に対峙させるべきではなかったのか。ところが、一方は物語の途中で退場する形になってしまう。ここにプロット上の大きな計算ミスがあったように思えてならない。夕子の真っ直ぐで可愛らしい人物像など、なかなか上手く造形できていただけに残念だ。  修司の妹については、実在するのかどうか分からないような描き方がなされていて、何らかの工夫を施そうという意欲は感じられた。しかし、このような筆遣いにした意図がうまく伝わってこないため、単なる思わせぶりに終わっている。この点も、もったいなかった。

「破断山脈」──とても実直な作品だと感じた。丹念で地道な筆致には、非常に好感を持った。ただ惜しいことに、その丹念さと地道さが度を越しているせいで、読みやすさを損ねる結果になってしまった。情報や設定は細部まできっちりと作られ、一つ一つ律儀に提示されているが、各シーンに奔放な面白さが不足しているため、どうしても読み手に辛抱を強いてしまうのだ。せめて重要な情報は描き込み、そうではない事柄は大胆に省略する。そうした濃淡の付け方を、もう少し意識してもよかったのではないか。  たいへんな力作であることを認めたうえで、あと一つ言わせていただくと、刑事たちの人物像にもっと個性を与えてもいいはずだ。作中で最も存在感のある人物は高志だが、彼は山窩側の人間である。本賞が警察小説を対象としている以上、警察サイドにも彼に匹敵するか、あるいは上回るキャラクターを造形してほしかった。

「県警訟務係の新人」──裁判の緊張感を描くには、筆致がややライトすぎる。人物の言動にも妙に軽いところがあり、ともすれば漫画じみている。タイトルに一工夫あってもいいのではないか……。など、気になった点は幾つかあるものの、全体としては十分魅力的な作品だと感じた。  まずもって、同じ題材で二年連続最終候補になった実績は、大きく評価されるべきだろう。前作で目についた欠点も、本作ではよく解消されていた。そして、何よりも着眼点のよさに賛辞を贈りたい。警察が民事訴訟に臨む話を本格的に描いた小説は、いままでありそうでなかったと思う。本作を嚆矢として、「訟務係モノ」とでもいった警察小説の新ジャンルが切り拓かれていくことを願っている。  どの作品についても、短所にはできるだけ目をつぶり、長所を評価するように心がけたつもりだ。結果、最もリーダビリティが高く、エンターテインメント小説として勝れていた「県警訟務係の新人」を推した。

「県警訟務係の新人」の作者は昨年のファイナリストですが、たった一年でよくぞここまで伸びたなと感心せざるをえませんでした。キャラクターの造形にぶれがなく、お互いが目指す正義や目的のために、ときに激しくぶつかり合いながらも少しずつ真実に迫っていく展開に引き込まれました。しかし一方で、今作でも破綻が見られました。拳銃の使用を推進したい警察上層部があれこれ策を弄し、そこへ主人公たちが巻き込まれていくという筋立てですが、上層部の見込みがあまりにも甘く、計画もずさんなものでした。もっと簡単なやり方や、誰もが危惧するであろう単純なリスクにあえて目をつぶっているように思えてなりませんでした。加筆修正後の出版ということなので、そこに期待したいと思います。

「花嵐の夜」は社会不適合者である刑事が、その嗜虐性を押し隠して同僚の女刑事を精神的に堕落させようとします。事件をとおして、結局は主人公のほうがクソ真面目で天然キャラの女刑事にほだされてひと肌脱ぐことになる、恋に似た感情すら芽生えるんじゃないかと思っていたら、まったくそのとおりになりました。言い換えるなら、この物語の肝である主人公の悪の華の部分があまり発揮されていませんでした。作りがゆるく、展開も物語の要請に従ったものではなく、作者の都合を優先させていました。主人公は狂気走っていて、鋭い観察眼で被疑者を追い詰めていくという設定です。しかしその狂気の部分でさえ妹を偏愛していることくらいで、それすらも狂気の域に達しているとはとうてい言えません。推理は甘く、しかも物語の見栄えを狙うあまり、それぞれの事件に説得力がなかったように思います。

 今回の受賞は「破断山脈」で決まりだろうと思っていたのですが、蓋を開けてみれば本作の支持率の低さに愕然としました。約五十年前に起きた殺人放火事件の裏に隠された真実を、親子二代にわたる刑事の執念が暴き出していきます。長い時間軸のなかでようやくひとつの事件の全容が見えてくるという仕掛けにもかかわらず、けっして感情的にならず、むしろ淡々と客観的に描いたことで時間の流れや人々の想いが効果的に表現されていました。ひとつの事件を境に分断されてしまったふたりの少年の友情を、壮大なスケールで見事に描き切った力作だと思います。かつて日本に実在した漂泊民の在り方を垣間見せると同時に、読み応えのある警察小説でもありました。選考会では松本清張や水上勉との類似、それゆえに本作の弱さが指摘されましたが、それは作者にとってあまり公平だとは思えませんでした。これだけの筆力を備えているのだから、どうかこれにめげずいい作品を書きつづけてください。
 作品の魂は細部に宿りますし、警察小説とは細部を楽しむものなのかもしれません。しかし細部にこだわりすぎて、角を矯めて牛を殺すようなことがあってはなりません。牛がちゃんと生きているなら、角なんか少しくらい曲がっていたっていいと思います。