第4回警察小説新人賞は、2025年6月26日(木)に開かれた選考会 (選考委員=今野敏氏、月村了衛氏、東山彰良氏、柚月裕子氏)で 最終候補作3作に対し議論が重ねられた結果、受賞作が決定しました。

■あらすじ
 熊本県警察本部監察係の阿玉清治(あだまきよはる)は室長から非違事案の調査を命じられる。昨日発生した爆発事件に巻き込まれて意識不明になっている澤守という刑事が、数日前に居酒屋で男性に殴る蹴るの暴行騒ぎを起こしていた疑いがあるというのだ。澤守が悲劇の刑事として報道されている手前、詳細な調査による状況把握とともに、警察の威信に傷がつかない無難な着地を求められた。
時を同じくして、熊本地震をきっかけに失声症を患っている小学生の息子が、動物殺しの容疑をかけられるという問題が発生。阿玉は妻や息子との関係に心を砕きながら非違事案の調査を進めるのだが、爆発事件には思いもよらない真実が隠されていて――。



 三年ほど前、父が癌になった。日に日に痩せていく姿を見て、どうにかして元気づけられないものかと考えた。父は新卒で入った会社でそのまま定年を迎えた。いつだったか酒を酌み交わした時、本当は新聞記者になりたかったんだと私に吐露したことがあった。
 父の名から一字貰った筆名で新人賞を獲り、その本をプレゼントしたら喜んでくれるのではないか。ふとした思い付きから私は長く使っていた筆名を捨て、吉良信吾として書いていくことを決めた。
 結局、父を喜ばす夢は叶わなかったが、ようやく小説家としてのスタートラインに立つことができる。彼岸の父もきっと喜んでいることだろう。
 これから読者の皆様の心に残る警察小説やミステリーを書いていく所存です。最後になりましたが選考委員の先生方、小学館の皆さま、そして応募するにあたって何度も読んでアドバイスをしてくれた仲間たちに心からの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました

吉良信吾(きら しんご) ※ペンネーム
1977年沖縄県生まれ、熊本県在住。男性。現在、会社員。


「殺人犯がいたクラス」
 渡部智規

「それぞれの正義」
 吉良信吾

「フラアンジェリコ」
 原雪絵

  • 今野敏
    「警察小説の宿命」

「殺人犯がいたクラス」渡部智規
 この応募者は日本人ですか? 思わず小学館の担当者に尋ねた。日本語として意味不明の表現が多かったからだ。地の文はきつかった。
 そして、捜査小説としての瑕疵がたくさんある。「四年間も捜査が停滞していたのは、明らかに異常だ。通信記録や目撃証言、映像が揃いながらも、なぜ真実にたどり着けなかったのか」と作中に書かれているが、それをそのまま作者に問いたい。
 そもそも主人公は警察署の地域課係員。ならば交番勤務のはずだ。内勤の描写があるので地域総務係かと思ったが、巡回に出ている。あり得ない。
 にもかかわらず、意外に面白く読めたのは、学園祭の準備などの学生生活が活き活きと描けているから。芸能界ネタも面白く読めた。会話はとてもいいので、主語・述語・修飾語といった基本的な文章の修行をしてほしい。

「フラアンジェリコ」原雪絵
 私は本作の文章をとても好ましく思った。台詞と地の文の呼吸がとてもいい。説明しなくても誰の台詞かわからせるという高等テクニックを使っている。
 物語は平坦だが、私は一種のロードムービー的な作品として読んだ。二人の刑事が地道に関係者から話を聞き、次第に被害者の素顔が浮かび上がってくる。
 また、熊さんというキャラクターの次のような名言に感心した。
「犯罪は、分からんことを分かったと思い込んだやつが犯す」
「簡単に分かるっていうのは、危ない」
「いや、だからこそ訊く。訊かれれば、あんたの中に答えを探そうとする考えが生まれる。自分に自分で尋ねるだろう? その問いが大事だ」
 しかし、狭い世界で起きた犯罪で、人間関係が複雑過ぎたせいか、他の選考委員の評価が意外に低かった。

「それぞれの正義」吉良信吾
 冒頭のはみ出し刑事たちのギャンブルシーンのつかみはオーケーだった。この二人なら面白い物語になりそうだと期待して読みはじめた。
 だが、主人公はその二人ではなかった。そして、その主人公の一人である亜利子の言動があまりに常軌を逸していてあきれてしまい、腹が立ってきた。巡査が警部補の顔面をひっぱたくなどあり得ない。このキャラクターが物語のすべてをぶち壊した。だから、評価することはできなかった。
 また、なぜ主人公を監察係にしたのか理解できなかった。監察の特殊さが物語に活かされていない。
 ちなみに、熊本県警警務部に人事一課も監察係も存在しない。警務部に監察課はあるのだが。
 これは考え方によると思うのだが、別に架空の組織や部署でも物語は成立するかもしれない。しかし、警察小説はマニアも読むし、一種の情報小説でもあるので、基本的なことは押さえておきたい。それが警察小説を書く者の宿命だ。

  • 月村了衛
    「作品、及び小説に対する〈執念〉」

「フラアンジェリコ」
 まず冒頭から引っ掛かりました。この事案で、捜査員が全国に出張できるほど予算の付いた捜査が行なわれるとはとても思えません。ここに何か、「不可解な謎」がひとつでも設定されていれば、「それはおかしい」と警察が動いても自然ですし、読者にとっても「なぜだろう」と読み進める原動力になり得たでしょう。一行空けによって移動の過程を省略するのはいいのですが、自ずと短すぎる節の連続になってしまいます。また節の頭がセリフから入るパターンが多すぎて、それも単調さを感じさせる要因となっています。そうした点に留意して次回作に取り組んで下さい。

「殺人犯がいたクラス」
 殺人犯と猫殺しの犯人が別人であったというのは、謎としてあまりにも単純で、警察をはじめとして誰も指摘しないのが不可解にさえ感じました。「同級生の誰かが殺人犯」という大きな設定は、趣向としては面白いのですが、それゆえに強引な展開がいくつも生じています。選考会では「青春小説としては評価できる」との声もあったので、作者は本格ミステリ寄りの警察小説だけでなく、別のジャンルに挑戦してみるのもよいのではないでしょうか。

「それぞれの正義」
 主人公の抱える葛藤を評価しました。それだけに、その設定をもっと早く読者に提示した方が効果的ではないかとも思いました。その方が、読者も主人公の目的を明確に理解し、共感を持って読み進められるのではないでしょうか。そうした、言わば「エンタテインメントの勘所」を一つ一つ会得していければ、より優れた作品を物せるでしょう。吉良さん、おめでとうございます。

 今回の候補作に共通して言えるのは、まず「ドラマセリフ、ドラマ口調」が多すぎるという点です。テレビドラマで発せられるセリフの多くは、一種の様式であって、現実の人間が実際に口にするものではありません。警察小説とはまず「小説」なのだという気概を持って作品に取り組んで頂きたいと思います。
 もう一点、「推敲がまったく足りていない」ということを指摘しておきます。プロとアマチュアを隔てるのは、ある意味、作品に対する〈執念〉であると言い切っても過言ではありません。ことに新人賞応募作においては、自らのベストを尽くす覚悟で以て、投函、あるいは送信する最後の瞬間まで推敲に取り組んで下さい。そうした執念の有無が、最終的な結果を生むのであろうと私は信じています。それは単に受賞ということだけでなく、その後の作家生活をも左右するはずです。

  • 東山彰良
    「もっと推敲を」

 今年はバディものがそろいました。
「それぞれの正義」は、非違事案を調査するベテラン監察官と新人女性監察官のバディものです。書きぶりは堂に入っており、プロとしてやっていける風格をたたえていました。主人公の家庭問題と仕事上の苦悩がうまく相互作用し、それぞれがさりげなく主人公の行動指針となっていく書き方がきちんと機能していました。いっぽうで、全編をとおして道徳的に正しくあろうとする作者のコンプライアンス意識が、物語の可能性を狭めていたようにも思います。暴力の扱いが雑だったのも残念でした。暴力とは怒りの発露なので、あまりないがしろにすると、そのキャラクターの抱える怒りまで軽いものになってしまいます。文章や話運びが巧みなだけに、もっと物語の細部をしっかりと詰めてもらいたいと思いました。

「フラアンジェリコ」は、凍死した若者にまつわる謎を、定年間近のベテラン刑事と新米刑事のバディが追います。随所にちりばめられた老刑事の人生訓は少々道徳臭くも、時折りハッとするほどの輝きを放っていました。「断定することは暴力だ」という観点から、すっきりと悪が罰せられるような終わり方にしなかった点を評価したいと思います。いちばん気になったのは、主人公の新米刑事がこの事件のために危機に瀕することもなく、追い詰められることもなく、かぎられた職分の範囲内で仕事をしていただけだったということです。たんに物語を進める舞台回しとしてしか機能していない主人公のせいで緊迫感に欠け、物語に没入することが困難になっていました。

「殺人犯がいたクラス」は、公園の多目的トイレで殺害された少女の未解決事件を追うバディものです。主人公の新米刑事は事件の当事者のひとりなのですが、そんな彼が捜査においては我が身を危険にさらすこともなく、無難に仕事をしていただけだったことに物足りなさを感じました。せっかく過去の事件によってトラウマを植えつけられているのですから、それをバネにして真相にたどり着こうとする彼の奮闘ぶりをきちんと見せるべきだったと思います。物語の緊迫感というのは、そうした主人公のなりふり構わない姿勢から生まれるのではないでしょうか。さらに理論展開がいささか強引で、自然に考えればほかにいくらでも可能性がある局面でも、作者の都合で強引に押し進めている箇所が散見されました。

 三作品に共通して言えることは、どれも推敲が絶対的に足りていないということです。推敲とは、たんに誤字脱字を減らす努力だけではありません。それは作者が作品と向き合う姿勢を明確に伝えてくれます。小説とは、書くほうも読むほうも、効率の悪いエンタテインメントだと思います。しかし、その効率の悪さにこそ小説の真価があります。読者に届くものを書こうとすれば、非効率に徹して、もっと時間をかけて作品に向き合うべきだと思います。

  • 柚月裕子
    「それぞれの魅力」

 今回から選考委員を務めさせていただきました。まずは小説を書いて投稿されたみなさまに、心からの賞賛と御礼を申し上げます。
 今回、新人賞という、著者の手しか入っていない作品を拝読し、上手い文章とはなにか、面白い物語とはなにか、そして小説とはなにかを改めて考える機会をいただきました。多くの学びをいただけたことをありがたく思います。

 今回、警察小説新人賞の選考会にはじめて臨みましたが、かなり白熱した内容だったと思います。作品を樹木に例えるならば、幹の部分の話から細やかな枝葉のところまで、余すところなく協議されました。そして受賞したのが、吉良信吾さんの「それぞれの正義」です。
「それぞれの正義」が高く評価された点は、文章力の高さです。冒頭を読んでかなり書きなれた方だということがわかりました。スピード感もあり摑みは抜群。しかし、読み進めていくうちに、せっかくの警察小説なのに警察組織を描く際の疵が目立ちはじめ首を捻ることが多くなりました。小説なのだからある程度のフィクションは受け入れられます。しかし、この作品には決定的に受け入れられないキャラクターが出てきてしまいます。「亜利子」です。主人公のバディですが、この亜利子が警察の捜査官としては絶対にしてはいけない――絶対にしないであろうことをこれでもかというくらい連発してしまいます。ほかにも「この人物はこうしないだろう」という、登場人物の揺れのようなものを感じましたが、それを考慮してもほかの二作よりも優れていることに間違いはなく受賞となりました。これから刊行に向けて担当編集者にかなり揉まれるとは思いますが、これもデビューするが故とがんばってください。受賞おめでとうございます。

 惜しくも受賞に至らなかった二作ですが、私はそれぞれに魅力を感じました。どちらも文章力が足りず、なんども読み返さなければならないところが多くありましたが、二作とも光る部分がありました。

渡部智規さんの「殺人犯がいたクラス」は、主人公が最後まで傍観者であったことが悔やまれました。主人公がもっと能動的に動き、自分の苦しみと向き合い、謎を解こうとする熱意があったらさらに面白い作品になっていたと思います。この作品で一番輝いていたシーンは、学園祭に向けて高校生や中学生が試行錯誤するところでした。もしかしたら、渡部さんは青春ものがお得意なのではないでしょうか。謎解きに関しては、かなり強引なところが散見されて、書きたいことがたくさんあったけれどまとめきれなかった印象があります。次は的をもう少し絞り、そのテーマを丁寧に描かれてみてはいかがでしょうか。きっと、面白い作品が出来上がると思います。

原雪絵さんの 「フラアンジェリコ」は、王道の旅情ミステリーを髣髴とさせました。主人公がさまざまな土地を訪れて謎を解いていきますが、この作品は少々、行先が多かったように思います。そこでなにか事件解決に必要な重要な情報を得られるのかと思うけれど、ではなく、いわゆる肩透かしが続く。「殺人犯~」が内容を詰め込みすぎだとするならば、こちらは水増し感がぬぐい切れないまま終わってしまった。
 登場人物の絡まった糸を、もう少し丁寧に解き、それぞれの事情を深く掘り下げて描けば、著者が伝えたかった作品のテーマがもっと浮かび上がっていたと思います。いろいろ書きましたが、私はこの作品が好きでした。

 この三作の選評を自分に引き戻し、精進しようと思います。

「私刑の挽歌」
 森山春

「真相のゆくえ」
 加固隆一郎

「殺し蟹」
 安斉幸彦

「バーター/交換条件」
 志賀雅基

「過ぎ去りし真冬の犯罪」
 伊達俊介

「アブくん」
 日比野心労

「秋霜烈日」
 天子田連

「殺人犯がいたクラス」
 渡部智規

「冤罪請負人」
 西季幽司

「それぞれの正義」
 吉良信吾

「死者、覚醒。」
 岡辰郎

「公機の不沈艦」
 天野行隆

「恋愛リアリティ刑事」
 英雄飛

「薔薇の香りが告げるもの」
 高栖匡躬

「アニマル・ポリス課始動」
 椎名勇一郎

「Moanin'
‐大阪府警察 組織犯罪対策本部
美馬真紀‐」


 鑑南遼

「その笑顔は永遠の復讐」
 高清水涼

「相続詐欺師」
 水原徹

「鬼畜のトラウマ」
 弓削浄

「手紙は苦手だ」
 荒尾和彦

「沈黙の相貌」
 内堀魁

「曽根松家」
 野乃春花

「フラアンジェリコ」
 原雪絵